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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第八十一話 心のありか

 時計のない生活にも慣れてきたのか、そろそろ時間だろうと集合場所に向かうと、ちょうどアンナも歩いてくるところだった。正面にはじっと待ち受けるヴィバリー。二人とも無言だ。気まずいのか、それとも口に出さなくても通じ合ってるのか……多分前者だな。

 原因は俺にもあるのだし、俺から声をかけてどうにか間を取り持ってみるかと近づいた時、ふと背筋にぞっとする感覚が走った。覚えのある違和感。周りの全てが突然、別のなにかに変じたような。ヴィバリーもアンナも、凍りついたように動かない。

 ――俺以外の時間が止まってる。そう理解した途端、安堵を感じている自分が少し嫌になる。異常な世界、異常な現象が、もはや俺の中で当たり前になりつつあるってことに。

「……トポ……ポトキッテ? か?」

 俺が虚空に問いかけると、視界の中で灰色の何かがゆらりと動いた。

 くすんだ布の塊に見えたそれは、よく見れば見知った老婆の姿をしていた。彼女はさっきからそこにいたのだろうか。俺が気づいてなかっただけで。

「覚えていてくれたのね。ありがとう。私、名前を覚えられることはとても少ないの。あまり人と会うのが得手ではないから……ふぅ」

 長い溜息をついて、ポトキッテはじっと俺を見た。灰色の目。夢の中では子供みたいに無邪気に見えたその瞳が、今は底知れなく恐ろしく思えた。その穏やかな顔も、優しい口調も同じなのに、何かが違う。

「怖がらないで。そうね……夢の中とは違って見えるのでしょうね。あそこではアウラ以外、力を持つことができないから。ある意味では私たちの本質だけがあなたに見えていたのでしょう。今ここにいるものこそが普段の私なのだけれど、魔術は私たちを延長してくれるもの。一人の人間を、より大きく、深遠なもののように感じさせる。誰であれ、本当はあの少女のように、ちっぽけで幼い自我に変わりはないのにね。トランカラーシだって、あんなに空いっぱいになってしまって。ふふ」

 ぶつぶつと小難しいことを言いながら、ポトキッテは薄く微笑んだ。時間を止められるせいなのか、話がいちいち長い。

「何しに来たんだ……?」

 俺は一応警戒してることが伝わるように言った。夢の中の会議で、ポトキッテは中立だと言っていた。発言の感じからしても、俺やイクシビエドに敵対することはないはず。だからこそ、時間が止まったと気付いた瞬間にちょっと安心したわけだ。

 でも、このタイミングでわざわざ俺の前に出てくる理由がわからない。魔術師の考えることなんて、何もわからないって言えばそうなんだが。

「……考えていることがあるの。もう、ずっと。あの会議が終わってから……こうしてあなたに会うと決めるまで、一年もかかってしまった」

「一年……?」

「ごめんなさい。私の主観的な時間のことよ。……駄目な魔導師(ウィザード)ね、私は。いつまでも迷ってばかり、考えてばかりいる。けれど今、この瞬間に動かざるを得ないこともあるわ。静寂の中に留めるだけではなく……私の小さな頭で解けない問いは、時間を前に進めることでしか答えを得られない」

 ぼうっとしていたポトキッテの瞳が、ふと焦点を結んで、俺を見た。

「私はあなたに、その答えを出して欲しいと思っているの」

 不思議な感じだった。見た目も話し方もまるで違うのに、この婆さんからはどこか……コララディと似たものを感じる。同じ時間術師だからなのだろうか。

「……悪いけど、何を言ってるかわからない。俺は自分の目的を果たすだけだよ」

 冬子を止める。今はそれだけだ。魔導師(ウィザード)の思惑なんか考慮してる余裕はない。

「ええ。それ以上のことを望んでいるわけではないわ。あなたはあなたの考えのままに行動すればいい。私はただ、伝えておきたいことがあるだけ。他の誰でもなく、あなたに」

「……」

 話の向かう先がさっぱりわからず、俺は怪訝な顔をしたまま黙ってポトキッテの言葉を待った。

「あの夢の会議の時、私には結局決められなかった。来たるべき世界と、今ある世界のどちらに加担すべきなのか。でも私は多分……いいえ、あの場にいた全員が、きっと一番大事なことを見ていなかったのよ」

「大事なこと?」

「『理由』よ。あの少女が何を感じ、何を考え……なぜ、今の結論に至ったのか。彼女の心を私たちは知らない。アウラは感じていたのでしょうけど、議題にあげなかったということは些事だと判断したのでしょうね。だけど私には、どうしてもそれが些事だとは思えない。そこに本当の問いがあるはずなのよ。魔術の根幹をなすものは、すなわち、意志であり心なのだから」

 両目を開いたまま、考え込む風のポトキッテ。だが俺にはその問いをあらためて考える必要はなかった。

「……理由が知りたいなら、俺は知ってる」

「そうなの? 教えてくれるかしら」

「あいつは人間に絶望してるんだ。俺たちが殺し合う姿を見て、それから……他にもひどい目にあって。人間は自分と違う、わかり合えない生き物だって思ってる。だから、この世界から追い出すって……そんな話をしてた」

