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星の聖杯  作者: ゆかた
第一章・始まりの章
7/13

第一章 六話 輝の覚醒

 その日は朝から妙な違和感があった。心が不安になる違和感。


 そんな違和感を残したまま昼休みに入った。


 だが、その不安は的中することになる。


 それは昼休みに入った直後のこと、優矢たちの教室にやってきた一人の少女によって知らされた。


 その少女の名は笹川凛(ささかわりん)


 優矢はこの少女のことを知っていた。同じ小学校出身だし、輝の親友でもあるため話をしたこともある。だが、一方の教室に来て話をするほど親しくはない。


 そんな凛が優矢と結衣を訪ねてきたのだ。


「輝がいなくなった?」


「はい…四時間目が終わったころから姿が見えなくて…」


「保健室にいったんじゃない?……あとは早退したとか?」


「いえ、保健室にはいませんでしたし、早退でもありません……早退なら輝ちゃんが知らせないはずないし、それに給食の時もいなかったんです。明らかにおかしいですし、先生たちも探してるんです」


 輝は真面目な性格で、遅刻や無断欠席をするような子ではない。どうしてもという場合は連絡を必ず入れる。そのことを知っているからこそ優矢は不自然に思った。


 何かあったんじゃないか。そう思ったとき、朝からしていた妙な違和感が優矢を襲った。


 優矢の顔に緊張が走る。それは武術家としての勘。


「四時間目の授業って何だったんだ?」


「理科の授業です。理科室で実験をしてて……」


「ってことは一階か……俺と結衣は一階に行く。笹川は輝が戻ってきたときのために教室にいてくれ」


 そう凛に言い、優矢は一階に向かった。結衣も優矢の後に続く。不安な気持ちを押し殺して……







 凛が優矢たちの教室を訪れた頃……


 四階の三年生の教室で穂未もまた妙な違和感を感じていた。


(なんだろう、この感じ……)


 友達と話をしているがその話は頭に入っていなかった。そんな中、教室に入ってきた生徒が穂未のほうに歩いてくる。


「ねぇ、穂未に手紙がきてるよ~」


「手紙?」


 そう言って穂未は手紙らしき紙を受け取ったが、正直に言ってその手紙の主に全く心当たりがない。


 ラブレターならまだしもその手紙は普通の紙を折りたたんだだけの質素なもの。


(なんだろう?)


 何の警戒もなしに手紙を開ける。そして、その手紙に書いてある文章を読んだとたん……穂未の顔色が変わった。


「穂未!?」


 手紙を読み終えた直後、穂未は教室を出た。そして、全力で階段を下りていく。


 師匠からの忠告、そして先ほどからの違和感。それらが手紙の内容が嘘ではないと告げている。


 手紙にはこう書かれてあった……



『吉野輝は預かった。返してほしくば体育館裏までこい。』



 たったそれだけだ。送り主の名前すら書いてない。


 だが、穂未は全速力で向かった。


(輝ちゃん……)






