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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第六十五話:たった一人の魔女 その1

 ユージーンに先導されながら城下町を先へ進むと、遠くに見えた城砦の大きさが徐々に肌で感じられるようになってきた。……デカい。相当デカい。測ったわけじゃないが、東京タワーよりデカい気がする。それとも、迫力に圧されてそう見えているだけなのか。

 部分部分の意匠は当然ながら西洋風なのだが、全体の構造はどことなく日本の城を思わせる。下半分は外敵を防ぐためか、のっぺりと隙間なく積まれた無骨な石壁に包まれ、遠く高みに見える上半分は凝った意匠の壮麗な作りになっているようだ。霧がかかったように霞んでいて、細かい造形までは見えないが。

 記憶の中にうっすらと残る幻影城の姿と、印象は似ている。だが、見るものによって変わるらしい夢の中の城と比べるのは無意味なことなのかもしれない。

 ――あの中に、冬子がいるのか。

 あんな寒そうな場所で何をしているのか、想像もつかない。俺の姿を見下ろしてくすくす笑っているのかもしれない。あるいはじっと毛布にくるまって、孤独に震えているのかもしれない。どちらも冬子らしい気がする。


 風のない街は、その空虚さがどこか懐かしくて、何も考えずにいられた子供の頃を思い出させた。

 仕事で留守がちな母親のいない間、小さなマンションの部屋はこんな風に、ある種の聖域だったのかもしれない。どこへも行けない閉塞感は、どこへも行かなくていい救いでもあって。俺と冬子はただ無邪気に夢をみていられた。その夢が正反対だったとしても、俺たちは敵同士にはならなかった。

 あの頃、俺は早く大人になりたくて、妹はずっと子供でありたかった。そのどちらも叶わないことが露わになった時に、俺たちは二人とも壊れてしまったのかもしれない。


「トーゴ」

 名前を呼ばれて、俺は物思いから覚めて顔を上げた。すると、視界いっぱいに高く伸びる尖塔の姿が、いつの間にかもう道ひとつ挟んだすぐ向かいにあった。足元ばかり見て歩いていると、こんなデカいものすら見落としてしまうというわけだ。

「上」

 短くそう言って、ユージーンはさっと塔の中に姿を消した。先行していくから追いついてこいってことか。塔の高さを眺めてため息をつきながら、俺は煤けた空間に踏み込んでいった。


 螺旋状に伸びる石造りの階段を、最初は真っ暗闇を手探りで登らなければならなかった。だが、上に行くにつれて徐々に外壁の崩れた場所から光が漏れてくるようになった。これだけ高さのある塔で、壁が崩れているってのはどことなく不安な要素ではあるが。とりあえず、俺たちが降りるまでの間は崩れ落ちないでいて欲しいものだ。

 階段は果てしなく思えるほどに長かった。あの大きな城を上から見下ろせるほどの塔なのだから、当たり前のことではあるが。

 中程まで登ったあたりで、両足が重くなってきたので座って休んだ。触ってみると、ふくらはぎがパンパンだった。もしも痛みがあったら、とっくにのたうちまわっていただろう。気づかないうちに足を傷めて、うっかり階段を踏み外しでもしたら、一体どれだけ転げ落ちることになるのか。

 痛みがないのも困ったものだ。多少の傷ならそのうち塞がるだろうが、頭打って脳みそでも吹っ飛んだらどうなるかわかったもんじゃない。


 時間をかけてようやく登り切ると、暗闇に慣れた目にきつく刺さる空の青が飛び込んできた。同時に、ひゅっと一陣の風が吹く。一瞬ぐらついた俺を、ユージーンが力強い手でつかんで引き寄せる。

「危ない」

「すまん」

 ……やっぱり俺もこいつに影響されて、どんどん語彙が減ってきてるな。

 塔のてっぺんは、屋根が半分以上崩れて吹きっさらしになっていた。ユージーンは集中力を高めているのか、崩れた外壁に背中を預けてじっと虚空を見つめていた。俺はなんとなく近寄りがたくて、少し離れた場所に座り込む。

 転落しかけた瞬間はかなりビビったが、落ち着いて腰を下ろしてみると、風は実際そこまで強いわけでもなかった。

 深呼吸して、気持ちを落ち着ける。覚悟を決める――いや、やっぱりそんなの俺には無理だ。

 漫画やゲームなら、こういう場面で主人公はビシッと心を決めるんだろう。仲間との絆でトラウマ乗り越えたりしてさ。でも、俺はどうしたってそんなものにはなれない。家族殺しのトラウマは抱えたまま、心も頭もぐちゃぐちゃのまま、ただ誰かに言われるままに、目の前のことをこなすだけだ。どうにか、上手く収まることを祈りながら……。

「ユージーン」

「ん」

「お前は、もう見たのか?」

 俺が塔を登ってくる間、余裕で30分は過ぎたはずだ。目のいいユージーンなら、とっくに冬子の姿を見つけていないはずはない。

「ん」

 ユージーンは短く答えて、首を縦に振った。

「そうか……」

 俺が迷っているのに気づいてか、それともとっくに気づいていて、俺を気遣ってくれたのか。ユージーンは不意に立ち上がると、トコトコ歩いて俺の隣に腰掛けた。

「石、割れてる。三つ。てっぺん、左、右」

 急に変なことを言い出すユージーン。数秒かかって、こいつなりに見たものを説明しようとしてるんだと気づく。要するに、城の石壁が崩れてる場所が三つあったってことだ。

「……ああ」

「てっぺんが一番大きい。その下」

 ユージーンはぼーっとした表情のまま首を右に傾けて、どこか不思議そうな目で俺を見た。

「子供。黒い髪。眠ってる」

 どくん、と血が頭をめぐる。子供……あいつが、いるんだ。すぐそこに。

 一度はっきり顔を合わせた後でも、心のどこかでまだ現実だと思えていなかった。同じ空間に、同じ世界にあいつがいるってことを。でもユージーンの口からその存在を聞くと、途端に生々しく存在を感じざるを得なかった。

「眠ってる? 姿勢は?」

 ざわめく自分の心を落ち着かせるためにも、俺は冷静を装って淡々と尋ねた。ヴィバリーがどうしていつもあんなに冷めた顔ができるのか、最近少しわかってきたような気がする。騎士たるものの心得とは、すなわち嘘とごまかしだ。

「椅子の上……うずくまってる」

「……そうか」

 ごまかしは他人に対してだけじゃない。動じない人間になるには、自分にも嘘をつく必要がある。

 痛みのないこの体と同じだ。どれだけ傷だらけだって、気付かなければ平気なフリをして動いていられる。どれだけ頭の中がめちゃくちゃだって、全部フタをして心から消し去れば、冷静なフリをして話すことだってできる。

「距離はどれだけある? ヴィバリーに言われた通り、俺も目で確認したい」

 ユージーンは少し目を泳がせて考え込んでから、こくんとうなづいた。

「遠い。けど……見える。たぶん」

 自信なさげなのは、自分と他人の視力の違いがよくわかっていないせいだろう。俺はうなづき返して、なるべく不安を押し殺しながら立ち上がった。

 ――そう。これは仕事だ。やるべきこと。逃げられないこと。

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