第二話:目覚め
残酷な描写、暴力描写、倫理的に不快な描写があります。ご注意ください。
遠くで、誰かの話し声が聞こえた。男とも、女ともつかない、いくつもの、話し声。
「面白いことになった……死は我らの範疇ではないのだが」
「とはいえ、このままにはできまいよ……彼女は我らの友だった」
「ならば如何にする? 医者を呼べばまた因果が歪む」
「ならば、壺の翁に任せよう……どこかいい場所を見繕ってくれる」
「ここではない場所で……彼女は幸せに生きてゆける」
「……この男はどうする?」
「一緒に送ってやろう……彼女は彼を好きだった」
「そして、また同じことをさせる気……?」
「……それもまた、笑い話にはなろうよ」
目が覚めると、体が重かった。全身疲れ切っていた。
もう一度眠りに身を委ねようとすると、フラッシュバックのように、赤く染まった布団が脳裏にバッと浮かんで、思わず飛び起きた。心臓がどくどく脈打って、浅い呼吸を繰り返す。
俺は、やったんだ。俺は、人殺しだ。
周りの状況も目に入らぬまま、俺はしばらくじっと自分の両手を見ていた。
「……まあ、お目覚めですか」
女の声がした。その瞬間、俺はようやく自分が妙な場所にいることに気がついた。ここは、俺の部屋じゃない。薄暗い……教会だろうか? 見慣れない場所だ。
「あ……」
口から漏れる、うめき声。口が乾いて、うまく声が出ない。
女は微笑みを浮かべて、俺の手にそっと自分の手を重ねた。金色の髪。灰色の瞳。彫りの深い顔立ちは、明らかに日本人じゃない。
「体温が低いですね。万全ではないようです。施術に間違いはなかったはずですが……スヌの意思に近づくのは、未熟な私ではまだまだ困難ですね」
日本語ながら意味のわからないことを言って、くすくす笑う。少なくとも、俺を看病してくれてたのは確かのようだ。
「あの……ありがとう」
コミュ障なりに、とりあえず礼を言えるだけの度胸はどうにかある。わけのわからない状況で、話が通じそうな相手に媚を売るしたたかさも。女は目を細めて、にこりと笑った。
「人の命に奉仕することは私の喜びです。私は、元気な人間を見ることが何より嬉しいのです。死を遠ざけ、生をこの地に満たすことが私の楽しみです」
「は、はあ……」
何か高邁な理想を語ってるみたいだが、俺はそろそろ、自分が寝かされた石の祭壇みたいなものが背中に当たって不快になり始めていた。
「俺、怪我してたんですか……? ここは、一体……」
起きようとすると、女はぐっと俺の肩を押さえた。
「まだ、横になっていてください。施術の修正を試みますから」
その手は、見た目の細さから想像できないほど力強かった。それとも、俺がそれだけ弱ってたのか?
「あの……せめて、何があったか……」
もう一度、尋ねようとした瞬間――ぴっとかすかな音がして、俺の顔に、ぱっとなにか液がかかった。面食らって、目をしばたく。そして、覚えのある匂いに気づいた。
これは――血だ。
「あ……ああ、ああがが」
見上げると、女の頭に、上から真っ直ぐ矢が刺さっていた。頭の頂点から、真っ直ぐ脳を貫いて、顎の付け根のあたりから鏃が突き出ていた。あっけにとられていると、血の滲んだ眼球が、ぎょろりとこちらを見た。
「ごじんばいなぐ。そのばば、よごになられでぐだざ……い」
そして、女は矢が刺さった頭のまま、俺に向かって笑いかけたのだった。