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センター試験の会場にて

逝ってきます。

 憂鬱だ。

 今日は高校生活で一番の大勝負であるセンター試験。その試験を受けるための教室へつ続く階段を上る度に気分が重くなる。

 私としては、夏休みの間にAO入試で大学受験を完遂しているわけで、だから受験戦争であるセンター試験に行く必要は全くない。

 それでも、こうして会場に足を向けたのは通っている高校の方針だ。


 自称進学校の最も不可解なところは、センター試験による成果を学校そのものの成果と考えるところだろう。私のように既に大学受験を終えている人間も、必ずセンター試験を受けなければいけない。


 本当に面倒な限りである。


 気分が沈む。足取りが重くなる。


 正直な話で、大学が決まってから一切勉強に励んでいない。テストも適当にしている。適当と言うよりも、テキトーだ。赤点ではないが、平均点とニアピンの成績。

 ほとんどの時間をゲームや漫画、小説を読むのに費やしてきた。古本屋で知らない漫画を何冊も読みあさった物だ。そんな生活をしていたのだから、勉強など全く分からない。


 数学? ナニソレオイシイノ?


 英語がかろうじて出来るくらいだ。センター試験は数学と英語。一応参考書をパラパラめくってから家を出ている。その程度の勉強しかしていない。


 本当に、こんな生徒が多くいるからいつまで経っても《自称》なのだろう。

 私のせいで学校の株が落ちるのは、別に問題だとは思わない。学校を出た後に、その学校がどれだけ問題視されることを起こそうと、将来の私には何一つ影響がないと考えているからだ。


 周りが騒ぐだけで、本人が騒がなければ問題ない。


 さておき、私はセンター試験の会場である桑原大学に来ていた。近くにある会場で広い場所がそこしかなかったのだろう。どういった経緯で会場が決まるのかは知らないけれど、その大学は初めて行く場所だった。

 興味のない大学に足を運ぶほどアクティブではない。


 試験を受ける教室のある階に到着した。指定された時刻はもうすぐだろう。腕時計を見て一応確認すると、残り十分前となっていた。

 他の生徒はとっくのとうに教室に入って試験対策の最後の追い込みをしているはずだ。そう思うとこのまま帰ってしまおうかと考えてしまう。

 たった一つの試験で人生が変わるのは、勉強だけしかしていない人間の思考だ。

 私はもう少しだらしなく、好きなことをして嫌いなことをほどほどにする。そんな理想的な人間になりたい。人間としてそれが魅力的かどうかはさておくとして……


 教室の前に着いた。


 ああ。今から数時間、知らない生徒の思い重圧に囲まれなければいけないと思うと……本当に気分が重い。

 会場に到着してから学生は一人も見ていない。それが普通なのだろうけれど、私が異常だというわけではない。異常なのは、それを当たり前だと思っている人々の方だ。


 廊下側からは教室の中が見えなかった。ステンドガラスのようなキレイな窓が扉にはついていた。ぼんやりとしか見えないが、中に人がいることくらいは分かる。赤本でも開いているのか、かなり真っ赤な様子だ。まったく話し声がないことから、空気の重たさを想像する。


「あーあ。少しだけがんばるか……」


 私はそう呟いてから、重たい扉を開けた。


「…………へ?」


 扉を開け中に入ると――そこは戦争でも起きたかのような、とても、とても残虐な光景が広がっていた。

 机や椅子はすべて破壊され、生徒が所有していたであろう鞄は使い物にならないほど血に浸っていたり、壊されている。何より生徒が全員原型を留めていない。教室は原型を失っており、大きな黒板には人間のような物体が何個か埋まっていた。


 いや、黒板に埋まっているのも、教室中に転がっている部分も、すべて人間だ。

 中には知っている制服も転がっている。


 混乱する頭で、目の前に広がる光景を描写するも……教室にいる少女に関しては、どう説明するべきか。


 どう彼女を見るべきか、どう認識するべきか分からない。


 教室の中央にいる真っ黒いワンピースの少女は、両手を赤く染めて大きな欠伸をしていた。

 口を手で隠すようなことはしていない。堂々とした態度だ。


 あまりに惨劇的な光景で呆然としていると、少女が私の存在に気がついた。呆然と、なんて言っても扉を開けてからまだ数十秒ほどしか経っていないだろう。

 その数十秒の間に、私は逃げれば良かったのだが……もう遅い。

 遅すぎた。


「やあ《お隣さん》」


 お隣さん?


