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勝ち組の一時

「あなたは転生者として選ばれました」

「ふざけろこんちくしょう!」

「光栄に思ってください」

「今すぐ俺を「グングニル」に帰せ!」

「さぁ! 旅立つのです! 勇者よ!」

「人の話聞かんかい!」


 どうしてこうなったのか……。

 異世界転生? なにそれおいしいの?

 だって俺は勝ち組なのだから……異世界転生とか必要ないよ?

 



 俺の名前は渡刈(とがり) 裕一郎(ゆういちろう)

 世間でいう所の勝ち組だ。

 なにが勝ち組かって? そりゃもちろん財産さ。

 親が不動産業の社長をやっていて俺は世間でいう自宅警備員……そう、いわゆるニートだ。

 親が死んだとしても持っているマンション等の不労所得で食っていけるのだ。

 働く必要がないという事はとてもいい事だ。

 そして俺は社会参加として今コンビニにいる。

 なぜか? それは今日から始まるVRMMORPG「グングニル」の新ガチャ登場日だからだ。

 俺は十万円分のウェブマニーと炭酸飲料、ポテチを買い準備を整え戦場へと出かける!

 この十万円は社会の歯車を回すのに大いに役立っているだろう。

 八十歳超えてなお貯蓄しているジジババに比べれば社会に貢献していると自負している。

 そして俺は戦場……ユニーク装備の当たり確立一パーセントに今から挑むのだ。

 後ろから聞こえる「またあの人だよ」というコンビニ店員の賛辞を聞きながらコンビニの自動ドアをくぐる。


「さぁて、戦場に参ろうか!」


 そう言いながら俺は愛車……ロードバイク「オリオン号」に跨り昼間から街道を悠然と爆走する。

 車は無いのかって? 前は執事の爺が送り迎えをしてくれていたが、父上に止められそれ以降は免許を持たない俺は愛車である「オリオン号」でコンビニに通っているのだ。



 庭付き三百坪の豪邸、その庭に生える桜の大樹が俺を出迎える。


「ただいまー」

「おかえりなさい、裕一郎さん」

「ただいま、ママ。俺の部屋には入ってないよね?」

「当り前です。あなたとの約束を破ったりはしませんよ」

「ありがとう」


 着物を着て頭を結い誰からも綺麗といわれる俺の母親、そして俺を溺愛している。

 働かない事に一切なにも言わず暖かい目で見てくれている。

 父親? あいつはダメだ。

 俺を穀潰しと言って母親に産ませたことを後悔しているとまで言うのだ。

 親の脛をかじるのはどうか? とテレビで言われているが、かじれる脛があるのなら存分にかじり尽くせばいいと俺は思う。

 故に俺は脛をかじり続けている訳だ。

 恥も外聞もない。


「ママ、今日も父上はお仕事ですか?」

「ええ、毎日頑張っているわよ」

「僕も自宅警備がんばりますね」

「ええ、ええ! がんばりなさい!」

「はーい」


 俺は靴を綺麗に揃え自室へと戻る。

 母親に部屋を空けるなと約束させたのは色々と見せたらまずいものがあるからだ。

 例えばエロ本等がその一部だ。

 そして俺はVRMMORPG「グングニル」のメンテナンスが終わるのを五十インチ薄型テレビでアニメを見ながらポテチと炭酸飲料片手にただひたすらに待つ。

 パソコンをつけ掲示板もちゃんと確認しておく。


「なになに? 今回の装備の効果は斬撃八割無効? ぶっ壊れだしてきたな、おい! 社会人の夏のボーナスを狙い撃ちかよ!」


 俺は机の引き出しの中にあるウェブマニーの束を出す。

 もちろん今までも毎週十万円づつ買い、残った分を適当に机に入れてただけだ。

 メンテナンス終了までに全額を自分のアカウントに入れておく。

 こういう時でないと余ったウェブマニーを処分しきれないのには訳がある。

 俺は人より運がいいらしく――といっても生まれからして他人より運がいい訳だが――今までガチャで欲しい物を確実にゲットしているのだ。

 予算の十万円を超えたのは数度だけだ。

 そして今回は十万円を超えそうな性能のガチャがきたため整理しておくことにした。


「さて、準備は完了だ。五十万円で出るかどうか勝負だ!」


 スマホのアラームが鳴り「グングニル」のメンテナンス終了を告げる。

 俺はすぐさまVRMMO専用ヘルメットをかぶりリクライニングチェアへと体を託す。


