地味系JKライフには黒縁眼鏡は必需品?!
朝、始業十二分前。
教室のドアの前に立つ。
ここまでは誰にも見つからずに来れた。
ここからが勝負……!?
いやいや。平静で行こう。
そんなことを思いながら、覚悟を決めてドアを開けた。
「おはよう!」
「おはよう。南さん」
「おはよう、南さ……え……」
「「「え、え、え~~~!?!」」」
教室中に響く声。
皆、呆気にとられたように私を見てる。
ああ。
やっぱり似合ってないんだわ……。
私は、泣きそうになりながら、自分の席に着いた。
「おはよう、南」
「おはよう、沖田君……て、え?」
「「眼鏡は(が)?!」」
同時に声が被った。
「わ、私は。昨日、眼鏡を壊しちゃって……。女の子なんだからこの際、コンタクトにしなさい、て母に無理矢理、コンタクト作りに行かされて……」
そう言いながら、涙がポロポロと流れ落ちた。
私の素顔なんて……見られたものじゃないわよね、きっと。
黒縁眼鏡はガリ勉の私のトレードマークだったんだし……。
「ああ、南、コンタクトが体質的にあってないんだろ。わかるよ。俺も初めてコンタクトにした時はそうだった」
けれど、沖田君は柔らかく笑んでいる。
その笑顔につられるように言葉が出た。
「お、沖田君こそ、どうして眼鏡……」
「俺も昨日、コンタクト落としてさ。予備がないから、仕方なく眼鏡かけてきた」
「沖田君て……」
「俺が何?」
「うん。ううん……」
素顔もかっこいいけど、『眼鏡男子』だったのね……なんて口が裂けても言えないわ。
でも、焦げ茶色の太いフレームのその眼鏡姿は、元々美形の彼を更に二割増しいい男に見せている。
なんていうか、男っぽさに知的さが加わって、清冽な印象。
……なんて。
そんなことを思っている間にも、コンタクトが痛くて益々涙が溢れて来る。
「南、我慢せずにコンタクト外せば?」
「だって、そしたら黒板が……」
「ノートなら俺が貸してやるよ」
「でも、見えない……」
そう言いつつも、あまりの目の痛さにとうとう、コンタクトを外した。
顔を上げると、周りの世界はソフトフォーカスにぼやけている。
「南、見えてるか?」
「沖田君、目の前でぶんぶん手を振らないでくれる?」
「お、一応見えてるみたいだな」
とは言え、本当に至近距離の沖田君の顔が見えない。
彼がかけているはずの眼鏡も茶色くぼやけている。
「おーい、佐野! 俺と席変わってくれよ」
「お、沖田君……!」
沖田君は突然そう言うと、私の隣の席の佐野君と強引に席を替わった。
「新しい眼鏡が出来るまで面倒見てやるよ。だから、心配するなって」
見えないけど……わかる。
沖田君は笑ってる。
何で、私にそんなに親切なの……?
そう思った時、
「ホームルーム始めるぞー」
担任の仲野先生が教室に入ってきた。
◇◆◇
「南さん! すごい綺麗!」
「もっと前からコンタクトにしていれば良かったのに」
一時間目が終わった休み時間、何故かクラスの女子が私の机の周りに集まって来た。
「南さんの瞳て、本当に漆黒よね。切れ長だし」
「よく見ると肌もすごく白くて透き通ってる」
皆が賑やかに私を囲んでいると、
「ねえねえ、南さん。メイクとか興味ないの?」
「え? メイク?」
クラスでも弾けているタイプの長峰さんが、パープル系の花柄の可愛いコスメポーチを持って私の机の前に座った。
「ちょっと軽く目を閉じて」
「え?」
「いいから」
長峰さんの言葉に黙って目を閉じる。
ん……何か、睫毛に……。
「ほら。軽く透明マスカラしただけで、瞳がもっと綺麗」
長峰さんは満足そうにそう言って鏡を見せてくれたけど、裸眼の私には全くピンとこない。
でも、
「わあ。南さん、ほんとはこんな美少女だったんだ!」
「眼鏡を外せば美少女、て、漫画の中だけの話じゃなかったのねー」
みんながわいわいと私の周りではやし立てる。
クラスの女子とこんなに仲良くできるなんて。
高校に入学して今日が初めて……。
思えば、この西が丘高校に首席入学してから、才女として注目は集めても、私に親しい友人なんてできなかった。
それも、私が真面目なガリ勉だから……。
「南さん、このリップ使って見て」
長峰さんが、ピンク色の綺麗なリップクリームを私の前に差し出した。
「このローズ系のリップ。使いかけで悪いけど、この色、南さんに似合ってると思うの。あげるわ」
「え。でも……」
躊躇する私に、
「南さん。下の名前、何て言うの?」
「奈流……」
「じゃ、今度から「奈流」ね」
長峰さんは、優しくそう言ってくれた。
「よろしく! 奈流」
皆が口々に言うその自分の名前に、感動する。
愛用の黒縁眼鏡がないのは不安だけど、コンタクトにして良かったのかな……。
その時。
「南さん、一時限目のノート要る?」
クラスでも秀才の田中君がそう声をかけてきた。
「ノートなら俺も貸すよ、南さん」
他の男子まで私を囲み、話しかけてくる。
「英語の? そう、それなら……」
田中君のノートを借りようとしたその時。
「おい、南。次は化学! 化学室行くぞ」
「沖田君」
沖田君が何か不機嫌そうにそう言って、田中君の前に割り込んできた。
「あ、二時限目まで後三分」
思わず慌てて席を立った。
しかし、その時。
「南!」
視界が不鮮明で足元がふらついたのを、沖田君が横からとっさに支えてくれた。
「あ、ありがとう……」
きょ、距離が近過ぎて、心臓がバクバク……!
