第七話:流言師キスティニー
馬車に揺られること、数時間。いや、まだ1時間ぐらいなのか。時計がない世界では、時間の流れが全然わからない。わかるのは、硬い木の座席に座りっぱなしでケツが苦しいこと。電車の座席が懐かしい。
「アンナ、ちょっとそれ、どかしてくれない?」
狭い車中で、やたらと場所を取るアンナの大鎚を、鬱陶しそうに足で押しやるヴィバリー。アンナはムッとした顔で、大鎚を抱き寄せる。
「あたしのビリーを『それ』呼ばわりしないでくんない」
自分の武器に男の名前をつけることもどうかと思うが。ピリピリする二人をよそに、ユージーンは一人で銀の糸をいじって遊んでいる。……人間をバラバラに解体してた糸と同じやつだと思うが、安全性については大丈夫なんだろうか。
俺たちは街道の宿を出て、大きな街へと向かっていた。街の名前は、オーランド。そこで情報を集めて、次の仕事のネタを探す、ということらしい。
……と、急に馬車が停まった。勢いで、倒れ込んだアンナの『ビリー』をユージーンが片手で止める。この子も、一体何者なのか。
「御者! どうしたの?」
ヴィバリーの問いかけに、老人の御者はこちらを振り返り、無言で首を横に振った。
「……ああ、そう……通り過ぎるのを待ちましょう」
「どうしたんだ?」
俺の問いかけに、ヴィバリーが馬車の外を指差した。そこには――少女がいた。いや、少女の姿をした、何かが。
「……魔術師か」
その少女は、ファッションショーでモデルが着てそうなヘンテコでカラフルな服を着て、地上をくるくると……滑っていた。まるで、アイススケートのように。その姿は徐々に大きくなり、やがて、キャッキャと笑う声が聞こえてきた。
「ああいうのは、敵ではないんだよな?」
俺のつぶやきを、ヴィバリーが素早く制した。
「不用意なことを言わないで。私たちの『敵』は、あくまで魔導師から排除もやむなしと許しが出た個体だけ……それ以外は、ただの魔術師……つまり、この世界の、支配者なのよ」
ヴィバリーがそう言い終えた瞬間。馬車の乗員は、一人増えていた。
「シ、シ、シュ、シュ……」
不気味な笑い方をするその不思議少女は、俺たちの膝の上に乗るように、ふわふわと空中に寝そべっていた。瞬間移動? こないだの魔術師は無限再生みたいな感じだったが、個体ごとに色々能力が違うのか。
「……何かご用?」
あくまで冷静に尋ねるヴィバリー。どうやら、支配者とはいえ敬語を使う必要はないらしい。魔術師の少女は、ニコニコと笑いながら、ヴィバリーをじっと見返した。
「ううん、わたし、ただ、おはよー! って……言いにきただけ~」
ふざけた話し方をされながらも、俺は本能的に、この少女が自分を一瞬で殺すことができるらしいことを感じた。圧力というか、オーラというか……いや、ただ雰囲気でそんな気になってるだけかもしれないが。
「わたし、流言師、キスティニー。噂話が好きなのよ。人と人との、情報の渦が、う~ん、ひとつの新たな世界をなしているの……さながら巨大な生物のよう……分析、研究、それから実験……楽しいにゃあ~、シ、シシシ……」
誰にも聞かれていないのに自己紹介をして、一人で勝手にぶつぶつしゃべっている。魔術師ってのは、こんな会話の通じないやつばっかりなのか。
「それは、大変結構。何か面白い噂はある?」
ペースを崩さず、適当に話を合わせるヴィバリー。さすが、世慣れている。一方、アンナは口笛を吹きながら、ひたすら目を合わさないようにしている。その気持ちはよく分かる。俺も、口笛が吹けたら同じことをしていただろう。電車で、見るからにヤクザな客と乗り合わせたようなものだ。
キスティニーは、口に指を当てて、う~んと考える。
「そーねえ……戦争、抗争、いつものこと……珍しいことと言えば……」
キスティニーは急に、俺の顔をじっと見た。思わず、目をそらしてしまう俺。ヴィバリーにアンナは大人っぽいせいかそれほど意識しなかったが、こういう同年代っぽい女子と真っ向から見つめ合うのは、陰キャの俺には無理だ。
「……どこかに、異界の客人が来たとか」
心臓が跳ね上がった。この女、俺のことを知っている。
というか、ヴィバリーたちには理解できないだけで、魔術師たちは俺がどうしてここにいるか知ってるんだろうか? サヴラダルナは、何も知らなそうだったが……誰か詳しいやつに聞けば、分かるのか?
「異界? この世界でない場所……ということ?」
やはりヴィバリーは、その概念がよくわからないようだ。まあ、SFとかファンタジー小説がない世界で、「異世界」なんて概念を理解するのは無理だろう。……と思ったが、意外にアンナが食いついた。
「あー……婆ちゃんがよく言ってたよ。死後の世界とか、妖精の世界とか……魔術師は、そういうとこを行き来してるんだって」
アンナはそう言うと、また口笛を吹きだした。キスティニーはくすくす笑って、首を振った。
「それはこの世界での層の違いでしょ。そーいうんじゃないのよ。今話してるのは、我々、空間術師にも知覚できない、認識の外の世界。存在を認識し、そこに肉体と精神を持ち込めるのは、特異点を超えた最上位の魔術師だけ。すなわち、魔導師……」
子供みたいに喋ってたかと思えば、急に科学っぽい用語を並べ立て、キスティニーはくつくつ笑った。
「……ただの噂だよ。わたしも聞いたまんま、しゃべってるだけ。理解するのは、わたしの範疇じゃないから~……じゃね!」
嘘っぽいことを言いながら、キスティニーはそれきり、笑い声を残してするすると遠くへ滑っていった。一体、このままどこへ何しに行くのだろう。脈絡なく出てきて消えていく。自然災害みたいなもんか。
「まあ、今ので分かったと思うけど」
「……何が?」
ヴィバリーの言葉に、思わず聞き返す俺。ヴィバリーはため息をついて、言葉を続ける。
「この世界で出会うたいていの魔術師は……あんな感じってことよ。敵でもなく、味方でもなく……ただ、理解し合えないもの」
納得できる部分とできない部分があった。今のキスティニーの話を、俺は少しだが理解できた。もしかすると……何か、魔術師たちから得られる情報があるのかもしれない。今は、他にやることがあるにせよ……