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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第四十七話:眠りの森へ

 夕暮れに、月光騎士団の一行が荒野を東へ去っていった。

 馬車もいないのにどうやってあの天幕を運んだのかと思っていたが、岩陰に荷車を隠していたらしい。来るときは天幕を載せていたであろうその荷台に、今は彼らの団長の体と、戦利品であるローエングリンの焦げた鎧兜が載せられていた。

 ジェミノクイスは頭から天幕の燃え残った切れ端をかぶせられた状態で、相変わらずガートルードにぶつぶつ話しかけていた。カナリヤは終始フードを目深にかぶっていて、俺に火傷を見せようとはしなかった。

 ウィーゼルはぽつぽつと言葉少なにヴィバリーと挨拶を交わした後、ちらりと俺を見た。同じ黒の騎士としての共感あるいは応援なのか、それとも妻を殺す手伝いをした俺への感謝なのか、仲間を焼いた俺への恨みなのか、その虚ろな視線からはさっぱりわからなかった。ただ意味もなくこっちを見ただけかもしれない。俺の観察力なんてそんなものだ。

 とにかく、彼らは去って行った。無人の西へと進み続けるのは、我らが冬寂騎士団のみだ。


 月光騎士団とすれ違うようにして、新しい馬車がやってきた。近づいてくるカポカポとのんびりした蹄の音を、夕日を背にして待ちわびる俺。まるで西部劇の1シーンみたいだ。御者の椅子に座っている影は、遠目にも見慣れた彼女の姿だとわかった。

「アンナ!」

 裸足でトトトッと素早く地面を駆ける音。次の瞬間、ユージーンはすでに馬車に飛びかかって、アンナの胴に抱きついていた。アンナはくしゃくしゃとユージーンの頭をこれでもかと撫でて、それからこっちに手を振った。よく見ると、その手には手綱じゃなくてビールのジョッキが握られている。手綱をちゃんと持て。

「あなたも走っていったら?」

 ヴィバリーがこちらを見ずに言う。俺は一瞬想像して、顔をしかめる。

「……冗談言うなよ」

 さすがに、子供じゃあるまいし。もちろんアンナが戻るのは嬉しいが、嬉しいってのは照れくさい。自分が何かを素直に喜んでいい人間なのかどうかもわからない。

 アンナの命を助けたってだけで俺の仕事が終わってたなら、きっと素直に喜べたんだろうに。ようやく「いいこと」ができたと思うと、その裏にはべったりと血が貼り付いてくる。人生なんてそんなものだとヴィバリーみたいに割り切るには、結局、俺は子供すぎるのだ。かといって、子供であることを言い訳に、自分のしたことを正当化できるほど幼くもなりきれない。思春期なんて最低だ、ちくしょう。

「はっはっはー、アンナ様のご帰還だぞーっ!」

 馬車から飛び降りて、大声で言いながらのしのし歩いてくるアンナ。うるさい。

「……浮かれてるわね。しくじった反省はないの?」

「うっさいなぁ。不意打ちだったんだっての。部下の失敗は白の責任だろ」

 お互い軽口を叩きあってはいるが、二人とも心底嬉しそうなのがなんとなく伝わる。付き合いの長い彼女たちにとっては、こんな他愛のない言い合いが落ち着く挨拶なのかもしれない。

「私に隠れてトーゴと話していたんでしょ。他人の色事にまで責任持てないわよ」

「はぁ? 色事って……あたしとトーゴができてるっての? あっはっははは! あり得ないだろ。あんたって、本当にその手の感覚ズレてるよね」

 年頃の青少年として、その反応に一瞬だけ傷ついたような気持ちになる俺。だが自分でもよくよく考えてみて、実際そうでもないことに気がつく。すでにアンナは俺にとって恋愛対象じゃなく、おかん的なポジションに収まってしまったのだ。というか、彼女は年下の男とエルフは全体的に死んだ弟と重ねて見ているフシがあるし――

「……確かに、ありえねえ」

「おいおい、なんだよその反応。アンナ様じゃ不足だってのか? もっと残念そうにしてもいいんだぞー?」

 きっぱり否定する俺に、理不尽かつめんどくさい絡み方をしつつ笑うアンナ。

 一方、俺はヴィバリーの鋭い目つきに気がつく。「なら、本当は何を話してたの?」と言いたげに。色事なんて最初からハッタリで、俺たちの「隠し事」を探るために聞いたのか――いや、おそらく何を話したかも大方想像がついてるに違いない。やっぱり、本当にめんどくさいのはこっちの女か。

「トーゴ」

 ふと、アンナが俺を呼んだ。声も顔も、まったく笑っていなかった。今までの人生経験からか、思わず「怒られるのか」と身構える俺をよそに、アンナは大鎚を土に突き立て、その場に膝をついた。

