賭け
ユリアの元を去ったアルトに後悔が押し寄せていた。
「くそっ…問い詰める気なんて無かったのに。」
荒々しく自室の扉を閉めると、息苦しい礼装をゆるめ、ベッドに仰向けに倒れ込む。
目を閉じて思い出すのはユリア。
そして、兄・王であるウルガだ。
☆+☆+☆
「さて…本題だ。」
ユリアがエスカールに入った日、ウルガに呼ばれた時のこと。
さっきまでふざけていたのだか、急にウルガが真面目になる。
「…ユリアのこと…ですか」
100%そうだと思ってたアルトの問いにウルガは笑顔で答えた。
「そうだよ。あの子は…ユリアは僕が見つけたんだからね。」
そう言って過去を思い出すように目を閉じる。
ウルガの言葉に驚くようにアルトは言葉を失う。
そんなアルトを受け流し、ウルガは更に続ける。
「まさかお前が連れてくるなんて思ってなかったしな、でも…渡したんだろ?指輪。」
「…」
変に確信を得ているウルガの言葉にアルトは答えない。
ウルガは気にするよう素もなく、肘置きに肘をつき、言い放った。
「ユリアは僕の深窓の姫君だ。…昔からアルトにずっと聞かせていた、お姫様だよ。」
ウルガの言葉に、驚く反面、やっぱりという気持ちがあった。
兄・ウルガがいつからか、どこかの国のパーティーで見掛けた小さな姫の話をするようになっていた。
その時小さかったアルトは、兄の話を聞き、そしてその姫に恋をした。
そして、出会ったのだ。
兄の話から飛び出して来たようなお姫様が。
それがユリアだった。
「僕にとっても、ユリアは大事だ。例え、ユリアが僕の事を知らなかったとしてもね。」
ウルガの表情に影が入る。
が、すぐに打ち消され、笑顔で話す。
声音は低いまま。
「だが、彼女は大事な国と国を繋ぐ架け橋だ。アルト」
「はい。」
名前を呼ばれ、姿勢を正し、ウルガに跪く。
「命令だ。3ヶ月後に式を上げる。ユリア姫を迎えろ」
「はっ。」
深々とアルトが頭を下げる。
そのアルトにウルガは肩に手をかけた。
「…幸せにしてあげなよ?じゃないと………
僕が貰うからね。」
ウルガの言葉に驚いて頭を上げると、真剣な顔つきのウルガと目が合う。
「それって……」
「国と国を繋ぐんだ。別に、お前じゃなくてもいい。それだけの事だよ?」
ニッコリと笑うウルガにアルトは背中に何か嫌な汗が流れるのを感じた。
ギュッと手を握り、勢いよく立ち上がる。
「っ…!!渡しませんから。ユリアは…俺のですっ!!」
それだけ言い残し、アルトは大きな音を立てて部屋を出ていった。
「ふっ……こども、だねぇ。いつになっても。」
アルトが出ていった扉を見つめ、ウルガが苦笑する。
すると、それまで隣の部屋にいたエミールがゆっくりと入ってきた。
「アルトの声、こちらまで聞こえて来たわ。」
「まぁ、叫んでたしね。」
ドサッとソファーに座り込むとおいで、と言うようにウルガはエミールへ右手を伸ばす。
「…ウルガ、アルトをからかいすぎよ。冗談が過ぎるわ。アルトはユリア姫の事本気で…」
ウルガへたしなむように言いつつ、差し出された手を見つめ、自らの手を重ねる。
「本気で…ねぇ…」
グイッとエミールの手を引っ張り、バランスを崩したエミールはウルガへ倒れ込む。
そしてウルガはエミールを自らの中へ閉じ込める。
「僕だって冗談じゃないんだよ。」
包み込むエミールにしか聞こえない声でささやいたウルガは、エミールを抱き締める腕に力を入れる。
「ウル…ガ…」
ゆっくり顔を上げたエミールに、ウルガは優しく微笑んだ。
「大丈夫。確かにユリア姫は僕の初恋の相手っていう独占欲もあるし、確かにユリア姫は好きだよ。」
「…ウルガ、慰めになってない。」
大丈夫だと言っておきながら、続く言葉は不安要素が満載だ。
エミールの表情に不安が浮かぶ。
「人の話は最後まで聞こうよ、エミール。」
と苦笑すると、ウルガは腕の中で見上げるエミールの唇へ、自分の唇を落とした。
「でも、僕は…君と出会った。今はエミールだけだよ」
唇が離れ、囁かれた言葉にエミールは頬を赤く染め、ウルガの頬に手を添え目線を合わせた。
「…大好きよ、ウルガ」
一言囁き、エミールは微笑むウルガへ唇を近づけた。
これは賭けだ。
ユリア姫がアルトを選べば、アルトの勝ち。
だが、もしユリア姫がアルトを選ばなければ…
迷いなくフローリアへ送り返そう。
そうじゃないとユリア姫にとって、辛いだけだろうから。
でも願わくは…
弟と姫が、幸せに。