第一章 八話 古武術
2016年6月24日、その日突如として裏武術家の襲撃を受け優矢、結衣、穂未が交戦しているが、三人共に苦戦を強いられていた。
――体育館裏にて
「…くっ!」
優矢と修二の戦いは序盤は互角だったが、今は修二が押している。
修二の連続のパンチ。左手でのジャブのあと右手でのフック。さらに左手のフックのあと右手でのストレート。
優矢は何とか修二の動きを読み、回避していく。だが、優矢は攻撃を出来ていない。
(やばい…このままだと…)
負ける。そう直感した優矢はいったん大きく距離をとり、修二に攻撃を仕掛けた。
右手での上段突き。
(速い…だが…)
優矢の踏み込み、突きは速く、鋭いが決して防げないわけではない。修二はそう判断し、手を顔の位置までもってきて突きを防ごうとする。
結果から言うと優矢の突きは決まらなかった。なぜなら、優矢の右足での中段回し蹴りが決まったからだ。
(くっ、なんだと!?)
修二が驚きをあらわにした。それもそうだろう。確かに優矢の攻撃は突き技だった。だが、決まったのは蹴り技。
自身の重心を操作し、相手に間違った動きや攻撃の流れを見せる技。
―【変幻自在の形】
蹴りが決まった後さらに優矢は攻撃を繰り出す。左手での上段突き。だが決まったのは左足による後ろ回し蹴り。蹴りを食らいバランスを崩した修二に優矢は右手での中段突きを食らわす。
「くっ!!」
修二は突きを食らい、一歩後ろに下がる。それに合わせ優矢は修二の左側に踏み込み、左足での中段蹴りを繰り出す。だが、その蹴りは変幻自在の形によるフェイント。本当の攻撃は左手による上段突き。
だが、その瞬間、
(…なっ!!)
修二が右手でのパンチを繰り出してきた。優矢の突きの外側から優矢の顔をえぐるようなパンチだ。
――クロスカウンター
ボクシングにおけるカウンター技。相手のパンチに対して、同時に逆の手で外側からパンチを繰り出しカウンターを入れる高等技術。
優矢と修二の手がクロスし、
――パンッ
お互いの顔面にヒットする。だが、修二よりも優矢の方がダメージが大きかった。
「くっ!……今のは、攻撃が見えたからカウンターを放ったのか?」
優矢がよろけ、後退しながら修二に自分の疑問をなげかける。
「別に見えたわけではない……お前の技はおそらく重心移動により攻撃を錯覚させるもの。だが、ボクサーには関係ない。どんな技を使おうと打ち合うだけだ……幸い、こちらの方がパンチ力は上らしいしな」
「なるほどな…」
ボクシングでは近距離での打ち合いで勝負を決めることが多い。だからこそ、そういった戦いの練習をしているということだし、体も少し程度の打ち合いならば大丈夫なように鍛えているということなのだろう。
つまり、
――どんな攻撃だろうと倒れるまで打ち合いをする
ということだ。修二の実力があるからこその戦い方なのだが、このまま打ち合いをし続ければ間違いなく先に倒れるのは優矢だ。
「さぁ、いくぞ!!」
修二は優矢に攻撃を仕掛ける。ジャブのあと強烈な右ストレート。フックにアッパー。
(まずい…こうなったら、もう…)
優矢は修二の攻撃を受けることに専念した。優矢の目は相手のパンチではなく肩や腰、足に向いていた……
――校舎裏にて
穂未は拳を握りしめ震えながら、自分の思いに耽ていた。
――憧れた
――憧れたんだ
――最初は、いじめに勝つための力が欲しい。たったそれだけだった。
それは穂未の過去だった。
それは、穂未が小学三年生になった頃に起きた。この年頃になった子供は集団的な行動を覚える。今までは誰とでも、どんな人とでも関係なく関わり、遊んでいたが、ある特定の仲のいい友達と遊ぶようになるのだ。
それは心の成長。
だが、それと同時に仲間外れの子が出来てしまう。理由は何でもいい。ちょっと周りと性格が違う。見た目が違う。発言が違う。行動が違う。本当に何でもいい。それによりその子とは関わらなくなり、その子は孤立してしまう。
そうなると面白がってからかう者が必ず現れる。さらに、それに同調するように周りの子も同じように面白がりからかう。それがさらにそれぞれのグループに広がり、結果としてそれがいじめとなる。
その頃は、暴力とか暴言とかそういったことは考えていない。ただ、面白半分からかい半分だ。
だが、それをされている側にとっては面白半分で済ませられない。
とてもつらく、苦しいのだ。
穂未もそういったいじめの対象だった。
理由は、髪の色だった。
青い髪はよく目立つ。今では「綺麗だね」と言われるが当時はその青い髪色が原因で同級生からいじめられていた。別に殴られたり、蹴られたりしたわけではない。
