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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第三話:屍肉治癒師サヴラダルナ

残酷な描写、暴力描写、倫理的に不快な描写があります。ご注意ください。

「動くな、魔術師サヴラダルナ! いやさ『屍肉治癒師(ロッテン・ヒーラー)』よ!」

 大声で呼ばわる、堂々とした男の声。

「我らは護法騎士団第三十五分隊、波涛騎士団である。このまま動かざれば、痛みもなくそっ首落としてくれる。動けば、四肢を裂き苦しみながら逝くことになるぞ!」

 扉を開けて現れたのは、鎧兜で身を固めた大男だった。背後には、同じく重装備の三人。

 この時点で、俺はもう冷静に状況を把握しようとするのをやめていた。これは――つまり、夢だ。こんな異常な状況は、他にありえない。それなら、せいぜい何が起きるか黙って見ていよう。

 サヴラダルナと呼ばれた女は、頭を矢に貫通されたまま、じっと男たちを見返した。感情もなく、恐れもなく。いや、状況からすればどう見ても死んでるはずなわけで、感情がある方が異常なんだが。

 その冷たい反応に業を煮やしたのか、真ん中に立った、白い甲冑の男が声を荒げた。

「貴様は自分が何をしたか、わかっているのか? 死者の尊厳を踏みにじり、墓地の死体を掘り返しただけでなく、無秩序かつ不完全な蘇生術によって、近隣の村は歩く死者で埋め尽くされ、撒き散らされた腐肉と怨念が疫病を生み、さらなる死者を増やしたのだ」

 男の声は、怒りに満ちていた。話を聞く限り、もっともな怒りだ。俺の命を助けてくれたように見えたこの女、どうやら実際はかなりの悪人らしい。

「……もはや、この一帯は人の住めぬ地になった。我ら護法騎士団は、貴様のような無法の魔術師にこれ以上好き勝手はさせん。人間の尊厳を、平気で踏みにじる貴様らに、へこへことへつらう貴族どものようには……」

 その時、ようやく女が動いた。

 彼女は、するすると頭に刺さった矢を引き抜くと、それを丁寧に俺の寝そべる祭壇に置き、ぽつりと一言、こう言ったのだ。

「診療所では、お静かに……願います」

 そして、彼女は空中で、さっと手を横に倒すような仕草をした。――それだけだった。それだけで、白い騎士はすでにぱたんと床に倒れて、二度と動かなくなっていた。

「ミゲル! くそっ――」

 残る三人の騎士が、武器を構えて走り出そうとした瞬間――もう一度、女は手で空気を除けるような仕草をした。

 がちゃんと音がして、すべての騎士が倒れた。……死んだ。

 あまりにも、あっけない幕切れだった。


 女は、何事もなかったかのようにフゥとため息をついた。

「今のは……」

 あっけにとられる俺に、女は頭に穴を開け、顔じゅう血を滴らせたまま笑った。

「生と死は裏表なのですよ。大丈夫、あとで彼らもちゃんと起こします。私はただ、みんなに元気でいてほしいのです。生きているということは、それはつまり、幸せですから」

 背筋が、ぞくっとした。俺は、こんなの夢だと思いながらも、反射的に祭壇から転がり落ちて、這って逃げようとしていた。

「……まぁ」

 石の床を這いずりながら、俺は初めて、自分がシーツ一枚で包まれただけで裸だったことに気がついた。冷たい。

 その感触に気づいた瞬間、生き延びようとして必死になっている自分が滑稽に思えた。俺は人を、妹を殺して、一時は自分も死のうとしていたのに。いざ自分が殺される身になったら、こんな風に無様な格好をさらしてでも、生きようとするのか。

 恐怖に震えながら、俺は笑い出しそうだった。

「お逃げにならないで。あなたは一番、上手くいったのに……」

 残念がる女の声と、近づく足音。上手くいった? 何が……?

「さあ、つかまえましたよ」

 耳元で、そっと囁く声。もうダメか、と思った時――遠くから、奇妙な音が聞こえた。フーン、と虫が飛ぶような音。それは徐々に大きくなって、一瞬で轟音へとふくれあがった。

 次の瞬間、間近で空気がばつんと弾けた。風圧で床に倒れた俺は、振り返って、何が起きたかを見た。女が――サヴラダルナが、外から投げ込まれた巨大な金属の棒に吹き飛ばされて、壁に打ち付けられていたのだ。

「ぐ……ぎぃ……」

 うめき声。さすがに、今度は平気ではないようだ。完全に、金棒の下敷きになっていて顔は見えないが、まだ生きているというだけでもおぞましい。

 彼女を見下ろすように、いつのまにか一人の人間が立っていた。軽装の服に白い兜をかぶった、清廉な細身の女騎士だった。手には、細長い剣を握ってる――ゲームで見る、レイピアってやつか?