「さぁ! 行こうぜ! 勝ち組の世界へ」


 俺はゲームの世界へと意識を飛ばす。




 上級職しか入れない街「クライドベル」へと入った俺は周りを見渡す。

 もちろんNPC以外のプレイヤーはニートか夜勤明けくらいだろう。


「よう! マスター、来たな! ぶっ壊れガチャ」

「おう、ウィンリスか……他のメンバーは?」


 話しかけてきた緑髪の短髪は盗賊(ローグ)にして俺のギルドメンバーのウィンリス。

 もちろんニートだ。

 俺のギルドの参加条件……それは皆自宅警備員、所為ニートである事を大前提の条件として建てたギルドだ。

 なので上級職しか入れない「クライドベル」でいつも待ち合わせをしている。


「他のメンバーはまだウェブマニーを買いに行ってるんじゃないかな」

「そうか、全く……準備はあれほどしとけと言っただろうに」

「俺は五万円……正月のお年玉を用意したぜ」

「さすがだな! だが俺は一桁多いがな」

「さ、さすがはマスター! 気合が違う!」

「ふふっ、一パーセントの壁をすんなり破ってやるぜ」

「そこに痺れる憧れるぅ!」

「よせよせ、そらみんなが来たぞ!」


 周りには何処からともなく集まった同胞……自宅警備員が賑やかに俺達を囲んでいた。

 そして始まる、ガチャの悲劇が……。

 歓声と悲鳴……そして声高らかに叫ぶもの。

 多種多様の声がそこらじゅうで響くが、やはり八割程は悲鳴だ。

 そして俺も……歓声をあげる!


「やっほぉぉぉ! きたぜ一パーセント! さすがは俺!」

「マスターには敵わねえなぁ」

「しかも武器まで当たったぜ!」

「すげぇな! さすがマスター! ところで今日の攻城戦はどうする? どこか攻めるか?」

「当り前だろ? ギルド「自宅警備員」を世界に轟かせるのが俺達の役目……いや責務だろう」

「さすがはニートの王! 我がギルドの長だな」

「へへっ、今日も新装備を片手にどこかの城に殴り込みだ!」

「イエッサー!」

「団員に伝えておけ! 今日は攻城戦だとな!」

「了解!」


 ウィンリスがどこかへと走っていくのを眺めつつ俺も準備をしなくてはとすぐに街中の露店を物色し始める。

 攻城戦には色々と準備が必要だ。

 課金アイテムをオークションに出し、それで得た金で露店からアイテムを買い揃えていく。

 いわゆる公式公認リアルマネートレードである。

 ちなみに露店している連中はほとんどが社会人である。

 なので動きはしない。

 「クライドベル」で活動しているのは約三百人……うち百八十人は俺のギルド員、つまりはニートである。

 あらかた買い物を終え俺は自分の城への帰路へ着く。

 その最中俺のコンソールに妙な表示が映し出される。


「転生しますか? Y/N」


 こんな画面は見た事がない。


「……なんだこれ」


 新しい職への転生か? だが聞いたことがない。

 俺は最上級職なのだからそれ以上の職が実装される事なんてないだろうと思っていた。

 しかし事実として転生の文字がコンソールに表示されている。

 もしかして隠れ職業かなにかか? これって俺がこの世界で最初になれる職なのかもしれない。

 今日は運が味方についている、新ガチャの一パーセントの壁を破り最上級の武器まで出た。

 そしてこの隠れ職である。

 これは確実に運が味方についている、いやこれが天命だろうか?

 早速俺は「イエス」と返事する。

 しない方がどうかしているだろう。

 すると街の風景からガラリと変わり暗い空間へと出る。

 もしかして隠れ職だからGM(ゲームマスター)から説明でも受けるのか?

 俺は胸にワクワクを抱きながら説明してくれる人物が来るのを今か今かと待つ。

 ふわりと前方に白い光が浮き出てその中から羽衣を纏い髪を結った緑色の髪の女性が現れる。


「お待たせしました、転生してくれるんですね。ありがとうございます」


 俺はなぜ「イエス」と答えたのだろう?

 俺はなぜ新ガチャで運を使い果たしたという考えに至らなかったんだろう?

 俺はなぜ勝ち組なのに欲深いのだろう?

 そう、これは最悪の結末、そして最高にクソッタレな女神からの掲示だった。

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