同級生の男の子から「青髪」「青髪」とからかわれていたのだ。
当時の穂未は自分の意見をはっきり言うタイプではなかった。むしろ黙っているタイプだったのだ。そのため、言い返さないことをいいことに男の子は休み時間が来るたびに「青髪」「青髪」と穂未に言い続けた。
だが、ある時、ついに穂未の限界が来て「うるさい!!」と言ってしまった。その言葉により「青髪がキレたぞ」「もう、青髪じゃない。青鬼だ」ということになり、その日から「青鬼」と呼ばれるようになり、さらに状況はひどくなった。
そして、穂未は耐えられなくなり学校を休みがちになった。
そんな時に穂未に「空手を習ってみないか」と提案したのは穂未の両親だった。穂未の現状を心配し、精神的に強くなれればということだったのだ。
穂未はその提案を受けた。いじめに勝ちたい。勝って見返してやりたい。その想いで空手を習い始めた。
それが、穂未が直承の道場に通うことになった理由だ。
そして、穂未が空手を習い始めて一年後。あの二人が現れたのだ。
穂未の空手家としての実力は平凡なものだった。だが、穂未はそれでよかった。いじめに勝つ力さえあればそれでよかった。
それでよかったはずなのに途轍もなく悔しかった。穂未より後に入ってきた年下のあの二人が穂未の実力をすぐに追い抜いたからだ。それもいともたやすく、当たり前に。
その時にその想いは変わった。
悔しかった、負けたくないと思った。穂未に武術家としての才能はない。だがあの二人、優矢と結衣には武術家としての才能がある。それも圧倒的な。
その才能に負けたくない。自分の今までの努力を無駄にしたくない。その想いから本気で空手に打ち込むことを決意した。
そして、その努力のかいがあり小学四年生の時の最後の大会で優勝した。
その優勝は学校の集会の時に表彰され、穂未が空手を習っていてしかも強い、ということを知られたため同級生からのいじめはなくなったが、その時には穂未はいじめについてはどうでもよくなっていた。
――最初は、悔しくて、負けたくないと思った。ライバル心からだった。
優矢と結衣に負けたくない。その想いで必死に練習した。だがある時、敵わないと知ったのだ。
特に優矢の才能、実力は圧倒的だった。他の空手家をまるで寄せ付けなかった。それは結衣も同じだったが、優矢の方が実力的には勝っていると穂未は感じた。
そして、優矢と結衣は小学四年生の時の全国大会で優勝した。自分は大会で優勝するのがやっとだったのに。
そして、優矢の全国大会の試合を見て穂未はこう思ってしまった。
「…すごい」
その時に自覚した。確かに最初はライバル心だった。だが、いつしか「優矢に負けたくない」から「優矢のようになりたい」になったのだ。
その想いは、憧れに変わった。
――途中からライバルだった人が憧れの人に変わったんだ。
そこには恋愛感情はなかった。ただ、途轍もなく憧れたのだ。
それからも必死に練習した。いつしか優矢に追いつくために。
穂未にとって優矢は大切な仲間で友達だ。優矢と結衣は最初の一年こそ周りと全く話さなかったが翌年には不思議とみんなと話すようになり仲良くなっていった。
年上だとか年下だとか関係ない大切な仲間であり、優矢はいつか倒したい目標であり、自分を強くしてくれた恩人であり、ライバルであり、そして憧れでもある。
だからこそショックだったのだ。それは穂未が中学一年、優矢が小学六年の時に起きた出来事。優矢と結衣が勝手に空手を辞めた出来事だ。
友達だと思ってたのに、仲間だと思っていたのに、それなのに何も言わずに空手を辞めた。
自分の目標だった。自分より才能があるのに。辞めたことが許せなかった。
理由が何かあり辞めたことは分かっているがそれでも一言も無く辞めたことが許せなかった。
――だけど
――憧れだったんだ
憧れて、強くなりたいと思った。でも、憧れの人のようにはなれなかった。才能が違いすぎたのだ。自分には武術家としての才能がない。だからどんなに頑張っても無理なのだ。
――でも、あきらめたくなかった。
自分なりに強くなる方法を必死に考えた。そして、自分なりの戦い方にたどり着いた。
その戦い方で裏武術界に入り、異名を得たが嫌だった。気に入らなかった。
それは自分が憧れたような戦い方ではなかったから。
――でも
それでも、
――ここで負けるぐらいなら。今までの努力を無駄にされるぐらいなら。
それはただの意地だった。その戦い方は穂未が憧れの人に追いつくために必死になって習得した戦い方だ。だが、その憧れの人は空手を辞めてしまった。
