気になる人
シーグルがノックも無しに入る。
部屋を見渡すと、滅茶苦茶に荒れていた。
思わずため息をつく。
「荒れるなら、ユリア様に詰め寄らなきゃいいのに。」
「好きで詰め寄ったんじゃないっ!」
ダンッと壁を叩くアルトを、シーグルは睨み付けた。
「ユリア様が可哀想です。理由も分からず詰め寄られて、無言で目の前を去られたんですから。」
シーグルの言葉にアルトは視線を外す。
そね様子に小さく息をはく。
「……謝りに行かないんですか?」
「……今更…うわっ」
言い訳をいいかけたアルトの言葉を遮ってシーグルはアルトを部屋の外へ引きずり出した。
「シーグルっ!!」
「遅かれ早かれ謝った方がいいです!」
「…」
「嫌われたくないんでしょう?」
「……だな。」
納得したらしいアルトは踵を返して歩いていった。
その後ろ姿を見てシーグルは軽く笑った。
「さて…」
今まで背にしていた部屋に入り、見渡す。
「…ランプまで割れてる…片付くかな…これ…」
肩を落とし、扉を閉めた。
コツコツと靴の音が響く。
ユリアの部屋までこれ程の距離があっただろうか。
逸る気持ちを抑え、アルトは急いだ。
ユリアの部屋が近くにつれ、怯えられるのではないかと、不安が膨らむ。
部屋の前につく頃にはもう不安で一杯だった。
深呼吸をし、ドアを叩こうとした時思わず扉が開いた。
「別に悲しくなんかないわよーっ!!」
叫び声が聞こえたかと思うと、中から誰が飛び出して来た。
いきなりの事だったので避けられる筈もなく、そのまま衝突する。
勢いがあったが、足を数歩後ろへ引き、ぶつかってきた者を抱きしめ、堪え忍ぶ。
「……よく走る姫だ。」
「っんな!?で…殿下っ!?」
抱き留められたユリアが顔を上げると驚いた顔をする。
ユリアの顔を見たとたんに不安は吹き飛び嬉しさが込み上げる。
「っ…殿下っ!離してください…」
腕の中で距離をとるように押し返してくるが、アルトは無視してユリアを抱き上げる。
「っきゃあ!!何するんですか!」
「ん?別に?」
何事も無いようにユリアを抱えたままアルトは部屋へ入った。
「嫌ですっ…下ろしてくださいっ!!」
暴れるユリアをソファーへ降ろすと、後ろでリーシャが扉を閉めた。
「…何か用ですか?」
不機嫌そうにユリアは睨むが、全く怖くない。
取り敢えず逃げないようにユリアの腕を掴むと、アルトは振り返り、リーシャに向かって言った。
「お前、下がっていいよ。」
「は?!」
空いた手で出ていけと示す。
アルトの言葉に驚き、ユリアは不満の声を漏らす。
「そうですか、では。」
あっさり受け取り、リーシャは一礼して出ていく。
「ちょっとリーシャっ!!」
引き留めようと届きもしない距離だが手を伸ばす。
すると伸ばした先に居たリーシャが意味深な言葉を残した。
「ユリア様、良かったですね。」
「んなっ…!!」
リーシャの言葉に赤くなったユリアとアルトを残してリーシャは部屋の扉を閉めた。
2人きりの空間。
固まったユリアにアルトは覗き込むように問う。
「良かった?何が?」
「しっ…知らないわよっ!!自分で考えれば!?」
アルトを押し返す様にユリアは赤くなって反論する。
「あー…分かった。」
少し離れて考え出す。
少しして、ああ。とこっちを見た。
「俺と2人になりたかっ…」
「ばっかじゃないの?!」
アルトが言い終わる前に叫びながら近くにあったクッションを掴み、アルトへ投げる。
「は?ばかじゃねぇし。」
楽々と投げてきたクッションを掴むとユリアへ手渡す。
「言ってくれなきゃわかんないんだけど?」
