第三十二話:共同戦線 その1
「さて……それじゃ、今度こそ『協力関係』について話し合おうかい。おっと、その前に……」
天幕の下、ウィーゼルはそう言って頭にかぶっていた黒い兜を地面に放り投げ、奥からガートルードのものであろう白い兜を取り出し、自分の頭にかぶせた。
「改めて挨拶しよう。月光騎士団、白の騎士を代行するウィーゼルだ。団長と違って、俺は柔軟なんでね……今は土下座してでもあんた方の力を借りたい。まあ、そっちも生き残りたきゃ俺たちが必要だろうがな」
こちらを振り向き、にやっと笑いながら言うウィーゼル。確かに、ローエングリンの狙いが月光騎士団ではなく俺たち冬寂騎士団だとわかった以上、今はどちらかといえばこちらの方がヘルプを頼みたい立場だ。
それにしてもこの男、上司が死んだ途端、妙に生き生きしているように見えるのは気のせいか。
「そうらしいわね。……あれは、放っておいていいの?」
ヴィバリーは涼しい顔で返事してから、天幕の端をアゴで示した。
そこには、布をかけられたガートルードの死体と、ある意味いつも通りの狂気じみた顔でその横にしゃがみこみ、何かぶつぶつとつぶやいているジェミノクイスがいた。
「団長のことか? ジェミノクイスに任せておけばいい。あいつがなんとかする。そのために連れ回してるんだからな」
「なんとか、って……」
思わず怪訝な声を出す俺。まさか、この状態から治療するつもりなんだろうか。
いくらジェミノクイスが傷を治せるといっても、ガートルードは明らかにもう死んでいる。その上火だるまにされて――俺には直視できなかったが、人の形が残っているかも怪しい状態だ。サヴラダルナでさえ、俺を含めて完全な蘇生はできなかったのに。
俺のつぶやきに、ウィーゼルはふーっと長いため息をついた。
「……信頼を築く第一歩として、こちらの手の内を明かしておくか。ジェミノクイスは特殊な魔術師でな。あいつの魔術は、ガートルードがどんな状態だろうと完全に治癒することができる。腕をもがれようが、頭を吹っ飛ばされようが……最悪、肉片一つからでも、ガートルードの体を再生することができる。あの程度なら、二日もありゃ元どおりになるだろう」
そんな、反則じみた回復魔法があっていいのか。いや、ゲームでなら「蘇生して全回復」なんて魔法はなくもないが、現実にそう言われると、自然の法則を歪めまくっている感が半端ではない。一回死んでる俺が言うのもなんだが……。
「その代わり、あいつはガートルード以外の人間には何もできない。かすり傷一つ治せないし、危害も与えられない。ま、だから今は無視していいってことだ。二人っきりにさせといてやれ」
意地の悪い笑みを浮かべるウィーゼル。その説明を聞いて、ようやく俺も少し腑に落ちた。反則じみた回復力の代わりに、相手が限定されてるわけか。よくある漫画の設定みたいだが……彼女のガートルードへの執着ぶりを考えると、納得もいく。
この世でただ一人のためだけに存在する魔術。ガートルードが「永遠に負けない」という言葉は、文字通りの意味だったのだ。ジェミノクイスがそう望まない限り、彼女は死ぬこともできないのかもしれない。
「承知したわ。それで、これからの策はあるの?」
「それなりにな。だが、詳しいことはあんた方の話を聞いてからだ。今や、俺たちは運命共同体だ。隠し事はなしでいこうぜ。さもなきゃ、全員ここで死ぬ。それは望みじゃなかろう?」
ウィーゼルは探るようにヴィバリーの目を見た。ヴィバリーはにらみ返したが、そう長いこと意地を張りはしなかった。いがみ合ってたガートルードはとりあえず死んだし、どのみち、お互いに選択肢がないってことは俺にもわかる。
「……いいわ。私たちの目的、それぞれの能力を隠さず話す。その代わり、そちらの話も聞かせてもらう」
「よし、よし。やっぱり、人間同士だと話が早いな」
くくっと笑って、ウィーゼルは転がったガートルードの死体をにらんだ。その目つきは、ただ嫌な上司を見るよりも、もっと重い感情がこもっているようだった。
「はぁ……なるほど。謎の魔術師の調査、ねえ……」
話を聞き終えて、ウィーゼルはぽかんとした顔で頭をかいた。最初の印象はわりと若い感じに見えたのだが、こうして近くで見ると、かなりおっさんくさい。30過ぎなのは間違いなさそうだ。
ヴィバリーは「隠さず話す」と言いながらも、異世界のことについては全く触れず、ただ「フユコという謎の魔術師の調査をしにきた」という説明に終始した。さすが、二枚舌というかなんというか。