それがあったからその人に冷たい態度をとってしまうし、その戦い方をしたくなかった。
だけど、
――勝ちたい……
――勝つんだ!!……だって、私の憧れた人はこんな奴には負けないから
「勝つためには……意地なんて、捨てる!!!!」
穂未が京司の足に自分の足を引っかけてバランスを崩させる。バランスを崩し拘束する力が緩んだ一瞬の隙をつき、穂未が脱出する。
脱出することに成功し、立ち上がった穂未の目にはもう涙はなかった。
その目にあるのは覚悟だった。
「なんだよ、まだやる気かよ…」
京司はめんどくさそうに呟いた。もう勝負はついていたし、勝負しても結果は変わらない。そう京司は思っている。
だが、穂未はそうは思っていなかった。全力を出しても勝てるかどうかは分からない。でも、チャンスはある。
穂未が構え、しっかりとした目つきで京司をとらえる。
そして、京司に攻撃を仕掛ける。
右手での上段突き。
鋭い踏み込みと突きだが京司にはとどかない。
「はぁん、そんな程度の突きで…」
京司は余裕をもってその突きを受け流す。しかしその直後、穂未の左足の中段回し蹴りが繰り出された。
「…くっ!」
京司はそれも受け流す。だが、次の瞬間、穂未の右足での中段回し蹴りが繰り出され、京司に炸裂した。
「くっ!!…なんだと!?」
さすがの京司も驚愕した。今の穂未の攻撃は左足の回し蹴りの直後右足での回し蹴り。
つまり、最後の右足での蹴りはジャンプしての蹴りだった。それが京司を驚愕させた。
だが、京司はすぐに立て直す。そしてすぐに蹴りを放つ。穂未のお腹を狙った蹴り。だが、穂未はそれを受け流し、右足での後ろ回し蹴り。京司はそれを受け流すが、直後、さらに穂未が回転し、左足での上段回し蹴りが京司に炸裂する。
後ろに下がる京司だが、その隙を穂未は逃さない。踏み込んで右足での前蹴り。さらにジャンプし、左足ので前蹴り。「二段蹴り」と呼ばれる技。しかし、穂未の攻撃はそれだけでは終わらない。左足の前蹴りの直後、右足での中段回し蹴りを繰り出す。つまり、後半の二つの蹴りは空中で繰り出されたことになる。
京司は前蹴りは受け流したが、最後の回し蹴りは対処できずに食らってしまった。
さらに後ろに下がる京司。その距離を穂未はたった一回の跳躍で詰める。そして右膝で京司の顔面への攻撃を繰り出す。とっさに京司はそれを両手でガード。その直後、空中で穂未は次の技を出した。右足での後ろ回し蹴り。
つまり、穂未は空中で一回転したのだ。京司はその蹴りを食らい、倒れてしまう。
――空中戦
それが穂未が得意とする戦い方。穂未が憧れの人に勝つために、追いつくために、考え、見出し、たどり着いた穂未の戦い方なのだ。
穂未には武術家として突出した才能はない。だが、「ジャンプ力」「跳躍力」に関していえば天性のものを持っている。それは母親からの遺伝なのだろう。
穂未の母親は元バレーボールの有名な選手で、高校時代に高校バレーボールインターハイに出場し、チームを優勝に導いたエースだったそうだ。
バレーボール日本代表選手になることも薦められていたそうだが、自分の夢のために代表になることを諦め、専門の大学に進んだというのだ。
母親の当時の同級生の話では、あのまま日本代表選手になっていればチームのエースとしてオリンピックで活躍していただろうということだ。
それだけの才能を母親は持ち、そしてそれは娘である穂未に遺伝している。小さな頃から幅跳びや、高跳びなどのジャンプをする競技は得意だった。穂未も中学でバレーボール部に入っているが、それほど練習をしていない。
それは、決してさぼっているのではなく空手の練習をバレーボールの練習よりしていて、たんに時間が足りないということだった。
それにも関わらず、部活ではエースでありバレーボールではかなり注目されている。おそらくバレーボールでは母親と同じく日本代表選手になれるだろう。
だが、穂未はそんな注目は要らなかった。穂未はバレーボール選手ではなく空手家だからだ。
しかし、空手には空中技、ジャンプ技は少ない。ほぼないと言っていい。あるのと言えば先ほど穂未が繰り出した「二段蹴り」か形の「雲手」のジャンプ技くらいだ。
そのため空手家で空中戦を行うのは難しく、空中戦を駆使して戦う空手家はほぼいないのだ。
だが、穂未の才能はそれを可能にした。武術家としての才能はないがジャンプに対しては才能を持っている。
これが穂未自身が見出したどり着いた穂未の戦い方。
しかし、それは穂未が求めていたものとは少し違った。憧れた人のような戦い方ではなかったからだ。
でも……
――そんなの、もう、いい!!!