じっとユリアの視線と合わすとその視線を外す。
「…言えない…」
顔を隠すようにユリアはクッションをアルトとの間に挟む。
はぁ、と息を吐き出すと、アルトはクッションを掴み、ユリアから取り上げた。
「ちょ…何するのよっ!!」
バッと顔を上げたユリアの顎を捉えると、アルトは真剣な顔で言った。
「言わなきゃキスするから。」
「は?」
アルトの言葉に目を丸くする。
「え…ちょ…なんでっ」
戸惑っている間にもアルトの顔が迫ってくる。
「え…ちょ…待って下さいっ!!!殿下っ!!!!」
静止を呼び掛けても止まっくれない。
本気だ。
徐々に近づいてくるアルトに困惑しながら、ユリアは叫んだ。
「寂しかったのっ!!!」
言葉は少し反響し、アルトは止まった。
目を見開いてアルトはユリアを見下ろす。
「…寂し…?」
繰り返す言葉にユリアは開き直ったのか、次々と言葉を積むぐ。
「…そうよっ!!全部っ…全部殿下が悪いんだから!!」
そう叫ぶユリアの目に涙が溜まっていく。
「迎えに来たのにっ…エスカールに入ったら全然…会いに来ないし…っ……せっかく会えたと思ったら怒鳴るし…」
次々溢れるユリアの不満にアルトは驚き、後悔した。
そこまで考えてなかった。
会いに行けなかったのは迎えに行っていた間の仕事。
溢れた涙を掬うと、ユリアの声は少し落ちついて来た。
「逢いに来てほしかった…知らない所で…リーシャも居たけど…殿下にいてほしかった。
………迎えに来たって…言ったくせにっ………」
顔を手で覆い、泣き、本音を言うユリアを激しく愛しく思った。
泣くユリアを静かに抱き締める。
肩に顔を埋め、静かに呟いた。
「ごめん。」
ビクッとユリアの体が跳ねた。
抱き締める腕に力を入れる。
「逢いに行けなくてごめん。こんな…寂しがってるなんて思ってなかった。」
そっとユリアの頬を撫でると、更にユリアの目が潤う。
「っ……もうっ……全部殿下が悪いのよっ…!!!…まさか…殿下と会わなくて寂しいと思うようになるなんてっ……!!」
八つ当たりの様にいつの間にか手から落ちていたクッションを掴み、アルトを叩く。
また軽々しくクッションを掴む。
「何?俺と会えなくて寂しくなるのが予想外だったってこと?」
アルトの問いに素直に首を縦に振る。
その素直さに、少し苛立つ。
「でも、現にユリアは俺と会えなくて寂しいって思ったんだよな。」
急に意地悪な顔になった。
いつも通りだ。
「なら、今…俺と会えて…嬉しい?」
「……言わせるの…?」
真っ赤な顔が答えだ。
嬉しいに決まってる。
でも素直に言えるわけない。近い顔から逃れるように横を向く。
でもそれを阻む様にアルトの手が無理矢理向き合わさせられる。
「言えよ。」
アルトの赤い目に吸い込まれる。
今は…言える気がする。
ユリアは小さく口を動かした。
「…………嬉しい」
とても小さな声だったが、近いアルトにはちゃんと聞こえたらしく、一瞬優しく微笑む。
アルトの笑みを見た後、すぐに視界がアルトでいっぱいになる。
唇に感じる感触。
「………目くらい閉じろよ。」
呆れたように言いつつも何処か嬉しそうなアルトを見て、ユリアは素直に目を閉じた。
素直に目を閉じた自分にユリアが驚いた。
そして、優しく触れるアルトの感触に何故か。
会っていきなりされたキスとは違う。
唇が離れ、目を開けると、アルトと目が合う。
ドキッと脈打つ。
見ていられなくて横を向く。
なんでこんなに………。
徐々に変わっていく自分の中の感情を、ユリアは少しずつ感じとっていた。