第二十九話:湖上の霧、ローエングリン その2
篝火に囲まれた天幕の中で、俺たちは木造りの椅子に腰掛けた。今度は向き合う形ではなく、円になる形で。ローエングリンを倒すという一つの目的のため、皆同列に並んでいるということだろうか。
最初に会話の口火を切ったのは、ヴィバリーだった。
「一時的な協力関係を築くにあたって、まず情報を共有してもらいたい。こいつの能力について、肉体を霧に変えるという以外に補足はあるか? 殺す方法は準備している?」
口調はすでに騎士団長モードで、私情を交えずにさっさと会話を済ませたいようだ。二つ隣に座ったガートルードが、クッと見下した笑いを浮かべる。
「これは協力関係ではない。庇護して進ぜよう、という寛大な申し出である。諸君らは黙ってここに座っておればよい。手勢を失ったのだろう?」
――寛大って自分で使う言葉じゃない気がするが。ヴィバリーは眉をぴくりと動かしつつ、つとめて冷静に答えた。
「……そちらの『狩り』に巻き込まれたおかげでな。元より、関わらずに済むならそれが望ましい。だが率直に言って、貴殿らが本当にこの魔術師を殺せるかは疑わしいと思っている。もし月光騎士団が全滅したら、後は我々が奴を殺さざるを得ない。その時のため、先に情報を渡せと言っている。死人からは聞けないのでな」
ピリピリした空気の中、黒騎士ウィーゼルがふいーっと気の抜けた溜め息を吐いた。
「……団長。彼女の話には一理ある。ローエングリンは強い。我々が仕損じることは8割方なかろうが、残る2割も十分考慮に足る確率だ。もしこちらの騎士が欠けることがあれば、冬寂騎士団の戦力を借りることも、私は恥とは思いませんな」
ウィーゼルはそう言うと、落ち着かなげに自分の剣の柄をさすった。いや――鞘の装飾が西洋風なせいで今まで気づかなかったが、それは「剣」ではなかった。明らかに湾曲した、細長い形。あれは「刀」だ。この世界にも、日本っぽい場所があるということだろうか。まあ、サムライもファンタジーの定番だしな。
ウィーゼルの提案に、団長のガートルードは失笑で返した。
「私は恥じる。理由はそれで十分であろう」
「……ごもっともで」
ウィーゼルは嫌な顔をするでもなく、肩をすくめてあっさり引き下がった。
彼らのやりとりを見ていたヴィバリーも、会話で説得することはあきらめたのか、ふっと息を吐いて周囲を見回した。
「見たところ、篝火を焚くことも対策のうちか。熱と煙で霧を遠ざけている?」
ヴィバリーの分析を聞いて、ガートルードはやや感心したように――それとも馬鹿にしてか、ふっと小さく笑った。
「左様。奴は霧のままでは火に近づけぬ。それこそが、戦場にてほぼ不敗を誇る魔術騎士ローエングリンの唯一の弱点。お利口だな、ヴィバリー」
やはり、明確に馬鹿にしている。芸をした犬に「賢いワンちゃんね」とか言うのと同じノリだ。対するヴィバリーは、名前を呼ばれたことに嫌悪感を示しつつ、フンと鼻を鳴らした。
「……それだけ聞ければ十分。後は好きにして」
そう言うとヴィバリーは椅子から立って、天幕の奥――俺たちの荷物を集めてある辺りへと歩いて行った。俺とユージーンも、後についていく。
「話はついた。支度をするぞ」
ガートルードが号令をかけると、今までまるで統率のなかった月光騎士団の面々が、一斉にざっと立ち上がった。
「ウィーゼル、武具の準備を。カナリヤは周囲を監視し、篝火の火を絶やさぬように。ジェミノクイス、お前はここで待機せよ。天幕より一歩も出るな」
テキパキと命令を下していくガートルード。二人の騎士は命令に従って足早に去ったが、待機を命じられた魔術師ジェミノクイスだけはその場に留まり、不満と驚きの声をあげた。
「……そんな、ガートルード様! 待機だなんて……私は何処なりとご一緒致します! 壺中の果てまでも共に参らんと誓った私たちでありましょう!?」
「知らん。お前の妄想だ」
涙ながらにすがりつくジェミノクイスに、ガートルードはあっさりと言い放った。こいつらの関係はよくわからないが、どうやらジェミノクイスの片思い?なのだろうか。
「ローエングリンは我々の手の内を知っている。真っ先に狙われるのはお前だ。お前が殺られることだけは避けねばならん」
「……! では、私を気遣って……ああ、なんとお優しい! ウフフ……ガートルード様。私は永遠にあなた様のものです……愛しい、愛しいあなた……」
ジェミノクイスは背後からするりと腕を回し、ガートルードの体にぎゅっと抱きついて、首筋に何度も口づけをした。なんつーいやらしい……目の毒だ。だが、不思議とガートルードは特に嬉しがるでもなく、苦い笑いを浮かべた。中身がスケベ親父のこいつなら、喜んでベタベタしそうなものだが。
「……永遠は長いな」
ガートルードはそう言って皮肉な笑いを浮かべ、ジェミノクイスをぐいと引き剥がして立ち去った。ジェミノクイスはそうやって雑に扱われることをも楽しむように、にやにやと笑っていた。