 一階にやってきた優矢と結衣、輝がいなくなった手掛かりが、もしかしたら輝がいるかもしれない。そう思い各教室を見るが、輝の姿はなかった。


「いないね、輝ちゃん」


 そう結衣が言った直後、階段から穂未が下りてきた。


「穂未…」


「っ!!優矢!結衣ちゃん!これみて!!」


 穂未が慌てて優矢と結衣に手に持っていた手紙を渡す。


 優矢は「久しぶりに名前を呼ばれたな」とのんきなことを思ったが手紙の内容を見てすぐに切り替える。


「早く体育館裏に行こう!」


 三人は急いで向かった。







 体育館裏……その場所は告白の場や密会の場などとして有名ではあるが、今はそんな甘い雰囲気ではない。


 優矢たちが体育館裏に着いた時には太陽が雲に隠れ、暗くなっているため少し不気味に感じる。


 体育館は学校の横にあり体育館裏は校舎からは見えていない。つまり、何をしようがばれないということだ。


 優矢たちが来ると三人の人影が姿を現す。全員がフードを被っているため顔は見えないが体格で男か女かは分かる。


 優矢たちから見て左側にいるの男だろう。身長は優矢たちよりは少し高い。


 中央にいるのも男だろう。身長は高く、170後半はあるだろう。フードを被っているが髪が見えているため長髪であることがわかる。


 右側にいるのは、背は優矢たちと同じくらいで胸はかろうじてわかるくらいには膨らんでいるため女だろう。


 この中で最初に口を開いたには優矢だった。


「輝はどこだ」


 声を荒げているわけではないが、いつもより強めの口調だ。


「……」


 優矢の問いには答えない。そのことに穂未がいら立ち、強い口調で言う。


「輝ちゃんはどこ!!」


「少し黙れよ、雑魚はよ~!」


「っ!!」


 それに答えたのは左側にいる男。続いて中央にいる男が口を開く。


「我々と勝負をしよう。吉川直承の弟子よ」


「……なんで勝負をしなきゃいけないんだ」


「理由などはどうでもいいだろ。勝負をし、勝ったら吉野輝を返そう」


「……まず、輝ちゃんはどこ?輝ちゃんが生きてるって分からないと勝負には応じられない……それに、私たちが勝っても本当に輝ちゃんを返してくれる保証もない」


 結衣が輝の居場所について追及する。この場で最優先するのは戦いではなく、輝の安否だ。それが、確認できなければ勝負はしないと言っているのだ。


 だが、その問いに答えたのは前に立っている三人ではなく、三人の奥から現れた人物だった。


「そんなに、仲間が大事なのかよ!」


 その人物は奥からこちら側に向かってくる。輝を連れて……


「隠れてろと言っただろ」


「うるさいね!私はああいうのが大っ嫌いなんだよ!自分よりも仲間が大事、とか言ってる甘い奴らは特にね!!」


 奥から現れたのは声と口調から察するに女だろう。顔は同じくフードで見えないが、背は優矢たちよりも少し高い。


 その女の前にいるのは間違いなく輝だ。手は女の右手により掴まれ、口は左手により塞がれているが、外見的な傷はない。


 輝の目は優矢たちの方に向けられている。不安を押し殺したような目。まるで、「助けてください……」といっているような目だった。








 輝が最初に思ったことは「訳が分からない」ということだった。


 四時間目の授業の片付けをし、急いで教室に帰ろうとしたときにふと、玄関の方を見ると誰か立っていた。それに気をとられ後ろに誰かいると思った直後に気絶させられ、気が付いた時には女の人に手と口を塞がれていた。