「あたしは受けた恩は忘れない。命を救われた恩には、命で報いる。だから、この大鎚に誓う。あたし――青の騎士アナリーズ・フェイガンは必要な時、必ず命をかけてお前を助ける。それが誰に背くことであろうと」

 堂々と、大声でそう言って。アンナは俺の手をとり、甲にくちづけるように顔を当て、それからすっくと立ち上がった。ぽかんと立ち尽くす俺に、にっと笑うアンナ。その言葉はローエングリンに刺される直前、アンナと俺が話していたのとほぼ同じことだった。でも今度は誰にも隠さない、正式な誓いだ。これじゃ隠し事がどうとか、ヴィバリーの目を気にしていた俺が馬鹿みたいじゃないか。

「今の、私に背くって宣言?」

 あきれて笑うヴィバリーに、肩をすくめるアンナ。

「それはこいつ次第だろ。というか、あんたがどこまで新人くんをいびり倒すかだな」

 そんな二人を見て、俺は苦い顔をした。そんな顔しかしようがなかった。

 冬子を殺したのは俺だ。俺がすべての元凶だ。俺があいつを刺さなければ、ローエングリンとアンナたちが戦うこともなかった。あの場でただ俺だけが、殺されるべき人間だったのだ。だがそれでも俺は、生き汚く生き延びた。カナリヤたちに火をかけてまで。

 キスティニーは知っている。いつか彼女は全部バラすだろう。きっとアンナが俺を信頼しきって、この誓いを果たそうとする瞬間に。そして、アンナもユージーンもみんな俺を見放すんだ。

 そんなすべての言葉を飲み込んで、俺はかろうじて言った。

「……ありがとう、アンナ」

 満足げにうなづくアンナから、俺は顔を背けて夕日を見た。沈んでいく太陽。早く夜になれ。夜になれば、俺はこんな風に顔を隠さなくて済む。

「ところで……流言師(ワンダリング・ワーズ)は?」

 俺の暗い様子を知ってか知らずか、ヴィバリーはふと話題を変えた。

「さあ。あたしがオーランドで目覚めた時にはいたけど……ちょっと話したらまたどっかに消えちまった。そのまま戻ってこないし、あたしだけでさっさとあんたの『パパ』に馬車借りて出てきたんだ。でもあいつ、どこにでも来れるんだろ? ならそのうちひょっこり出てくるんじゃないの」

 口早に説明するアンナ。つづいて、ヴィバリーのため息が聞こえる。

「……彼女の転移ではこの荒地には来れないって言っていたでしょう」

「あ、そういやそんな話してたっけ……あんたたちが苦戦してるだろーと思って、他のことに気が回らなくてさ。それで全速力で馬のケツひっぱたいて来たのに、着いてみりゃもうとっくに片付いちまってるし。あーあ、不意打ち野郎(バックスタバー)に一発くれてやろうと思ったのに」

 ぶつくさ言いながら、アンナはごつごつと大鎚で地面を叩いた。その震動で、少し離れた俺の足まで揺れる。

「片付いているって、なぜ気づいたの。もしかして、月光騎士団とすれ違った?」

「ああ。ひょろっとした兄ちゃんに聞いたよ。連中も半分やられたみたいだな」

「……そう」

 ヴィバリーとアンナが情報交換する間、俺は深呼吸して心を整えた。夢で冬子に会ってから、精神的にずっとまいってるんだ。そろそろ頭を切り替えなきゃいけない。

 俺はさっきの苦い顔を取りつくろうため、振り返って二人の話に加わった。

「それで、俺たちはこの後どこに向かうんだ? 冬子がいる場所はキスティニーしか知らなかったよな、確か。御者ぐらいは知ってたかもしれないけど……死んじまったし」

 俺の質問に、ヴィバリーが薄く笑った。

「……それは大丈夫。行く先は私も大体わかっているわ。あなたの話が手がかりになった」

「俺の話……?」

「幻影城の話よ。フユコは夢の中でその城の城主だったと言ったでしょう。かつてこの西の地にあった幻影城主ウィッチ・オブ・ミラージュアウラは、その領地と領民すべてを連れて夢の中に隠れた。でも、その城跡だけは現実に残っているの……荒野の先、『眠りの森』の奥に」

 眠りの森――なんともファンタジーな名前だ。この世界のことだから、名前通りのファンシーな場所とはあまり思えないが。

「おそらく、フユコは現実でもそこにいる。キスティニーが馬車を先導していた方向とも一致するし、いずれにせよ他は荒野しかないわ。出発しましょう。アンナ、引き続き御者をお願い」

