マッチ箱と子猫たちと図書館
お願い、そこにいて...!
あなたなら...優しいあなたなら、きっとそこに...!
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「今日もお前は全く売れてないのか!
もういい、家事だけでもするんだな、この役立たずが!」
「はい、お父さん...」
もう日常となってしまった、この光景。
マッチが売れない姉を...チユを怒鳴るお父さん。
わたしはいつも、どう接していいのか、わからなかった。
チユは悪くない、優しい子なのに。
マッチ箱の数が減っていることも、傘を忘れることも、部屋で食事を取ろうとすることさえも、すべてがチユの優しさなのに。
でもほんとのことを言えば...父はさらに怒るかもしれない。
そうも思っていた。
わたしが、チユの優しさに気付いたのは、数週間前のことだった。
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今日も寒いなぁ。
ていっても、こないだ買ったこの新しいストールのおかげで、思ったより暖かいけれど。
「あら〜、寒いのによく頑張ってるわね。
無理はしなくていいのよ、キリアちゃん。」
いつもマッチを買ってくれるおばさん。
というより、この村の人ほとんどが買ってくれているから、なんとも言えない。
「新しいストールが暖かいから、大丈夫なのよ!
相変わらずお姉さまは、ボロボロのだけれど...」
お姉さまと、口にしただけで、その言葉を聞いた周りの村人たちは、誰かを蔑むような、誰かを哀れむような目をする。
それぞれ、誰に対してかは、よくわかっている。
「あの子は声も小さくて、ボソボソと話しかけるだけで、とても気味が悪いわ。
あんな姉を持って、大変でしょうに...」
「別に、そんな...」
と言いつつ、また、やってしまった。
また、チユは悪くないって、言えなかった。
そう思いながらも苦笑いを続ける。
「もう! キリアちゃんは優しいんだから。
はい、これお金よ。1箱ちょうだい?」
わたしはすぐに、手袋をしたまま手際よくお釣りとマッチ箱を渡した。
これでもう全部売れてしまった。
まだ、そろそろお昼かなってくらいの時間なのに...
「じゃあ、またね。キリアちゃん。」
「うん、またね。おばさん!」
別れを告げて、おばさんの背中を見送った後、わたしもそろそろ帰ろうと思い、お金がたくさん入ったかごを持った。
わたしがマッチ箱を完売できているおかげで、母が死んでしまった時よりも裕福になれているのに、チユはずっとボロボロの服や質素な食事だけど、わたしには何も言えないし...
今日はいつもより早く終わったし、気晴らしで家に行く途中にある街で、図書館にでも行こう。
そう思ったのが、何よりのきっかけだった。
「わぁー、ひっろーい!」
小声で叫びつつ、わたしは最初に全部軽く見てみようと思った。
ファンタジーやミステリー、恋愛、ホラー...歴史や文化についての本もある。
かなり奥の方へと来た時、『動物』と書かれた本棚の角を曲がろうとした時だった。
1歩踏み出したけれど、わたしは思わず元の場所に戻った。というより、隠れた。
なんで、チユがいるんだろ...
まだ村のどこかで、マッチを売っているものだと思っていたのに...
もう1度覗いてみると、本を元の棚に戻し、わたしがいる方とは反対の方へと走っていった。
あんなに熱心に、何を見てたのだろう。
かごの中は、マッチ箱がまだひとつも減っていなかったけれど.....
確か、ここら辺の...これかな?
1冊だけ飛び出てるこの赤い本。
タイトルは...
『正しい猫の飼い方』
「...えっと....ねこ?
チユ、ねこ飼いたいのかな...?」
でも、なんでねこ?
もちろんうちにねこはいないし、ご近所さんでねこを引き取ってほしいって人もいない。
中身を見た感じは、ねこが食べてはいけないものだったり、子猫の育て方だったり、こと細かく書かれているようだった。
...よし、決めた。チユを追ってみよう。
もしマッチを売っているだけだったとしても、また明日も見てみよう!
