第六話:冬寂騎士団
そのうち、ヴィバリーが部屋に戻ってきた。彼女は入ってくるなり、ずかずか近づいてきて、俺の左手をぐいっと持ち上げた。
「もう、傷が塞がってるわ。不具合だけじゃなく、恩恵もあったのは僥倖ね。死してなお、ここまで力を残すとは……私たちが手こずるぐらいだし、やはり大物だったのかしら」
確かに、さっきこの女にずたずたにされた俺の左手は、ものの数時間ですっかり治っていた。サヴラダルナにかけられた術の副作用、ということだろうか。痛みがないせいで、あまり実感がない。
「団長、報酬受け取ってきたか?」
アンナが尋ねると、ヴィバリーは無言で俺の手をぱっと放して、腰のポーチから皮袋を取り出して、アンナに放り投げた。
「ほいほい。金貨に、宝石ね……苦労の割には物足りないけど、こんなもんか……」
アンナは袋から報酬を取り出し、丁寧に並べて金勘定を始めた。それらの報酬は、素人の俺の目で見ても確かに高価そうな代物だった。
「……と、まあ、私たちはこんな感じで、はた迷惑なはぐれ魔術師を始末することで、近隣の村とか役場から報酬を得て生活してるわけ」
俺の方を横目で見ながら、ヴィバリーが言う。
「それじゃ、お前らは、あんな異常な奴らと毎日やりあってるわけか……?」
「毎日ではないわ。今回みたいな大物を片付けた時は、数ヶ月ぶんくらいの資金は手に入るし。『はぐれ』もそうそう大勢いるわけじゃない。魔導師の管理下にある魔術師は、一応……人間には危害を加えないことになっているから」
ヴィバリーはそっけなく言って、ベッドに腰掛けた。金勘定を終えたアンナが、報酬を大きな箱にしまいこみながら、ため息をつく。
「だからさあ……あんたは、いつも話が遠回しすぎるよ。サクッと言いなよ、サクッと」
「口出ししないで。白は私よ」
肩をすくめるアンナ。喧嘩というほどでもない言い合い。彼女たちは、見た目から年齢はよくわからないが(そもそもこの世界の人間が俺の世界と同じ年の取り方をするのかも謎だ)、その気安さからすると、付き合いは随分長いようだ。
「さて……アンナに話を聞いて、自分がこれからどうするか、決まったかしら?」
「いや、まだ何も……」
俺はそう言って、自分の膝を見た。異世界に来るってフィクションはよく読んだが。その場合、たいていの主人公はその世界で戦える力を持ってたり、なんか現代の知識で無双したりするものだった。
俺には――かろうじて、痛覚がないとか、半分ゾンビみたいな設定(?)はあるみたいだが。筋力は相変わらずもやしっ子だし。知識は、ここじゃ色々法則が違いすぎて何も役立たなそうだし……そもそも役に立ちそうな知識なんか全然覚えてねえ。
それに、何より俺には……そこまでして、この世界でやりたいこともなかった。元の世界に戻りたい、とも思わない。戻れば、俺は……また、冬子の死体と向き合うことになる。
「…………」
沈黙する俺に、ヴィバリーはくすっと優しく微笑んだ。今までの短い付き合いの中で、彼女が優しげにする時はあまりいいことは起きない。反射的に、左手をかばう俺。
「トーゴ君、だっけ? 提案があるの。あなたは今、天涯孤独で、記憶もない。財産もないわね?」
記憶はあるんだが、ないことにしていた方が通りが良さそうなので、うなづいておく。
「なら、ひとまず私たちと一緒に来てみないかしら。ずっと三人でやってきたけど、そろそろ少し人手が欲しいなと思っていたところなの」
俺に、断る理由はなかった。むしろ、ここで放り出されたら露頭に迷うしかない。だが……少し、引っかかることがあった。
「なんで、わざわざこんな変な素性のやつを拾うんだ?」
俺の自虐にヴィバリーは、くっと唇を傾けて、皮肉な笑いを浮かべた。あるいは、いつもの優しげな顔より、こちらの顔が彼女の本性なのかもしれない。
「打算ね。まっさらな人間の方が、下手に知恵のついた人間より扱いやすい。あるいはいつか、その体質が役立つことがあるかもしれない。それに……面白い手駒は、なるべく自分で持っておきたい性格なのよ」
……嫌な性格だ。
「わかったよ。ついて行かせてくれ」
少なくとも俺はまだ、死にたくはなかった。死にたくないなら……生きていくしかない。そうなれば、金がいる。仕事がいる。元の世界より、あっさり職にありつけたのは、素直に幸運だと思っておこう。
「ユージーン、あなたもいい?」
ヴィバリーが尋ねると、ユージーンはこくんとうなづいた。結局、少年なのか少女なのかはよくわからないが、面と向かって汚いとか言われたわりには、嫌われたわけではないらしい。
「それじゃあ、改めて。我ら、冬寂騎士団にようこそ。歓迎するわ」
初めて聞く、彼女たちの騎士団の名前に、俺は苦笑いした。冬の、静寂……嫌な名前だ。