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星の聖杯  作者: ゆかた
第一章・始まりの章
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第一章 五話 予期せぬ襲撃

 深見彩芽が社会科見学に来た次の日の2016年6月21日。


 朝のホームルームが始まる前の時間、優矢が席に着くと結衣が近づいてきて声をかける。


「おはよう、優矢」


「あぁ、おはよう」


「行くんでしょ、今日」


 結衣が言っているのは以前、自分たちが通っていた空手の道場のことだ。


 昨日、この学校にやってきた深見彩芽との組手により、過去の出来事に裏があるということが分かった。そのため優矢と結衣はそのことの真相を突き止めるべく、武術の世界に戻ることを決めたのだ。


「あぁ、行く。そして真相を知る。それが俺の責任だから」


「うん、そうだね。ちょっと道場に行くのは緊張するけど……」


 優矢と結衣は空手をやめてから、空手をしていたころの仲間とはほとんど話をしていない。だから少し緊張しているのだ。


(道場か~)


 それは優矢も同じだった。






 そんな優矢と結衣の会話を離れてみていた夢は、


「空野君と結衣ちゃん、何話してるのかな。うぅ、気になるよ~」


「ゆめ~、また心の声がでてるよ~」


「はうっっ!///」


 おもわず心の声が漏れた夢にツッコミを入れる真由。そのツッコミに反応し夢は顔を赤くした。


「そんなに気になるんだったらゆめも空野君と話したら?」


「えぇ~///無理だよ~~」


「無理だよ~~、じゃない。そんなんだと、いつか誰かに取られちゃうよ!」


「そ、そんな~///」


「あ!ほら、結衣ちゃんが離れたよ。今がチャンス!もう、告白しちゃえ!」


 真由が言った通り、話が終わったのか結衣は優矢から離れて自分の席に向かっていく。


「こ、こくっ///む、無理だよ~///」


 だが告白という言葉に恥ずかしくなり夢は手で顔を隠し、うずくまる。そんな夢に真由が「大丈夫だよ~」と声をかけようとするが、その言葉は途中で止まった。


 その理由は教室に入っていた生徒だった。普通ならば教室に生徒が入ってくるのは当たり前なため気にもしないだろう。それが同じ学年の生徒なら。



 だが、教室に入ってきた生徒は二年生ではなく、三年生。つまり先輩だ。



 しかも、入ってきた三年生はかなり顔を知られている。そんな先輩が教室に入ってきたならば当然注目するだろう。


 その三年生は綺麗な青い髪が特徴的でかわいらしいと思わせる容姿をしている女子生徒だ。


 その女子生徒が教卓の前まできて言葉を発する。


「皆さん、おはようございます。生徒会書記の松浦穂未(まつうらほみ)です。昨日の生徒会議で決まったことを皆さんに報告したいと思うので聞いてください。まずは……」


 その女子生徒、松浦穂未が生徒会の報告をしているのを聞いていた優矢は啓太に話しかけられる。


「いいよな~松浦先輩」


「いいって、なにが?」


「なにって、全部だよ!……松浦穂未。夜月中生徒会書記にして夜月中女子バレーボール部の絶対的エース!その美しい青い髪と容姿も相まって、ついたあだ名は〈青き舞姫〉最高じゃねーか!!」


 と、かなりテンションを上げて穂未の説明をする啓太。そして「舞姫ってなんだよ」と啓太を白けた目で見る優矢。


「……以上で報告を終わります。では最後に生徒会で制作したプリントを配ります」


 そんな中、穂未が話を終えプリントを配り始める。そのプリントを優矢の席の列に配ろうとするが、優矢の前の席の生徒がいなかったので穂未が優矢のところまでプリントを渡しに来る。


 優矢のところまで来ると穂未は優矢と見つめ合った。いや、見つめ合ったというよりにらみ合ったというべきか。


 明らかに穂未は不機嫌になり優矢へプリントを渡す。


「なんだよ」


 無言でプリントを渡した穂未に問いただす優矢。穂未は先輩ではあるが優矢は敬語を使っていない。


「聞いてなかったの。生徒会で制作したプリント」


 優矢の言い方を気にする素振りもなく、そう言って穂未はプリントを渡し、優矢の席から立ち去る。先ほど前で話をしていた時とは違い、明らかに不機嫌だ。優矢も微妙な顔をし、穂未から渡されたプリントを見ようとするが、


