表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の聖杯  作者: ゆかた
第一章・始まりの章
8/13

第一章 七話 苦戦

 気絶した輝を体育館の壁に寝かせ、優矢は敵と対峙する。優矢たちの戦いはまだ終わっていないのだ。


 敵は輝にやられた亜希の方には目を向けていない。左側にいる男は優矢たちの方を見てニヤニヤと笑っているように見えるし、中央の男は警戒しながら見ている。右側の女に至ってはポケットからスマホを取り出し、操作している。まるで、亜希のことなどどうでもいいと言っているようだった。


「おい、あいつは放っておくのか?仲間なんだろ?」


「はっははははーー!!仲間?面白いこと言うな~。〈新人王〉なんて異名だから、もっと偉そうにしてると思ってたけどな~」


「……仲間じゃないの?」


「我々はただ命じられただけだ……お前たちを抹殺しろとな!!」


「っ!!」


 そう言い敵は優矢たちに襲い掛かった。まず、左側にいた男が穂未に。次に、中央の男が優矢に。やや遅れて右側にいた女が結衣に。


 突然のことだが優矢も結衣も穂未も冷静に対応した。だが、結衣と穂未が敵に押されて移動してしまった。


 優矢はそのまま体育館裏にいるが、結衣はグラウンドの方向へ、穂未は校舎裏の方向へと、敵により分断されてしまった。


 唐突に戦いが始まってしまった。






 この動きは事前に話し合っていないと出来ない動き。敵により誘導されたのだ。


「初めからこうするつもりだったのか?」


 優矢は自分の前に立つ男に尋ねる。もちろんいつでも攻撃できる体勢で。


「初めからではない。吉野輝の戦いを見てだ」


「輝の…」


「そうだ、あの状況で吉野輝が勝つ可能性は0に等しかった。だが、空野優矢、お前の一言でその可能性は覆った…お前たちを一緒に相手にしては協力されてこちらに勝ち目がなくなる。そう判断して分断することにした。幸い、お前たちは吉野輝の戦いに目をとられ、こちらの動きには気づいていなかったしな……」


「そういうことか…」


 別に油断していたわけではないが輝の戦いに気をとられていたのは事実。戦いの合間に敵が会話をし、打ち合わせをしていたことに気付かなかったのは完全にこちらのミスだ。


 つまり、この状況は敵の思惑通りということだ。


「空野優矢、お前たちは吉野輝の戦いに参加しなかったな。なぜだ?仲間なのだろう?」


「確かに輝は大切な後輩だ。だけど、あの戦いに俺たちが参加したら、輝が強くなれないだろう」


「……なるほど、吉野輝の実力を開花させるためか」


「お前たちこそ、輝が戦っている最中に手出ししなかったんだな」


「こうして分断したほうが我々に勝算があるからだ」


「なるほど…」


 つまり、お互いに思惑がありその思惑通りになったということ。


「さっき抹殺を命じられたと言ってたな。誰に?何のために?」


「それは知らなくていいことだ。どうせお前は死ぬ。そういう運命だからな」


「運命?」


「そうなる運命だ。呪われたな」


 そう言い男はフードをとる。二十代前半と思われる整った顔立ちに長い黒髪が現れる。


「俺の名前は前田修二(まえだしゅうじ)。裏武術界星5保持者だ。さぁ、勝負をしよう。新人王!!」


 そう言った直後、その男、前田修二は優矢に襲い掛かった。


 優矢と修二の戦いが始まった…






 校舎裏へと移動した穂未は少し焦っていた。目の前で対峙している相手は自分より強いと感じ取ってしまったからだ。一定以上の強さを持つ武術家同士なら少し対決しただけで、敵の実力が大体だが把握できる。


