プロローグ
「……」
赤、青、黄、緑、紫、白…色とりどりのネオン煌めく不夜城、東京──その夜景を遥か上空から見下ろす無機質な…ともすれば人形と見紛う精巧人形が如く美貌の少女は手に死神の大鎌を持ったまま、上空で見下ろしていた。
さらさらと風に浚われる銀髪は月光を背景に光輝く銀糸…、大きな紫色の瞳はそんな月には目もくれず眼下のみを無感動に写す。
「……居た」
ひゅ…っ!
真っ直ぐ下降して制止。
大鎌を一閃──それだけで“ソレ”は刈り取られた。
音もなく、人気もなく、誰の目にも移らない死闘──それは夜の静寂へと消える。
「亡者が現世を乱す…閻魔様は大丈夫だって言っていたけれど…大丈夫なの?これ……」
可憐な声が風へと消えた。
次の瞬間には少女の姿も、露と消えた…。
……。
カアカアカア─…
鴉が鳴く…鬱蒼とした森の中。
手付かずの山合いは確かに野性動物の楽園であった。
平時であれば何かしらの“音”が聞こえるはずである。
──が、今は何の音も聞こえない。
風の音ですらしない不気味な空間…そこに一人の亡者が。
『ひひひ…ぐひゃひゃひゃぁあ…っ!』
不気味な不気味な[声]が、嗤い声が響く…。
亡者は音の一切しない空間に於いて唯一異質な存在として在る。
『稗よ、その不快な嗤い声を今すぐ止めよ』
ピタッ。
亡者の首筋を断ち斬った男──現世に於いてはこの男も亡者の男もまた“あってはならない”存在なのだが。
『…ひでぇや、僂呶…ちぃーっとくれぇ愉快な気分に浸らせてくれりゃ良いだろが。
──元はと言えば、お前さんがあの死神の嬢ちゃんにちょっかいを掛けて手酷く殺られたからだろーが!俺は止めたぜー?
まだ早いって。それなのにお前さんときたら』
『…もういい、稗の言葉は吾を不快にさせる。』
亡者の男──稗は亡者故に男の目にも見えぬ速さの一閃も何処吹く風で、次の一瞬には僂呶と呼ばれた男の背後に立っていた。
『──止めよ』
大鎌を手にした僂呶と刃渡り直線で5mもある、中華包丁のような物を手に斬り合いを始めようとした二人の間に立ち片指で止めた男──この二人の上位の存在だと分かる覇気に瘴気だ。
『──ッ!!へへっ…清明様じゃねーですか。今宵は何用で?』
『稗、貴様!お上に対して何と言う口の訊きよう…ッ!!』
にやつく稗と悪鬼羅刹の如く睨み付ける僂呶…一触即発の所を穏やかな青年の──“清明”の声が静かに響く。
『良い。稗の在り様も僂呶の在り様も私は<全て>を許容する』
『…はっ。御心のままに。』
『うん、期待しているよ。僂呶』
不承不承と仕方なく“諾”と応えた僂呶は己が主へと享従を示す。
『僂呶は真面目過ぎていけないねぇ、なあ清明様もそう思うだろう?』
『稗…そんな事は言ってはいけないよ。
そこが僂呶の長所でもあり、欠点でもあるのだから…』
『お上…』
3人はそのまま煙のように掻き消えてしまった。
3人が去ってからは忘れ去られたかのように“音”が戻り、森に静かな夜の喧騒が戻るのだった…。
……。
四ツ平坂に紅い紅い雪が降る。
京の山を4つ越えた先──滋賀県との県境にある「音羽山」、ここが地獄への入り口である。
基は吉凶の兆し。
基は現世と彼岸の境界線を曖昧にする──
地獄の門が開き、誰そ彼──現世と彼岸は交じり亡者が現世に放たれる。
誰そ彼……
かァごめかごめ。
かーごのなかの鳥は。
いついつでやる。
夜あけのばんに。
つるつるつっぺぇつた。
なべのなべのそこぬけ。
そこぬいてーたーァもれ。
──有名な童歌だ。
輪の中に囲ったのは──亡者。
囲ったのは地獄の鬼。
罪を犯し地獄で現世の罪を購う亡者を粛清する歌だと──<死神>の少女は考えている。
“いついつでやる”──これはそのまま、その亡者の罪禍の重さで決まる──刑期のようなもの。
何時罪禍が購われ、昇華されるのか──と、地獄の王、閻魔大王の悲哀と罪を憎み監視する厳しい目……そのように思う。
「…閻魔様のお考えは解らないわ」
“様子見”──それが、どのような事態を引き起こすのか──死神の少女にはまだ分からない。
「…だけれど神としては地獄の事は地獄に任せるべきよね。──納得はしきれないけれど」
透き通るような白銀の髪に紫色の瞳、140㎝と低い少女の作り物めいた美しさは…月をも霞む。
「彼らを育てれば──きっと───」
鈴の鳴るような可憐な声がそっと風に浚われた──
………………
…………
……。