勝つためなら。そのためなら。
穂未は空中技を駆使し、京司を圧倒している。先ほどまでは手も足も出なかったのに。
「くっそ!!」
京司は焦りの声を出す。必死に穂未の蹴りを受けるが受けるだけで精一杯だ。
穂未の蹴りは空中で行っているため「踏み込む」などの動作を省略している。そのため穂未の攻撃速度がとんでもないことになっているので京司は受けることだけしか出来ず、京司が攻撃できていない。
「はあぁぁああ!!!」
穂未の渾身の蹴りが京司に炸裂する。それのより京司が吹っ飛ぶ。
(くそが!!これが〈青鳥〉の異名の由来か…)
今の穂未の姿は、まるで空中を自在に飛び回る美しい鳥を思わせる。
「空手界の青鳥」
その異名は正に……
(ふ、ふざけるなよ!!俺がこんな雑魚に!!)
京司には先ほどまでの余裕がなく冷静さを完全に失っている。それもそうだろう。先ほどまで圧倒していたのに今は一方的に攻められているのだから。
「ふざけるな!!」
京司が連続の突き技を放つ。穂未は初手、二手目は防いだが三手目は防げずに食らってしまう。
だが、
――負けない!!
――勝つんだ!!輝ちゃんだって勝ったんだから!!
思い出すのは輝の姿。自分よりも弱かったのだが強大な敵に挑み、必死に戦い、殻を破り勝利した後輩の姿だ。
そして、自分よりも圧倒的な武術の才能のある女の子である結衣。さらに、自分の憧れである優矢の姿。
その姿を思い出しては負けるわけにはいかない。
「負けてたまるかぁぁぁぁああああ!!!」
穂未の右足での前蹴り。穂未は蹴りだす瞬間、上方向に思いっきりジャンプして蹴ったためそのジャンプ力も合わさりとんでもない威力になっている。当然京司は蹴りを防ごうとするがその威力に防ごうとした手を弾かれてしまった。
(おい、なんだよ!?なんなんだよ、そのジャンプ力は!?)
京司は目の前で起きた出来事に目を丸くする。穂未のジャンプは京司の受けを吹き飛ばしてなお、まだ上へと行こうとしている。跳躍力、ジャンプ力に才能があるからこそ飛べるようなとんでもないジャンプ。
そして、
「はあぁぁぁぁあああ!!!」
空高くまで上がった右足のかかとを京司の頭に向かって思いっきり振り下ろした。
――かかと落とし
瞬時に片足を頭上に上げると同時に脳天、もしくは肩に打ち下ろす蹴り技。柔軟さはもちろん蹴りをコントロールする技術も必要とされる技。
穂未と京司ならば京司の方が少し身長が高い。そのため通常のかかと落としならば十分な威力を相手に与えることは出来ないだろう。せいぜいよろめかせるくらいだ。だが穂未の驚異的なジャンプ力により、そのかかと落としは京司の遥か頭上からとんでもない威力をもって打ち下ろされた。
―ドーーン!!