「再生する隙を与えるな。ユージーン!」

 天井に向かってそう呼びかけると、部屋中にキンと張りつめるような音がした。そして、何かきらきらとそこら中で何かがひらめいたかと思うと、金棒の下からかろうじて突き出していたサヴラダルナの手足が、何かに引っ張られるようにつり上がった。

 それは、銀色の糸だった。いつのまにか、彼女の手足に巻き付けられていたらしい。その糸はきりきりと手足を力を緩めず締め上げ続け、肉がはぜても止まらず、骨まで達し、ついには手足をばらばらに切断してしまった。

 目の前でバラバラにされる人間を見て、吐き気をもよおす俺の傍を、冷静な足音がかつかつと進んでいく。

「首は、私が……待て! アンナ、頭を潰せと言ったのに……」

 白い騎士の声に、俺もつられてサヴラダルナの方を見てしまう。そこには――金棒だけが落ちていた。サヴラダルナがいない。ぞくりと、再び悪寒。


 振り返ると――彼女は、そこにいた。

「……悲しいことだわ……傷つけ、殺しあう……人という獣は……」

 サヴラダルナは、もう人の形をしていなかった。腕は切り分けるのに失敗したハムみたいに、皮一枚でつながったまま床をひきずり、足は奇妙なオブジェのように、ジグザグに異常な方向でつながって、無理やり体を支えていた。

「救いを……あまねく……もたらす……夢を」

 そして、乱れた髪の毛の中から、両目がぎらりと光った。

「視界に入るな、認識されれば死ぬ! 音も立てるな、口を塞げ!」

 叫んでから、白い騎士は風のように部屋中を駆け抜け、物陰に隠れた。位置を特定されないように、ということだろうか。確かに、俺にも、もう彼女がどこにいるのかわからない。

「どこ……?」

 静寂の中、サヴラダルナは、頭上に目をやる。射手を探しているのだ。矢で頭を射抜き、糸で手足を切断しようとした者が、どこかに潜んでいる。

 彼女が頭上の一点に視線を定めた瞬間、彼女の頭ががくんと跳ねた。矢だ。矢が、目玉を貫通して頭に刺さった。

 だが、まだ片目――サヴラダルナは残った瞳で、矢の飛んできた方向を見つめて、つぶやく。

「……おやすみ」

 その時、俺にも射手の姿が見えた。天井の梁を音もなく走る、小さな姿。子供だ。こんな小さい子供が、どうしてこんなとこで殺し合いみたいなことをしてる? ショックを感じた俺は、思わず叫んでいた。

「やめろ!」

 ほとんど無意識だった。自分の妹を殺した俺が、子供を助けるために声をあげるのかよ? 内心皮肉に感じながら、それでも、止められなかった。まあ、どうせ夢だと思ってたせいもあるだろう。

 サヴラダルナは、天井から目をそらして、俺を見た。今度こそ死ぬな、と思ったが――彼女は何もしなかった。ただ、こちらを見つめた。

 不思議な目だった。冷たく、無機質で――だが、なおもどこか優しい。この女は、人を平気で殺しまくってもなお、どこまでも善意でいるのだ。それが、何よりも不気味だった。

 そのうち、彼女の顔が少し左にずれた。優しい瞳のまま、俺をじっと見たまま、サヴラダルナの顔はずるずると体から滑っていった。

「くたばりやがれ、化け物め」

 そう口にしたのは、音もなく、気配もなく、サヴラダルナの足元に滑り込んでいた白い兜の女騎士だった。彼女のレイピアはすでに血で濡れ、仕事を終えていた。

 ぐちゃりと音がして、サヴラダルナの頭が床に落ちた。その頭は、まだかろうじて生きているようだった。瞳は涙に濡れ、なおもじっと俺の方を見ていた。口は何か言いたげにぱくぱくと動き、やがて、小さなつぶやきをこぼした。

「どうか、生きて――」

 ダンッ! と音がして、分厚い金属で包まれた大きな足がサヴラダルナの頭を踏み抜いた。頭は一瞬で弾けて潰れ、原形も残らなかった。

「悪い。話の途中だった?」

 足の主である大柄な女は、そう言って笑った。それから足をグリグリと床にこすりつけ、サヴラダルナが二度と生き返らないよう、丹念に彼女の残りカスをすり潰した。

 ――そのグロテスクな光景に、俺はとうとう耐えられなくなって、また気を失った。

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