第一章:初めての先生はドーン少女?
アベリア──それが<死神>である少女の名。
白い花より名付けられた。
少女の“名前”……。
7月7日の誕生花でもある「アベリア」は確かに──少女が<死神>として生まれた日でもある。
花言葉は、「強運」、「謙虚」、「譲歩」…である。
花言葉の「強運」は、新しく伸びた枝先に香りの強い小花を長期に渡って咲かせ続ける樹勢の強さにちなむ…。
「謙虚」「謙譲」の花言葉は、個々の花の小さくつつましい姿に由来する。
…そんな彼女が京都──平坂の地に降り立った──語弊があるな、正しくはドーンッ!と京都タワーの頂上より大の字で地上へと自由落下をした、だ。
…むくり。
「…む…やはり、高さが足りないわ……東京スカイツリーか東京タワーでないとダメね。ふぅ。」
やれやれと肩を竦めて少女は周囲を見渡す。
「…何よ?文句でもある?」
ジトッ、と睨め付けられ、学生服を来た少年は思わず後退る。
「ぅっ、ぁ……いや、どう見ても可笑しいよ!?急に連れて来られたと思ったら「ここで待っていろ」とか言われて…!
で、待っていたらいきなり飛び降り自殺──って死んでねぇーけど!
──じゃなくて!!
クレーター出来てるよ!?どうするの!?
俺、弁償出来ないよ!?──でもなくて!!
文句しかないよ!アベリア先生!!」
ふふっ、と微かな笑みを浮かべるアベリア。
ゴスロリ服の少女──ではなく、この春から少年が通う森羅学園の現文を教える──現代文教師であり、少年の在籍するクラス担任でもあった。
「…ツッコミが冴え渡っているわね、佐伯旭君?」
「…俺は東京生まれの東京育ちだ!それに学園は東京だろ!?なんで京都に来たんだよ!」
ツッコミが冴え渡っている。流石である。
そう──少年──佐伯旭は16歳の高校一年生。
身長は180㎝と長身の為アベリアと並ぶと年の離れた兄妹にしか見られない。
「…あら。誰も芸人になれとは言っていないわよ?」
「ならねぇよ!じゃなくて…っ!?」
「ふふ…面白いわね、佐伯君」
ツッコミが冴え渡っている。
「…何の用で俺を連れて来たんです?先生」
「修行──いえ、“実地研修”、かしら?」
質問を質問で返して、アベリアは生徒の質問には答えない。
「…ッ!修行って…あの──」
「ええ──あの、よ。」
アベリアがゴスロリドレスを翻して京都タワーに背を向ける──
「──っ!?ちょっと待って……って、直ってる…っ!?」
…アベリアが飛び降り自殺(死んではいない)した為に大規模なクレーターがそのアスファルトの下に出来ていた。
その土埃や破片が散乱していた──筈だったアベリアの落下地点は綺麗に整地されている。
……それに誰も何も反応しない事に漸く気付いて──
「…おいっ!あんた…狙って遣ってただろ…っ!?なんで飛び降りた!」
「趣味よ。
…うるさいわね、佐伯君…死神では常識よ?」
嘘である。
那由多の数ほどある<死神>の中では──アベリアと彼女に近い友人・知人くらしいかいない。
「そうなのか──っ!?──って、そんな理由あるか!!ビックリしたわ!」
「ふふ…面白いわ。その調子で実地研修もこなしてね?」
…辿り着いた場所──そこは、昏く淀んだ瘴気が充満する──廃病院であった。
……いつの間にかこんな場所まで来ていた。
「あなたは強くならなくてはいけないのよ?──贄にはなりたくないのでしょう?」
「──ッ!ああ!」
“贄”──それこそが少年を指す言葉であり、件の這い出た亡者の狙い──
〝稗〟と名乗ったあの亡者──全身黒尽くめの赤髪の男──が自身を浚おうとした中学校卒業式の日…校舎で1人になった時に浚われる寸前に現れ助けたのが目の前で真剣な表情で見上げる少女──<死神>のアベリアだ。
「あなたには<死神>の資格があるわ──だから狙われるのかもね。」
表情を引き締めて真剣な眼差しで虚空より“草薙剣”を取り出す。
唐草が螺旋のように柄を覆い、鍔には龍の鱗のような拵え…刀身は波打つ片刃の銀色の刃渡り2mはある日本刀──これこそが佐伯旭の唯一無二の相棒である。
「…死神の鎌は何も“文字通り”の鎌のみを指す言葉ではないわ──死神それぞれの……それこそ那由多の数ほどあるものなの。」
「…ああ。」
龍の横顔がデザインされた鞘から引き抜いて、刀身を見据える。
「…その草薙剣は貴方にしか振るえない」
「・・・」
<場>に溜まる瘴気が形を為して──佐伯旭へと襲い掛かる…。
オォ──ッ!
グォオァアアッ!!