 この人たちは一体何者なのか。どうしてこんな状況になっているのか。分からなかった。


 ただ一つ分かること。それは、自分ではこの人たちには勝てない、ということだった。


 輝は星3保持者。つまり、全国大会を優勝し日本一になっている。



 だが、敵わない。



 輝の勘はそう告げている。長年鍛えた武術家としての勘がそう告げているのだ。


 ならば、ここは下手に動かない方がいい。じっとしていれば優矢たちが助けてくれる。


 そう思い、優矢の目を見た。優矢の目は真っすぐに輝を見ていて、顔が太陽のように微笑んでいたのだ。


 その目を見て輝は思い直した。あの目は自分を馬鹿にしている目ではなく嘲笑っている目でもない。


 あの目は、輝を信じている目だ。信頼している目だ。


「輝なら大丈夫」


 そう言っている目だ。


 ならその想いに、その信頼に応えなければいけない。


 自分は何のために今まで修行してきたのか。


 憧れの先輩に追いつくために。大好きな人に認めてもらうために。


 そのために、優矢がいなくなった後も必死に修行した。


 だから、この程度で頼っては駄目だ。諦めては駄目だ。



 ――思い出せ。先輩に教えてもらったはず。こういったときの対処法を。



 輝は2年近く前。優矢に、敵に捕まった時どうすればいいかと質問した時のことを思い出していた。



 ――あのとき、先輩は――



 輝はそっと目を閉じ集中する。



 今は敵に両手を掴まれ、囚われている状況だ。だが、ロープなどで縛られているわけではない。相手の手で拘束されている状況だ。


 強い力で捕まっているわけではない。敵は自分のことなど眼中にないようだ。


 なら、チャンスはある。


 輝はゆっくりと捕まっている手を動かす。少しずつ、確実に。手を相手のお腹の少し上、溝内にもってきて腕を少し曲げる。


 足を少し曲げ、腰を落とす。体を少し前斜めに倒すが、背筋は伸ばす。


 力を入れては駄目だ。相手に気付かれてしまう。なるべく力は入れていない状態にする。


 そして、集中する。相手の気が散り、力が緩んだ瞬間。その瞬間がチャンスだ。


 たった一度っきりのチャンス。輝はその瞬間を逃さないために全神経を集中させる。


「さあ、勝負をしてもらおうか。空野優矢、葵結衣、松浦穂未」


 敵は、輝の動作に気付いていないようだ。それは、輝が優矢に追いつくために教えられたことを必死に練習した成果だろう。


 しかし、優矢は気付いていた。だから、


「お前たちのような雑魚と戦っても意味ないだろ。勝負は目に見えてるしな」


 挑発した。


「なんだと!!」


 その瞬間、敵の注意が優矢の方に向いた。優矢たちの方は正に一触即発という感じだった。


 だから、輝のことは気にもしていなかっただろう。輝から気がそれた。


 その瞬間、


 輝は一気に力を入れた。手を後ろ方向に突き出す。手を曲げていたためその分の溜めが出来ているので威力がさらに上がっている。そして、足を曲げていたので相手の溝内に斜め後ろに力がかかる。しかし、体勢は斜め前にしていたため輝の身体は前へと押し出される。


