少女の案内にご注意を! ①
リトルハッグに到着! レッツ買い物!
さて、どうしたものか。
リトルハッグに来た目的は、第一に服装を変えるためだ。今の姿をおしゃれと判断する人間は、まずいないだろう。
それは中に入ってからでも十二分に体感した事実だ。
「とりあえず、服を変えてからじゃないと――」
「よぉ~お嬢ちゃん。こんな風貌でどこから来たんだい?」
どんな服を買おうか、悲鳴を無視して歩いていると腕を捕まれた。
イッヒッヒッ。とそこにはアホみたいな笑い方をしたデブとガリの、いかにも犯罪者という感じの男がいた。これが現実世界だったらナンパとかで済みそうだけど……。
ナンパなんて、尻軽女だとは思われている証拠だ。されるだけ最悪な恥辱でしかない。あるいは侮辱か。
「どちら様でしょうか? 私は見ての通り余所から来ました」
「だろうねぇ。あんたの服装は忌まわしい魔女を連想する格好だ」
「魔女を?」
痩せている方が眉を寄せて言う。
思えば二人の服装はファンタジーや童話などで見かける民族衣装のようだ。胸元は開いており、中にはボロボロのインナーを着ている。Tシャツのようだけど名前は違うだろうし、少しだけ様子も違う。
どう表現したらいいのか難しい。
自分がおしゃれと無縁の生活だったのが仇となりそうだ。
少なからず、私よりは馴染んだ服装に見える。
「まあいいや。えっと、何か用でも?」
「イッヒヒッヒ。なにって、通行料さ。異国人が無料で入れるとでも?」
「そーそー。金目の物を全部置いていきな」
「……払わなかったらどうなるの?」
厄介な相手に絡まれたと思いながら、私はポケットに手を入れる。リスカの助言で、ある物を多少だけど持たされていた。それを手の中で納めておく。
もしもの時に、逃げれるようにするためだ。
男は懐から本を取り出して――小説などではなく、まるで辞書のような大きさ――二人とも本を開いた。中に書いてある文字は読めなかったけれど、ああいうのは大抵《魔法書》と呼ばれるアイテムだろう。
この人達が大人である以上《詠唱魔法》しか使えない。呪文を覚えなくても、ああいう使い方ならばいくらでも魔法が使い放題だ。
油断も隙もない……。
「魔法を行使するまでさ!」
周りの人に助けを求めようにも、ぐるりと見渡しても助けてくれそうな人はいなかった。むしろ、関わりたくないと言いたげに傍観している。
こんな格好の私が明らかに余所の物だと分かって声をかける優しい人はいない。国が大きいだけに色んな負の面が見えているだけだろう。
何より最下層の場所なんてろくでもないのは当然か。
「あっそう。それなら、私も魔法で逃げさせてもらうわ」
「はっ! 見た感じ何も持ってないけどいいのかい? 殺されても?」
「そーそー。痛い思いしたくないなら有り金だしな」
さっきからデブは便乗しかできないのか?
私はポケットから小さな瓶を取り出す。
「そんな血の入った瓶で何ができるんだ?」
「そーそー。血なんて使う魔法なんて存在しない」
「それは敗残兵の認識でしょ?」
ピクリと二人の眉が動いた。戦争で負けた人間はどういう理由か知らないけど固有魔法を失い、大人に成長する。言葉を返せば戦争で使われている人間はすべて固有魔法を要している。あるいは、大人ではない。そもそも全員が全員、固有魔法を使えるかは今のところ分からない。
つまり少年兵。少女兵しか戦争には参加しない……のだろう。
「残念だけど、私は固有魔法が使える大人なの」
知らない土地で逃げ回れるかは分からないけれど、《お隣さん》の力はかなり優秀だろう。少なからず、あの脚力は逃げ足には丁度良い。
私は蓋を外して中に入っている血を少し飲み《喰吐》を発動した。
一瞬だけ黒い霧に包まれて、今度は両足がウサギの毛皮で覆われた。この状態だと語尾に「ぴょん」が付随するので喋るのはやめだ。
私が固有魔法を使った途端に周りがざわつき始めた。
思った通りで、周りにいる人間は大人以外にも子供が何人かいる。それでも、その子供達ですら驚いていたのは……全員が全員最初から固有魔法を使えるわけではないのを裏付ける。
そういう推測ができる。
とにかく私はその場から逃げるように飛び跳ねて、建物をひとつ。またひとつと飛び跳ねて逃げた。今は服装よりも安全を重要視した方がよさそうだ。後ろを見ても誰もつい来る様子はなかった。
ひとまず安心してもいいだろう。
それと固有魔法の頻度は抑えよう。血がもったいない。
ある程度、離れたところで私は噴水のある広場を見つけて着地した。ここまで離れればもう大丈夫だろう。
せっかくだから一つ上の階層に行ってみようかと思ったけれど、そういうわけにはいかない。リスカといつ合流するか分からないけれど、これだけ移動してもまだまだ先に城壁がある。今は国の外と次の階層への間ぐらいの位置だろう。
土地勘がなくても目測で大体わかる。
着地をしてからは《呪解》をして元の姿に戻った。今はただのダサい格好をした女性である。服もそうだけど、ウサギの足なんて目立って仕方がない。
「あ、あの~」
「ひぇっ!?」
突然、真後ろから声をかけられて変な声が出る。いや、着地する前に人の少ない場所を選んだはずだ。なのに真後ろから声をかけられたら、それは変な声も出る。
仕方がない。
振り返ると、そこにはか弱そうなピンク色の髪をした少女がいた。とても弱そうで、怯えている。ただ、その怯えた様子すら可愛く思えてしまうほど、むしろ物事に怯えている姿が様になるほどに可愛らしい少女だった。
服装はボロボロの布きれを身体にまとわせただけにしか見えない。服と呼ぶにはとても難しい服装だ。
リスカのような横暴な少女とは違い、この子には愛着が持てる。守ってあげたくなる。
「ど、どうしたのかな?」
私は屈んで目線を合わせる。なるたけ笑顔を忘れない。
「あ、あなたも《固有魔法》を使えるのですか?」
「そうだけど、あなたも? あ、私はホノカ。あなたは?」
自分の名前を先に名乗るのは友好の証にもなる。こんな知らない土地で敵対されても命が危ない。できるだけ危険とは無縁の生活をしたい。
「え、あ、その。チャロです」
容姿に負けず劣らずの良い名前だ。どんな意味かは知らないけど。
「その。助けて欲しいんです」
「え?」
「お願いします! 今は、ホ、ホノカお姉ちゃんしかたよれないんです!」
弱ったな……私はこういう頼み事には弱いんだよな。
「って、お姉ちゃん!?」
「はい! ホノカお姉ちゃんしか、いません!」
洋服をどう表現できるかも作者の力量が試されますね。にしても、私は知識ゼロでどうして書き始めようと思ったのか……気が知れません。