鈍い音と共にかかと落としが炸裂し、京司が倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……かった。かったんだ」
穂未は息を切らし、手を膝に置き、今にも倒れそうだ。だが、この戦いの勝者は誰が見ても明らかだ。
松浦穂未と灰崎京司の戦いは松浦穂未の勝利で幕を閉じた……
――体育館裏にて
優矢と修二の戦いは優矢が防戦一方を強いられていた。
「どうした、新人王とはこんなものなのか?」
優矢は修二の言葉には一切反応しなかった。全神経を集中させ修二の動きを見ることに専念していた。
修二からのパンチ。ジャブからのストレート。その攻撃を優矢はすべて躱していく。
「逃げるだけか?新人王…」
「…別に逃げるわけじゃない。勝つためにやってるんだからな」
「勝つため?」
優矢はその時、ある一つの技を発動する。
――【龍彗湖底】
――第一段階・力の解放
――第二段階・速さの解放
そして……
――第三段階・集中力の解放
優矢の目に光が宿ったように見えた。
「これは、吉野輝と同じ……いや、少し違う」
修二の反応に優矢がニヤッとする。
【龍彗湖底 第三段階・集中力の解放】
第二段階を発動した状態で集中する段階。
集中とはスポーツなどでは重要な要素となっており、集中しているかどうかによって結果が左右される場合がある。そのためこの段階では集中力を最大限高める段階である。
集中することにより第二段階でコントロールした力をさらに効率よく引き出すことが出来る。
さらに、戦いにのみ集中することができ、技の精度や威力が上がるほか、通常では使用することが難しい技も使用することが出来る。また、集中により相手の技も見極めることが出来る。
この第三段階は第一・第二段階より遥かに難しく、習得には驚異的な集中力、武術に対しての才能、センスが必要とされる。
「さぁ、いくぜ」
優矢が修二に攻撃を仕掛ける。右手による中段突き。龍彗湖底の第三段階を発動しているため途轍もない速度と鋭さの踏み込みと突きになっている。
「!!速い」
修二は優矢の突きを防げずに食らってしまう。さらに優矢は左足の中段回し蹴りを繰り出す。だが、決まったのは左手による上段突き。変幻自在の形による攻撃だ。龍彗湖底も合わさり、とんでもない速度になっている。
「くっ!!」
優矢の攻撃を食らい修二が後ろに下がる。だが、修二は下がった距離を利用し体勢を立て直す。そこから強烈な右ストレートを繰り出す。しかし、優矢はそのストレートを左手で正確に受け流す。相手の肩の動きや重心で攻撃を予測したのだ。しかも、攻撃を受ける際に相手に一歩近付いてパンチがスピードに乗る前に予測をし、受け流している。つまり、ボクサーの強力なストレートを無力化したのだ。
龍彗湖底の第三段階を発動しているからこそ出来る芸当だ。
今度は修二のストレートを受け流した優矢が攻撃に転じる。右足による中段回し蹴り。そのあと右手の上段突き。さらに、左手の上段突き。それを修二は全て食らってしまうが優矢の突きの直後、左手によるフックを繰り出す。しかし、優矢はそれを右手で受け流す。それと同時に右足による裏回し蹴りを繰り出す。
(……威力もスピードも桁違いに上がっている。さすが新人王)
修二はこのままでは負ける。そう感じ、自分の奥の手を出すことにした。修二が全力で優矢に踏み込む。そして右手でのフック。優矢はそれを一歩後ろに下がり、右手で受け流そうとする。
そして、フックが優矢の手に触れる瞬間、肩、肘、手首を内側に捻る。
(な!?受けきれない!?)
内側に捻ることにより回転が加わり威力が上がったパンチを優矢は受けきれずに食らってしまい、大きく後ろに吹っ飛ぶ。
(くっ!!いまのは……)
――コークスクリュー・ブロー
ボクシングの技の一つ。パンチが当たる瞬間に肩、肘、手首を内側に捻り威力を上げるテクニック。似ている技として空手の正拳突きがある
ちなみに名前の由来はワインの栓を音くコルク抜きからきている
修二の強力なパンチ力も合わさり威力がとんでもないことになっている。修二はこれ以上長引かせてはまずいと感じ、これで終わらせようと攻撃を仕掛ける。
(まずい……こうなったら……)
優矢は龍彗湖底第三段階で極限まで集中し、修二の動きを見る。
修二が右フックを繰り出すべく、左足で踏み込もうとする。その動きを優矢はしっかりと見極める。
そして、修二が踏み込む直前、優矢は右足で踏み込んだ。修二より一瞬だけ速く。
「これで終わりだ!」
修二が先ほどと同じくコークスクリュー・ブローを繰り出す。先ほどは優矢は攻撃を受けきれなかったが、今度は、
受け流した。
「なに!?」
攻撃を受けられたことに驚愕する修二。それもただ受けられたわけではなく完璧に受け流された。
左手で受け流した直後、優矢は右手で上段突きを繰り出す。後ろに下がる修二だが受け流された場面のことを考えていた。
(力を無力化された?)