 そして先ほど相手から攻撃を受け、押し負けた。決して油断していたわけではなく、敵の攻撃を冷静に対処した。だが押し負け、こうして校舎裏へと移動させられた。


 力で押し負けたのならば仕方がない。自分は女で敵は男だ。力の差はあって当然だと思う。


 しかし、先ほどは力ではなく技で押し負けた。敵の攻撃を受け流し、優位な位置に移動しようとしたときに特殊な足の動きと投げ技により誘導された。


 その瞬間に感じ取ってしまった。この敵は自分より強いと…


 それは、武術の戦いにおいて思ってはいけないことだ。相手の方が強いと思ってしまっては気持ちで押し負けてしまい、戦いのペースを持っていかれる。


 だからこそ穂未は焦っていた。まだ戦いはこれからなのに、そう思ってしまったからだ。


 その穂未をみて男が笑いをこらえきれないといった風にフードをとり、言う。


「クックック……いいね~、その顔。お前、最高だよ」


 現れたのはオールバックの髪形に、耳にはピアス。目はつり目でいかにも不良少年といった風貌をした男だった。年齢的には穂未より少し上の高校生くらいだろうか。


「あなたたちの目的は何?なんで私たちを?」


「別にそんなのどうだっていいだろう。それより〈新人王〉とも戦ってみたかったがお前もなかないいな~。ラッキーだぜ、俺は」


「ラッキーって?」


「どうこうしろって細かくは言われてないからな~。つまりお前を倒した後は好き勝手やっていいってことだろ?」


「…っ!!」


「いや~、ほんとラッキーだぜ。お前みたいな女は一見精神は強そうに見えるけどああいうのには弱いんだよな~。目に浮かぶぜ、お前が泣きながら『初めてなんです。許してください』って叫んでる姿がな~」


「……サイテー」


 敵の言葉の意味を理解した穂未は軽蔑の視線を送る。と、同時に怒りがわく。


(あんなふざけた奴なんかには、絶対に負けない!武術家として負けたくない!……輝ちゃんだって勝ったんだ。私だって……)


 穂未は決意のこもった目で相手を見て、構える。空手家の構えである「左構え」


「いいね~、その顔が歪む姿を想像するだけでたまんね~な~」


「…っ!!あなたみたいなサイテーな奴には絶対に負けない!!」


「クックックッ……俺は裏武術界星4保持者、灰崎京司(はいざききょうじ)


「私は裏武術界星4保持者、松浦穂未」


 そういうと同時に二人が動いた。


 穂未と京司の戦いも始まった……







 グラウンドへと移動した結衣は戸惑っていた。敵は相当な実力を持つ武術家だと感じたため、警戒しながら敵と対峙するが、その敵は全く警戒をしていないのだ。


 それどころかグラウンドに移動してきてまたスマホを触っている。


「…あなたたちの目的は何?」


 結衣の問いかけに敵はスマホをポケットの中に片付け、答える。


「さぁ?私はあなたを倒す。それだけ」


「倒す?……そういえばさっき命じられたって言ってたよね?誰からなの?」


「さっきから質問するだけ……そんなのは勝ってからにしてよ。それとも〈空手の姫君〉にとっては私は取るに足らない敵ってこと?」


「…っ!それは…」


 敵の女がフードをとりながら言うが、結衣にはそんな余裕はない。今、目の前にいる敵には指の動き一つ一つ注意しなければいけないほどの実力者だ。


 敵の女の顔が姿を現す。結衣は緊張を顔に出すほど警戒している。


 現れたのは綺麗な銀色をした髪だった。輝くような銀髪に驚くほど整った顔立ち。年齢は結衣と同じくらいだろう。警戒していた結衣が一瞬目を奪われるほどの美少女だった。


「私は、新本紗雪(にいもとさゆき)。いくよ、葵結衣」


 そう言いこの少女、紗雪は結衣に迫った。恐ろしく速い踏み込みだったが結衣もさすがの反応で対応。


 紗雪は結衣のお腹に手のひらで攻撃しようとするがそれを結衣が左手で受け流し、右足による中段回し蹴りを繰り出す。


 しかし、その蹴りは受け流された。右手で受け流し、左手で結衣の足を掴む。右手はそのまま結衣の左足側面へ。そして外側から一気に内側へと手を払う。


「くっ!!」


 足を払われたことにより結衣がこける。紗雪はすぐに蹴りを入れるが、結衣がギリギリでガード。その勢いを利用して転がり、距離をとる。


 すぐに立ち、構え直す。


(やっぱり、強い…)


