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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第三十三話:共同戦線 その2

「……聞くべきことは聞いたな。あとは少し、俺の方で具体的な策を考えさせてくれ」

 情報共有が済んだところで、ウィーゼルはそう言って会談を打ち切った。ヴィバリーはもっと迅速な行動を期待していたのか、怪訝な顔で眉を寄せる。

「そんなに悠長なことでいいの?」

「ローエングリンは辛抱強い女だ……最大戦力であるガートルードを落とした今、焦りはしない。俺たちが消耗し、弱点を晒すのをじっと待つはずだ。二日でも三日でも、一週間でもな。こちらもどっしり構えて、罠を張って待つ」

 そういえば、さっきカナリヤも「持久戦になる」とか言っていたっけ。最初から、こういう状況になることをガートルードはすでに見越していたのだろうか。それとも、参謀役らしいウィーゼルの判断だったのかもしれない。

「……そう。判断はあなたに任せるわ」

 ヴィバリーはうなづいて、天幕から外に出た。俺も後を追って外に出る。まだ日は高い……午後過ぎってところだろうか。篝火に囲まれていても、安心感はない。ウィーゼルはああ言ったが、いつまた「あいつ」が襲ってくるかと思ってしまう。

「なあ、ヴィバリー。つまり、あのローエングリンは……冬子の……仲間、なのか?」

 答える前に、ヴィバリーは天幕の中を振り返って、ウィーゼルの姿を見る。ウィーゼルは何やら道具や武具を広げて、ぶつぶつ独り言をしているようだ。こちらの話を聞かれていないと判断したのか、ヴィバリーは改めて俺の方を見た。

「……おそらくは。不可解なことが多すぎて、確かなことは何も言えないわ。彼女があなたと同時期に現れたのだとして、どうやってこんな短期間のうちに味方を作れたのか? しかも、千年王国の内部に……」

 言われてみれば――イクシビエドの話だと、冬子はここから西の地に出現したということだった。千年王国に行ったとか、瞬間移動したって話は聞いていない。まあ、キスティニーみたいなやつのことを考えれば、物理的な距離など関係なさそうだが――

「キスティニーが、手引きしたとかってことは……?」

 俺の思いつきに、ヴィバリーは首を横に振った。

「確かに、あれは信用できない相手だけど。イクシビエドを相手にそんな見え透いた自作自演をするかしら……まあ、詳しいことは今はいいわ。それより、私もこれでやっと少し、イクシビエドが彼女を気にする理由がわかった気がする」

「理由……?」ぽかんとする俺。

「ローエングリンが言葉通り、フユコの配下なら……彼女はすでに、この大陸でも有数の武力を手中にしたのよ。一人で二つの騎士団を退ける魔術騎士。人間にとっても、魔術師にとっても脅威になりうる」

 ……そう言われても、俺にはあまり実感がわかなかった。

 俺の知ってる冬子は、ただの夢見がちな子供か、無口な引きこもりだ。街を滅ぼすとか、喧嘩をふっかけるってのはそぐわないような気がする。それを言えば、そもそもあいつが「仲間」を作るってのも違和感があるんだが……

 でも、確かに――ローエングリンは俺たちを名指しで殺そうとしている。それはもう、疑いようがないことだ。

「あの様子だと、ローエングリンは彼女に心酔しきっているわ。もし、フユコの魔術が他者を意のままにするような力なのだと仮定して……他の騎士や魔術師をも仲間に引き入れる力があるんだとしたら。彼女はいずれ、魔導師(ウィザード)をも殺す戦力を手に入れられるでしょうね」

「……よくわからん」

 俺は正直に言った。実際、想像もつかない話だった。この世界の連中にとってどれだけ謎めいた不気味な存在だとしても、俺にとっては結局、ただの妹だ。

 さすがにオムツ時代は俺も小さかったから覚えてないが、幼稚園ぐらいのことは覚えてる。小さい、無力な生き物だったころ。記憶にある限り、あいつは絵本を読んでるか、寝てるかだった。寝て起きては、夢に見た話を俺に言って聞かせた。俺は適当に聞き流していたっけ。

「まあ、ここに来て日も浅いあなたに、世界情勢まで考えさせるのは酷ね。二十数年生きてるアンナだって、この手の話は全然だし……それじゃ、あなたの心情を聞かせて。妹に命を狙われる気分はどう?」

 俺が凹みかけたところへ、無神経な質問を投げてくるヴィバリー。こいつの場合、嫌がらせとかじゃなく本当に興味本位で聞いてくるのがタチ悪い。しかも、さらっとアンナの実年齢をバラしやがった。

「まあ……そういうこともあるかもなって思うよ。そんなに仲良くなかったし」

 その上、殺された相手なのだし。仕返ししたくもなるだろう。むしろ、当然の復讐だ。あくまで一般論であって、引っ込み思案のあいつらしくないとは思うが。

 ……いや。俺は冬子の「らしさ」なんて、本当は何もわかってはいないのかもしれない。中学に上がってからは、ろくに話してもいない。あいつが話したがらないからだ、と思ってたけど……本当は俺の方も面倒で避けていた気がする。自分のことで、手いっぱいで……

