言いたいこと
エスカールの自室でユリアは軟禁されていた。
「……私が軟禁されるなんて………」
そう呟きながら窓の外の遥か遠くを眺める。
「ユリア様が脱走なさるからですよ。」
食事を持ってきたリーシャがため息を着きながら入ってきた。
「…リーシャが言ったんじゃない。」
「脱走しろとは言ってません。」
振り返ったユリアがむくれるが、リーシャはスパッと言い切った。
確かに煽る事は言った。
でも 戦争真っ只中の現場に行こうとするなんて論外だ。
「ほら、ユリア様。座ってください。」
椅子を引いて待っていると、ユリアは諦めたように返事をした。
チラッと窓の外をみてから名残惜しそうに離れ、リーシャの元へ歩いていった。
テーブルに並べられた食事にもあまり手を着けず、ユリアは手に持っていたスプーンを置いた。
「ごちそうさま。」
そう言って席を立とうとするユリアをリーシャは押し戻す。
「ユリア様!また…スープしか召し上がってないじゃないですか。」
「……食欲ないの。」
気の落ちた声で言われれば無理矢理にでも口に肉を詰め込みたい衝動を押さえる。
無言でユリアの肩を押さえていた手をのけると、ユリアは立ち上がってまたベランダへ移動する。
「ユリア様……」
ため息を抑え、ほぼ手をつけられていない食事をまた台の上に乗せる。
それでも何か食べて貰おうと顔をあげたとき、いきなりユリアがこちらに向かって走ってきた。
「ユリア様?」
驚いていると、ユリアは猛スピードでリーシャの隣を通りすぎる。
あわてて振り返ると、もうユリアの姿はない。
「ユリア様!」
廊下へ顔を出し、ユリアが去った方へ叫ぶが返事がない。
もう走り去った後のようだ。
「どうしたの…一体……」
不思議に思いつつ、ユリアの見ていたベランダへ目をやると、遥か先にエスカールの旗印が小さく見えた。
「………ユリア………様」
そう呟いたリーシャの頬を一筋の涙が伝う。
「戻られた…のですね。良かった…。」
涙を流しながら、リーシャは微笑んだ。
愛しい姫の幸せのために。
☆・☆・☆・☆・☆・
脇目もふらず、長い廊下を走り抜ける。
驚いて振り返るメイドや衛兵も、静かに道を開ける。
ベランダの上から見えた。
あの旗は。
「アル…ト!」
乱れる髪もドレスさえも気にしない。
――アルト、あなたに伝えたい事があるの。
最後の門をくぐる。
隊はまだ先みたいだ。
もっと近くで会いたいが為に市街へと降りていく。
奥へ進むにつれて出迎えか、大勢の人だかりで全く見えない。
それでもユリアは人混みをかき分け進んでいく。
「すみませんっ…通して…」
人混みをかき分け、やっとの思いで前までいく。
上がる息を抑え、目を凝らすと、すぐ先に見覚えのある黒髪。
「アルト…」
近づこうと手を伸ばすが、馬に乗ったアルトを囲むように、人だかりが集まっている。
皆勝利の喜びで回りがみえていないらしい。
「アルト、アルト…」
「ちょっと、邪魔。どきなさいよ!!」
負けじとユリアも手を伸ばそうとするが、いきなり横から押し退けられ、地面に倒れ込む。
「いっ…………」
体を起こすと、もうさっきまで自分が居た場所は人で埋まりきっている。
「……なによ……」
視界が滲む。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに。
人だかりの中で、馬に乗っているアルトの姿がばっちり見えるのに、アルトは私に気がつかない。
「気付いてよ……」
胸元にある指輪を握りしめる。
「ねぇ………」
ユリアの声を周りの歓声が掻き消す。
「気づいてよ、アルト!」
求めるように、名前を叫んで手を伸ばす。
届かないと分かっていても、叫ばすには。
あなたの名前を呼ばずにはいれなかった。
「なに?」
聞きなれた優しい声が聞こえたかと思うと、伸ばした手が暖かい温もりに掴まれる。
「きゃあ!」
そのまま引っ張られたかと思えば、誰かに優しく抱き締められた。
ゆっくり目を開けば、さっきの人混みの中とはとは違う、高い景色。
回りの観衆は唖然と自分を見上げている。
困惑する思考の中で、ズンと沈む。
「名前まで呼んで…そんなに俺が恋しかった?」
―――――あの声
「アル………アルト………」
滲む視界の向こうに、会いたかった人がいる。
―――――――アルト
夢なのか。
恐る恐る手を伸ばせば、自ら顔を手に近づけて、こちらを見ながら微笑む。
「なに?」
馬の上に横乗りの状態で座ったままユリアはアルトの首に抱きついた。
一瞬戸惑ったアルトも、すぐにユリアの背に手を回す。
エスカールではまだアルトの婚約者として発表されて居なかったので、周りにいる民衆はユリアの事を知らなかった。
皆の顔が、声が「誰?」と言っている。
ある者は隣にいる者に耳打ちし、またある者は あからさまに嫌な顔をしたり、お似合いだと言う者。
様々な反応を見せる民衆の中、周りが見えていないユリアは、ゆっくりアルトに見つめなおった。
距離は近い。
「―――会いたかった。」
「うん。」
目に涙を溜めて言うユリアの額にキスを落とす。
「心配だった。」
「うん」
「一緒に行けば良かった。」
「…それはダメ。」
コツッと額と額を合わせる。
あまりの近さに頭を引こうとするユリアの後頭部を片手で抑える。
――逃げられない。
「で。俺の帰城まで待ちきれずに、ここまで来た理由はなに?」
「え………。」
思わず、赤面しながら顔を上げると、真剣な表情のアルトと視線が重なる。
「言いたい事があるんだろ?」
「そ…れは。」
つまる言葉に自然と視線が落ちる。
視界の端に見えた民衆の視線が集まってる事に今気付く。
無意識に顔に血が集まっていくのを感じる。
「言って。ユリアの口から聞きたい」
真っ赤に染まった顔を無理矢理上げられれば、アルトの視線と重なる。
「あ………え、その…」
恥ずかしさと緊張で声が出ない。
いっぱいいっぱいなユリアを見て楽しむようにアルトはユリアを見つめる。
「ほら、言えよ。約束だろ?
