第四話:白の騎士ヴィバリー
パチパチと音がした。火の音――暖炉の薪がはぜる音だ。まあ、実物の暖炉なんて見たことないから、ドラマかなんかで聞いただけの音だが。それでも、なんとなく、気分が落ち着く……
「そろそろ、目を覚ましてもらえる?」
言われるまま、薄眼を開ける。
二人の女の顔が見えた。白人だ。見覚えはない。昨日も、似たような夢を見た気がするな――そう思った瞬間、俺は思わず跳ね起きていた。
「おっ、元気そうじゃない」
豪快に笑いながら、金髪の大柄な女が言った。筋肉質な肩を露出した、古めかしい服。いや、目に入るもの全てが、俺には古めかしく見えるんだが。暖炉に、石の壁、壁にかかった布、何もかもが……ゲームの一場面か、ゲームオブなんちゃらの一場面みたいな……
「まだ、判断は早いわ。何しろ……ふぅ、どう伝えたものかしら……」
もう一人、長い黒髪の細身の女。この声――覚えがある。昨日の夢の、白い騎士……いや、もう否定しようがない。眠って、目が覚めて、まだ同じ夢を見てる。つまり、これは夢じゃないってことだ。
「あー……あの……」
何から聞いたものか。考えているうちに、向こうから質問が来た。
「先にこちらから、いくつか聞かせて。あなたは、この土地の人?」
俺は、首を横に振った。
「そうね、顔立ちからして違う。でも、言葉は流暢なのね。記憶は、どれくらい残っている?」
矢継ぎ早の質問に、俺はどう答えていいかわからなくなった。記憶といえば、自分で覚えていることは全部覚えてるが……俺が覚えてることをいくら話しても、こいつらには伝わらない気がした。
「ちょっと、待ってくれ! ……俺からも聞かせてくれ。ここは、どこだ?」
二人の女は、顔を見合わせた。そして、やはり白い騎士が答えた。
「ここは、魔導師イクシビエドの大領地内、西方の外れよ。今は、街道の近くで宿をとってる。どこかから連れてこられたの?」
「どこかから、って……」
確かに、「どこか」には違いない。だが、今聞いた地名のどれも俺の記憶にはない。つまり、ここは、俺の知ってるような場所じゃないってことだ。
そもそも、魔導師って何なのか……いや、さっき確かにこの目で見た異常な力が現実なら、そんな名前で呼ばれてても納得はいくんだが。
「……わからない。あの……あんたら、日本……いや、地球って言って通じるか?」
二人は、同時に首をかしげた。やっぱり。想像はついてたが……ここは、俺の世界じゃない。ラノベみたいな話だが、ラノベで起きうることなら現実でも起こりうる……のか? そんなわけないよな……
「チキュウ? それ、なんかいやらしい言葉じゃないだろうね」
筋肉女の方が、変な勘違いをして眉をひそめた。どう勘違いしたのかは、なんとなくわかるが……
「違う! くそっ、何だこれ……なんで俺が、こんな……」
そう言った瞬間、ふと心がずきんと痛んだ。これ……もしかして、俺への罰なのか? 俺が、冬子を殺したから? 神様か誰かが、俺を異世界に放り込んで、苦しめようとしてるわけか……?
「あのさあ、なんか悩んでるみたいだけど、それだけじゃないんだよね。ヴィバリー、もったいぶらないではっきり言ってやりなよ。自分の体のことなんだからさ」
そう言われて、白い騎士の女がはっと顔を上げた。ヴィバリーってのが名前らしい。彼女はさっきから、何やら俺が寝てるベッドの横にかがみこんで何かいじっていた。
「ごめんなさい、ちょっとテストしていたの。やっぱり、思った通りね」
「……何が……?」
怪訝な顔で尋ねると、ヴィバリーはいつのまにか握っていた小さなナイフを、ベッドの上に置いた。何をしてたか知らないが、先端には、赤く血がついている。……もう、俺もだんだん血を見るのには慣れてきた。
「自分の左手を見てみて」
言われるまま、ひょいと左手を持ち上げると……そこには、びっしりと縦横にいくつもの切り傷がつけられて、真っ赤に染まっていた。
「なっ……何だ、これ!? 誰が、いつの間に……」
怯える俺を安心させるように、ヴィバリーはにっこり笑いかけた。
「私が今、話しながらあなたの手をちょっと切ってみたの」
「ちょっと切ってみた、って何だよ!?」
笑いながらそんな恐ろしいことをさらっと言わないでほしい。一見清楚な顔をしてるが、とんでもないサイコだ。いや、戦いを見た時点でそう感じるべきだったのか……
「……でも、あなたは一切痛みを感じていなかったわね?」
ヴィバリーの目つきが、ふっと鋭くなった。
「え……?」
そう言われて、気がついた。切られた時だけじゃない。今も、俺は全く痛みを感じていない。ただ、自分の血だらけの手を見て……「痛そうだ」と思ってるだけだ。触った感覚はあるのに……
「結論から言うわね。あなたは、一度死んでるの。あの魔術師、サヴラダルナによって蘇生させられた。でも、完全ではなかった。痛覚がない以外の影響はまだはっきりしないけど……他にも色々と不具合はあるでしょうね。まあ、ゾンビみたいにならなかっただけ幸運だと思うけど」
非現実的な状況に、さらに非現実的な話が加わって、俺はほとんど頭が麻痺していた。驚きというよりは、もう、どうしていいかわからない状態。
「……それじゃ、俺は……これから、どうなるんだ?」
ヴィバリーは、最初哀れっぽく、それから少し優しく、笑った。
「それは……まずあなたがどうしたいか、じゃない?」