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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第六十一話:第七夜/少女と犬

 火の広がりは、俺たちの予想以上だった。

 月光騎士団の――俺の記憶が確かなら、カナリヤが使っていた――長時間燃える油をいくつかの木に撒いて火をつけ、それから四人で例の横穴にこもってひたすら待った。砂塵騎士団とも、カナリヤとも鉢合わせずにここまでこれたのは初めてだ。

 それからほどなくして、遠くにめらめらと火が上がり始めた。まるで燃えなかったら骨折り損だなとか思っているうちに、瞬く間に火は近くの木まで広がっていた。

「あっちぃ……これ、あたしたちも蒸し焼きになるんじゃないの?」

 自分が火をつけようと言い出したくせに、今さら気づくアンナ。

「いずれはね。夜明けまで生き残れれば十分でしょう」

 ヴィバリーは周囲の暑さにもかかわらず、涼しい顔で答える。ちらりとこっちに視線が向いたのは、内心まだ不安があるのだろうか。本当に時間が巻き戻るのかどうか。毎回わりとすんなり信じてはくれるが、根拠は俺の言葉しかないのだ。

「……せまい」

 アンナと俺の間で小さくなって横たわりながら、ユージーンが呟く。確かに、俺とカナリヤの二人でも広くはなかった場所だ。天井は低いし、横幅もあまりない。俺たちは雑魚寝のような状態でどうにか収っていたが、快適とは言い難かった。

 ちなみに俺は痛みがないからという理由で、当然のように一番奥に押し込められた。まあ、暑さが多少和らぐ分快適ではあるのだが。痛覚が死んだなら、ついでに暑さ寒さもなくしてくれればよかったのにな。……それはもう死体と同じか。

「このまま待てば……コララディは死ぬのか」

 狭い穴の奥で身をよじりつつ、ぽつりと呟く俺。

「運が良ければね。外から見えた森の広さを考えると、全体の四分の一くらいは焼けるかしら。私たちが歩いていける範囲はほとんど焼けるわ。それで殺せなければ……あとは次の私に考えさせて」

 ふーっとため息をついて、ヴィバリーは疲れたように頭を横たえる。一番辛いのはループを重ねている俺だと思っていたが、毎回0から状況を理解して頭をフル回転させなければならない彼女もそれはそれで大変なのだろう。


 数時間が過ぎて、周囲の木々は徐々に火勢が落ち着いてきた。ヴィバリーの予想に反して、俺たちは蒸し焼きにはならなかったようだ。

 遠くではなおも火が燃え盛っているのだろう。あるいは、とうに消えているのか。確かめる術はない。俺たちにできるのは、夜明けを待つことだけ。本当に夜明けが来たら、俺たちの勝ち。またループしたら、とりあえず穴の周囲はもう探さなくていい。

 ――今頃、カナリヤと砂塵騎士団は焼け死んでいるのだろうか。想像したくないが、いずれにせよ実感のわかないことだった。自分で手を下したわけではないから、そんなものかもしれない。だが、もしこの火事がコララディを殺せていたなら、彼ら六人の死は巻き戻されずに事実として確定することになる。そう考えるとうすら寒い気持ちにはなった。実感もないまま、誰かの――カナリヤの死を背負うことになるのか。

「ん……」

 悶々と考えていると、ユージーンが隣で寝返りを打った。暑さが落ち着いてきた穴の中で、アンナたち三人は平和に眠っていた。……いや、よく見るとヴィバリーは薄眼を開けて外を見てるのか。まあ、無防備に寝る奴じゃないよな。

「んごっ……! ぐぅ……」

 一瞬身じろぎして、またカクンと眠りに落ちるアンナ。

 平和な三人を見て微笑ましく思っていた俺は、ふと目頭がきゅっと熱くなるのを感じた。このところ、こいつらの死ぬとこばっかり見てたから情緒不安定なのかもしれない。

 ――今は何も考えなくていい。待つことしかできないんだ。俺も、眠ろう。


 そう思って横になった時、ふと目の前にぽかんと空いた小さな穴に気がついた。ぼんやりと、数夜前の記憶が蘇る。確か、カナリヤが奥を確かめなきゃとか言っていた……熊がいるとかなんとか。

 俺は何の気なしに、体をよじってそちらに顔を近づけた。その穴は思ったより大きく、俺でもどうにか通れそうだった。

「……ヴィバリー。奥に穴が続いてる。ちょっと見てくる」

 一応報告すると、ヴィバリーは薄目のまま軽くうなづいて、何も言わなかった。その反応の薄さからすると、本当はウトウトしてたのかもしれない。前にカナリヤがしていたように、俺は四つん這いになって穴の方へ這っていった。

 穴の長さは短かったが、全くの暗闇で穴の中をもぞもぞ進むのは気持ちいいものではなかった。我ながらどうして、わざわざこんな穴を調べようと思ったのか。本当に熊がいると思ってたわけじゃない。ただ、放っておいてはいけないような――妙な予感があったことは確かだ。

 思えばこの広い森の中で、なぜかやたらとこの横穴に縁があった。最初の夜の終わりに、死にかけのヴィバリーを抱えて目指した場所。カナリヤと最期を過ごした場所。他の夜でもそうだった。

 あれは全部偶然だったのか。終わりのない夜の終わりを求めて、コララディが俺を導いていたのか。それとも「時間を巻き戻す以外の力はない」という彼女自身の言葉を信じるなら――何かの運命とか、因果みたいなものなのか。

 目の前に広がった空間に目を奪われながら、俺はそんなことを考えた。


 暗い穴ぐらのさらに奥……ぽかんと広がった岩の小部屋に、見覚えのある少女と、見たこともない巨大な犬の体が横たわっていた。

 俺は中腰のまま、その非現実的な光景をぼうっと眺めた。コララディは相変わらずのパジャマ姿だったけれど、枕の代わりに抱え込んだ巨大な毛むくじゃらは、白い毛並みにぽつぽつ赤い血がついていた。

 何があってここにたどり着いたのか。生きているのか、死んでいるのか。確かなのは、今まで百年かそれ以上、誰もここを見つけなかったのだろうということだけだった。

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