「あいよ……っと待った。あたし、病み上がりでここまでずっと寝ないで来たんだけど?」

 うなづきかけて、顔をしかめるアンナ。

「なんとかイノシシみたいに元気なんでしょ。もう大分時間を潰したわ。こうしている間にも、フユコは新しい戦力を見つけているかもしれない」

 ヴィバリーの冷たい返事に、アンナはため息をつく。実際、この中じゃまだアンナが一番元気そうだ。平気そうに喋っているが、ヴィバリーもかなり疲れているはずだ。左腕の包帯は、まだ血が乾いていない。

「わかったよ。ユージーンに馬の扱い教えて交代するかな……あ、でも、あの魔術師女なしでイクシビエドとの連絡はどうする? 調査して報告するんだろ。また荒野を戻るわけ?」

「魔術師がいなくても、鳥がいるわ。あなたが飛ばしてきたのを捕まえてある。……イクシビエドなら、わざわざ報告しなくても勝手に識っていそうだけど。まあ、やれることはやりましょう。それが仕事だから」

 ふっと自嘲気味に息を吐いて、ヴィバリーは馬とにらめっこして遊んでいるユージーンに呼びかける。

「ユージーン! 出るわよ。準備して。トーゴは荷物を積みかえておいて。古い馬車は捨てて、アンナの馬車を使うわ。血の匂いがする馬車で寝たくないものね」

 ……やっぱり、また荷物持ちか。


 馬車が動き出すと、ユージーンはさっさとアンナのいる御者台に飛び移っていった。アンナより、馬が気になるらしい。人間より動物の方が親近感あるのだろうか。

 前の豪華な馬車より数段地味になった客車(荷台?)には、荷物と俺とヴィバリーだけが残された。

「……本当にこのまま来る気なの」

 響く蹄鉄の音の隙間に差し込むように、投げられる鋭い問いかけ。ヴィバリーは細剣を抱えてじっと座り込み、こちらに視線を向けなかった。俺が黙ったままでいると、ヴィバリーはもう一度口を開いた。

「ローエングリンはフユコのために、私たちを殺そうとしていた。フユコはあなたの命を何とも思っていない。このまま進めば、あなたは自分の妹の敵になるかもしれない」

 ――敵になら、もうとっくになってるんだけどな。

「ここで兜を捨てて降りてもいいのよ。そうすれば、アンナも無駄な心配をしなくて済むし」

 やっぱり、アンナと俺の話の内容も気づいていたのか。確かに、俺さえいなければアンナは「冬子に手出ししない」なんて約束を守る必要はない。しかし……つい今朝方、俺を騎士として恥じないとかなんとか誉めそやしておきながら、どの口で言うんだか。

「俺は……あいつに謝らなきゃ」

 そう口に出すと、ヴィバリーはひょいと顔を上げて俺を見た。不思議そうな顔だった。そりゃそうだ、向こうは俺が冬子を刺したなんて知らないんだから。

 だがそれからヴィバリーは何を思ったのか、ふっと小さく笑った。

「そう。まあ、幸い私たちもすぐに彼女を攻撃するわけじゃないわ。イクシビエドの判断を待つためでもあるけど……魔術師を狩るためにも、準備なしに仕掛けるのは愚者だけよ」

 小さく息を吸い、冷徹なプロの目つきで暗闇を見つめるヴィバリー。

「未知の魔術師を前にして、まず我々がすべきことは魔術の正体を知ること。手の内さえわかれば、どんな魔術師であろうと殺すことはできる」

 殺す、という言葉で俺を引かせたと気づいたのか、彼女は表情を和らげて目を逸らした。

「……だから、今はそれが私たちの仕事。魔術の正体を知り、イクシビエドに伝える。それが済むまではなるべく身を潜めたい。彼女と話したいならその後にして」

 そうは言っても、殺すことになれば冬子とゆっくり話す時間もない。となると、やっぱり最後はイクシビエド次第ってことか。こんな風に誰かに生死を決められるなんて、確かに冬子が反発する気持ちも少しわかる。

 俺は少し間を置いて、思い切った質問を投げてみた。

「もしお前が冬子を殺すことになって、俺が止めようとしたら……俺を殺すか?」

 聞くまでもないことだとは思いつつ、一応はっきり聞いておきたかった。アンナも堂々と誓いを立てたんだし、ぼかさずに答えを知りたかったのだ。

 ヴィバリーはなんでもないことのように目をぱちくりさせて、肩をすくめた。

「排除する方法は他にもあるわよ。あなたでもアンナでも、1秒で動きを止められるわ」

「あ、そう……」

 拍子抜けしつつ、俺はくたりと馬車の幌に背を預けた。ぼんやりと夕焼け空を眺めながら、彼女が結局「殺す」とは言わなかったことに気づいたのは、それから数分経ってからだった。

 ……まあ、俺は全身バラバラぐらいにはされるかもしれないけど。

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