「彼女の存在がどういう意味を持つのか、なぜそれほど重要なのかは、知らないし知るつもりもない。私たちは報酬のために、イクシビエドが望む通り動いているだけだから」
素知らぬ顔で言うヴィバリー。実際、彼女が――いや俺たちがどれぐらいの報酬をもらうことになるのか、そういえば具体的な数字を聞いていないが、きっと相当な額ではあるのだろう。
「なるほど。さっぱりわからんが、まあ、わからんなりに腑には落ちたよ。その魔術師、フユコとやらがローエングリンの守ろうとしてる主人ってわけか。そいつの妹ってことは、よっぽどの子供だろ? あいつも趣味が変わったもんだな」
茶化して言ってから、ウィーゼルは値踏みするように俺をちらりと見た。
なんとなく、居心地が悪い。同じ黒騎士でも明らかに戦い慣れしているこのおっさんと比べてしまうと、自分の役に立たなさが強調されるみたいだ。
「……こちらの情報はこれで全部よ。次はそちらの番」
ヴィバリーに促され、ウィーゼルは肩をすくめた。
「俺たちの目的は、もう知ってるだろう? ローエングリンを狩る。どんな代償を払おうとな。あいつの首を持たずに帰るなと、国王陛下からのお達しでな」
「なぜ、そこまで執着を?」と、ヴィバリー。ウィーゼルはやれやれと溜息をつく。
「あんた方独立した騎士団と違って、国に属する騎士ってのは、お偉方が自慢しあうための玉杯みたいなもんだ。一人で騎士団一つぶん以上の価値を持つローエングリンは、長いこと国王陛下の自慢の種だった。それが勝手に逃げ出したとなれば、面子は丸つぶれだ」
飄々と語るウィーゼルに対し、ヴィバリーは首を横に振った。
「国の話をしているわけじゃないわ。あなた個人が、彼女に執着する理由よ。個人的な関わりがあったのよね?」
そう問われて、ウィーゼルの顔から斜に構えた笑みが消えた。言われてみれば、さっきの戦いの最中、ウィーゼルとローエングリンは妙に親しげに話し合っていたっけか。
「……ああ。まあ、隠す理由もなかろう。俺とローエングリンは、つい先日まで家族をやっていた。つまり、俺はあいつの夫だ」
「夫……!?」
と、思わず声に出してしまう俺。フンと鼻を鳴らすウィーゼル。
「国の外なら笑われることもないと思ったが、そうもいかんか。馴れ初めまで語るつもりはないが……10余年、共に暮らした仲だ。あいつが死なねばならんのなら、俺が自分の手で殺ってやりたい。それだけのことだよ」
人間とエルフの結婚――普通のファンタジーならまあありがちな話なんだろうが、この世界でのエルフの身体的特徴を考えると、色々とモヤモヤする話だ。いや、霧の中でうっすら見えたものが確かなら、ローエングリンは違うのか……?
悶々とする俺を横目に、ヴィバリーは冷たく話を進める。
「そう。つまり、いざという時に情が湧いて殺せない可能性があるということね。覚えておく。次は、カナリヤのことを聞かせて。彼女の武器、あれは何なの? この戦いで役立ちそう?」
辛辣なことを言いながら、さっさと次の話題に移るヴィバリー。
「ああ、気になるよな。あれはドウォフの……」
「ウィーゼル!」
話題が自分から離れたせいか、心なしか気安い口調に戻ったウィーゼルを、カナリヤが鋭い声でとがめた。
「勝手に人のことまで話さないで。臨時代行のあんたに、そんな権限ないわ。私はこいつらに手の内まで明かす気はないし、こいつらが私たちに全部明かしてるとも思えない」
鋭い。実際、俺たちはまだ隠し事をしているのだし。
「疑り深い奴だねえ。赤ってのはどこもそういうもんかね? そっちの赤は素直そうだが……」
ウィーゼルがちらと、うちの赤騎士ことユージーンを見る。ユージーンは、いつのまにか俺たちのそばを離れて、カナリヤの隣に立っていた。相変わらず自由だ。
「近寄るなよ、エルフ」
カナリヤは口では邪険にしつつも、至近距離で興味深げにじろじろと見るユージーンを、避けるでもなくじっと立っていた。
「まあ……今はローエングリンを殺すことが最優先目標だ。武器に関する情報は、カナリヤが何を言おうがそちらに渡す。ただし、それ以外の秘密については……お互い見て見ぬ振りといこうや」
その言いぶりからすると、向こうにも何かまだ隠し事があるようだが。ひとまずはそれで交渉は成立した。カナリヤはウィーゼルの提案にむすっとしながらも、それ以上食い下がりはしなかった。