そう、先ほどの修二の攻撃は力を入れれなかった。いや、もっと正確に言えば優矢により力を脱力させられた。
「どういうことだ…」
修二が優矢に問い詰める。それほど異様な出来事だった。
「古武術……」
「古武術だと…」
「そう、古武道、古式武術と呼ばれる古くから存在する武術。そしてこれはその古武術の〈失われた武術〉の一つ」
――古武術
「古武道」「古式武術」「古流武術」とも呼ばれる古くから存在する武術のこと。(現代のスポーツ武術を「現代武道」と呼ぶに対し、明治維新以前からある武術のことを「古武道」と呼ぶ)
「現代武道」と「古武術」の違いは、現代武道は試合により勝敗を決定するのに対し、古武術は戦闘(相手の死)で勝敗を決定するところである。そのため、相手を殺してしまうような危険な技、特殊な技法が数多く存在する。
しかし、時代が明治時代になり人殺しが法の下禁止されたため古武術は徐々に人々に伝えられなくなった。危険な技も取り除かれていき、それらは【失われた武術】(ロスト・マーシャルアーツ)と呼ばれている。
――失われた武術
「Lost Martial arts」(ロスト・マーシャルアーツ)と呼ばれる、古武術の危険な技や特殊な技法のこと。
各古武術の師範などにより危険な技とみなされたそれらの技、技法は時代の流れとともに古武術の中から消えてしまったのだ。
優矢が使用した技はそんな失われた武術の一つ。
「無の極地」
「無の極地……」
「ああ、そうだ。相手の行動を先読みし、相手が動こうとしている場所を先に占領することにより、一時的に相手の力を脱力させる技」
――無の極地
相手の動きを予測し、相手が次に動こうとしている場所を先に占領することによって一時的に相手の力を脱力させる失われた武術の一つ。
人はどんな体勢でも自分の力を全力で出せるわけではない。寝ている状態で重いものを持ち上げることは出来ないのだ。
人には力を全力で出すための条件がある。体勢や姿勢、重心などその人が力を全力で出せる状態になり初めて力が出せる。
例えるなら、野球のピッチャー。普通に投げれば球速150㎞の選手が自分の理想とする体勢、姿勢、重心、踏み込み、腕の動き……それらを完璧に出来て初めて球速160㎞を出すことが出来る。しかし、それが理想とかけ離れてしまうと球速は極端に落ちる。
これはそんな「人の力の出し方」を利用した技である。
相手の動きを予測し、相手が踏み込もうとしているところに一瞬速く自分が踏み込む。そうすることにより相手は無意識に踏み込もうとしている場所から踏み込みをずらしてしまう。そうなることにより体と脳にずれが生じ、うまく力を入れることが出来ず、力が脱力してしまうのだ。
無の極地はこの「力を脱力させる」現象を引き起こす。
「相手の行動を先読みし、相手の場所を占領する、だと?」
優矢の言葉に驚愕する修二。技を掛けられたからこそ優矢が言ったことを理解できる。だが、本当にそんなことが出来るのか。それが修二の頭から離れない。
優矢の技「無の極地」は相手の行動を完璧に予測することが前提としている技。つまり、この技は相手の動きを100%予測しなければ成り立たない技だ。
一秒間。たったそれだけの時間で手数が二手、三手と入れ替わるような高速戦闘中に相手の動きを予測し、相手より先に行動する。
出来るのか?と疑ってしまう。技を掛けられたのにも関わらずだ。
だが、優矢は相手の動きを予測するのを得意としている。もちろん簡単にできるわけではない。龍彗湖底第三段階の集中力があり、しっかりと相手の動きを観察してこそ出来る芸当だ。
「だが、全ての攻撃を予測することはできないだろう」
そう言い、修二が攻撃を仕掛ける。左側に踏み込もうとするがそれはフェイント。右側へ踏み込み、右フックを繰り出す。
だが、
「くっ!!」
無の極地により力を脱力させ、修二の攻撃を優矢は受け流した。そこに優矢は左足による回し蹴りを繰り出す。
「くっ!お前たちはどうせ死ぬ運命にあるんだぞ!」
「死ぬ運命?そういえばそんなこと言ってたな」
