表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術狂世界  作者: あば あばば
23/89

第二十二話:魔術師なるもの その3

 日が落ちてから、俺たちは馬車を止めて野営することになった。要するにキャンプだ。馬車を降りると、一面の荒野が広がっていた。岩に砂、まばらな緑。暗くて遠くはよく見えないが。

「……寂しい風景だな」

「昔は、大陸で最も栄えた地域だったそうよ。でも意識魔術を究めた魔導師(ウィザード)である幻影城主ウィッチ・オブ・ミラージュアウラが、この土地の全てを……人も、建物も、何もかも、自分の夢の中に隠してしまったんだとか……」

「夢の中に、って……どういう原理なんだ」

 魔術に原理とか道理を求めても無駄だと、わかっちゃいるが聞かずにいられない。ヴィバリーは岩に腰掛けたまま、興味なさげに肩をすくめた。

「さあね、私の知ったことじゃないわ。この土地で眠ると、今も夢の中で彼女の城を見られることがあるそうよ。でも、誰もそれが本物だと証明できない……ただの夢かもしれない」

 ヴィバリーは目を細めて、岩陰にアンナが熾した焚き火を眺めた。ユージーンとアンナは火のそばで料理を作っているが、ヴィバリーは料理に関しては役立たずなので除け者にされている。まあ、俺もだが。味見役もできないし……。

「……トーゴ。あなたは、夢を見る?」

 ヴィバリーは、つまらなそうな顔のまま不意にそう言った。

「さあ……見たことぐらいはあると思うけど。朝起きると、全部忘れてるよ」

 夢なんて、そういうものだ。それを惜しみはしない。

「私はないわ。夜に見る夢も、昼に見る夢も。私に見えるのは、現実の荒野だけ……」

 暗い地平を眺めながら、ヴィバリーはぼんやりと呟いた。この冷たい女にも、時々は自分の生き方に疑問を抱くことがあるんだろうか。

「それが不幸だとも、幸福だとも思わない。あるがままを受け入れる。だから……私は魔術師にはなれないの」

「……え?」

 その言葉の意味を考える間に、ヴィバリーはすっと立ち上がった。

「暇ね。せっかくだから、剣の稽古をつけてあげる」

「いや、俺は……」

 反対しようと口を開いているうちに。ヴィバリーは素早く抜いた細剣の切っ先で、俺の腰に刺さった剣をするりと引き抜き、空中にぱぁんと跳ね上げていた。

「……おい」

「取ってみて?」

 いきなりの無茶振り。なんてスパルタだ。剣は空中で、扇風機みたいにブンブン回りながら、俺の頭上めがけて落ちてくる。

「いや、無理だろ!」

「とりあえず掴んでみて。怪我してもすぐ治るでしょう」

 そう言うなり、ヴィバリーは背を向けた。自分でやるしかない。覚悟を決めて、深呼吸――している暇もない。鋭い音を立てて迫る、ぼやけた影に向かって、当てずっぽうで手を伸ばす。瞬間、何かを掴む手応えがあった。

「……やった!?」

 俺の指は、確かに剣を掴んでいた。ただし、掴んだのは柄ではなく刃だった。そりゃそうだ、柄なんか全体の20%ぐらいの長さしかないんだから、当てずっぽうで掴めば確率的に刃を掴むに決まってる。

 みるみるうちに手のひらから流れ出す血を見て、俺は思わず声をあげた。

「うわっ……くそっ、汚ねぇ……」

 慌てて手を放すと、地面に剣が落ちた。その音を聞いて、立ち去りかけたヴィバリーがちらっとこちらを見た。

「まずは動体視力を鍛えた方がいいわね。剣の振り方はわかるの?」

「……アンナに聞いたよ。っつーか、なんだよ、今のは! 俺の指が吹き飛んだらどうする気だ!?」

 血だらけの手を服で拭いながら、文句を言う俺。黒い服にしといてよかった。

「そのぐらいじゃ指は落ちないわよ。軽い剣だしね。目的地に着くまで、十日はかかるわ。それまでに、教えられることは教えておくから。……あなたも、努力して」

 それだけ言うと、ヴィバリーはアンナたちの方へ歩いていった。


 血が止まるのを待ちながら、俺はその場にしゃがみこんで、ヴィバリーの言葉の意味を考えた。……雇った責任として、一応の技術は教えてくれるということだろうか?

