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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第七十四話 魔術狂ども

 ――冬子がそう言い終えた瞬間。

 世界がぴたりと静止した。冬子も、魔術師たちも、凍りついたように止まっていた。

「冬子……?」

 時間が止まったのかと思ったが、違う。

 見回す間もなく、すぐに周りの全てが色褪せて、砕けて、砂になって流れていった。

 まるで何もかも夢だったかのように。


「……トウゴくん。君は一つの役目を果たしてくれた」

 虚無の中で、どこかで聞いた声がした……若くもあり、老いてもいる。

 イクシビエドだ。しかし、姿はまだ見えない。

「彼女が何を求め、何をしようとしているのか。私はようやく識ることができた。ありがとう」

 満ち足りた声だった。混乱したままの俺とは裏腹に。

「どういうことだ!? 冬子は……! 何が起きてるんだ、一体!」

「我々はこれから得られた知見をもとに評議を行い、最終的な裁定を下す。君にも同席願いたい」

「……我々?」

 俺の問いに、イクシビエドは「ああ」と感慨深そうな嘆息を漏らした。

「そう……君は知覚できないのだね。気づかなくてすまない。私もこの場所は苦手なんだ。自分とは正反対の領域だから」

 言い訳のように告げた後、しばらく声が途切れた。

 周りには完全な暗闇。孤独になると、不安がいや増す。

 冬子の言葉――人間をこの世界から追い出す、と言っていた。俺やヴィバリーたちを、世界から消す? そんなことが可能なのか。可能だとして、俺たちはどうなるのか。地獄にでも送られるのか……。


「……アウラ。いいかね?」

 再び、イクシビエドの声が聞こえた。そして――


 俺は見知らぬ部屋に立っていた。

「あ……?」

 真っ白な空間。誰もいない部屋に、大きな長いテーブルが置かれている。

 テーブルの上には、いくつもの雑多な物品が無造作に散らばっていた。

 積まれた分厚い本の山。ひびの入った砂時計。

 チョークで描かれた図形や計算式。燃えさしの煤。

 動物の骨。泥水の入ったグラス。

 そして――

「おはよう、そしておやすみ。あるいはようこそ。お招き、いえ、お越しいただきましてありがとう。うーっ、可愛らしいお客様」

 まばたきひとつしていないのに、いつの間にかテーブルの向かいに一人の女がいた。洋画のキャバレーにでも出てきそうな時代はずれのレオタード衣装を身につけて、この世の全てがおかしくてたまらないという笑みを浮かべている。

「夢は『みる』ものと申せど、その実、瞳は夢を濁すもの。真実は目に見えぬと言うでしょう?」

 ぺらぺらと意味不明なことをまくし立てたかと思うと、女は「ハッ」と吐き捨てるように笑った。

「アハ……まったく、まったく。わたくしがこんな陳腐なことを言うなんて。お前のせいだよ、この血肉はお前の夢でできているのだからね。まあ、よいよ。もう少し程度を下げてあげようか……」


 女が指をパチンと弾くと、再び景色が変わった。

 部屋の広さは同じままに調度品がガラリと変わり、古めかしい西洋広間に大きな円卓が置かれていた。

 その円卓の席を埋めるのは、七人の――七つの、何者か。

 知っている顔もあれば、知らない顔もある。人かどうかさえ定かでない、異形の怪人たち。

 だがその異様な風体と醸し出される迫力で、彼らが何者なのか俺もすぐに理解できた。


「……魔導師(ウィザード)


 俺の口から出た言葉に、イクシビエドが能面のような顔のままニッと笑った。

「彼の調整も終わったようだ。諸君、本日の議題に取り掛かるとしよう」

 居並ぶ狂人たちを前に、学級委員みたいに淡々と話を進めようとするイクシビエド。そこに、さっきのおかしな女がけらけら笑いながら口を挟む。

「おーやおや。せっかく客人がいらしたというのに、自己紹介もしないなんて。ああ、なんたる無礼! ここはわたくしがこの集まりを代表し、名状しがたき珍奇なる、外世界からの闖入者に、我ら、世に優れたる魔術狂いどもの名を教えて差し上げねばなりますまい。いかが、皆々様? こほ、こほ……」