「うっ!!」


 突然の攻撃。それが輝を捕えてた女を襲う。無防備な身体に輝の全力の突きが突き刺さり、女が後ろに飛ぶ。


 単純に攻撃されただけなら、女も輝の手を放さないだろう。


 だが、人は突然の出来事に弱い。


 突然の出来事には、とっさの行動が出てしまう。


 例えば、突然ボールが飛んでくる。突然お湯をかけられる。など。


 それには、とっさに避ける、などの行動が出てしまう。


 それらは、人が勝手にとってしまう反射的な行動。危険な状況を回避するための行動だ。


 輝はその瞬間まで力を全く入れてなかった。攻撃するときに力を入れた。



 突然、力を入れたのだ。



 だからこそ相手は輝から反射的に手を放してしまった。


 輝は拘束から逃れ、前に倒れながら相手の間合いから逃れようとする。


 だが、相手は普通ではない。状況を素早く理解し、輝に襲い掛かる。


 しかし、優矢たちも普通ではない。優矢は輝が敵から逃れた瞬間に動いていた。続いて結衣、穂未と動いた。


 優矢は突き技を放ち敵を牽制。結衣は優矢のカバー。穂未は輝を安全な場所まで下がらせる。


 アイコンタクトすらもなく行われた完璧な連携。それにより敵は輝を再度捕えることは不可能だった。


「…チッ」


 敵の男が毒づく。


「輝ちゃん、大丈夫!?」


「はい、大丈夫です」


「輝、よくやったな!」


 優矢が輝の方を向き、優しく言った。その言葉に輝は嬉しさを隠しきれない。憧れの人である優矢に褒められたのだ。嬉しくないわけがない。


「輝はそこにいろよ」


「…っ!!」


 だが、次の優矢の一言で輝は硬直した。それはつまり、自分はこの戦いには参加するなと言われているということ。


 輝はそれが嫌だった。ショックだった。


「先輩…」


 確かに自分では実力不足だ。自分に優矢や結衣のような才能はない。戦っても勝てるかどうか分からない。だったら戦わない方が正解かもしれない。


 でも……


「どうしてこうなっているのか、私にはわかりません。どういう状況なのかも。でも、戦わなければいけないということは、分かります」


 勝てるか分からない。だが、今まで必死に練習してきた。厳しい修行をしてきた。それを、その成果を見てもらいたい。


「確かに私では実力不足かもしれません。でも…」


 憧れの人に少しでも追いつくために。大好きな人に認めてもらうために。


「私も、戦わせください!!」


 輝は覚悟のこもった顔で優矢に言った。


 優矢は真剣な顔で輝を見る。強い覚悟と決意のこもった輝の顔を。


「輝ちゃん…」


 穂未は無茶だ、無理だと思った。


 輝の気持ちはよく分かる。


 確かに輝は強くなった。数年前とは比べ物にならないくらい強くなった。


 全国大会を優勝し、星3の称号を手にした。


 だが、所詮は星3だ。


 星3と星4とでは差がありすぎる。


 表武術界と裏武術界とでは違いすぎるのだ。


 穂未も星4の称号を獲得し、裏武術界に入ったからそのことがよく分かる。はっきり言って裏武術界の武術家は化け物だ。桁違いだ。


 穂未は裏武術界の新人戦に出場したが二回戦で敗退した。その時の試合は鮮明に覚えている。あんなのには勝てない。そう思わされた試合だったからだ。


 今、目の前で対峙している武術家も間違いなく裏武術界の武術家だ。実力的には星5クラスの武術家もいる。


 そんな連中相手に輝では勝ち目がない。そう思った。


 しかし、優矢はそう思わなかった。輝の覚悟を感じて。なにより、輝のことを知っているからこそ。


「分かった。輝、任せたぞ!」


「はい!!」


 優矢からの言葉を受け、輝が前に出る。


「ふざけんなよ!!!」


 その直後、輝を捕えていた女が怒鳴った。


「お前みたいな奴が勝てるわけないだろ!!」


 輝は一瞬怯むが、しっかりとした声で言った。


「勝ちます」


「…っ!!!なぁ、私にやらせてくれよ。むかつくんだよ、ああいうの!!」


「…もとはお前が油断し、吉野輝を放したのが原因だからな」


「そそ、責任とれよ」


「ああ、分かってるよ。あんな奴私一人で十分だ。手を出すなよ」


 女は前に出てきてフードをとる。茶髪で髪を左側で束ねている髪形をしている。耳にピアスをしており、まだ幼さが残る顔立ちからして年齢は優矢たちとさほど変わらないと思われる。高校生くらいだろう。


「私の名前は今井亜希(いまいあき)。裏武術界星4保持者だ」


「……私は吉野輝。星3保持者です」


 対峙する輝と亜希。憧れで大好きな人に追いつくために、輝の戦いが始まった。






 まず、亜希が攻撃を仕掛ける。先手必勝、一撃で決める。そういう意思が込められた突きだ。


 だが、輝はそれを躱す。動き出しの亜希の重心と右肩が少し動いたのを見逃さなかったのだ。


「…ちっ!」


 亜希は躱されたことに驚いたがすぐに次の攻撃を繰り出す。右足による蹴り。その蹴りを輝は左手でガード。とてつもない衝撃が輝を襲うが倒れずに持ちこたえる。


 先ほどの亜希の突きは手に回転がかかっており、引き手があった。そして、蹴りも横方向への蹴り。輝もよく知っている技「正拳突き」と「回し蹴り」だ。


 つまり亜希は、優矢や輝と同じ空手家だ。なら、戦える。相手が使う技は未知の技ではなく自分の知っている技なのだから。


(集中して。今まで習った技、全部思い出すんだ)


 亜希の攻撃を輝は躱していく。そして、一瞬の隙を見つけ反撃する。


 亜希の右足での裏回し蹴りを左手で防ぎつつ、左手を下にもっていく。そして、右手による上段突きを繰り出す。だが、亜希は輝の突きを右手で受ける。受けた反動を利用し、右手でのひじ打ちを輝の顔面に食らわす。輝はそれを食らってしまうが、攻撃の反動を利用し、後ろへと後退。すぐに体勢を立て直す。


 しかし、すぐに亜希が追撃をかける。左手による上段突き。輝はそれをギリギリで躱す。だが、亜希からしてみればその突きはフェイント同然の突き。左足を軸にして右方向に回転し、右足での蹴り。後ろ回し蹴りだ。


 だが、輝はそれを右手で受ける。亜希の重心を見て蹴りを予測し受けたのだ。しかし、完全には威力を殺しきれずによろけてしまう。亜希はその瞬間を見逃さずに右手による突きを繰り出す。輝はそれを食らってしまうが左足で蹴りを繰り出し、それ以上亜希を近づけさせないようにする。


