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魔術狂世界  作者: あば あばば
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第二十一話:魔術師なるもの その2

「…………そう。じゃあ、あなたからそのフユコって魔術師の力については聞けそうにないわね。そっちはどうなの? キスティニー、さん?」

 ヴィバリーが虚空に向かって尋ねると、キスティニーはそのちょうど反対側にパッとワープして現れた。走り続ける馬車の中でワープするってのは、どういう感覚なんだろうか。

「わたし? わたしがなーに?」

 すっとぼけるキスティニーに、顔をしかめるヴィバリー。

「その子のことを何か知っているんでしょう。最初に会った時からほのめかしていたもの」

「うっふふ……そうだっけ? うろ覚えだけどー……」

 さらにとぼけるキスティニー。ため息をつくヴィバリーの額に苛立ちの縦じわが寄る。

「……無駄な時間を使いたくないの。話す気があるなら話して。黙っているつもりなら、勝手にして」

 ヴィバリーがそう吐き捨てた瞬間、キスティニーはパッと空中から姿を消した。そして、どこに行ったかと思えば――

「それじゃ、勝手に話そっかなー。シュシュ……」

 ヴィバリーの膝の上に乗っかっていた。反射的に、剣の柄に手をかけるヴィバリーを、可笑しそうに眺めている。ヴィバリーはゆっくりと深呼吸して怒りを抑えながら、引きかけた細剣を柄に収めた。この二人が百合カップルになる日は遠そうだ。

「あの子ねえ……わたし、一回会ってきたの。でも、あんまりお話聞けなくて……また行こうと思ったら、今度は魔術で向こうに行けなくなっちゃった。これ、どういうことかわかる?」

 俺を含め、全員が「全然わからん」という顔をする。

「彼女の居る座標への、空間魔術での転移を禁じられたのよ。わたしにも、原理がわからない。術式を妨害されたわけではない。意識術による禁則をかけられたのでもない……私以外の空間魔術師も、あの場所には到達できなくなっている。つまり、ただ……できるはずのことが、できない。既存の魔術の範疇では解釈できない現象が、この先で起きてるの」

 早口で、なおかつ心底楽しそうに語り出すキスティニー。俺にはまだ全然理解できなかったが、ただヴィバリーだけが何か察した様子で、膝の上のキスティニーを怪訝そうに睨んだ。

「……つまり、七門に含まれない魔術、ということ?」

「そーいうこと。たぶん。少なくとも、私とイクシビエドの解釈はそう」

「…………」

 膝の上にキスティニーの頭を乗せたまま、じっと考え込むヴィバリー。

「……ねえ。七門、ってなんだっけ?」

 尋ねたのは、俺ではなくアンナだった。どうやら、この世界でも常識的な用語ではないらしい。それを聞いたヴィバリーが、再びため息をつく。

「お願いだから、魔術学の基礎だけでも勉強してよ、アンナ」

 肩を竦めるアンナを睨みつつ、ヴィバリーは説明を始めた。

「魔術には七つの体系があるの。熱力、時間、空間、生命、肉体、意識、知識。それら七つの門のどれか一つを開くことによって、人は、魔術を見出す……」

 一瞬、ヴィバリーの視線を感じた。お前も、勉強しておけ、ということか?

「わたしとかイクシビエドとか、複数使えるのもいるけどね。すごいでしょー? 知識系は応用きくんだ。その代わり、一門を究めた魔術師には深さで敵わない……」

 キスティニーが再びワープして、今度はアンナの股下に現れつつ言う。アンナは気色悪そうに彼女を避ける。

「んじゃ、その七つに含まれない魔術ってのは……誰も知らん新しいやつってことだな。何が起きるかわからんから、調査してこい、と」

 アンナのざっくりしたまとめに、キスティニーはくつくつ笑った。

「アンナちゃんのそういうとこ、大好きよ。理屈は人を本質から遠ざける。あらゆるものの本質はもっと、感覚的でシンプルなもの。己の本質を探り、つかみとることが魔術師たる者の……」

「イクシビエドは、フユコを始末させる気なの?」

 ヴィバリーが、鋭い言葉でキスティニーの長話をさえぎった。

「おい、ヴィバリー……」

 俺に気を使ってか、ヴィバリーの服の裾を引っ張ってやめさせようとするアンナ。ヴィバリーは、その手を鬱陶しそうに振り払った。

「やめて。いざという時まで曖昧にしておくつもりなの? 仕事を手伝えないと言うなら、彼には早めに抜けてもらわなきゃいけない。決断は早いほうがいいわ」

 そう言いつつ、ヴィバリーは俺の目を見なかった。俺はうつむいて、自分の足を見た。どうする? 何ができる? 何をしたい? 俺の中には、何の答えもない。結局、俺がこうして「騎士団」についてきたのも、そういうことかもしれない。誰かの指示に従っていれば、自分で考えずに済むから。

「イクシビエドは、まだ何も決めてないわ。真の未知を前にして、彼が求めるのはただ『識る』ことよ」

 くすくす笑いながら、キスティニーは三度ワープして、今度は俺の目の前に現れた。俺の目を覗き込み、中にあるものを識ろうとするように。

「でも、恐れてはいると思うわ。魔術とは何か? 人は魔術を識り得ない。それは無限の未知……けれど、それらしく語ることはできる。魔術学者はなんて言ったかしら? 魔術とは?」

 横目でヴィバリーを見て、話を促すキスティニー。ヴィバリーは、彼女が求める言葉を探し、それを口にする。

「魔術とは……『世界を都度に再定義する力であり、試みである』と」

「そう……それが全てではないけれど。人間風に解釈するなら、それでよいわ。魔術とは、今ある世界の(ことわり)を部分的に破壊し、そこに自らの意志を介在させた上で再構築させるプロセス。わたしたちが見ている世界は、魔術によって生み出され、魔術によって常に壊され、そしてまた魔術によって再構築され続けている。その無限の連環が、奇跡的なバランスを保つことで、わたしや、あなたが、お前たちが、全てが、今ある形で安定しているの」

 キスティニーは取り憑かれたように……いや、おそらくはこっちが彼女の「素」なんだろうが、とにかく淡々とわけのわからない理論(?)を語った。そして、ぽかんとする俺たちの顔を見回すと、満足げに微笑んだ。

「……つまり、異界からもたらされたフユコちゃんの魔術は、この世界のバランスを大きく壊す可能性がある。だから、もしそうとわかった時は、イクシビエドは躊躇なく彼女をこの世界から抹消するでしょう。……ふぅ、ついテンション上がっちゃった」

「そう聞くと、やっぱりイクシビエドは『殺す』方向で考えているように思えるわね。それじゃ、トーゴ。改めて聞くけど、あなたはどうする?」

 ヴィバリーが、ようやく俺の目を見て尋ねた。俺は、顔を上げて――少なくとも、自分の中でこれだけは真実だと思えることを話した。

「俺は、あいつを殺したくない。だけど……何がどうなってるのか、見届けたいとは思ってる。だから、この旅にはついていかせて欲しい」

 俺の答えに、ヴィバリーはどこかホッとしたような顔で、ため息をついた。

「……そう。わかったわ。好きにして。でも……いざという時、私たちの邪魔はしないで」

 ヴィバリーたちが本気で冬子を殺そうとするなら、俺に邪魔ができるとも思えないが。でも、俺は……うなづかなかった。ヴィバリーも、それ以上は何も言わなかった。

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