 先ほどの攻撃の速さと精度。それを見て結衣は確信した。この少女、新本紗雪は自分と同等か自分以上の実力だと。


 結衣の頭が急激に冷えてきた。この少女は全力で相手をしなければ勝てない。


 結衣の目が鋭くなる。


 結衣の変化を感じ、紗雪も真剣な顔つきになる。


 結衣と紗雪の戦いも始まった……











 ――ある建物の内部にて


 携帯の着信音が建物内に響く。その携帯を五十を過ぎた男性がとり、電話に出る。


「どうだ?」


『はい、順調に進んでいます。もうすぐ全ての準備が整うかと』


「そうか」


 電話から聞こえてきたのは二十代くらいの男の声。


『本当にあの者らでよかったのですか?』


「吉川直承の弟子のところに行かせた奴らか?」


『はい。いくら中学生とはいえ世代の者。何があるか……』


「別にいい……始末できなくてもどうせ死ぬ。そういう運命だからな」


『しかし、確実に始末するなら我々が……』


「それに、今回は警告だ。これ以上介入しないのであればいい。今後、利用できるからな」


『…分かりました』


 ここで会話は終了した…











 ――グラウンドにて


(強い…)


 結衣の攻撃は紗雪により受け流されていた。


 結衣の左手による上段突き。紗雪は右手で結衣の拳を掴み、左手は結衣の左手の関節へ。そして、左手に斜め右下方向の力を加え、結衣を投げる。


 しかし、結衣もさすがの反応で受け身をとり即座に立つ。そして左足による蹴りを放つが紗雪は冷静に対応し、受け流す。


 その隙をつき、紗雪が距離を詰める。音もなくスッと流れるような踏み込み。その踏み込みに反射的に突きを繰り出す結衣。右手での中段突き。


 だが、紗雪はその右手を自分の左手でつかみ腕の下をくぐり結衣の右後ろ側に移動する。その後、右手で肩あたりを掴み、前へ押し、転がす。


 しかし、それを利用し結衣は紗雪と距離を取る。すぐに立ち上がり再び構えをとる。


(相手の力を利用する投げ技、足の運び、それにこの動き。柔道じゃない……この動きは)


 相手の力を利用することにより体格や力の差に関係なく相手を制することが出来る。自分から攻めるのではなく相手からの攻撃に防御技、返し技を行う武術。


「……合気道」



 ―合気道

 大正末期から昭和前期にかけてできた武術。現代日本においては代表的な武術の一つで、合理的な体の運用による投げ技、固め技で体格などには関係なく相手を無力化することが出来る。



「さすが〈姫君〉少し対峙しただけで私の武術が分かるなんて……でも、分かったところでどうしようもないよ……空手は突きなんかの打撃技を主体にし相手に攻撃をする武術。対して合気道は相手からの攻撃に対し、防御技、返し技で相手を投げ、無力化する武術……どっちが有利か分かるよね」


「…っ!」


 紗雪の言葉に結衣の顔が歪む。確かに紗雪の言葉通り、結衣の攻撃はすべて合気道の技で無力化されていたからだ。


「私はあなたの攻撃を全て受け流し、無力化する。あなたに勝ち目はないよ」


「くっ!」


 結衣が紗雪との距離をさらにとる。合気道は相手の攻撃に合わせて技を出す。そのためいったん距離をとり、体勢の立て直しを図ろうとしたのだ。


「逃げても無駄」


 紗雪がその距離を縮めてきた。先ほどと同じく素早い踏み込みで、右手での手刀を繰り出す。結衣から見て左側面から首を狙うような手刀。


 それを結衣は左手でしっかりガード。その瞬間右手での上段突きを繰り出す。


 ――この距離なら……


 紗雪は自分の方が有利と思い油断している。この距離での全力突きなら紗雪にとどく。


 だが、結衣の突きは紗雪の左手で受け流された。その瞬間、紗雪は一歩踏み込み、結衣の右側面に入る。結衣は今、右手を突いている状態。つまり、結衣の死角に紗雪は入ったのだ。



 ――入身(いりみ)

 相手の攻撃を躱すと同時に、相手の死角(武術で言う死角とは側面や背後など相手の視野から外れ、自分の攻撃は届き、相手の攻撃は届きにくい位置)に直線的に踏み込んでいく技術。合気道の技はこの入身から繰り出される。



