現実は残酷で
リーシャに自分の気持ちを言った夜、いつも通り訪ねてきたアルトは何処か変だった。
「………どうかしたの?」
心配そうに声をかけるとアルトは無言でユリアへ手を伸ばした。
ユリアの手を掴むと、引き寄せ抱きつく。
「ちょ……」
驚き、突きはなそうとするが、いつもと違うアルトにその手を止めた。
「…どうか…したの?」
見上げると真上にアルトの顔があり、苦しそうに歪んでいる。
「アルト…?」
触れようと伸ばした手は捕まえられ、更に抱き込まれる。
不意に胸が高鳴る。
体温が上がっていく中、耳元で囁かれる。
「………ユリア…俺は…」
更に、痛いくらいに腕に力が入る。
「…………近々………出陣する。」
その言葉にユリアの目が見開かれ、体温が下がる。
「………………え?」
それだけがやっと出た声だった。
「………サアク国が…フローリア侵略を計画しているらしい。」
「…サアク国が…?」
サアク国はフローリアの西に位置する国で、経済力はエスカールに次いで第2位だ。
エスカールがフローリアと同盟を組む事で、サアクが焦ったのか…理由はわからない。
「……だから…出陣したら…しばらく会えない。」
その言葉に顔をあげる。
嫌だ。会えなくなるなんて嫌だ。
行かないで。
「っ…あ…アルト…」
小さく呟いた言葉は頭に置かれた手に遮られる。
「…何泣いてんだよ。」
泣いてる?
頬を触ると濡れていた。
いつの間にか涙が溢れていたみたいだ。
「だって………っ…戦争っ………」
「…心配ないさ。」
苦笑しながら笑うアルトを見て、いいかけた。
「アルトっ……行かなっ!!」
行かないで。といいかけた口をあわてて押さえる。
彼は、ユリアの祖国を守る為に行くのだ。
口を押さえて泣くユリアに優しく微笑みかけて、アルトは抱き締める。
「……絶対帰ってくる。」
その言葉がより、戦場の危険性を訴える気がする。
「ごめん…結婚式…延びるかもな」
苦笑しながら言うアルトの胸を握りしめた手で叩く。
「………バカっ…!!」
それだけ言い、泣いた。
平和が続くと信じていた。
でも…突如として…
平和は壊される。
ずっと続くと思ってた
平和が。
壊れる。
この日から、出撃用意などでアルトはいつも以上に忙しくなり、ユリアに会いに来なくなった。
日に日に準備されていく中、ユリアは部屋に引きこもっていた。
「ユリア様…」
心配したリーシャが声を掛けるが、何を言えばいいのか分からず、結局黙る。
運んできた料理は全く手がつけられてない。
力が無いようにベッドに横たわっているユリアは、あの日からずっとこうだ。
金色の髪が散らばったベッドはユリアの憂いをより際立たせる。
「ユリア様っ!!」
目に涙を貯めたリーシャがユリアへ抱きつく。
いつの間にかより細くなってしまったユリアをリーシャは再確認し、更に涙が溢れる。
「辛いと…悲しいと思われるのは分かります!!アルト様がフローリアの為に戦いに行くことで迷われているのもっ!!でもっ………それでもっ!!」
「リーシャ…」
ゆっくり体を起こしたユリアは泣きじゃくるリーシャを見る。
「ユリア様っ…!!ご自分をお持ち下さい!!この様に…」
そっとユリアの手を持ち上げる。
「こんなにっ……痩せ細った姿っ……私が…悲しいです。ユリア様っ」
リーシャの言葉で改めて自分の体を見る。
こんなに…
細かったかしら…
リーシャによって持ち上げられた腕や、足。
徐々に何かが覚めていく気がする。
「ユリア様っ……」
そしてユリアの手を握って泣きじゃくるリーシャを見て、今まで働かなかった頭が動き出す。
「…リーシャっ…」
私は何をしていたんだろう。
数日の後悔が襲ってくる。
アルトの事を心配して。絶望を感じて。
そして何も考えない私をっ…
心配してくれる人が居たのにっ…
「ごめんね…リーシャっ」
もう大丈夫だからと握る手に力を込めればリーシャは更に泣き、飛び付いてきた。
「ユリア様ぁっ!!」
「心配かけて…ごめんねっ…」
リーシャの背に手を回す。
暖かい気持ちが溢れる。
一筋 涙が溢れた。
「ねぇ、リーシャ。」
「何でしょう。」
涙の跡を拭くと、リーシャは力強く座るユリアへ向き直る。
「…ご飯の用意して…」
ぐぅと言う音と共にユリアは力尽きたようにうなだれた。