 記憶を辿って口に出してみると、冬子の考えはそうおかしくもない気がした。俺たちはわかりあえない。だからきっと、別の世界にでも住むべきなんだろう。その計画が言葉通りに進むのなら、いっそ止めなくてもよかったかもしれない。だが現実には、俺たち人間はこの世界から消えて、十中八九死ぬことになる。

 ポトキッテは俺の言葉に驚くでも感心するでもなく、ただ微笑を浮かべたまま聞いていた。てっきり探してた答えを聞いて驚くかと思っていたので、やや拍子抜けだ。

「彼女が、口に出して、そう言ったのね?」

「……ああ。細かいところは違うかもしれないけど」

 実の兄である俺に刺されたことも引き金だったのだろうと、彼女に言うべきか一瞬迷った。キスティニーみたいに悪用されるとまでは思わないけれど……アンナにさえ言えなかったことを、ここで今、ろくに知らない魔術師に言ってなんになる? そう思って、黙っていた。

「…………トーゴさん」

「うん?」

「魔術師は嘘をつかない、という慣用句を知っているかしら」

「は? えっと……イクシビエドがそんな話をしてたかな」

「なるほど。彼はたしかにそうなのでしょう。けれど、全ての魔術師がそうではない。言葉はただの言葉よ。キスティニーのように嘘というものに神秘性を見出し、それを好む魔術師もいる。あるいは嘘と気づかずに、自分がそうと信じ込んだことを口にすることもあるでしょう。いずれにしても、魔術師だからといって言葉をそのまま鵜呑みにすることはできない」

 ポトキッテが突然始めた魔術師の雑学講義に、顔をしかめる俺。だが、何か引っかかった。どうしてこの流れで急にこんな話をするのか。

 それからじっと考えるうちに、彼女の言葉の真意が薄らと見えてきた気がした。

「……もしかして、冬子が嘘をついてるってのか?」

「わからないわ。今は、誰にもわからない。だから、時を進めなくてはならないの」

 俺はしばらく、ポトキッテの言葉を考えた。冬子の言葉が嘘だとして、それが何を意味するのか。別の目的がある? だからって、やることが同じなら結局俺は止めなきゃならない。この婆さんは一体、何をどうしろって言いたいんだ。

「つまり、結局……俺に何をさせたいんだ?」

「考えて。感じて。ありのままのことを。彼女の本質を。それがきっと、時の行く先を明かしてくれる」

 どこまでも回りくどい話ばかり続いて、俺はさすがに苛立ってきた。文句を言おうと思ったが、正面からこちらを見る静かな老婆の顔を見ると、怒鳴りつける気にもなれなかった。仕方なくため息をついて、小さくうなづいた。

「覚えておく。正直、よくわからないけど」

「ありがとう」

 礼を言う間も、ポトキッテの顔は微動だにしなかった。感情のない目。

「……アンナやヴィバリーが魔術師を嫌う理由がわかった気がするよ」

「聞かせてもらえるかしら?」

「あんたもイクシビエドも同じだ。謎めいたことばっかり言って、結局俺たちを手の平で転がして、観察して、自分のために使おうとしてる。哲学だか魔術学だかなんだか知らないけど、そういう思考の材料みたいに思ってるだけだ。本気で味方したりしてるわけじゃない。親切とか慈愛とか、そういう気持ちはないんだろ」

「ええ。耳が痛いけれど、その通りね。私たちに関して言えば」

 一切悪びることなく老婆は言った。

「でも、トーゴさん。これだけは覚えていて。確かに私たちは多くの感情を失ったけれど、その心の本質はそう変わるものではないわ。人間が年を取り、若さを失い、知識や経験を得てもなお、少年の本質を保ち続けるように。私たちの本質は、魔術を見出した時から変わらない。その瞬間、人間として感じた、世界の美しさ……それが私たちの『魔術』となったのよ」


 そう言い終えると同時にポトキッテの姿は消えていた。

 俺は一瞬前と同じように、無言で目も合わさないアンナとヴィバリーを前に立ち尽くしていた。二人は同時に俺を見て、様子のおかしさに気づいたのか同時に「トーゴ」と俺を呼んだ。それから気まずそうにお互いを見て、肩をすくめた。

「準備は終わった?」

 先に訊いてきたのはヴィバリーだった。俺は何事もなかったようにうなづいて、苦笑いを返した。

「……二人は?」

「誰に言ってんだよ、新入り」

 アンナがそう言って、俺の頭を兜の上からゆさゆさと揺さぶった。よく見ればアンナも、長らく身につけていなかった青の兜を被っている。ヴィバリーも、一度は外した白の兜をまた身につけていた。二人にとっては、きっとそれが仲直り(というか一時休戦)のしるしなんだろう。

「出発しましょう。ユージーン」

 ヴィバリーが頭上に語りかけると、どこからかひょいと降りてきたユージーンが、目も合わせずにコクンとうなづく。頭には、まさかの赤い兜。一度も被らないから、持ってないのかと思ってた。

「隊列は覚えてる?」

「俺が一番後ろ、だよな」

「そう。警戒していて」

「ああ」

 俺の返事を受けて、ヴィバリーはするりと剣を抜き、松明に火を付ける。


「ご武運を」

 結界の端で、坊主頭の魔術師がそう言って頭を下げる。

 その声を背にして、俺たちは廃墟の城下街へと足を踏み出した。

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