 わざとらしく咳払いをして、円卓を見回す女。

「紹介の手間をかける必要はないと思うがね、アウラ」

 イクシビエドが再びその名を呼ぶのを聞いて、ようやく俺にも女の正体がわかった。

 こいつがアウラ――意識の術を操る幻影城主ウィッチ・オブ・ミラージュ、冬子がいた夢の城の、本来の主。

「必要ない? おお、知恵の長たるあなたが、なんと無粋! 栄えある魔導師評議会ウィザーズ・カウンシルの名を汚すおつもり? わからない、わからないわ、わたくし、あなたが……」

 芝居がかった大げさな身振り手振りを交えて、情感たっぷりに意味不明なことを言う。まるでキスティニーをさらに数段おかしくしたような魔術師だ。

 すると反対側に座った別の女――女の形をとったゲル状の何かが、ぐぷぐぷと泡音を立てて笑った。

「カウンシル? そのようなビンガジア風の呼び名、わらわは初めて聞いたぞ。虚言、迷妄、惑乱……貴様のおふざけはいつも同じよ。夢になぞ閉じこもって遊んでおるから自家中毒になる。外に出て、もっと新しい遊戯を見つけたらどうかや? 思考の停滞は魔術師の死ぞ」

 そう語る唇は泥のような茶色をしていた。気味の悪い姿を見ていると、テーブルの上にどろりと流れ出した液だまりの中に、女の顔がもうひとつ浮かび上がってニタリと笑った。その目はじっと俺を見返している。

「このみすぼらしい小童ごときに何の価値があるものか。わらわの作った可愛いハイ・エルフが一匹混じっていたであろ? あの子を連れておいでよ……あれは美しいよ。あれはわらわの子だ」

「今日の議題は彼こそが中心なのだよ、ネリマルノン。この会合がどれだけ大きな意味を持つか、君も理解しているはず」

「……ふ。理解はしている。しかし、興味はそそられぬ」

 イクシビエドに注意されると、ネリマルノンと呼ばれたその液状生物は溶け出た体をずるずると引き寄せ、自分の椅子の上でとぐろを巻いて収束した。


 場が収まったと見ると、イクシビエドはアウラに向き直り、若々しい顔で好々爺の笑みを浮かべた。

「いいだろう、君の好きにしなさい。議場として君の世界を間借りしている以上、それぐらいの特権はあってもいい。それに……我々が何を言おうと、好きにやるつもりなのだろう?」

「ご明察痛み入りますわ、先生。お礼と称賛のキスを、あなたの愛らしい脳に」

 そう言って、アウラは投げキッスをした。イクシビエドは無感情に、片手でそれを払いのけた。


「……では、少年。聞け、そして記憶せよ! 我ら壺中の大領主、魔導師(ウィザード)どもの名を!」

 アウラはさらに仰々しく口上を捲し立て、俺の方をぎらりと見つめて笑った。

 彼女の瞳は、まるで宇宙を覗き込んだように果てしなく黒く、その中に金色の輝きがいくつも弾けていた。人智を超えて輝く瞳の奥を見るのが恐ろしくて、俺は思わず目を逸らしたくなる。

「まずはこのわたくし。西方荒野の大領主にして夢境の開拓者、幻影城主ウィッチ・オブ・ミラージュ、アウラ!」

 アウラが体をしならせて恭しく一礼すると、周囲から盛大な拍手と歓声が響いた。もちろん、魔術師たちの誰も口も手も動かしてはいない。虚空から音だけを鳴らしているのか、それとも目に見えない観客たちがいるのか。

