少女の案内にご注意を! ⑥
最近は風が強くて乾燥が酷くて大変です。
このウサ耳がいつからなのかは分からないけれど、多分《喰吐》を発動した時からだろう。それと気づいたことだけれど、ウサ耳のこともそうだけど語尾についていた「ぴょん」がなくなっている。
意識しないで話していたけれど、今回は語尾がまともだった。
それとも毎回違うのだろうか?
もしも最初からウサ耳が生えているのだとしたら、私はリトルハッグに着て早速ウサ耳を披露していたことになる。男性二人から逃げるため仕方なかったとしても、思い返すと恥ずかしくなるからやめよう。
「えっと、何の話をしてたっけ?」
一度止めた足を再び動かして現場から離れる。ウサ耳なので遠くに行こうとバレてしまいそうだけれど、それはもう仕方がないだろう。《お隣さん》の力を使わないと逃げることも難しい。
「二つの魔法を同時に使えない、ということです」
「ああ、そんな話だっけ」
魔法を同時に使えないことで、一度《呪解》して人間に戻らないと、他の物に変身して移動できない。そういうことらしい。
便利なようでいて欠点は必ずあるということだろう。
その欠点を平気で話してしまうあたり子供だ。
「チャロを追っているのは一人だけ?」
「……他にもいるかもしれませんが、わかっているのは一人だけです」
「戦いたくはないし……チャロはどうしたい?」
「え?」
「私の提案できるプランは今のところ一つしかないけど、先にチャロがどうしたいのか聞いておきたいから」
そもそも逃げるにしたって、ついさっき逃げ始めた人間をどこに連れて行けば良いかって話になる。《アート》の一味ということは、言い換えれば犯罪者なわけだ。
その上で子供で《固有魔法》を使えるとなれば、学校に連れて行かれるだろうし。チャロの未来は限られた選択しかない。
こうして私に抱きかかえられているのも、ずっととはいかない。
「……できれば、お姉ちゃんの旅に連れて行って欲しいです」
「わかった。師匠に頼んでみるよ」
「え?」
「だから、私の仲間としてしっかり働く意志を見せて欲しいの」
「いしを? えっと、何をすれば……」
「私のプランでは一時的にチャロが本に変身して、リトルハッグから師匠と出た後に一緒に旅を――旅じゃないんだけどね。まあ、行く当てないだろうし言っていいかな」
「……? お姉ちゃんは旅人、ですよね?」
私は首を横に振る。まさかマホログとは違う世界から来たと言っても信じてはもらえないだろう。《お隣さん》と勘違いされるのが落ちだ。
だとしてもチャロには選択肢がないけれど。
「私は旅人じゃないよ。正直、自分がどんな立場なのかもわからない」
「……そうなのですか」
「だけど、やることはあるけどね」
「やること……ですか……?」
「そ。今はとりあえず魔法を覚えないとだから」
「だから本――《魔道書》に変身をしてと言ったのですね?」
やはりグリモワールというのか。魔道書は、かなり夢のある言葉だ。
「そういうこと」
実際に本を買うことはできるだろうけど、そういう専門的な知識はリスカがいる時に買う方がいいだろう。あくまで今回の目的は衣服を買い換えるだけだったし。
チャロの意志は思っている以上に固そうだ。
問題はリスカが同席を許可してくれるかどうかだ。リスカが私をどこまで重要視しているかは定かではない。大して意識はしていない気がしないでもないけれど、それでも役割を与えるために連れてきたのは確かだ。
新しい価値観を含めて。
「じゃあ。少し目立つだろうけど、最下層を出ようか」
「!」
「そんな露骨に驚かないでよ。《アート》は最下層だけで活動している窃盗犯でしょ?」
「そ、そうですけど。ですけど……」
「一つ上の階層に行けば目眩ましになる。城壁を飛び越えて行けば楽勝よ」
とても安直な考えだけれど、それが凶と出るか吉と出るか……。
私はチャロの反応を見てから建物の上に飛び跳ねた。ずっと振り返らなかったけれど、ここで初めて追っての確認をする。あの仮面をつけた相手は、人混みもあって見当たらなかった。
「このまま行くのは大変だから、何か小さい物に変身できる?」
「そ、そうですよね。わかりました。では――《変態》」
チャロは姿を小さな煙にして私の腕にまとわりついた。その煙はすぐに腕輪へ変身した。
気づいたら背後にいたのは、この魔法で何かに変身していたからか……。確かに、使い方を考えればとても便利な魔法だ。
私は周りの視線を気にしないで一直線に城壁へと全力で走り出した。
乾燥している日が続くと何をしたわけではないけど気持ちが疲れる。