 輝は優矢と同じで、相手の重心や動きを見て攻撃を先読みし、隙をつき攻撃する戦い方をする。


 優矢に憧れてずっと優矢のことを見ていた。その影響で自分も似たような攻撃の仕方や立ち回りをしていたのだ。その後、優矢に直接教えられたことで完璧ではないにしろ自分の物にした。


 そのため互角とまではいかないが、かなりいい勝負をしている。


「くそっ!」


 その事実に亜希がいら立ちをあらわにする。


 輝はその瞬間を見逃さなかった。すぐに踏み込み、亜希に突きを食らわす。しかし、威力が低かったため致命的なダメージにはならなかった。


 この戦いを見ていた穂未は驚きを表す。まさか輝がここまでやるとは思わなかったのだ。


(やっぱり、優矢が傍にいるから?)



 だが、



「気に入らないんだよ!……お前みたいなやつは!!」


 亜希が輝に対し、声を上げる。


(むかつくんだよ!お前たちみたいに、自分のことより仲間のことを心配しているぬるい奴らは!!それに……)


 亜希が一度距離をとり、輝に向かって叫ぶ。


「おい!!さっきから舐めてんのか!!」


「え?」


「弱いんだよ!!お前の攻撃!!手を抜いてるんじゃないだろうな!!」


 輝は何を言われているのか分からなかった。確かに突きの威力は弱いかもしれない。だが、決して手を抜いているつもりはないし、そんな余裕もない。


「……もういい!!死ねよ!!」


 そう言い亜希が攻撃を仕掛ける。


 先ほどまでとは明らかに動きが違う。別に亜希が今まで手を抜いていたわけではない。相手に本当の実力を悟られないように戦っていただけだ。


 輝を倒した後は優矢たちと戦うことになる。輝相手に全力で戦ったら自分の手の内を優矢たちにさらしてしまうことになってしまう。だがら、必要最小限の力で倒そうとしたのだが、輝が思っていたより強かったのと攻撃が弱いことにいら立って後のことはどうでもよくなったのだ。




 亜希の突き技、蹴り技が輝に直撃する。その光景を見て優矢が呟く。


「まずいな……欠点が出てる」


 輝は引っ込み思案で人見知りするタイプで、とても真面目で優しい性格をしている。喧嘩を嫌うような優しい性格なのだ。そのため武術家には向いておらず、優しさで無意識に相手を傷つけないように戦うという戦い方をしてしまうところがある。


 通常の試合ならそれでいい。だが、今は試合ではない。


 今は決闘。殺し合いに近い。


 この状況で輝の欠点は致命的だ。


(でも……)


 この状況だからこそと、優矢は輝の戦いを見守る。




(さっきまでは攻撃を読めてたけど……速すぎて読めない……)


 亜希の攻撃の速度は今までと比べて段違いに速くなっている。重心の動き、足の運び、手の動き……どれも輝が読める速度を超えている。さっきまででギリギリだった輝にはどうすることも出来ない。


 だが、読めないと分かっていても輝は必死に攻撃を読もうとする。そうでなければ、読んで攻撃を回避しなければ負けは確実となってしまうからだ。


 亜希による左手による上段突きがくると予測した輝だったがそれはフェイント。すぐに右手による中段突きがくる。輝は読み切れずにその攻撃を食らってしまう。その後すぐに亜希の追撃が飛んでくる。


 輝の右側面に移動し、右ひざで輝のお腹部分に蹴りを入れる。輝から声にならない声が上がる。お腹を抑える輝に亜希は右手で顔面を攻撃。よろめいたところに蹴りを食らわす。もはや戦いではなく、一方的に殴られている状態だ。


 蹴りを食らい輝が優矢たちの方に転がる。


(やっぱり、私の、実力じゃ……)


 勝てるかどうかで言えば勝ち目は薄い方だと自覚していた。だが、少しでも可能性があるなら、優矢に見てもらえるならと思い勝負をしたが結局は駄目だった。無様な姿を晒しただけだった。


(せ、せんぱい……)


 助けを求めるように優矢の顔を見る。その優矢から帰ってきた言葉は、


「輝……優しさで手加減をするのは武術家として最低の行為だぞ。お前……最低だよ」


 ――え?