「そしてわたくしの右にあられるは、北方の調停者にして煽動者、凍土を統べる永世王、焚火の守り人ウィザード・オブ・ボンファイア、ウーバリー!」

 アウラは右手を挙げて、隣に座った巨体を示す。

 ウーバリー……アンナの故郷の大領主。その姿は常人の何倍もの背丈を持ち、ゆたかな灰色の髪と髭をたくわえた老人だった。アンナも十分大柄だが、この男はゆうに彼女の二倍はある。

 顔つきは完全に老人なのに、ボロ布と鎖帷子に覆われた肉体は筋骨隆々として、戦士の風格が滲み出ていた。とても魔術師とは思えない風体だ。

「…………」

 ウーバリーはアウラの言葉を完全に無視し、石のように黙ったまま、灰色の瞳でじっと虚空を見つめていた。

 まるで聞こえていないのではと思うほど微動だにしない。……そもそも生きてるのか?

「ほほほ、ご謙遜を。あなたこそ、千年前にお会いしたあの日から変わらぬ美貌でいらっしゃるわ」

 無言のウーバリーから何か返事があったかのような『てい』で、一人高笑いをするアウラ。

 ……もしかしたら俺には聞こえない声で何か言ったのかもしれないが、それを知る術はない。ここはおそらく夢の中なのだ。起きることの意味を考えても無駄だ。


「さてさて、そのお隣は……おお、我が永遠の少女。止まれる時の彷徨者、法と秩序の番人、静寂のウィッチ・オブ・サイレンスポトキッテ!」

 ウーバリーの横には、彼の巨体と対照的にちょこんと座る老婆がいた。この変人たちの集まりの中で、ひときわ平凡な見た目の彼女は、茶会でもするのかと思うような小綺麗な服を着て、優しげに微笑んだ。

「ふふ……冗談はよして頂戴。私みたいなお婆ちゃんに向かって」

 老人に向かって『少女』だなんて皮肉かと思うようなお世辞に、老婆は照れくさそうにはにかむ。

「何を言うやら、あなたのお心は今も魔術に目覚めた朝のまま。赤子のように純粋無垢でいらっしゃる」

「……そんなに綺麗なものとは思わないけど。心の魔術師であるあなたがそう言うのなら、信じましょう」 

 そう言うと、老婆は視線を俺の方へ向けた。

 彼女の優しい灰色の瞳は、どこか俺を居心地悪くさせた。あんまりこういう、優しい老人と接したことがない。小学校の校長先生がこんな感じの婆さんだったっけ。

「あなた。コララディが世話になりましたね」

 その名前を聞いて、ぎくりとする。

 俺が殺したもう一人の少女。そうだ、彼女も時間の魔術を使っていた。この婆さんが時間の魔導師(ウィザード)なら、知っててもおかしくはない。

「……知り合い、なんですか」

「少しね」

 うつむく俺に、ポトキッテはくすくすと笑う。

「叱られた子供のような顔をしないで。あなたを責めるつもりはありません」

 確かに俺は説教される生徒の気分だった。理由はどうあれ、俺は確かに彼女の命を終わらせたのだから。

 だが、ポトキッテは本当に責める気がないようだった。

「人も魔術師も、時間の重みに違いはないわ。それぞれの限られた時間を生きて死ぬだけ。その幕を引いたのが誰であるか、何のためかは些細なことです。友人との別れも避けられないこと。いくら時間を止めても、戻しても……」

 ふう、とため息をついて、老婆ポトキッテは遠い目をした。

「あなたも自分の時間を精一杯に生きなさいね。砂が落ち切るまでの間、後悔のないように……ふふ、年寄りはつい説教くさくなるわね。少し黙りましょう……次へどうぞ、アウラ」

 首をゆったりと横に振って、ポトキッテは眠るように瞼を閉じた。


「よござんす。さて、イクシビエド先生はもうお友達だね? じゃあ、飛ばして次へ行こうか。進化の操り手、新人類の母、汚泥を這うものクロウリング・ウィッチネリマルノン!」

