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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第四十一話:赤の騎士、カナリヤ その1

「危ないっ!」

 ようやく俺の口から声が出た時には、すでにガキンッと金属の打ち合う音が響いていた。

 瞬間、天幕の入り口にいたカナリヤは、一気に吹っ飛ばされて俺のすぐ隣まで後退していた。地面にずざっと踏ん張って、エルフの馬鹿力をどうにか転ばずに相殺するカナリヤ。得物の大曲剣は、両手で柄と刃の裏を持ってどうにか支えている。おそらくこいつで一撃を受け止めたのだろう。

 対するローエングリンは、全身に鎧をまとった姿で天幕の入り口にすっくと立っていた。こうして間近で真正面から相対するのは、現実世界では初めてだ。彼女は一瞬だけ俺に目線を向けたようだったが、すぐにカナリヤへ向き直った。この場で唯一、まともに戦う力があるのは彼女だけだ。

「読み違えちゃったか……」

 絶望的な状況にもかからわず、軽い口調でつぶやくカナリヤ。悪鬼の頭のようにゴツゴツといかめしい兜をゆらし、ローエングリンがこちらへゆっくりと歩いてくる。

 全身から汗を吹き出して震える俺の耳に、ヒュボッと風を切る鋭い音が響いた。ユージーンの矢だ! だが、思わぬ援軍に喜ぶ暇さえローエングリンは俺たちに与えてはくれなかった。俺が「ユージーンの矢だ!」と気づいた時にはすでに、矢はしっかりと彼女の手で受け止められていたからだ。

 ローエングリンは一瞬くいっと体をひねり、素手で矢を投げ返した。飛んできた時と同じヒュボッと鋭い音を立てて飛んでいく矢。天幕にさえぎられて、その行く手は見えなかった。ユージーンのことだから、無事だとは思いたいが。今は何より、自分の身が危うい。

「……小鳥(カナリヤ)。歌ってごらん」

 芝居がかった言葉とともに。ローエングリンの姿がさっとかき消えた。そして、たった今立っていた場所で、からんと落ちる鎧。霧だ。熱源である篝火を通り過ぎた以上、もはやわざわざ生身でいる必要はない。

 反射的に、俺は右に体をよじらせていた。ジェミノクイスとガートルードを守ろうとした、と格好良く言うこともできるが、実際のところは右に避けるか左に避けるかで、利き腕の方に動いただけかもしれない。とにかく、俺は剣を前に構えたまま無意識に右に動いて、飛び込んでくる「死」に備えて目をぎゅっと閉じた。


 だが――数秒後も、俺は死んでいなかった。恐る恐る、目を開く。

 天幕の中には、誰もいなかった。もちろん俺はいるし、あとは背後の息遣いでジェミノクイスとガートルードもそこにいるとわかった(ガートルードは死んでるが)。だがローエングリンとカナリヤの姿が、綺麗さっぱり消えていたのだ。

 何が起きているのかわからず、息が荒くなる。敵ってのは、どうやら見えてる時の方が見えないよりましだってことに初めて気づく。

「カナリヤ……?」

 無意識に口からもれるつぶやき。俺は自分で思ってるよりこの謎めいた少女が気になってるらしい。いや、今そんなこと考えてる場合じゃないってことはわかってるが。

 気が動転した俺の耳に、部屋のどこかで誰かがぼそっとつぶやく声が聞こえた。


「うだうのは、あんただよ」


 肝が冷えるような、深く低く、くぐもった声。俺の知ってる誰の声でもない。

「あ……?」

 戸惑う俺をよそに、天幕の中を薄く満たしていた霧がすっと収束した。目の前で、地面に低く身を伏せる裸のローエングリン。まるでつぶれたみたいに身を低くしているので、一瞬倒れているのかと思った。だが、違う――彼女は跳び上がるために「ばね」を溜めていたのだ。

 次の瞬間、頭上でガキンッ! と金属を打ち合う音がした。霧の中から聞こえたのと同じ音だ。そして、二つの影が天幕の上からどさりと地上に落ちた。一つは、銀色の剣に血をつけたローエングリン。もう一つは……あれは、何だ?

「シッ……やっぱり、(わらひ)が貧乏ク()じゃん」

 その大きな緑色のかたまりは、ドスの効いた舌ったらずな声でぶつぶつ言いながら、地面からぬっと首をもたげて身を起こした。長身なローエングリンのさらに1.5倍はある巨体。緑色の肌をびっしりと覆うトゲのようなもの(ウロコか?)。そしてぎりりと食いしばる鋭い牙。

 つまりそれは、「竜」だった。トカゲと言うにはあまりに大きく、手足も長い。リザードマンとかありがちな名前で言うには、前傾姿勢で爬虫類じみていた。恐竜で言えば、ヴェロキラプトルに似ているだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えながら、俺はこの理解不能な状況をどうにか理解しようとつとめた。いや……最初に目に入った瞬間から、俺はなんとなくこの怪物の正体に気がついていたのかもしれない。ただ、それがあまりに受け入れがたかっただけで。そもそも、この場には他に該当する人間はいないのだ。

「か……カナリ……ヤ? なのか?」

 震える声でつぶやくと、その竜人はローエングリンと向き合ったまま、片目だけぎろりと別の生き物みたいに動かして、俺を一瞥した。その瞳の模様と色はカナリヤと同じ、不思議にひびわれたオレンジ色だった。

「わがっでると思うけど。こっち()ないでよ」

 そう言い捨てると、彼女は首をぐいとひねった。首の動きに合わせて、鈍い銀のきらめきが空気を切る。さっきは位置的によく見えなかったが、その鋭い牙の間には、ガートルードの大曲剣の柄が噛み締められていた。カナリヤが細腕でどうやってあの大きな剣を振るのかと思っていたが、彼女は最初からこうやっていかついアゴを使う気だったのだ。

「エルフの(にぐ)は、美味いっでさ……そいつ(ガートルード)が言ってたよ」

 表情のわかりづらい口をぐっと歪めて、カナリヤは不敵に笑った。

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