 軽蔑の言葉だった。


「ちょっと!!」


「優矢!!何言って…」


 同時に声を上げた結衣と穂未だったが優矢の手を見て黙った。


 優矢の手は固く握られ、震えていたのだ。


 輝の方を見ると、輝もまた震えていた。泣きそうな顔をして。



 ――いま、せんぱいはなんていったの?



 ――手加減?最低?



 ――今先輩は、私のことを最低って言ったの?



「お前、仲間に見限れらてるじゃん!良いざまだよ!」


 そう言って亜希は倒れている輝に蹴りを入れる。



 ――見限られた?私は先輩に見捨てられたの?



 輝は転がりながら、痛みなんか忘れて思いに耽る。



 ――それは私が弱いから?負けるから?勝てないから?



 ――そんなの、嫌!!……嫌だ!!嫌だ!!嫌だ!!!



 優矢に追いつくために、認めてもらうために強くなったのに。それなのに、その優矢から軽蔑された。


 大好きな人から最低と言われたのだ。


 輝の中で何かが大きくなった。



 ――先輩に追いつきたい。先輩の隣に立てるくらいに強くなりたい。先輩に認めてもらいたい。



 そして、輝は自分の中の想いを爆発させる。



 ――まけ、たくない!!




 ――負けたくない!!負けたくない!!負けたくない!!負けたくない!!負けたくない!!負けたくない!!……負けたくない!!!!!




 ――勝ちたい!勝って先輩に認めてもらいたい!先輩に追いつきたい!!



 輝はもうボロボロの状態だ。しかし、しっかりとした足取りで立った。そして、


 ――負けたくない!!!!!!!!!


 輝の中で大きくなった何かが爆発した。





 立ち上がった直後、輝から攻撃が繰り出された。輝から繰り出された攻撃は今までの、どの突き技よりも威力が高いものだった。


「くっ!」


 その攻撃により亜希が吹き飛ぶ。今までの輝からは想像できないような威力だ。


「え?あれって?まさか…」


「うそ…」


 結衣と穂未が驚愕の声を上げる。輝が使用している技は優矢も結衣もそして穂未も知っている技だった。


「ああ、間違いなく龍彗湖底だ」


 武術の三大奥義のうちの一つ、龍彗湖底。全四段階からなる技で、輝は今その第一段階を発動している。


 穂未は開いた口が塞がらなかった。信じられなかった。

 龍彗湖底はそう簡単に使用できる技ではないからだ。例えその第一段階だとしても。伊達に奥義とは呼ばれていないのだ。


【龍彗湖底 第一段階・力の解放】


 人が無意識のうちに制御をかけているその人本来の力を解放する段階。人は自分の持っている力を100%発揮することは出来ず、どんな人でも80%程度しか力を発揮できない。これは脳が力を無意識に制御しているためである。


 人は巨大な力を使えば壊れてしまうようにできている。自分の限界の力、100%の力とはその人の体が壊れてしまう可能性がある力のことだ。使い続ければ壊れてしまう力のことなのだ。100%の力を使い続ければ骨折や肉離れなどを起こしてしまう。


 だから、制御している。


 これは人間の自己防衛本能だが、それを解放することも出来る。追いつめられると人間は自分の限界の力を発揮し、それを使用することが出来るのだ。


 例えるなら、100m走でどんなに頑張っても10秒台の選手が土壇場で9秒台のタイムをだすようなもの。


 龍彗湖底の第一段階はその状態を引き出す段階。



 穂未も裏武術界に入ったときに師匠に教えられたが結局、第一段階ですら習得できなかった。


 この第一段階は自分自身の限界の力を引き出し、それを維持する。つまり、100m走で奇跡的に9秒台をだした後、常にそのタイムで走れるようにするということだ。


 ――無理だ。


 穂未はこの説明を聞いた時、そう思った。


 第一にどうやって自分の限界の力を出すのかが分からなかった。力の使い方なら理解できる。どういう風に力を入れるか、どこで力を脱力させるか。そういった力の流れなら感じることが出来るが、内側から引き出すのはどうしたらいいのか見当もつかなかった。