 アウラがその名を呼ぶと、さっきの「茶色のどろどろ」が不機嫌そうにごぼっと唸った。

「誰がそんな下卑た名を付けた? 貴様か、アウラ?」

「あら、あら、言いがかり。わたくしがどう思おうと、世間様がそう呼ぶのだもの」

「ち……人間。美を解せぬ、古びた劣悪種どもめ」

 椅子の上で渦を巻いていたネリマルノンは、嫌悪を表すようにぶるりと一度震えて、それから静かになった。


「アウラ。私は自分で名乗ろう」

 次の魔導師(ウィザード)は、見知った顔だった。

 目尻に朱色の化粧をして、花魁みたいな和装を着崩した少女。

 さっき俺がローエングリンに殺された時、助けてくれた奴だ。確か、名前は――

「アドバンチェリという名だ。生命の魔術が得手だよ」

「ま~あ、なんてつまらない紹介かしらん」

 不服そうなアウラに、アドバンチェリはひょいと両手を広げて肩をすくめた。その仕草は、まるで人間の子供だ。

 現実世界で見た時はもっと、ぞっとする非人間的な気配をまとっていたが……ここでは不思議とあの時ほどの怖さは感じなかった。

「まどろっこしいのは好みじゃないんだ。この場所のこともね……君と違って、私は夢の中にいると自分が無力な童のように思える。夢には死がない、すなわち生がない。ここでは全てが曖昧で、退屈だよ」

 アドバンチェリはそう言ってふぅとため息をつく。

 どうやら、俺の感じたことも的外れではなさそうだ。この夢の中では、彼女も魔術を使えないのだろう。他の連中がどうかわからないが。

「ほほ、何を仰る。夢とは生命の咲かせる秘密の花。生あらばこそ人は夢みるのでしょう? なればこの夢境こそ生と死の秤ウィッチ・オブ・ライフたるあなたの探求すべき領域ではありますまいか」

「夢をみるのは生者だけとは限るまい。君ならよく知っていよう……幻影城で死人に遭うた物語なぞ、古今そこらにあふれているよ。あれは君の仕業だね?」

「まあ! そんな迷信を信じておられるなんて。お茶目さんね、あなた」

「君が死者の心を自分の領域に仕舞い込むのは、まあいい。見過ごそう。しかし、私までも誘い込もうなどとは……考えないでおくれよ。ふふ……」

 二人はよくわからない言葉の応酬の末、互いにふっと笑った。

「ようがす、この話はまた今度。ではお次……ああ、今日はきっと話題の中心になるだろうね。太陽と月の担い手、全天の管理者にして美しき自然律の信奉者、遊星術師ウィザード・オブ・プラネタリ、トランカラーシ!」

 アウラの声に従って、空中で瞬いたのは――ついさっき現実で会ったばかりの魔術師だった。

「疑問。トランカラーシはこの時間に意義を見出すことができない。直ちに評議の終了を求める」

 まるで機械の合成音みたいな抑揚のない声を発したのは、椅子の上に浮かんだ図形。

 彼――あるいは彼女は、自分の主張を強調するようにくるりと回転した。

「却下する」

 トランカラーシの異議を、イクシビエドは一言で切り捨てた。

 その様子を見てけらけらと笑うアウラ。

「ふふ、これで魔導師(ウィザード)は七人。そして新たにもう一人……となるのか否か?」

 アウラの目は再び鋭く俺を見ていた。その視線で、言葉の意味を理解する。

 もう一人の魔導師(ウィザード)……冬子。

「さぁ! 言葉を尽くすなど魔術師らしからぬことなんて、つれないことを言わないで。今日の議題は我ら……いえ、わたくし以外の皆様の世界の存亡に関わること。心のまま、存分に語り合いましょう」


 アウラは沈黙が支配する円卓を見渡し、毒々しい愛嬌を込めてウィンクした。

「時間は無限にある……夢みる者のためならば、この世の終わりはいくらでも待っていてくれるものよ」

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