 結衣の死角に入身で入った後、右足を結衣の右足の後ろに置き、腰を接触させる。右腕をのどの位置にもっていき押し込む。これにより結衣は紗雪の足があるため後ろには下がれず、しかし体は後ろへと倒れてしまう。結衣の体制が崩れた瞬間、腰を落とし、右腕で結衣を押し倒す。押し倒すといっても紗雪が力を加えて無理やり押し倒したわけではない。結衣の重心をコントロールし、ほぼ力ゼロで結衣を投げたのだ。


「くっ!!」


 紗雪に投げられたことにより背中から地面に倒された結衣は相当なダメージを受けそうになったが、投げられ瞬間に即座に受け身の体制をとったため少しのダメージで済んだ。投げ技は侮ってはいけない。こういった外での戦いは殴られるより投げられた方がダメージが大きいのだ。

 殴るのは人の拳。対して投げられた先にあるのは固い地面。受け身をしっかりとらなければ投げられた方がきついのだ。


 先ほど紗雪がしたように相手と接触し技を掛ける一連の動作を「結び・導き・崩し」と言い、合気道の大切な要素となっている。


 地面に叩きつけられた結衣だが寝た状態から左足で蹴りを繰り出す。この状態ではさすがに受けきれず、紗雪が後退する。その瞬間、結衣がすぐに立ち上がり突きを繰り出す。


(このままだと相手にペースを待っていかれたまま何もできない。相手が受けきれない速度で攻撃するしかない!)


 攻撃をすれば受け流され、投げられることは分かっている。だが、このまま何もしないのであれば自分の負け。ならば、相手が反応できない攻撃を繰り出すしかない。


 結衣は最小限の動きで突きを繰り出す。左手での上段突き、からの右手での中段突き、さらに左手での上段突き。上、中、上の三連突き。からの右足での回し蹴り。


 だが、その全ての攻撃を紗雪は受ける。結衣の攻撃速度が途轍もなく速いため受けた後、入身には入れないがそれでも全ての攻撃を回避している。


「…くっ!」


 結衣がさらに右手での突きを繰り出すが…


「無駄…」


 紗雪が結衣のその右手での突きを左手で受け流し、掴む。掴んだと同時に手を下に。足を掛け、右腕を結衣の首筋に入れ、そのまま斜め下へと手を動かし投げる。合気道の投げ技「天地投げ」


 結衣は投げられた瞬間、受け身をとり中腰のまま蹴りを放つ。


「…っ!!」


 普通ならば蹴ることの出来ない体勢から繰り出された蹴り。そのため紗雪の判断が一瞬遅れた。蹴りを受け後ろに下がる。だが、結衣はバランス感覚に長けているためこんなことは造作もないことだった。


「はあぁっ!!」


 結衣がチャンスとばかりに攻撃を行う。右手での中段突き。右足での裏回し蹴り。その後、右手での上段突き。鋭い突き技と蹴り技が紗雪に炸裂する。


 だが、次の結衣の左手での突きは紗雪が受け流した。結衣の突きを右手で受け流す。受け流すと同時に結衣の手を掴み、結衣を前方向に誘導する。相手の攻撃を同方向に誘導し無力化する技術「転換(てんかん)


 そして、結衣の手をクルッと自分の頭上で円を描くように回し、左方向へと投げる。合気道の投げ技「四方投げ」


 結衣は投げられたがすぐに立て直す。


(強い……この強さ、輝ちゃんが戦った敵とは桁違い……)


 輝の戦いを見て、この程度の敵なら大丈夫だと思っていた。最初に紗雪と対峙した時、自分と同等か少し上だと思っていた。


 だが、違った。今、目の前にいる敵は確実に自分より上だ。



 ――甘かった。



 別に自慢でも何でもないが結衣は表空手界では敵なしだった。「空手の姫君」という異名は伊達ではないのだ。


 当時の表空手界の少女の部では結衣の右に出るものはいなかった。一つ年上の穂未や二つ上の彩芽ですら結衣に勝てなかった。結衣は特別だった。だからこその「姫」なのだ。


 だが、紗雪は自分より上。


(……同年代の女の子でこんなに強い武術家は、香奈ちゃん以来……)