 だが、輝は解放した。自分自身で。まだ、龍彗湖底を習ってもいないのに。


 その事実が、穂未を驚愕させた。


「いったいどうやって?」


「学んだんだよ。自分自身で」


「学んだ?」


「確かに、輝の性格は武術家には向いていない。でも、輝には人の動きを分析、解析し自分の物にする『独学の才能』がずば抜けてある……なんたって少し教えただけで、俺の相手の動きを先読みする戦い方をものにしたからな」


「独学の才能……」


「でも、輝ちゃんは龍彗湖底を知らないよね……」


「いや、前に一度だけ俺が龍彗湖底を使用してるのを見たことがあるんだ。今までは自分の優しさで才能が開花しなかった。だから、この戦いがきっかけで爆発して才能が開花すれば前に一度見てるから、もしかしたらって思ったけど……」


「……そうだとしても、第一段階だけだと……」


 そう、この龍彗湖底は第一段階だけでは駄目だ。危険すぎるのだ。


 大きな力には、必ず大きなリスクがある。


 第一段階は力を解放するだけの段階。


 その力を制御しなければならない。そうでなければ力に振り回され身体を壊してしまったり力に呑み込まれてしまう。


 この段階で力に呑み込まれ、力に魅了され暴走を起こし道を外した者を武術の世界では「修羅」と呼んでいる。


「大丈夫、輝なら」


 そう言い優矢は輝の戦いを見守る。自分を一番慕ってくれている後輩の勝利を信じて……






(なにこれ、力が溢れ出てくる。力がみなぎってくる。でも……)


 身体が痛い。言うことを利かない。


 こんな状態は初めてだ。どうしたらいいか分からない。


(……落ち着いて。確か前にこんな状態の先輩を見たことがある)


 輝は以前見た優矢の姿を思い出す。


 あれは五年生の時、練習が終わった後、道場に忘れ物をし取りに帰ったときだ。優矢は直承と組手をしていた。その時には輝は優矢に憧れを抱いていたためその組手をずっと見ていた。するといきなり、優矢の雰囲気が変わった。力がみなぎっていた。


 当時は凄いとしか思わなかったが、今ならわかる。あの時の優矢の状態は今の自分と同じだ。なら、


 ――あの後、先輩は


 優矢のことを思い出し、輝は自分の力を制御しようとする。落ち着いて、ゆっくりと。






「え?力を制御できてきてる」


「…っ!!」


 結衣が驚愕し、穂未が息をのむ。


 確かに輝はゆっくりとだが力を制御できてきている。先ほどまでは力に振り回される攻撃だったが、今は力を制御し重く、速い攻撃をしている。


「第二段階……完璧に出来ているわけではないけどな」


【龍彗湖底 第二段階・速さの解放】


 第一段階で解放した力を制御し、コントロールする段階。コントロールすることにより、暴走のリスクをなくし身体の崩壊をなくすことが出来る。


 無駄なく力を使うことが出来るためこの段階で行う攻撃は重く、速い攻撃となる。



 輝は完全ではないがこの段階に至っている。



 ここにきて輝の才能は完全に開花した。



「自分には才能がないって思ってるみたいだけど、そうじゃない……輝、お前も間違いなく天才なんだ……」


「…っ!!!」


 天才、という優矢の言葉に穂未が唇をかみ、拳を握る。


 悔しいのだ。この戦いが始まる前まで輝は自分より弱かった。だが今、この瞬間、輝の実力は穂未を上回ったのだ。


 この中で一番弱いのは自分になってしまった。その事実が悔しく、そしてもっと強くなりたいと穂未は思ったのだ。



「な、なんだよ!!これ!!」


 亜希が叫ぶ。おそらく龍彗湖底を目の当たりにするのは初めてなのだろう。


 武術の三大奥義は限られた流派にのみ受け継がれ、伝えられている。奥義の名前は知っているが見たことがない、という武術家が大半なのだ。


 今、亜希は龍彗湖底を使用した輝に完全に圧されている。輝が圧倒している。



 ――負けない!負けたくない!