 教室には私と少女しかいないので、私のことを指しているのだろうけど……お隣さん?

 それはどういう意味なのだろうか。二人称としては違和感しかない。


「えっと……これは、どういう状況、ですか?」


 会話ができる相手だと思っていなかっただけに、つい敬語になる。畏縮しているのが分かる。足が震えていないだけ大きな救いだろう。すぐに逃げれるかどうかは別として。

 虚勢くらないなら使えるはずだ。


「あたしの《食事》じゃ。お前さんも食べても構わんのじゃが……来たる日に備えて戦力が欲しくての」


 ぺたぺたと素足で歩み寄る少女。真っ黒い髪の毛は歩く度に背中から見え隠れする。とても長くキレイな髪の毛だ。すべてを飲み込んでしまうほどに。

 歩く度に足の裏が血で汚れているように見えるが……汚れているのだろう。

 それに《食事》と言っていたのは、多分そのままだ。


 私がアニメや漫画やそういうサブカルチャーにハマっていなければ、こんな思考にはならなかったはずだ。これじゃあ、《妄想(シュミレーション)現実(リアリティ)に》だ。

 虚言も妄想も大概にして欲しい。

 フィクションは物語だけにして欲しい。

 私はただ、そういうのを傍観するだけでいいのに……仮説を立てるなら、彼女は人間ではない。


「あ、あの……」


「なあに。お前さんらが《お隣さん》じゃないことは食事で理解した。魔力のない《人間》ということもな」


「!?」


 魔力?


 え? やっぱり、そういう系なの? これって?


「じゃから、あたしの魔力でお前さんを従僕に生まれ変わらせてやる。光栄に思い、死ぬまで尽くせ」


 いつの間にか目の前まで来ていた少女。近くで見ると、ただの可愛い少女でしかなかった。

 可愛い。本当にそれしか感想がないほどに、純潔な少女だ。

 言葉の数々は意味が分からないけれど、今更どう足掻いても無理なのは考えるまでもない。目の前にいる少女からは、どう足掻いたって逃げることは不可能だ。

 足が震えていないのではなくて、足が既になくなっていたからだ。


 喪失。あるいは消失。


 正確には分からないけれど、太ももら辺から先が失われていた。そのせいで、強制的に私はストンと少女と同じ背丈にされた。


「ふむ。適性はあるな。これで死んでいないならば、うまくいくはずじゃ」


 少女は初めて笑顔を見せた。

 その邪悪すぎる笑顔は、漫画などで見かける魔女そのものだ。


「……あなたは、なに? どういうこと?」


 自分の声が震えているのが分かる。


「あたしは《暴食》の魔女じゃ。名をリスカという。お前さんは?」


 何を言われても受け入れるしかなさそうだ。魔女がいるなら、この惨劇的な光景を生み出せるの納得する。さっきは魔力とか言っていたし、この子は本物だ。

 足を失って痛くないのも不思議な話だ。


 名前が『リスカ』というのは不穏しかないが。


「私は仄歌」


「ホノカ? 人間は全員が二つに名前が分かれているはずじゃが」


「町田仄歌。それが私の名前よ」


「なるほど。縮めればマホじゃな」


 マチダ・ホノカの頭文字をとったのか。昔何度か言われた『あだ名』だけど……あまり良い思い出がない。昔を思い出すきっかけになるものは捨てたはずなのに、続けて来るなんて嫌な話だ。

 本当に、嫌な話。


「それで、ええと、この足をどうにしかできないの?」


「かはははは。そうじゃった! それじゃあ《マホログ》に戻るとするかのぅ」


 高らかと笑ってから、リスカは私の口にキスをした。

 小さな声で何かを言っていた気がするけれど、私の意識はそこで途絶えた。



毎日更新します。

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