絶対に何かある...!
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結局、街でサンドイッチを買って、すぐに追いかけていったけれど、チユは普通にマッチを売っていた。
ただ、わたしとは違って、誰も買ってくれないけれど...
夕方には家に帰って、お父さんに今日の売り上げを報告した。
その日もチユは1箱も売れず、食欲がないからと言って、食事を部屋に持っていった。
最近、一緒に食事をとることすら減ってきてしまったな...と思っていると、やっぱり寂しく感じる。
次の日は、朝からチユを尾行してみた。
村の方へと向かっていくチユだが、真ん中の通りではなく、外れの方の路地裏へと入っていく。
「....ぁ.......ぁー......にゃぁー」
こっそりと覗いてみると...すぐに謎が解けた。
子猫だ、ダンボール箱に入れられた3匹の子猫たち。
部屋で食べると言っていたパンを、小さくちぎってからあげている。
それだけじゃなかった。
今日みたいに雪が降る日は、傘を置いていっていたんだ。
だから最近、傘を忘れるようになっていたんだ。
そしてマッチ箱が減っている理由は...やっぱり。
子猫たちを暖めるためだったんだ。
その日、午前はずっと子猫たちと一緒にいて、午後からマッチを売っていた。
その様子を見てからわたしは、自分の売り場所へと向かい、マッチを完売させた。
チユは怖い子なんかじゃないし、悪い子でもない。
とても優しくて、いい子だ。
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それからわたしは、わたしにできることをしようと思った。
わたしも『正しい猫の飼い方』の本を読んで、あの子たちに与えてはいけない食べ物を覚えた。
それからは、あの子たちが食べれそうなものをお昼に買って、少し分けて置いておく。
時々、貯めたお金で傘を買って、子猫たちの元へと置いた。
そんなことをして、数週間が経ったある日...
「え、2倍?!」
家中に、わたしの叫び声が響いた。
というほど広い家でもないけれど...
「あぁ、そうだ。
最近いつも完売させているからな、キリアは。
チユも少しは見習ってほしいが...」
今までの2倍の量のマッチを売ってくれと頼まれ、その日は子猫たちのところへ行くのはやめた。
いくらわたしでも、それを完売させるのには時間がかかった。
もう家に帰るころにはすっかり暗くなっていた。
「ただいま、なんとか全部売れたよ。」
もうへとへと〜、と言いながら家の中に入り、売り上げを報告した直後、あれ?と思ったことを聞いてみた。
「チユは? いないの?」
まだチユの姿を見ていなかった。
いつもなら全く売れていなくても、というかそれがいつもなのだけれど...もうとっくに帰ってきているはず。
それに今日は、ずっと雪が降っている。
「あぁ、まだだよ。
こんな時間まで帰ってこないのは、初めてだな。
熱心に頑張ってるんじゃないのか?」
違う。何かあったんだ。
助けに行かなきゃ...!
「あ、キリア! どこへ行くんだっ!」
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村の大通りからではなく、外側から入った路地裏の真ん中にいるはず。
わたしは最後の角を曲がった。
「にゃぁ、にゃぁ.....」
ダンボール箱から出てきてしまったらしい子猫たちは、倒れている女の子の周りで必死に鳴いていた。
ボロボロのストール、手元にあるマッチ箱の入ったかご、ダンボール箱のそばにある新しい白い傘....
「チユっ! しっかりして...!」
雪まみれになったその身体はとても冷たくて、顔も真っ青だ...今朝もきちんと食事をとっていないはず。
とにかく、連れて帰らないと...!
チユの身体を持ち上げてみると、異常なほどの軽さに驚いてしまった。
よく見ると、痩せすぎてどこも骨ばっている...