 優矢に認めてもらうために。



 ――勝ちたい!



 優矢に追いつくために。


(先輩に見てもらいたい。私が勝つ姿を!)


 憧れの人が、大好きな人がいるからこそ輝の想いはどんどん膨れ上がっていく。


 それと呼応し、輝の攻撃も重く、速くなっていく。


 輝の右手の上段突き。龍彗湖底の発動により驚異的な速さになっている。亜希はそれを防ぐことが出来ず食らってしまう。突きが決まると今度は左足による中段回し蹴り。その後、左手の上段突き、のフェイントから右手による中段突き。左足を軸にし、右足による後ろ回し蹴り。


 蹴りを食らったことにより輝との間に距離が出来たため体勢を立て直し、亜希が突きを放つ。


 だが、輝はその突きを重心や肩の動きで予測し右側に回避。回避したと同時に左手による上段突き。その後、左足による裏回し蹴り。よろめいた亜希に深く踏み込み、中段突きを食らわす。その威力に亜希が膝をつく。


「くっ!…はぁ…はぁ…くそ~!!」


 何とか立ち上がるが亜希は気絶寸前だった。


(ふざけんなよ!!私が、こんな奴に!!)


 少し前までは自分が圧倒していた。だが、今は自分が圧倒されている。自分より格下だった奴に追いつめられている。


 その事実が亜希の冷静さを失わせる。






「す、すごい…」


「勝負あったね」


「あぁ、相手は冷静さを失っている。龍彗湖底を発動した時点で輝の勝ちだ」


 優矢は輝の勝利を確信し、優しい目で輝を見る。そして、


「確かに今は、小さな光りかもしれない…でも、いつかは大きな輝きになる。俺はそう思う」


 そう言い、この戦いの決着を見届ける。






「ふ、ふざけんなーー!!!」


 冷静さを失った亜希は輝に向かって突っ込んだ。自分の出来る最速の速度で。


 だが、今の輝にとってはその攻撃を避けることは容易に出来る。冷静に亜希の動きを見極め、躱す。そして、


(私が、今まで習ったこと全てをこの突きに込める。師匠から教わって、先輩から学んだこと全てを)


 直承から突きの基本を教わり、そして優矢から突きのコツを学んだ。


 思い出されるのは優矢と練習した日々。毎回のように輝は優矢に質問し、優矢はそれに丁寧に答えて教えてくれた。


 しっかりと腰を落とし、深く踏み込む。引き手をしっかり引き、腰を入れる。重心は前に、だが体勢は崩さないようにする。など。


 優矢との練習で学んだこと全て。さらに、自身の独学の才能により得たこと全てをこの突きに。


 その突きは途轍もなく速く、鋭く、重い突きではあるが、基本に沿っているため優雅で美しさも兼ね備えている。


 正に見るものが視れば光り輝いているような一閃。


 故に、


 ――【光りの一閃】


 この突きは輝が今まで学んだこと全てを注ぎ込んだ、輝オリジナルの突き。独学の才能があるからこそ成しえた輝だけの突き。


 光りの一閃により亜希が吹っ飛び、体育館の壁に叩きつけられ、気絶した。あの威力の突きをまともに食らっては、しばらくの間は目を覚まさないだろう。


 それによりこの戦いの勝者は輝となった。


「はぁ、はぁ、はぁ……か、かったの?」


 輝もまた満身創痍だ。ボロボロの状態から龍彗湖底を初めて発動し、第二段階までを使用したのだから当たり前だろう。


「せ、せんぱい…」


 輝が優矢のもとへとやってくる。


「わ、わたしは強かったですか?」


 優矢は優しい表情で輝の問いに答えた。


「あぁ、強かったよ。よくやったな、輝」


 輝は目に涙を浮かべた。良かったと。その言葉が欲しかったと。


「…はいっ!!」


 笑顔で頷き、輝は気を失った。


 気を失った輝を優矢が受け止める。


(ほんとに、よくやったな)


 幸せそうに眠る輝に再度、優矢は言葉を送る。

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