第七十九話 狩りの狼煙
意識が戻った時、すでにイクシビエドは必要な人員を揃え終わった後らしかった。
徐々にはっきりしていく視界には、ヴィバリー、アンナ、ユージーンの三人がそれぞれ短く言葉を交わしながら、武具を点検する姿が映る。俺が目を覚ましたことに気づいて、ヴィバリーがこちらをチラと見た。何も言われないようなので、こちらから先に口を開いた。
「……結局、この四人なんだな」
「不満?」
「いや……、そうじゃなくて。ホッとしたよ」
その言葉に込めた気持がどれだけ伝わったかはわからないが。ヴィバリーは眉根を上げながら、薄く笑っていた。苦笑って感じだ。でも嫌ではなさそうだった。
俺は膝にかかった毛布の下で、自分の腰の剣を確かめた。
刀身を少しだけ鞘から走らせ、わずかに外気に晒す。その刃は夢の中で見たのと同じ奇妙な石造りのものに変わっていた。誰かに見られる前に、そっと再び鞘に収める。
「あなたが寝ている間に、おおよその話は聞いたわ」
「……誰から?」
「イクシビエドよ。私もアンナも、気づいたらここに集められていた」
そういえば、現実では冬子がトランカラーシを呼んだあたりで時間が止まったんだったか。長く濃い夢をみてたせいで、もうずいぶん昔に感じる。
「ここ、どこなんだ」
「街の門のそば。ここはひとまず安全。イクシビエド配下の空間術師が結界を張っていったわ。魔術は遮断されてる――少なくとも因果術以外は」
言われて見回すと、たしかに少し見覚えがあった。崩れた城下町の入口あたりのようだ。城からも距離がある。冬子の魔術相手に、距離にどれだけの意味があるかはわからないが。
「あたしたち四人でフユコを狩れとさ。あの子が死ななきゃ世界が終わるとか」
アンナは明らかに怒っていた。もっともだ。アンナにしてみれば、冬子は突然異世界に連れてこられて、命を狙われてる可哀想な俺の妹でしかない。――それもほとんど事実なんだけれど。
「お前、信じるのか? お前は兄貴だろ。妹を殺す気なのか」
鋭い目だった。俺は慎重に言葉を選ぶ。
魔術師殺しのことはまだ言えない。どうにか存在を隠したままあいつに近づかなきゃならない。口に出せばキスティニーに聞かれる。今やあいつもカナリヤも敵に回ったんだから。
「殺したくない。でも、俺はみんなにも死んで欲しくない」
「みんな? あたしたちのことか?」
次の瞬間、視界がぐるっと回った。ローエングリンに首を切られた時と同じ感覚。
ずれた骨の戻る音を感じつつ、どうにか顔の方向を戻すと、アンナの拳が目の前にあった。俺はぶん殴られたのだ。アンナの剛腕に、手加減ゼロで。
「ふざけんな! 血の繋がった妹だろ! あたしたちなんかと……!」
もう一度、逆方向から殴られた。痛みがなくても、脳が揺らされる嫌な感覚が残る。
「気が済んだ?」
「……馬鹿が」
アンナはヴィバリーの問いを無視したまま、黙り込んで俺に背を向けた。
「ごめん」
俺はアンナの背中にそう言った。それは今でもアンナに俺の罪を伝えてないことに対する謝罪だったかもしれない。
最近は謝ってばかりいる気がする。だけど、言葉では何も変わらないことも今はよくわかった。贖罪――贖罪ってのも思い上がった言葉だ。罪を消せるなんて思わない。俺はただ、自分の思い通りにしたいだけだ。
そのためには、言葉でなく自分の手と足で動かなきゃいけない。
「トーゴ、空を見て」
ヴィバリーが俺の肩をトンと叩いて、頭上を指さした。言われるまま空を見ると、視界いっぱいに巨大な図形と文字が展開していた。今までそこに浮いていた星々の代わりみたいに。
「げ……なんだ、あれ……?」
「トランカラーシの魔術式、だそうよ。あれが完成した時、私たちは死ぬんですって。期限は夜明けまで」
そう口にするヴィバリーの顔には、恐れどころか笑いさえ浮かんでいた。気持ちもわかる。規模が大きすぎて怖がる気にもなれない。怪獣映画の中にいるみたいだ。だがこの滅びの象徴は、ゴジラみたいに咆哮を上げさえもしない。ただ頭の上でぐるぐる回って、終わりの時を待っている。冬子にとっては、始まりの時を。
「幸い、トランカラーシ自身はあれに手一杯でこちらには手を出せないらしい。彼の相手をしなくていいのは助かるわ。私たちでも殺せそうにないから」
「ああ……」