 こんな強い武術家がなぜこんなことをしているのか、結衣は純粋に疑問を持った。


「なんで、この学校に?……火大将って人も?どうして?」


「……さぁ、私はあの方の計画を成功させる。ただそれだけ。それには邪魔なの」


「計画?あの方?」


 分からない。だが、このままだと負ける。


 結衣の額に汗が浮かぶ……






 ――校舎裏にて


 穂未は京司に苦戦していた。


(くっ!!速い…)


 京司の攻撃は途轍もなく速い。ギリギリで防げてはいるが食らってしまう攻撃もある。


「オラオラ!!どうした!!!」


 京司がさらに攻撃の速度を上げた。右手での突き攻撃。空手の突きとは違う打ち出すような突き。その後、左手での突き。さらにその後、右手での突き。この突きは横から払うような突き。


 三連続の突き攻撃の後、右足での蹴り。回し蹴りではなくお腹への真っすぐの蹴り。どの攻撃も途轍もない速さで繰り出された。穂未は防ぐことで精いっぱいで反撃など出来ない。


 京司の蹴りを受け、一歩後ろに下がる穂未。それを見て京司はさらに蹴りを放った。右足を軸に反時計回りに回り、左足での蹴り。蹴りを放つ瞬間、穂未がいる方向にジャンプすることで威力を底上げした。


「くっ!!」


 穂未は何とかギリギリ蹴りを受けた。だが、京司のとてつもない蹴りの威力を押し殺せるわけではなく後ろによろけ、転倒しそうになるが何とか踏ん張る。


「どうしたよ!躱すだけで精一杯か?」


 さらに京司が穂未に攻撃を仕掛ける。右手での突き攻撃。その攻撃に穂未は反応できた。左手で京司の攻撃を受け流す。空手の受け技「横打ち」


 京司の攻撃を受けたと同時に穂未は右手での上段突きを繰り出した。申し分のない威力とスピードの突き。だが、京司はその攻撃を受け流す。穂未の突きを左手で受け流して掴む。右手で関節あたりを掴み、右方向に思いっきり回して穂未を投げる。


 穂未は受け身をとれず地面に叩きつけられた。だが、起き上がることは出来ない。京司の左手が穂未の手を放していないからだ。とっさに穂未は蹴りを繰り出す。蹴りを受け京司が穂未の手を放し、後ろに下がる。そのすきに穂未は立ち上がり京司と距離をとり、構える。京司も仕切り直しと言わんばかりに構えをとる。

 左手を前に出し、腰の位置まで下げる。右手は胸の位置に。左足を前に出し、つま先を少し立てる。空手の構えとは少し違う構えだ。


(……さっきからの素早い攻撃と動き、投げ技、そしてあの構え。多分だけど、これは少林寺拳法……)



 ――少林寺拳法

 拳法、というと中国というイメージがあるが、少林寺拳法は中国の「少林拳」をベースに独自に作り上げ、昭和22年に日本でできた武術。突きや蹴りなどの打撃技に対する守備、反撃の方法を「剛法」腕や衣服を掴まれたり、背後からの攻撃に対する投げ技などを「柔法」といい、どちらも均等に練習しないと上達しないとされている。また、精神的な成長や自己確立などの「人づくり」も取り入れている。



 つまり、今、目の前で対峙している灰崎京司とは全く逆なのだ。少林寺拳法の武術家としての人格が。


(こんな奴が少林寺拳法の武術家なんて……それ以前に、武術家として相応しくない!!でも……)


 武術家として相応しくないものの京司の実力は本物だ。その部分は認めざるをえない。


 だが、負けたくない。負けられない。



 絶対に勝つ。



 そんな思いを秘め、京司に立ち向かった。



 しかし、現実はそんなに甘くはなかった。





(え?さっきまでと速さが違う!……どういうこと!?)


 それからの京司の攻撃は今までの攻撃とは一段階も二段階も速いものだった。つまり、今まで京司は本気を出していなかったということだ。


 先ほどまでギリギリで攻撃を躱していた穂未には防げなかった。京司の突き技、蹴り技、投げ技を穂未は食らってしまう。


 しかし、穂未も裏武術界の星4保持者だ。京司の攻撃を食らったものの、これぐらいでは諦めず、反撃に出る。


 穂未の右手での中段突き。その後、左足での中段回し蹴り。だが、その攻撃は受け流されてしまう。


 ――このままじゃ、駄目だ。


 そう思い、穂未はいつもより思いっきり踏み込み、右手での上段突きを繰り出す。だが、その攻撃も京司は受け流す。右手で受け流し、掴む。掴んだと同時に左手で穂未に突きを入れる。その後、右手を左方向に動かし、穂未を投げる。


