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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第四十六話:見張り番

 すっかり夜が明けた頃、ふらつきながら馬車の外に出ると、ヴィバリーがちょうど歩いてくるところだった。彼女は相変わらず颯爽として、昨夜の死闘の影など微塵も見えなかった。

「ようやく霧が晴れてスッキリしたわね……どう、眠れた?」

 口を尖らせて、軽い口調で問うヴィバリー。そのわざとらしい軽さに、思わず苦笑いをする俺。凹んだ俺に気を使ってくれたつもりなんだろう。後ろ暗い嘘やごまかしは上手いが、こういう明るい演技は下手くそな団長だ。

「いや……全然。さすがに、今さっきで安眠は無理だろ」

 一方の俺は、ため息まじりに首を振る。まだ、気遣いに気遣いを返せるほど大人ではない。

「そう? 今日はしばらくアンナを待つから、まだ休んでいていいわよ」

「……アンナ? もう治ったのか!?」

 食いつく俺に、ヴィバリーはくすっと笑う。根暗同士なせいか、二人で話すと暗い空気になりがちだが――アンナの話になるとお互いに少し明るくなるような気がする。

「夜明けと一緒にオーランドから鳥が来たの。足に悪筆な手紙をくくりつけてね」

 伝書鳩みたいなものか。魔術のある世界にしては原始的だ。とはいえ、ピンポイントでヴィバリーの居場所に飛んできたのは魔術的な何かを感じなくもない。

「手紙によると、アンナは目が覚めた時には『生まれた直後のマダラガボイノシシみたいに』元気だったそうよ。意味はよくわからないけど、そう書いてあった。流言師が彼女をオーランドまで連れてきて、そこから馬ですぐ戻るって……それと、あなたに礼を言ってくれって」

「そうか……よかった」

 少なくとも一つ、俺にもマシなことができたわけだ。アンナを死なせずに済んだ。アンナと同じように、魔術でみんなの傷が綺麗さっぱり治ればいいのにな。……都合よすぎるか。

 じっと考えている俺の顔を見て、ヴィバリーは重い空気を払うようにフッと鼻で笑った。

「私は、お礼は言わないわよ。あなたは払った給金と預けた名前ぶんの仕事をしただけだもの」

 遠回しな賞賛に気づくまで、数秒かかった。

「それってつまり、俺が……黒の騎士として恥じない仕事をしたってことか?」

 恐る恐る確認すると、ヴィバリーは少しためらいつつも素直に認めた。

「……そうね。もし昨夜のことを恥じているのなら、その必要はないわ。あなたは咄嗟に、最善の手を打った。私もきっと同じことをした。たとえ天幕の下にいたのがアンナやユージーンでもね。剣を振るだけが力じゃない……あなたは立派な騎士よ」

 ヴィバリーの口から出た真っ直ぐな褒め言葉に、一瞬顔がほころぶ。だが、おだてられて無邪気に喜ぶにはさすがに気分が重すぎた。

 もし、本当に俺のやったことが騎士として最善だって言うのなら。こんなのが立派な騎士のすることなら。いつか掛け値なしに「立派な騎士」になった時、俺はもう冬子を殺したことさえ罪の意識を感じないのかもしれない。

「お前は、こんなことずっと続けてるのか? 自分が嫌にならないのか?」

 俺は顔を伏せて、地面を見ながら言った。面と向かって言うには情けないセリフだ。ヴィバリーは笑うでもなく、静かな声で答えた。

「私は物心ついてから、一度も自分が好きだったことはないわ。だからって、誰も自分以外のものにはなれないのよ。それこそ魔術師にでもならない限りね……これで答えになっているかしら」

 それなら俺は、ずっとこのままなんだろうか。冬子を殺した時から、いや、それよりもっと前から、俺は卑怯な殺人者で、これからもずっとそうして生きていくのか。

「難しく考えることはないわよ。目の前にある問題を、一つ一つ片付けていけばいいだけ。とりあえず、一つは片付いたわ。今は休みなさい……ユージーン、あなたも」

「え?」

 急に思わぬ名前が出てきたので、俺は周囲を見回す。すると、馬車の屋根からぎしっと音がした。

「……上にいたのか。いつから?」

 問いかけると、ユージーンがいつもの悟りきったような何も考えてないようなきょとんとした顔で、屋根からぬっと顔を出した。

「ずっと」

「ずっと……?」

 ずっとは長い。俺が一人で悶々としてる間も、真上で寝てたんだろうか。独り言なんかを聞かれてないといいんだが――などと怪訝な顔をしていると。ユージーンは馬車の屋根から静かな足つきでそろりと地面に降り、こちらに近づいて言った。

「見張ってた」

「……俺をか?」

 言葉の真意が読めずに、俺は一瞬嫌な顔をする。卑屈になりすぎてて、俺がこれ以上悪さをしないように見張ってるって意味かと思ったんだ。でも、ユージーンは眉ひとつ動かさずに、首を横に振った。

「さびしそうだったから」

 その一言で、疑り深い俺もようやくユージーンが屋根で何をしてたのか気づいた。俺が寝ている間、外を見張ってくれたんだ。誰も襲ってこないように。俺が怖がらずにいられるように。

「……サンキュー」

 俺がそう言うと、ユージーンは首をかしげた。日本語と違って、この世界じゃ英語は通じたり通じなかったりするようだ。日本語で言い直そうとすると、ヴィバリーが先回りして言葉を続けた。

「ありがとうって意味よ」

 伝わる相手には伝わるらしい。ユージーンは少しはにかみながら、満足げににっと笑った。一瞬だけだったが、子供らしい明るい笑顔だった。それから彼女は元のポケッとした顔に戻って、荒野のまばらな木に向かって突進し、そのまま幹を駆け上がっていった。

 二人が去った後、まぶしい日差しの下で俺は少しだけ眠った。夢はもう、見なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] デレた!ユージーンがデレた!ハーレムタグ追加も時間の問題ぽよー。
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