「南、新しい眼鏡が出来るまで俺から離れるなよ」
「え?」
「そんな危なっかしいの、ほっとけるか」
ぼそりと呟いた彼の言葉を、私は耳を赤くして聞いていた。
その日、私は、教室移動の時は沖田君に連れられ、お昼休みのお弁当は長峰さんたちクラスの女子と一緒に食べた。
休み時間を一人きりで読書せずに過ごすのは、生まれて初めてだった。
本を読めない物足りなさはあったものの、それ以上に『友達』と過ごす時間は、今まで十五年の人生の中で感じたことのないそれは幸せな時間だった。
◇◆◇
その日の放課後。
「南、家はどこ?」
沖田君から声をかけられた。
「白谷町だけど」
「送ってくよ」
「え?」
「南が足元ふらついて駅のホームに転落!なんてのはやだからな」
ジョークなのか本気なのかわからないけど、とにかく私は沖田君と帰ることになった。
「沖田君……」
帰り道、並んで歩きながら、私はおずおずと口を開いた。
「何で私にそんなに親切なの?」
「南が可愛いから」
「か、可愛い?!」
「ああ。俺は南が可愛いのは知ってたんだぜ」
「な、何……」
私が泡を食っていると、彼は語り始めた。
「南、放課後、一人居残って勉強してるだろ。俺、ついこの前見たんだ。南が勉強終わって、教室の黒板の黒板消しを窓ではたいていた時」
沖田君は言った。
「チョークが目に入ったんだろうな。南が眼鏡を外したんだ。その時の衝撃、て言ったらなかったよ。差し込む夕陽に照らされながら教室の窓辺に立っている絶世の美少女!……ああ、俺のボキャ貧じゃ到底形容できないけど、とにかく南が眼鏡を外すとめちゃくちゃ可愛い、てことその時知ったよ」
私は、真っ赤になった。
そんなことは言われたことも思ったことも一度もなかった。
だって、物心つく頃にはもう分厚い眼鏡をかけていたし、眼鏡を外せば私には自分の顔はよく見えないから……。
「それから、南となんとか仲良くなれないか。そればっか考えてたよ」
沖田君が笑う。
沖田君がかけている眼鏡は私の目には茶色にぼやけているけれど、その太いフレーム越しの顔は甘く、端正で。
何より、人懐こくて優しい沖田君の存在は、私の心を惹きつけた……。
◇◆◇
三日後。
新しい眼鏡ができて、私はようやく安心して登校した。
「南、おはよう」
「おはよう、沖田君」
「「眼鏡!」」
また、同時に声が被った。
「南、眼鏡に戻したんだ……」
一瞬、沖田君はがっかりしたような顔をした。
「南はもうコンタクトにしないの?」
「私は……眼鏡の方がいい……」
私はやっぱり愛用の黒縁眼鏡をかけている方が落ち着く。
「まあな。南が眼鏡かけてた方が俺は安心かな」
「安心?」
「他の奴らに南の良さがわからないだろ」
「良さ?」
「南が可愛い、てことだよ」
その時、ボン!と顔が音を立てた。
「お、沖田君こそもう眼鏡にはしないの?」
それはそれでわたし的には残念かも……。
「ああ。やっぱり、コンタクトの方がよく見えるからな。……それに、南の可愛さもね」
「お、沖田君……!」
「あーあ、朝からお熱いわねえ。おふたりさん」
その時、横から長峰さんが現れて、にまにまと笑っている。
「長峰さん……!」
「美咲!でしょ? 奈流」
「み、美咲ちゃん……」
そうして、私の『JK』ライフはロマンス香る明るく楽しい予感に溢れてきた。
黒縁眼鏡、このままの方がいいのかな。
それとも……?!
香月が、2019.3.30の活動報告で出した【眼鏡】のお題に山之上舞花さまが書いたショートストーリーがきっかけでこの「眼鏡娘とコンタクト」企画が立ちました。
また、とても素敵なイメージ画を相内充希さまより頂きました。
舞花さま、充希さま、そしてお読み頂いた方、どうもありがとうございました!
【追記】
本作は、2023年、高取和生さま主催「眼鏡ラブ企画」参加作品です。