 いや、それより前に、気になる台詞が――

「……キスティニー、聞こえてるか?」

 ふと、頭をよぎった名前を呼んでみる。さっきから姿が見えないが、あいつのことだからどうせパッと出てくる気がする。これで誰にも聞こえてなかったら恥ずかしいが――

「呼べば出てくると思わないでほしーんだけどなーっ」

 その声は、俺の頭上から聞こえた。

「実際、出てきたくせに……」

 ぶつぶつ言いながらも、俺は内心少しビビっていた。馬車の中でダラダラと話した後ではあるが、こうして一対一で向き合うと、やはり気味が悪い。

「何か用? 魔術師を呼ばわって、何でもありませーん、なんて言ったら、相応の代償を払ってもらわなきゃ……」

 さらにビクつく俺の顔を見て、キスティニーはおかしそうにけらけら笑う。

「うっふふ、ウソ、ウソ! 他ならぬトウゴくんの言いつけとあらば、火の中、水の中、あるいはこの世の外だって……それもウソだけど……」

「もういい、わかった。それより、お前に聞きたいことがあるんだ」

 これ以上適当な話が長引かないうちにと、俺はきっぱりと言った。キスティニーは目を細め、今までとは違う、狂気を帯びた微笑みを浮かべた。

「……あら、あら。それって、騎士様たちには聞けないお話? うーん、男の子の悩み? それとも、それとも……」

「魔術師ってのは、結局……何なんだ?」

 それは、単純な問いだった。まだ誰も、はっきりと答えてはくれなかった問い。おそらく、あまりにも当たり前すぎるから。俺も自分で勝手に決めつけて、改めて聞かずにいた。

「どこから湧いて出てくる? 魔術師が、魔術師の子を生むのか? ……違う、よな」

 俺の濁した質問に、キスティニーは静かに、遠回しに、答えを口にした。

「――魔術とは。人間が、自らの内に見いだすもの。不確かな、言葉のない言葉。世界の構成概念。己の魂の名。それを把握し、支配した時、人は人であることをやめる。肉体はただの器になり、その瞬間から成長も老衰もしない。空腹になることもない。それが、魔術師なるもの」

 キスティニーは一瞬、目の前から消えて、

「だから、わたしのぶんはいらないよ、アンナちゃん」

 ……とだけアンナに伝えて戻ってきた(らしい)。

「それじゃ……魔術師は、もともと、人間だったんだな? サヴラダルナも、お前も……俺が殺した、フードゥーディも」

 ぞくっ、と悪寒がした。あの瞬間、剣の柄ごしに伝わった肉の感触が蘇って。今も手が血にまみれてるのは、嫌な偶然だ。俺は、やっぱり……人殺しだったんだ。

「……わかってたでしょう?」

 シシシ、と楽しそうにキスティニーは笑った。

「……いや、俺は……」

「トウゴくんのことはずっと見てたよ。話す言葉も、心臓の音も聞いてたよ。わたしは空間術師であり、知識術師だから。ほんの少しだけど、ものごとを『識れる』。フードゥーディを刺した時のトウゴくんはね。自分で思ってるほど、慌ててなかったよ」

 何も言えなかった。キスティニーの言う通りだったからだ。

 俺は、自分で、自分を欺いていた。保身のために。自分の居場所を守るために。自分が、あいつを殺しやすいように。「これは、人間じゃない」と言い聞かせて。でも、内心、うっすらと、気づいていた。こいつらが、何なのか。

「魔術師とは何であるか? 無数の説明があるけれど。本当の説明は存在しない。だから、みんな好きなように解釈するの。わたしが好きなのを教えてあげるね」

 ……こいつらは、冬子と「同じもの」だ、と。

「魔術師とは、夢みるもの。魔術とは、願いの力。狂気に至るほどの、純粋な願い。人の枠に収まりきらない、大きすぎる夢。だから我ら魔術師は、人を捨て、心を捨て……それを、つかみとるのだよ」

 歌でも歌うように、なめらかな調子で言い終えると、キスティニーは空を見上げ、ふわりと空中に浮き上がっていった。

「……月が綺麗。ああ、間近で見ずにいられない……じゃね、トウゴくん」

 そして、そのまま、かぐや姫みたいに夜空に吸い込まれて消えた。俺はため息をついて、荒野に目をやった。月の美しさなんか、俺にはわからなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