「ああ、呪われた運命だ!ここでねばったところで死ぬ。お前も葵結衣も松浦穂未も、お前たちの師匠の吉川直承もな」
「……」
その言葉に優矢は黙り込む。
死ぬ。その言葉は優矢にとっては重い言葉だ。
辛い言葉だ。
そして、もうそんなことにはなってほしくないと思う言葉だ。
もう、なってほしくない。そんなことはさせない。
そんな想いもしたくない。
「そんな……そんな、呪われた運命なんて、俺が、変えてやるよ!!!!!」
あんな想いをしないために。
優矢が修二に攻撃を仕掛ける。修二もそれに反応し前に出るが優矢の方が速い。修二が踏み込もうとしている場所に優矢が先に踏み込む。
――【無の極地】
力を脱力させられ修二が無防備の状態になる。その無防備の脇腹に優矢が右手での突きを食らわす。
その後、さらに優矢が右手をグッと握りしめもう一度突く。
――【双極の突き】
「がはっ!!」
優矢のゼロ距離からの突きに修二が吹っ飛ぶ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
優矢は息を切らしながらも立っている。しかし、修二は立つことは出来ない。あれほどの突きを食らったのだから気絶しているのだろう。
それによりこの戦いの勝者は空野優矢となった。
だが、かなりギリギリだった。確かに後半は圧倒していたが龍彗湖底と無の極地がなければ確実に負けていた。前田修二はそれほどの実力者だった。
――呪われた運命
修二の言葉が気になるが優矢は気を失っている輝のもとへ向かっていった……
――グラウンドにて
――やばい……
結衣は紗雪に追いつめられていた。
――このままじゃ……
負ける。
だからこそ、結衣は最後の切り札を出す。
――【龍彗湖底】
――第一段階・力の解放
――第二段階・速さの解放
――第三段階・集中力の解放
結衣の目に光が宿ったように見えた。
「……!?」
紗雪が結衣の変化を感じ距離をとる。今近付くと危険だ。そう結衣は思をすほどのプレッシャーを放っている。
「これは……やっぱり、龍彗湖底」
「!?……龍彗湖底を知ってるの?」
紗雪の反応に結衣は驚きをあらわにしたのだが、その瞬間を紗雪は見逃さなかった。結衣に向かって投げ技を仕掛ける。
本来、合気道は相手の攻撃に対して投げ技を掛けるのだが結衣が龍彗湖底を発動してしまった以上、一瞬のスキをつき、勝負を決めなければ勝てないと感じたからだ。
紗雪が結衣の手を左手で掴む。そして、右手は胸倉を掴み、右足を結衣の右側に滑り込まし投げる。その瞬間、意図的に右手に下向きの力を加える。
紗雪の右手は結衣の胸倉を掴んでいる。それに投げた時に下向きの力を加えると必然的に結衣は頭から地面に激突するような体勢になる。
だが、そうはならなかった。
投げられたときに結衣は背をのけぞるような体勢をとった。
そのため結衣の足は地面に着き、イナバウアーのような状態となっている。
(な!?あの体勢から!?)
そして結衣はその状態から右足の膝で蹴りを繰り出す。
「くっ!!」
紗雪は顔面に向かってくる膝をギリギリで躱す。結衣は体勢を立て直し攻撃に転じる。
先ほどの結衣の動きは結衣自身の途轍もないバランス感覚と龍彗湖底があったからこその芸当であり、普通では出来ない。
(さっきの、龍彗湖底を発動してなかったら負けてた……)
だからこそ、結衣にも余裕はない。対して、紗雪にも。
(……聞いてはいたけど、龍彗湖底。武術の三大奥義がこれほどなんて……)
二人の攻防が激しさを増す。結衣の突きを紗雪が受け流し、投げ技を繰り出そうとする。だが、龍彗湖底第三段階の驚異的な集中力で紗雪の投げ技を見極め、投げようとした反対側に回避。結衣が蹴り技を放つ。だが、それを紗雪は冷静に対応し受ける……
それほどの高度な攻防がしばらく続いたが、お互いに決定打は与えられなかった。
お互いが、
――攻めきれない
そう感じたとき、この戦いが終わりを告げた。
「……!!」
それぞれの敵を倒した優矢、穂未が結衣の元へとやってきたのだ。その後ろには輝の姿も見える。意識を取り戻したのだろう。
優矢たちの姿を目撃して紗雪は大きく後ろに下がる。
(……全員やられたの?)