その為に俺は…帰ってきたんだから。」
その言葉と一緒に、真剣な表情でユリアをみつめる。
一瞬で目を奪われる。
「あの……私――――」
「ちょっと!!誰なのよあんた!!!」
意を決して伝えようとした途中で誰かの声によって遮られる。
邪魔されたことによって苛立ちと安心の微妙な心情で声のした方を向くと、叫んだのは年頃の民衆の女だった。
「あんた誰なのよ!いきなり現れてアルト様にそんなに近付いて!!!!」
ユリアを睨み付けるその視線に背筋が凍った。
気が付けば民衆の大半が彼女と同じ気持ちのようだ。
明らかにユリアに向けられた敵意の視線が集まる。
――怖い
思わず胸の前で固く右手を握る。
怖じ気づいたユリアを見下ろすとアルトはユリアを抱き込んだ。
「え?」
驚くユリアを無視して民衆全員に響くように叫んだ。
「皆には紹介がまだだったな。この方はフローリア国第一王女ユリア殿下だ!」
民衆の顔つきが変わる。
誰に言われるまでもなく皆自然に次々と頭を下げた。
でもそんな光景をユリアは見ていなかった。
見ている余裕なんて無かった。
ただアルトの腕のなかで目を丸くしてアルトを見上げていた。
―――なんで……
言ってる事は正しいのに、妙な違和感が襲ってくる。
ユリアの中で"違う"と響いている。
―――そんな言葉が欲しいんじゃない
俯くと不意にアルトの服をつかんでいた手に力がこもる。
それに気づいたアルトがユリアの顔を覗き込んだ。
「……なんで泣いてんの」
困ったように苦笑する。
「わから……ない」
―――嘘。本当は、分かってる。
目に溜まった涙が瞬きで流れる。
「わからないんじゃ、しょうがないな。」
そう言いながら流れた涙をすくいながら顔を上げさせる。
涙をすくってくる手を払うと、まっすぐアルトを見つめた。
―――今言わなきゃ……何も始まらない……気がする。
頭に疑問符を浮かべたような顔で見てくるアルトの手を握る。
本当にいろいろあった。
いきなり現れてキスしたり、指輪をくれた男の子だっていったり。
いっぱい喧嘩したし、沢山救ってもくれた。
「アルト……」
懐かしい思いが溢れ出す。
―――ユリア
優しく呼んでくれ、指輪をくれた彼。
小さい頃からずっと彼に知らない間縛られて来たけど、今 解き放つよ。
―――あのこが誰だってもう、関係ない
「あの………」
アルトが戦争に行く前に感じた思い。
あの時はまだ曖昧だったけど。
今なら、断言できる。
離れて気付いた
―――本当なんだ。
「アルトが好き」
ユリアの言葉に回りにいた聴衆が沸いた。
それを気にせず、驚いて目を丸くして固まっているアルトを見つめ続けた。
ずっと見つめているのにアルトの表情は変わらない。
「……なんとかいってよ……」
恥ずかしくて死んじゃいそう。
ユリアの声で我に返ったのか、アルトはバッと口元を隠した。
そしてみるみるうちに赤くなっていく。
「……本気?」
口元を押さえたままアルトが言う。
―――なにそれ。
「本気じゃなきゃ言わないわよバカ!!!人が勇気だして言ったのに…!!本気かだなんて……聞かないでよっ!!!」
涙が流れそうな状態で叫ぶとフワッとアルトの手が背後に回った。
「っ…………!!」
唇と唇が触れあう。
逃げようにも後頭部に回された手が邪魔で逃げられない。
「っ……」
唇が離れると息を吐きながらアルトが抱き締める。
「そんな意味で言ったんじゃないんだ。…良かった。」
ゆっくり離れてから顔を近づける
触れあう寸前でアルトが笑った。
「―――愛してる、ユリア」
そしてまた重ねられた唇にユリアは委ねた。
拍手が巻き起こる。
途端に現実に戻ったユリアは火を吹くように赤くなる。
そんなユリアにアルトは嬉しそうに微笑んだ。