「そう……兄妹っていうのも、色々あるのね。私は一人だからよくわからないわ。アンナが死んだ弟さんに執着する気持ちも……」

 ふうっとため息をつくヴィバリー。なんとなく憂鬱そうな空気だ。

 一人っ子で寂しいのだろうか。妹に殺されそうな俺と、弟を殺されたアンナを見て、弟妹をうらやましがる思考はだいぶ屈折してる気がするが。

「まあ、家族って色々あるものなんじゃないか。兄弟姉妹じゃなくても、親子だってこじれたりするだろ。お前も、あの……市長のお父さんと仲良くもなさそうだったし」

 そう言いつつ俺は、オーランドの街で会った、朗らかな市長の顔を思い出す。まあ、彼とヴィバリーとの関係は、こじれるというよりは単に親バカと鬱陶しがる娘の図に見えたが。

「……なるほど。面倒臭いものね、家族って」

 ヴィバリーは苦い顔をしつつも、気を緩めて笑った。


 それから夕暮れ時まで、何事もなく過ぎ去った。

 何事もなく、というか……ヴィバリーとウィーゼルは何度もぼそぼそと作戦を話し合い。ユージーンはそのエルフの目と鼻で霧の監視を行い。カナリヤはよくわからないがあれこれ道具をいじったり、篝火のチェックをしたりと、忙しく歩き回っている。

 つまり、俺だけが一人何もすることがなかった。まあ当たり前だ。黒の騎士とか大層な役職にはつけられたが、戦力的にも知力的にも、俺は今のところ荷物持ち以上の何者でもない。

 まだ若いし1年ぐらい修行すればわりと戦えそうな(根拠のない)自信はうっすらあるのだが、今すぐ強くはなりようがないのだ。と、いうことを、エルフ連中の戦いを見て俺は受け入れた。

 というわけで、要するに俺は、することもなくぼうっとしていた。

「あんた、さっきから何してるの」

 紫色の空を見上げていると、背後からカナリヤの冷たい声が聞こえた。冷たいというか、ぶっきらぼうというか。つまりは俺に全く興味がない声だ。まあ、女子から興味を示されないことには慣れている。

「……ぼうっとしてる」

 正直に答える俺。彼女の年頃が近い(ように見える)せいか、あるいはとっくに色々ダメなところを見られているせいか、特に格好つける気にもならなかった。

 カナリヤはさっさと立ち去るかと思ったが、まだ後ろに立ち止まっていた。

「まあ、見ればわかるよ。どうして、素人がよりによって『黒』をしてるの?」

 見ればわかることをなぜ聞くんだ。そして、どうしてと聞かれても俺にもよくわからない。

「俺はまあ、なんていうか、名前だけって感じで……話せば長くなるけど、オマケでついてきてるだけなんだ。黒って、そんな大事な役割なのか」

 俺の素朴な疑問に、カナリヤは目を細めて答える。やはり、不思議な目の色だ。

「黒は、基本的に騎士団の二番手がなるものだよ。白が死んだ時は、黒が次の白になる。常に白の背後に立ち、その道を正すのが黒の役目」

 ……ヴィバリーのやつ、マジで何も俺に説明せずに「黒」にしやがったんだな。まあ、俺が騎士団長になれって言われても無理な話だし、言われても困っただろうが。

「とはいえ、月光騎士団は白が『死なない』から例外だけど。あ、そういえばあんたも死なないんだっけ?」

「……多分、あいつほどじゃないけどな」

 と、ガートルードを視線で示す俺。布がかけられた死体は、昼間より少し大きくなっているような気もする。ジェミノクイスの魔術で、体が戻りつつあるんだろうか。

「じゃあ、死ぬ可能性はあるわけだ。なのに、わざわざ騎士団に入る? 死にたがりなの?」

 ずけずけと突っ込んでくるカナリヤに、俺は少しムッとする。

「自分だって騎士団のくせに。やることがあるんだったら、俺と話してないで仕事したらどうなんだ」

 言い返されたのが意外だったのか、カナリヤはフードの下で少し目を見開いたようだった。かといって怒るでもなく、フムとうなづく。

「……私は、目的があって騎士をしてるから。仕事なら、さっき済ませた。今は休んでる」

「だったら、黙って休んでりゃいいじゃん……」

 ため息をつく俺。そうは言いつつも、内心それほどこの会話が嫌ではなかった。このカナリヤという少女は、無遠慮だが、なんとなく気安さを感じる。対等に話せるというか……

「あんたは、目的ないの?」

「え?」

「目的。騎士になって、何をするとか。特にないなら、余計なもの背負わされる前にさっさと抜けなよ。どっかのエルフみたいに、死にたがってるわけじゃないんでしょ」

 そう言うと、カナリヤはふいと顔を背けて歩き去っていった。

 目的……そういえば最初に会った頃、ヴィバリーも言っていた気がする。問題は、俺が何をしたいかだ、とかなんとか。俺は何をしたいのか。冬子をどうしたいのか。改めて考えるうちに、自分の中で徐々に答えが見え始めた。

 俺は、知りたい。冬子が今何を考えてて、何をしようとしてるのか。他人の口からじゃなく、あいつの言葉で、ちゃんと聞かなきゃいけない。俺がしたことも……どう思ってるのか。全ては、それからだ。

 そしてその目的は、意外にも早く達成されることになった。

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