第十一話:騎士なるもの
「ダメよ、アンナ」
開口一番、ヴィバリーはこちらを見もせずに言った。魔獣退治に行こうとか、爺さん婆さんを助けようとか、そんな話を一切する前にだ。
すでに一人で部屋を取っていた彼女は、自分の荷物を整理しようとしているのか、あちこちに物品を散らばしていた。片付けは苦手らしい。
「……まだ何も言ってないよな?」
俺が当然の疑問を口にすると、ヴィバリーはちらりと俺を見て、いきなり長い棒のようなものを投げつけてきた。
「私は耳が早いの。トーゴ、あなたはとりあえず、これを持っておいて。銀貨1枚の安物だけど、安物の中ではマシなのを選んでおいたから、適当に振ってもすぐには折れないわ」
その棒はよく見ると、鞘に入った剣だった。内心、テンションの上がる俺。どうのつるぎ的なやつだが、ついに武器をゲットだ。だが、その横でアンナは、静かに怒っていた。
「……騎士団として動けないなら、あたし一人で行くよ」
「意思決定は私の仕事。従って。市長から、ちょっとした噂を聞いたの。大きい仕事につながるかもしれない。また護法騎士団に先を越される前に、動かないと」
ヴィバリーはきっぱりとした口調で言った。だが、アンナも譲らない。
「なんでもお見通しなら、あたしに退く気がないのもわかってんでしょ?」
喧嘩腰のアンナに、ヴィバリーも珍しく感情的な言葉で言い返した。
「なんでもお見通しではないけど、あなたが情に流される理由はわかるわ。家族のことでしょう? でも、今のあなたは騎士なのよ。青い兜をかぶった瞬間から、あなたは役目を負っている。自覚を持ちなさい」
ヴィバリーの言葉の半分ぐらいは、俺にはよく意味がわからなかったが――家族の話が、アンナにとってはかなりデリケートな話題らしいということは、アンナの反応でわかった。
「……家族の話を出すってことは。命かける覚悟をして言ってんだよね」
「私は騎士として、常に命をかける覚悟をしてるわ。だから自分の命を、街で見かけたかわいそうな人たち一人一人を救うなんて、非合理的なことのためには使わないのよ」
俺は――正直、ヴィバリーの考えに賛成だった。というか、その合理的かつストレートな物言いは、俺が普段からこうありたいと思ってる理想の姿に近かった。でも――だからこそ、人から見るとこんなに嫌な奴に見えるんだなってことも、痛々しいほど感じてしまったのだった。
「おい、ヴィバリー。お前さあ……」
ここは俺が間に入って仲直りさせてやるしかないか、と使命感に駆られた俺が割って入ろうとすると、沈黙したアンナが静かに自分の荷物を足で開けた。そして――
「わかった」
一番上に入れていた、青い兜――というにはやや薄手の、顔と頭を覆うマスクみたいな感じなのだが――を取り出して、床に置いた。
「それじゃ、ここまでだ」
次の瞬間、パキン、と小さな音を立てて、兜は二つに割れていた。人間の頭とどっちが固いかはよくわからないが、かなりの力で踏み抜いたのは疑いようがない。それから、アンナは壁に立てかけていた大鎚ビリーを取り上げると、真っ直ぐに部屋から出ていった。
「あーあ……高かったのに」
ヴィバリーが最初に口にした言葉には、正直俺でもイラっとした。
「お前、さすがにもうちょっとなんか、言い方っていうか……二人の話、俺にはよくわかんなかったけど。横で聞いてる感じ、明らかにお前が悪かったと思うぞ」
俺の指摘に対しても、ヴィバリーは特に動じなかった。
「アンナが聞き分けないのも、騎士団を辞めたがるのも、別に初めてじゃないもの。他の騎士団なら、兜を割るなんて、その時点で首を撥ねられてもおかしくないけど……私は寛大だから」
さらっと恐ろしいことを言う。顔には出さないが、どうやらヴィバリーの方も内心キレているらしい。
「……兜って、そんなに貴重品なのか?」
「価値の問題ではないのよ。騎士としての、象徴というか……誓いの証ね。その色とともに、己が騎士団のために身を捧げるという決意の形なの」
「『色』って……そういや、赤とか白とかよく言ってたっけか……」
「アンナから説明されなかった? 昔からの習わしというか、最適化された騎士団の運用法みたいなものよ」
前々から、ちょいちょい「青の騎士」とか名乗ってるんで気になってはいたが、ただのカッコつけかと思っていた。ちゃんと意味があったのか。
ヴィバリーは自分の白い兜を取り上げて、それを見つめながら説明を続けた。
「白はリーダー。騎士団の意思決定と、采配を担う。アンナの青は武力。盾となり剣となり、突破口を開く。ユージーンの赤は、諜報と撹乱……前の戦いで見た通りよ。最後が黒……うちにはいないけど、全体のサポート役とか、色々ね」
黒騎士っていうと中二病っぽいイメージだが、この世界だとわりに地味な役らしい。
「……それぞれが課せられた役を果たすことで、騎士団は一つのシステムとして機能する。人を超えたものに食らいつくには、こちらも人を超えなければならない。個人としての心と魂を捨て、騎士団という一つの獣の血肉になるのよ……」
なんだか、血なまぐさいたとえだ。やっぱり、ちょっとサイコパスっぽいとこあるよな。まあ、アンナもユージーンも、騎士って連中はみんな全然血とかには動じないみたいだが……
「そのためには、誰一人として役割を放棄してはならない……はずなんだけど。うちは機能不全なところが多いわね。一人足りないし……」
確かに、ユージーンに諜報活動ができるようにも見えないしな。
「だったら、せめて今いるメンバー同士では仲良くしたらどうだ。この世界のこと、まだよくわかんないけど……アンナみたいな奴、そこら中にいるわけじゃないんだろ」
少なくとも俺がこの街で見た限り、あんなでっかい大鎚を抱えて歩いてる戦士は、男にも女にもいなかった。
「……まあね……」
ため息をつきつつも、ヴィバリーは結局アンナを追いかけようとはしなかった。