 穂未は投げられた直後すぐに受け身をとり、反撃しようとする。が、京司が先に一歩踏み込むことで穂未の攻撃を受け流した。そして、がら空きになった穂未のお腹、より少し上の位置に掌底を食らわす。


「がはっ!!」


 かなりの威力の掌底におもわず穂未が膝をつき、そのまま座り込む。


「へ~、お前、胸けっこうあるじゃん」


「っ!!」


 さっきの掌底は本来お腹に攻撃するもの。だが、京司は少し上の位置を攻撃した。つまり、攻撃と同時に胸を触ったのだ。


 そのことにおもわず左腕で胸を隠す。そして京司に向かって嫌悪感と怒りの混じった表情を向ける。


「いいね~、その顔。手を抜いて勝てるかもって思わせてから全力で叩きのめして絶望する顔も観たかったけど、怒りの顔もいいな~」


「っ!!!」


 穂未の顔にさらに怒りの表情が現れた。最初は手を抜いて、途中からホントの実力を出し、穂未を絶望させ、その表情を楽しもうとした。つまり、遊んでいたのだ。自分との戦いで。自分は真剣だったのに。


「……サイテー!!!」


 穂未から京司を軽蔑する言葉が出る。


(こんな奴に!!こんな奴なんかに負けたくない!!!)


 穂未が立ち上がり、突きを放つ。右手の上段突き。だが、京司はそれを受け流す。その後、京司から蹴りが繰り出されるが穂未が左手で受け流し、同時に右足での蹴りを繰り出す。が、京司は余裕で蹴りを受け流す。


 その後、すぐに穂未が突きを放つ。左手での上段突き。その直後、右手での上段突き。上、上の二連突き。だが、京司は最初の突きを躱し、右手の上段突きを左手で右方向に受け流し掴む。直後、がら空きになった穂未の右脇腹に右ひじ打ちを食らわす。


 その攻撃に一瞬穂未が怯む。その隙をつき穂未の背中を掴み、後ろへ引っ張る。その瞬間、右足で足払いをし、穂未をこかす。こけた穂未に対し、右手でわき腹を思いっきり突く。少林寺拳法の技「千鳥返し」


「がはっ!!」


 その突きに穂未が声にならない声を上げる。倒れている穂未の手を内側に回して関節を決め、背中に足をおき穂未を動けなくする。


「クックク、〈青鳥〉も所詮この程度か…」


「…っ!」


 穂未もその戦い方と容姿から裏武術界ではある異名で呼ばれている。


「空手界の青鳥」(ブルーバード)


 それが穂未の異名。だが、穂未はこの異名ではあまり呼ばれたくない。とゆうより嫌いなのだ。この異名は穂未の髪色からも来ているのだが主にその戦い方から来ている。


 その戦い方は空手家では異様なもの。だから、穂未は呼ばれたくないのだ。


 自分の憧れの人のような戦い方ではないから。


「さぁ、どうやってやろうかな~」


「…っ!!」


 悔しいが、灰崎京司には勝てない。実力差がある。その悔しさと負けたことによりこれからされること。それは女の子として恐怖を覚えるものだった。


 それを思うと悔しすぎる。こんな奴に負けるなんて。自分の実力のなさ。弱さにおもわず涙目になりながら京司をにらみつける。


「はっはははぁーー!!!お前、最高だよ!!やっぱいいな~、女はよ~」


 京司の言葉に穂未がこぶしを握り締める……






 ――体育館裏にて


 優矢と修二の戦いはほぼ互角だった。優矢の左手での上段突き。それを修二はステップで右側に躱す。その後、すぐに優矢の二発目の突き。右手での上段突き。修二はそれを左腕でガードし、右手でのパンチ。


 空手の突きのようではない。腕を引き、力をためた後一気に突くようなパンチ。優矢はそれを左手で受け流す。と同時に右足での中段回し蹴り。だが、修二は左手でガード。


 ガードした直後、素早いステップで優矢の左側に回り込む。そして、左手でのパンチ。だが、先ほどよりも威力が弱いが途轍もないスピードだ。優矢はそれを後ろに下がることで回避。しかし、すぐに修二が左手で同じようなパンチを繰り出す。今度は優矢はそれを右手で受け流す。