ぴょん、と子猫たちが飛び乗ってきて、あなたたちも行くの? と聞いてしまった。
今夜はずっと雪が降ると聞いてたから、置いていくに置いていけず、わたしは3匹の子猫とともにチユを連れて帰るために走った。
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手が塞がっているために、大声でお父さんを呼ぶと、すぐに扉を開けてくれた。
ところが、お父さんには何も声をかけずに横をすり抜け、チユの部屋という名の物置へと向かった。
ベッドにチユを寝かせ、わたしはキッチンへと向かった。
もちろん、看病をするため。
子猫たちは周りをうろちょろとしている。
お父さんが何か言っているが、わたしの耳は認識しようとしない。
体がとにかく冷えているから、湯たんぽを3つほど用意して、布団の上に置いた。
直接だと、熱すぎるかもしれないから。
それからまたキッチンへと戻り、鍋を用意する。
お粥...にしても、何か具材を入れよう。
溶き卵と、それから.....ほうれん草とか人参とか。
とにかく早く、あったかいものを作らなきゃ.....!
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体が、だるい...でも、あったかいな....
ここ、わたしの部屋だっけ....?
「あ、チユ! 起きたの? 寒くない? 大丈夫?」
ぼんやりとした頭のまま、わたしは起き上がり、双子の妹の...キリアの方を見た。
手には、お鍋を持っている。
「あ、無理して起きなくていいよ!
後、お粥作ったんだ! お腹空いたでしょ?」
「あ、あの、キリア?
わたし、どうしてたのかしら?」
姉妹、ましてや双子なのに、小さい頃以来話さなくなっていたキリアとの、久しぶりの会話だった。
「チユってそんな口調だったっけ?
とにかく早く食べてよ、あったかいうちに。」
少し笑いながら、彼女はお鍋を置いて1度戻った。
その間に周りを見渡すと、やはりわたしの部屋だということ、そしてなぜか子猫ちゃんたちが来ているのがわかった。
なんでこんなところに...お父さんにバレたら....
「はい!にゃんちゃん、あったかいミルクだよ!
チユにはミルクココア持ってきたから!
あ、今お皿によそってあげるね!」
そういって持っていたひとつのお皿を置き、マグカップをわたしへと手渡した。
手渡されたマグカップの暖かさが、とても身体にしみる...
それから結局わたしは、キリアの看病を3日間、手厚く受けた。
わたしが動けずにいる間、キリアはわたしの話をずっとしていた。
何週間か前に、図書館で見かけたことから、わたしを追いかけたこと。子猫のことを知って、自分もご飯をあげていたこと。
そして何より、わたしと話せずにいたこと。
どう接したらいいかわからずに、家でもお父さんに何も言えなかった自分が嫌だったらしい。
だから、約束してほしいと言われた。
『これからは一緒にマッチを売ろう』
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新品のように綺麗に直されたストールを肩にかけ、いつものようにマッチ箱の入ったかごではなく、子猫たち...黒い子猫のノア、白い子猫のビアンカ、そして、黒ぶちに白いハート模様がついた子猫のカムの3匹が入ったかごを持っている。
わたしがストールを指先で何度もいじっていると、いつの間にかそばに来ていたキリアに声をかけられた。
「着慣れてないんでしょ。
お母さんにもらったからってずっと着て、かなりぼろぼろになってたし。」
そう、このストールもキリアが直してくれたのだ。
それに、今着ている服はすべてキリアのもの。
とても綺麗な身だしなみになったとは思う。
「う、うん。それより、マッチ売ろっか?」
わたしはかごを揺らさないように慎重に運び、マッチ箱を手にした。
子猫たちのおかげもあってか、さらに身だしなみも整えているからか、道いく人が驚いてこちらを振り返り、マッチを買っていった。
そのうちにわたしも、大きな声を出せるようになり、だんだんと自信がついた。
死にそうになって、辛いこともあったけど。
わたし、キリアと双子になれてよかったな...
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図書館で見た花言葉の本。
アングレカムという名前の花。
花言葉は『いつまでもあなたと一緒』。