俺は現実と夢で二度見てきたトランカラーシの姿を思い出した。確かに、あの宙に浮く記号の塊を剣でどうこうできる気はしない。魔導師の誰かもあいつはもともと死んでるようなことを言ってたし――あるいは『魔術師殺し』なら違うのかもしれないが。
「イクシビエドはあなただけがフユコを殺せると言ったわ」
さらりと、しかしはっきりとヴィバリーは言った。
「冬寂騎士団への依頼は、あなたをフユコの下へ連れて行くこと。結局、今までと同じね。建前が崩れたのはわかりやすくていいけど」
「行けると思うか? 敵の数は前より増えたよな」
ヴィバリーは俺の反応に少し驚いた顔をした。肉親殺しに迷いがないように見えるせいか、それともこの最悪の局面で俺が妙に落ち着いているからだろうか。確かに、今までの戦いとは気持ちが違う。今は俺にも武器がある。殺すための武器じゃないとはいえ、確実に魔術師を無力化できる武器が。
「相手はフユコを除けばローエングリン、キスティニー、それから月光騎士団のトカゲ娘ね」
気を取り直したヴィバリーは淡々と名前を挙げる。カナリヤのことは名前で呼ぶ気はないようだ。まだババア呼ばわりされたことを根に持っているんだろうか。いや、あれはループ中だから覚えてないか……。
「最も危険なのがローエングリンなのは変わりないわ。トカゲは単体ならさほど脅威ではないけど、霧の中で仕掛けられたら厄介かもしれない。赤の騎士を名乗る以上、隠密行動は慣れているでしょうし」
「キスティニーはどうだ?」
まだ不機嫌そうにしながらも、アンナが話に入ってくる。
「……現状は未知数ね。あの道化が本気で戦う気かどうかもわからない。でも、敵対する以上は転移のことを常に警戒せざるを得ない。それだけでこちらの負担は跳ね上がるわ。あの、クソ女」
「あいつ、空間術師なんだよな? 戦いも慣れてそうだし、面倒だな」
ため息を付くアンナに、横でユージーンがコクンとうなづいた。コララディの時もこんな話をした気がする。時間と空間は確かに能力としては他より一段ランクが上がる印象はある……いきなり海の上とかに飛ばされたらそれだけで死亡確定だし。俺の体がゾンビ状態でも、溺れればさすがにどうしようもない。それにトランカラーシの魔術の完成にも間に合わなくなる。
「イクシビエドから情報を探った限りでは、空間ごと首を飛ばすような真似はできないはずよ」
「いつだったか、建築士だかなんだかって奴とやった時はひどかったな。そこら中に手だの足だの転がって……あたしも三つ編み半分持っていかれたっけ」
目はまだ笑っていないものの、口からくすっと息を吐いて笑うアンナ。三つ編みが今の二倍あったのは初耳だ。長さのことか本数のことかはわからないが。
「転移術の対応はユージーンが担当する。あなたなら、あれが出現した瞬間に射抜けるでしょう」
ヴィバリーの言葉にうなづくユージーン。
俺はふと前に本人から聞いたことを思い出して、口を挟む。
「キスティニーは知識魔術も使えるはずだ。こっちの動きを知られるかも」
「そのようね。でもイクシビエドのような規格外でもなければ多少の知識術は騎士の敵ではない。あなたやアンナはともかく、私とユージーンなら知られる瞬間には次の場所にいる」
「あ、そう……」
「心配しないで。向こうは当然あなたを狙ってくるでしょうから、その対応を最優先にする。わかっているでしょうけど、あなたは私たちの中で――いえ、事が終わるまでは壺中に生きる人間全ての中で最重要の存在なのよ。あなたがフユコのもとにたどり着き、彼女を殺せなければ、全ての人間が死ぬ」
「わかってる。……そのつもりでいる」
「……軽いわね。まあ虚勢だとしても、それくらい軽く言えるのならいいわ」
ふっとため息をついて、ヴィバリーはそれまで腰掛けていた樽の上から立ち上がった。
「戦術らしい戦術はそのくらいよ。臨機応変に動けるように、基本は四人で陣を敷いて進むことになるでしょう。前に青、左右に赤と白。殿に黒……魔術師狩りの騎士にとっては基本の形ね。今になって、初めて使うわ」
言われてみれば、冬寂騎士団が四人で正面から魔術師に挑むこと自体が初めてに近いのか。俺が参加するまでは三人きりだったし、その後の戦いは毎回変則的な戦いばかりだった。
「冬寂騎士団、再結成ってとこか」
皮肉のようなあきらめのようなアンナのつぶやき。それを無視して、ヴィバリーは淡々と業務連絡を告げる。
「出発は一時間後。それまでに準備を終えて」




