夢が現実に変わる時
「出てきていいよ。アルト」
リーグの言葉によって現れたのは、ユリアの年ほどの少年だった。
「初めまして。フローリア王。」
そう挨拶をして歩みを進める。
ユリアに向かって。
身長は高い。
顔立ちも綺麗だ。
その髪は黒。そして目は…
「あ…紅……」
「お久しぶりです。ユリア姫。」
ユリアの前で立ち止まったアルトはユリアへ挨拶をする。
その時近くで見た彼の紅い瞳。
過去の記憶と繋がっていく。
「あ…あなたは……」
そう 言いかけた時だった。
不意に近づいて来た綺麗な顔。
唇に感じた温もり。
何をされたかユリアはすぐに理解出来なかった。
「なっ…何を!?」
真っ赤な顔で口元を手で隠したユリアにアルトは意地悪そうに笑って耳元で囁いた。
「ほんの挨拶だよ。ユリア姫」
ユリアは口をパクパクさせながら真っ赤な顔で硬直した。
周りで見ていた者は驚愕で思考が停止していたが、ふと戻る。
「お、お前は何者だっ!!」
一番に我にかえったラガルはビッとアルトへ指を向ける。
指を指されたアルトはゆっくりラガルへ向き直った。
硬直しているユリアを片手で抱き込んで。
「挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私は」
自ら名乗ろうとした時、また謁見室の扉が豪快に開いた。
「アルト様ぁ~!!!探しましたよぉ~!!!」
「…チッ」
そこに居たのはアルト同様黒い髪の少年だった。
この少年の登場で小さく舌打ちしたのをユリアだけが聞き取れた。
アルト本人は面倒そうに、黒い髪の少年へ言葉を投げる。
「シーグル遅い。」
爽やかな笑みをシーグルと呼ばれた少年へ向けたアルト。
シーグルは1回息を吐くと、ラガルに向き直り、姿勢を正す。
「お初にお目にかかります。
私はエスカール国より使者として参上いたしました。シーグルと申します。」
その言葉にフローリアの者は目を丸くする。
しかし、シーグルは無視して言葉を続ける。
「まず、先程の王子の非礼をお許しください。」
と深々と頭を下げるシーグル。
そして懐から条約証を取り出したシーグルは声を張った。
「この度、条約に従い、フローリア国のユリア様とエスカール国の第二王子、アルト様の結婚が定められました。」
自分の名前と、隣にいるこのセクハラ男の名前を連ねられ、驚愕の表情で目を丸くする。
そんなユリアの表情をみたアルトはにっこりと笑う。
王子。とシーグルに囁かれたアルトは、ユリアから手を離し、ラガル王に向き直る。
「エスカール国、第二王子アルト=ジグレータ=エスカール。
以後お見知りおきを。」
そう言って笑ったアルトの笑顔は、怖いくらい妖艶で、綺麗だった。
◆-◆-◆-◆-◆-◆
「いっやぁぁぁぁぁぁ!!」
「ユリア様…」
謁見室から直行で自室に帰ったユリアは衣服が乱れるのも無視し、ベッドの上で泣き叫んだ。
その横でリーシャは呆れた顔でユリアを見ている。
「あんな…あんな人が私の夫なんてっ………やだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「いいじゃないですか。」
リーシャは泣き叫ぶユリアの前に行き笑顔でユリアの手を握る。
「あそこまで顔が良くて金持ちの夫なんて、そうそう居ませんよ。しかも剣の腕前も相当という噂ではありませんか!!ユリア様は恵まれていますわ。」
「………」
もう完璧じゃありませんか。と光を飛ばしそうな笑顔で言うリーシャにユリアは冷めた視線を送った。
そんなユリアの視線を受け取ったのかリーシャはコホンと咳払いし、ユリアをまっすぐに見た。
「それに、ユリア様がエスカールへ行かれるのなら、どんな手を使ってでも…私はユリア様に付いていきます。」
「リーシャっ!!」
リーシャの素晴らしい言葉にユリアは感動した。
嬉しさのあまり、リーシャに抱きつこうとした。
「まぁ、私の一存でどうにかなるとは、あまり思いませんが。」
どさっと音を立ててユリアはベッドへ倒れ込んだ。
リーシャはホホッと笑って、お茶の用意をしに行った。
そう。そういうヤツなのだ。リーシャは。
分かってたのになーっ
薄情者ーっ。と小さく呟いたユリアは首から下げている指輪を握りしめた。
そして思い出す。
アルトと会った時。
確かに…
過去と繋がったと感じた。
あの人の…あの漆黒の髪と………燃える様な……あの人と同じ紅い瞳が。
それに…アルトは「お久しぶりです」と言ったのだ。
「……あなたが…本物なの……?」
小さく呟いたユリアの言葉は誰にも聞かれることなく 消えていった。
◆-◆-◆-◆-◆
「アルト様!!あれほど言動は気を付けてくださいと言いましたよね!!」
謁見室を出て、案内された客室からシーグルの声が響いてくる。
バンッと机に手を置いて、
身を乗り出してくるシーグルをアルトは椅子に座りながら、チラッと見て面倒そうに片耳を指で塞ぐ。
「あーはいはい。言った言った。」
「だったら!!なんで勝手に行動したんですかー!!」
そう。本当ならば、アルトはシーグルと一緒にラガルに挨拶をするはずだったのだ。
ところがアルトはシーグルをまくと、勝手に行動し、リーグと出会い、さっさと謁見室まで行ったのだ。
ちっ。と小さく舌打ちするとアルトはいきなり立ち上がり、窓へ向かって歩く。
「なぁシーグルー」
なんですか。と 怒っているシーグルを振り返らず、アルトは窓を開ける。
風がブワッと舞い込み、アルトの髪を少し遊んで静まった。
「あいつがさー…兄上のお気に入りだと思うか?」
バッとアルトを見つめたシーグルには、アルトの背中しか見えず、表情が見えない。
「…ウルガ様の深層の姫君の情報は少ないですから…何とも言えませんが……」
「………だよなー……。」
歯切れの悪いシーグルの言葉にアルトはそのまま王宮の庭を見渡した。
兄に聞いた昔話を思い出しながら。