紗雪の表情は歪んではいるが驚いているようではない。この事態も予測していたのだろう。再びポケットからスマホを取り出す。
「優矢、穂未ちゃん、輝ちゃん……」
優矢たちの姿を確認し、結衣が声をかける。
「苦戦してるな。手を貸すぞ、結衣」
「……強いよ」
結衣から見て優矢はかなり疲弊している。優矢だけではない穂未も輝も満身創痍と言った感じだ。
それでも、戦うと言っている。そのことに結衣は嬉しさを覚える。
それは、
――仲間だから
そんな結衣とは対照的に厳しい表情をする紗雪はスマホを操作しながら、
「これは、警告」
「警告?」
「そう。これ以上武術の世界に関わらないこと。そうすればもう、こんなことにはならない」
「……どういうこと?」
なぜそんなことを言っているのか紗雪の意図が分からない。
「とにかく、空野優矢、葵結衣、松浦穂未。これ以上武術の世界に入ってこないこと。吉川直承にもそう伝えて……」
そう言いながら紗雪はグラウンドから道路側に後ろ向きで歩きながら向かっていく。
「逃げるのか?」
「言ったでしょ。これは警告だって……」
道路側に出た時、黒い車が走ってきて紗雪の前で止まる。
「でも、これ以上関わるなら、次は全力で倒す」
紗雪は乗りながらそう言い、その車は走り去っていく。
今までの激しい戦いが嘘のように静まり返った。
「いったいどうなってるの?」
そう言ったのは穂未。
「分からない。意味不明すぎて。なんでこの学校で私たちを狙うのか。警告って何?優矢分かる?」
「いや、俺も分かんない。というかかなり混乱してるんだけど……」
敵の意図。発言。それらが分からな過ぎて優矢でさえ混乱している。
「あの……私も分からないことが多過ぎて……さっきの人たちは?裏武術界って何ですか?」
そう疑問を投げかけたのは輝。輝は星3保持者なため、裏武術界のことは知らないのだ。
「あぁ……後からちゃんと説明するよ」
「はい」
優矢の言葉に輝がうなずく。その時、
キーンコーンカーンコーン
と、チャイムが鳴った。
「あ!!やばい!!今って昼休みだった!!」
こんなことが起こったため全員、今が昼休みだったということを忘れていたようだ。
だが、四人の足取りは重い。あれだけの戦いの後だから当然だと言える。
そんな四人が玄関に着いた時に先生と出会った。
「君たち何してるの?もうすぐ授業ですよ」
「いや、ちょっと生徒会の用事で……」
「生徒会メンバーではない生徒がいますが?」
「いや、あははは……」
穂未が生徒会の活動として何とかごまかそうとしている時、結衣は先ほどの戦いのことを考えていた。
(……龍彗湖底を発動しても倒せなかった……)
新本紗雪。彼女は武術の三大奥義の一つ、龍彗湖底を使用しても倒せなかった。紗雪は奥義を使っているわけではないのに倒しきれなかった。
それだけでも紗雪の強さがわかる。自分より強いと。
(もっと強くなりたい。ならなくちゃ……)
結衣が拳をグッと握りしめる。
――車の中にて
紗雪はある人物と電話をしていた。
「はい、すいません。抹殺できませんでした……はい、今井亜希、灰崎京司、前田修二は回収しました。まだ、気を失っています……はい、わかりました」
電話を終え、スマホをポケットにしまう。そして拳を握り締める。
(……倒せなかった)
紗雪が悔しさを滲みださせる。
(葵結衣、次は倒す!)
――ある建物にて
「吉川直承の弟子は抹殺できなかったか……まあいい。分かっていたことだ。これは警告、だからな」
そう言い五十代の男が窓から外を見る。
「さぁ、時代が動くときだ……」
その男、裏武術界の責任者の一人、須藤平介は背筋が凍るような声でそう言った……
――その日の夜
路地裏に一人の人物が姿を現した。いや、逃げてきたと言った方がいいか。
「はぁ、はぁ、ここまで、来れば……」
その声と体つきで女の子というのは分かる。おそらく優矢や結衣と同じ年齢だ。だが、その姿は女の子らしくはない。
服は破け、あちこちに傷がある。殴られてできたのではなく鋭い刃物で切られたような傷だ。血も出ている。
(もう少し。もう少しなのに)
その少女は座り込む。もう立つことも辛いといった感じだ。
(もう、私ひとりじゃ……でも、もう少しで……)
その少女はかすれるような消え去りそうな声で、
「……龍」
そう呟いた……




