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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第二十三話:月光騎士団

 ――夜も更けて。

 俺は、なかなか寝付けずに、寝袋の上でごそごそと左右に寝返りを打っていた。初の野宿で、落ち着かなかったせいもあるが、晩飯に食った味のしないスープと味のしない干し肉の感触を思い出して、気分が悪かった。これからも毎食、あれを口にすると思うと、ちょっとした拷問だ。味覚がない、つまりあらゆる飯がマズイというのは、地味だが、確実に生きる気を削ぐ。他の三人が美味そうに食ってるぶんだけ、余計に虚しい。

 加えて、寝心地もいいとは言えなかった。ヴィバリーとアンナが馬車で寝て、俺は外に放り出された(ユージーンはもともと地面の方が寝やすいらしい)。男女差別だと抗議したが、痛みがないなら地面で寝るのも不快ではないだろうと理詰めで押し切られ、反論できなかったのだ。実際寝てみたら、確かに背中が草でちくちくすることはないが、地面の起伏があるせいで寝心地の悪さに変わりはなかった。くそったれ。

 とにかく、一向に眠気が訪れないので、俺は諦めて寝袋からのそのそ這い出した。どうせなら、今のうちに剣の練習でもしてみるのもいいだろう。ヴィバリーを見返してやりたい気もする。


 剣を拾い上げ、馬車から少し離れると、風がひやりと冷たかった。今、季節はいつなのだろう。この世界に、季節があるなら、だが。体感的には、秋ぐらいに感じる。

 深呼吸して、空を見上げる。月――見た目は、向こうの世界とさほど変わらない。模様は、ウサギ型じゃないみたいだが。

 ふと、寂しさを感じた。なんだか、懐かしい感覚だった。そう……思えば、こっちの世界に来てから、本当に一人きりになる機会がほとんどなかったのだ。今、ここにあるのは、見知らぬ世界と、俺の体だけ。

 不思議と、気持ちが落ち着いた。この数日、色んな奴の思惑とかに振り回されてばかりだった。おかげで、自分がどういう人間だったか、忘れかけていた。……陰気な、オタク野郎。冬子ほどじゃないが、俺も、一人でいるのが一番楽で、落ち着くタイプの人間だってことを。

 肩の力が抜けたところで、あらためて剣を抜いた。一瞬、二つの死体の映像がフラッシュバックする。慣れることのできない不快感。でも、これから消えることもない。だから……受け入れなきゃいけない。自分が、人殺しだってことを。

(落ち着け。しっかり、握ってろ)

 自分に言い聞かせて、ぐっと力を込める。

「……はっ!」

 何度か振り下ろしながら、アンナに教わったことを思い浮かべた。剣の柄は上を握って。刀身のどこを相手に当てるのかを意識して。弾かれないように、力を入れる。

 最初はかなりぎこちなかったが。何度かやっているうちに、剣がひゅっと風を切る音が聞こえるようになった。

 ……振れる。意外と、俺は剣を振れた。いや、まあ、はたから見れば、素人丸出しだったんだろうが。自分でイメージしていたよりは、思い通りに剣を振れたので、俺としては嬉しかったのだ。

 だんだん調子に乗って、地面からちょろちょろ生えた短い草を狙って横に切ってみたりして遊んだ。いや、遊びじゃない。これも立派な訓練だ……たぶん。

「ハァ……ハァ……」

 案の定、というかなんというか。わりとすぐに、俺は息切れを起こしていた。モンスターどころか、草相手にスタミナ切れとは。ふがいなさすぎるが……まあ実際、運動不足の素人がいきなり剣を振り回せばこんなもんだろう。


 剣を鞘に収めて、振り向くと――そこに、ユージーンがいた。いつものきょとんとした顔で、俺を見ていた。

 月の明かりの下で見るその姿は、どこか幻想的だった。銀色の髪を風になびかせ、月と同じ色の瞳で、こちらを見る。お互い何も言わず、ぼんやりと見つめあった後で、俺はハッとして目をそらした。気まずかったせいもあるが……それより、何より。いつも着ているボロい服が月光に透けて、うっすらとその体つきが見えていたのだ。

 ――こいつは、女だ。ずっとはっきりしなかったが、初めて確信できた。胸は出てないが、腰のくびれ方といい……少なくとも、男の体つきじゃない。

「あー……なんか用か? 俺、うるさかった?」

 沈黙を破って、へらへらと言う俺。今まではその野性味もあってわりと雑に接していたが、女の子だと思うと、なんとなく接し方に困る。

「…………」

 ユージーンは、何か問いたげな表情を浮かべながら、ぼうっと突っ立っていた。いつもおかしいが、今は特におかしい。

「俺が、何してたか気になるのか? その……剣の練習を、ちょっとな」

 まさか、一人で草を切ってるとこまで見られたのか。恥ずかしい……。

 一人で赤面していた俺だが、よくよく見るうちに、ユージーンが見ているのは俺ではないことに気がついた。試しにひょいと横にどいてみると、ユージーンはさっきまで俺がいた方向をじいっと見ていた。

「……どうしたんだ?」

「くさい……」

 ぽつりと呟かれて、思わず自分の体を嗅ぐ俺。いや、言うほどではないはず。だとすれば、何か別の匂いを嗅いでいるのか……。

「こっちの方向に、何かあるってのか?」

 そう言って、俺が遠くを指差した瞬間。

 ぐいんっ、と視界が回転した。視界には、一面の夜空。これは、つまり……何が起きた? ぽかんとしているうちに、ギャリリリッと金属の回転する音が遠くから近づき、俺の視界を下から上に一瞬で通り過ぎていった。

「あ……っ!?」

 混乱していると、目の前に逆さになったユージーンの顔がひょっこり出てきた。つまり、おそらく……俺は、後ろからユージーンに引っ張られて、地面に倒されたらしい。

「げふっ……お前、い、いきなり、何を……」

 咳をしながら身を起こそうとすると、再びユージーンが俺の頭を地面に叩きつけた。そして、聞こえてくるのはさっきと同じ金属音。今度は、後ろから。

「ふっ」

 ユージーンは短く息を吐くと、高速で近づく飛翔体をこともなげに両手ではさみ取った。それは……円い、金属の板だった。ユージーンの手に捕まえられてもなお、ギザギザの刃がキリキリ音を立てて回転している。

「なんだよ、それ……手裏剣……!?」

 ぞくっと背筋が冷えた。手裏剣というか、これはもう回転ノコギリだ。さっきから地面に何度も叩きつけられたのは、俺がこいつに真っ二つにされるのを避けるためだったのか。

 ユージーンが手を離すと、そのノコギリ手裏剣は糸で引っぱられたようにひゅるりと飛んで、視界の向こうに消えていった。そして――

「……魔術の匂いにつられて来てみれば。死体と、同族と、か……似合いだな」

 いつの間にか。足音もなく、気配もなく。月の光のように忍び寄り、そいつは……いや、そいつらは、そこに立っていた。

「名乗れ、子供。我ら、千年王国の騎士は名誉なきまま同族を殺しはせん」

 身の丈ほどもある巨大な曲剣を、肩の上で愉しげに揺らして。その長身の女は、静かに微笑んだ。ユージーンと同じ、長い銀色の髪をふわりとなびかせ、同じ琥珀色の瞳を鋭く輝かせながら。

「……ユージーン」

「男の名か……可憐な顔に、不似合いな。私はガートルード。月光騎士団団長、青白の騎士ガートルードである」

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