 受け流した直後、修二の右のパンチが優矢に迫る。途轍もないスピード、そして威力。


「くっ!!」


 優矢の顔が一瞬歪むが何とかそのパンチを受け流す。


(重い…)


 修二のパンチは途轍もない威力だ。このままパンチを手で受け続けるのは危険だと思わせるほどに。


 受け流した後、優矢の右足での後ろ回し蹴り。修二から見れば右側から蹴りが迫ってくる。そして、修二の右腕はパンチをしたまま。とてもじゃないが防御は間に合わない。そう判断し、後ろに下がる。


 このように二人の戦いは一進一退の攻防戦となっていた。


 優矢は蹴り終わった後、構えを油断なくとる。


 修二も構える。手を顔の位置までもってきてステップを踏む。身体を上下左右させるステップだ。


(あの構えにステップ、そしてあの攻撃……これは)


 先ほどから修二はパンチしか繰り出していない。そのパンチの威力と独特のステップに構え。


「……ボクシングか」



 ―ボクシング

 ボクシングはジャンルとしては格闘技。パンチのみを使用し、相手の上半身全面と側面のみを攻撃対象とする格闘スポーツで、「拳闘」ともいう。世界ボクシング協会(WBA)や世界ボクシング評議会(WBC)などの団体が設立され、世界大会やプロの大会も開催している現代でメジャーな格闘技の一つ。



「どうした、新人王。お前の実力はそんなものか」


「くっ!!」


 優矢は攻めあぐねていた。なぜならば優矢にはボクサーとの対戦経験がないからだ。


 そもそも裏武術界にボクサーがいることが珍しいと言える。


 ボクシングはプロ大会や世界大会が行われているほどに有名な格闘技。そのため一般には知られていない裏武術界よりも、注目される世界大会などを目指すものが多いのだ。


「来ないのならこちらから行くぞ!」


 そう言い、修二は優矢に攻撃を仕掛ける。ボクサー独特のステップからの鋭い踏み込み、そこから繰り出されるパンチ。


(まずい、接近戦に持ち込まれれば押し負ける)


 ボクシングでは主に近距離での打ち合いとなる。そのため接近戦は十八番ということだ。そのうえ相手のパンチを避けるための動体視力もずば抜けてある。


 それに対し、空手は一定距離からの攻防戦が基本だ。自分が攻撃できる間合いから踏み込んで攻撃を行う。


 そのためいくら優矢でも修二に接近戦を持ち込まれては勝ち目がない。ボクサー相手に近距離での打ち合いは厳禁だ。


 優矢は冷静にパンチを予測し、大きく後ろへ回避。その後、左手での上段突き。だが、修二は突きを右手で受け、左手でのパンチ。カウンターだ。


 しかし、優矢はこれを狙っていたこのように右手で防ぐ。右手での「横打ち」それと同時に右足での中段回し蹴りを繰り出す。カウンターのカウンター。


 修二のがら空きになった左脇腹に蹴りが入る直前、


 その蹴りはガードされた。修二の右手の拳で。


(なっ!?蹴りをパンチで防ぐのかよ!?)


 そう、修二は優矢の蹴りをパンチで防いだのだ。それだけでも修二の並外れた動体視力、反射神経、パンチの威力、正確性が見て取れるだろう。


 その後、修二の左手でのパンチ。速いが軽いパンチ。いわゆる「ジャブ」だ。そして、右手でお腹へのパンチ。とんでもない速さと威力、「ボディーブロー」


 優矢はそれを何とか受ける。その威力におもわず両手で。


(このパンチ、重すぎる…)


 すぐに修二の次の攻撃が飛んでくる。左手で下から上へ、打ち上げるような顎を狙う攻撃。「アッパー」だ。


 優矢は後ろに下がることで回避。僅か数ミリといった距離でパンチが通り過ぎる。


 一撃食らってしまえば致命傷になりかねないほどの威力のパンチ。


「どうした、お前の本気はその程度なのか?新人王」


「…っ!」


 優矢、結衣、穂未は敵に苦戦を強いられていた……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