ギシャァァアア──ッツ!!
…本来悪霊である彼らに実体はない──
──だが、現世に未練を残し死んだ魂が成仏されず長年──期限にして大体200年くらいだろうか?
現世に留まり続けた結果──荒御霊となって実体を持つことはあるのだ──今のように。
平安の時代に於いて京の都を襲った百鬼夜行──安元の大火──はそれが原因で起きたものだ。
安元3年(1177年)4月28日亥の刻(午後10時頃)、
樋口富小路付近で発生した火は南東からの強風にあおられて北西方向へ燃え広がり、
西は朱雀大路(幅約84メートル)を越えて右京にあった藤原俊盛邸が焼失し、
北は大内裏にまで達した。
皇居だった閑院(二条南、西洞院西)にも火が迫ったため、
高倉天皇と中宮・平徳子は正親町東洞院にある藤原邦綱邸に避難した。
火は翌日辰の刻(午前8時頃)になっても鎮火しなかったという(『玉葉』29日条)。
焼失範囲は東が富小路、南が六条、西が朱雀以西、北が大内裏で、京の三分の一が灰燼に帰した。
大内裏の大極殿の焼亡は貞観18年(876年)、
天喜6年(1058年)に次いで三度目であったが、
内裏で天皇が政務を執り行う朝堂院としての機能はもはや形骸化しており、以後は再建されることはなかった。
…。
「これを放置しては安元の大火みたいな事に
なるのよ」
「分かっている」
「使い方は教えたわね?
…実践あるのみだわ。」
「…彼岸へと還す!」
ヒュンッ!
迫る土蜘蛛は…優に5mは越えていた。
…“それ”が数にして5体はいるのだ。
本来なら横幅も高さも5mもない元病院で建物を壊さずに巨体を揺らせ向かってくるのは不可能だろう。
──この廃病院は<幽界>となっている、と。
幽界とは……言葉通り悪霊や地縛霊の<領域>を指す言葉。
成仏もせず、幽霊達のみの楽園を作り上げ、現世へと留まり続けた歪んだ魂の成れの果て──
土蜘蛛の糸が佐伯を捕らえようと噴出される。
黒々とした巨大な蜘蛛の姿──だが、とても禍々しくもおぞましい存在──。
鋭利な足先が振り下ろされる。
「──一閃。」
静かに呟いて横に払う。
銀色の刀身は過たず土蜘蛛を一刀の内に胴体を真っ二つにする。
草薙剣の然り、少女の死神の大鎌、テトラ然り──“死神の鎌”は文字通り魂を斬る。
死神の鎌で現世の人間の魂は斬れない──死期が来てそれらを身体と魂魄を剥がし、四ツ平坂へと連れていき──閻魔大王の審判より、来世への道筋を決められる。
“死神”はその死出の水先案内人でしかない。
人在らざる存在を──人間は<神>と言うのではないか?
「せいっ!」
少年…佐伯の気迫の一撃が土蜘蛛を次々と斬り捨てていく…。
土蜘蛛は…放置するとあまりにも哀しい存在だ。
放置しては現世の生者に取り憑いてその者の身体を乗っ取り──その者の人間関係を壊し、家族を手に掛け……孤立無援の末に更なる罪禍を振り撒く。
見つけ次第断ちきらなければならない──そんな存在。
彼らは──物の怪、悪霊、悪鬼羅刹、魑魅魍魎…等と言った折り重なった人や動物の──魂が混ざったおぞましき存在だ。
地獄の門を潜ったにも関わらず狭間を擦り抜け──
つまり、幽界を通って現世へと堕ちた亡者──愚かなる亡者、【愚者】は現世への怨みをその内に膨大に溜め込んでいる。
「──これで止めだ!」
ザシュッ!
グォオァアア──ッ!!
最後の一体を切り捨てた。
時間にして──5分。
「うん、だいぶ早くなったわね?佐伯君」
「…分かっている──“焼却”」
…ボォァッ!
草薙剣を構え【聖句】を唱える、佐伯。
途端に広がるのは──蒼き聖なる焔…。
焼き尽くすのは…瘴気。
土蜘蛛と化した地縛霊の数々が放つ禍々しくもどろどろとした怨みの残滓が“瘴気”となる。
そう言ったモノもきちんと焼却しないと幽界は新たな【愚者】を現世へと呼び寄せ──百鬼夜行が起きる。
見つけ次第潰して行くしかないのだ。
「…聖句も発動までが早くなったわね。流石は佐伯君──伊達にツッコミ名人になっていないわね♪」
「誰がツッコミ名人か!…ったく、普通に誉めろよ!
褒められるのは悪かねぇんだからな」
そう言う所である。
頬を赤く染めて頬をポリポリと掻く──までがセットである。
「…それじゃ次よ?佐伯君♪」
…死神少女はにんまりと笑って佐伯の服の端を引っ張る。