「おい、優矢なんだよいまの!」


「なんだよって」


「さっきのだよ!お前、松浦先輩と知り合いなのかよ!」


「あぁ、まあ」


「まあって、お前な~!」


 そう言って啓太は優矢に掴みかかる。


「お前、葵さんや深見さんだけでは飽き足らず、松浦先輩まで!!」


「なんだよそんなんじゃねーよ……ってこんな会話、この間した気がするぞ。穂未も空手をやってるんだよ」


「なんだよそれ!というか深見さんも空手で知り合ったんだったな!どんな道場なんだよ!!」


「知らねーよ!」


 どんどんヒートアップしていく啓太。そんな啓太にめんどくさくなった優矢は少し強い口調で言う。


「どうせまだ他にいるんだろ!可愛い女の子の知り合いが!」


「いやまぁ、いるけど……」


 優矢は空手をしていた頃、一番自分のことを慕ってくれていた後輩の顔を思い浮かべて、そう言った……






 一年生の廊下で、ある一人の女子生徒が上を見上げていた。


 正確には上にある教室。つまり、二年生の教室を気にしていた。


 この上の教室には自分の憧れで大好きな先輩がいる。だが、少女にはその先輩に会いに行く勇気はなかった。



 ――もし会いに行って、うっとうしいと思われてしまったら。



 そんな思いがあったのだ。


 会いたい。会って話がしたい。そう思っているのだが、なかなか会いに行けない。この学校に入学してもう二ヵ月が経っているのに、いまだに悩んでいる。


 そんな少女に、ショートヘアーの少女が声をかける。


「輝ちゃん、なにしてるの?早く教室に入ろうよ」


「うん、凛ちゃん」


 そう言ってその少女、吉野輝(よしのひかる)は教室に入っていった。


(はぁ~、今日も先輩に会いに行けなかったな~)


 輝はこの学校に入学して何度目かも知れないため息をついた。







 放課後、優矢と結衣は以前通っていた道場の前に来ていた。


 その道場は少しだけ錆が入っているだけで、遠目に見れば綺麗だと思う建物だ。そして入り口の前には「空手道吉川道場」と書かれている看板。


 通っていた頃と何も変わらない道場だ。


「うん、やっぱり緊張するね」


「あぁ」


 道場には通っていた頃の仲間がいる。その仲間たちには道場をやめるとき何も言っていないし、やめた理由も伝えていない。


 だから、勝手にやめた自分たちを迎え入れてくれるのかが不安だったのだ。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。自分たちは覚悟を決めたのだから。


「いこう!結衣」


「うん」


 そう言って優矢と結衣は道場の扉を開け、中に入っていく。


 道場内にはすでに何名かいた。全員優矢と結衣は知っているメンバーだ。


 メンバー全員は優矢と結衣が入ってきたことに、かなり驚きをあらわにしている。


(まあ、そうだろうな)


 いきなりやめた奴がいきなり現れたのだ。そんな反応をするだろう。


 すると、その中の一人の少年が優矢と結衣のもとへやってくる。「何しに来た!」と拒絶の言葉をかけられる。そう、優矢は思ったが、


「おい!優矢。久しぶりだな!」


 その少年からかけられた言葉は優矢の予想とは違った。喜びの混じった声で言葉をかけられたのだ。


 その少年の言葉を皮切りに、次々と優矢と結衣に言葉がかけられる。


「ほんと久しぶりだな!」


「結衣ちゃん、元気だった?」


「う、うん。元気、だよ?」


 結衣はこのことにかなり困惑している。無理もない。絶対に拒絶されると思っっていたからだ。


 一番最初に声をかけてきた少年の名は松森秋弘(まつもりあきひろ)。優矢と結衣と同い年の中学二年生で、優矢と結衣よりも前から空手をしている。クルクルとした癖のある髪の毛が特徴的でノリのいい性格をしている。


 次に声をかけてきたのは松森春弘(まつもりはるひろ)。秋弘の兄で中学三年生だ。秋弘の癖のある髪とは対照的に短髪にした髪を上に上げている髪形で、秋弘とは逆に落ち着いた性格をしている。


 その次に結衣に声をかけた少女は区枝莉奈(くえだりな)。年齢は優矢と結衣の二つ下の小学六年生。明るく元気で年上にも動じない性格なため、この道場の全ての人と仲がいい。髪をサイドで縛ってツインテールにしているため年齢よりかも少し幼く見える。


 この三人は優矢と結衣が空手をしていた頃、特に仲が良かった友達だ。


 仲が良かったのに。それなのに何も言わなかった。言わずに空手を辞めた。だから絶対に何か言われると思った。罵声を浴びせられると思った。


「み、みんな、怒ってないの」


「怒るって?何に?」


 結衣の質問にポカンとした顔で莉奈が答えた。それに結衣が困惑していたので優矢が言葉を続ける。


「勝手に空手をやめたことだよ……」


「ああ、そのことか。気にしてねーよ」


「え?」


「別にやめるやめないのは自由だろ。それに優矢と結衣ちゃんは今日、道場に来たってことはまた空手やるんだろ」


「ああ…」


「だったらそれでいいじゃん」


「っ!!」


 その言葉に優矢と結衣は言葉を失う。びっくりして言葉が出てこないのだ。拒絶されると思ったのにされなかった。自分たちはみんなに許されたのだ。


 いや、そもそも怒っていなかった。空手をやめたことをみんな分かってくれていたのだ。


 そのことを理解すると感激のあまり結衣は目が熱くなった。

 学校の友達だけじゃない。この仲間たちも自分たちを受け入れてくれていたのだ。そう思うと嬉しくて仕方がない。


「みんな、勝手に、何も言わずに空手をやめてごめんなさい」


 結衣はせめてと勝手にやめてしまったことを誤った。


「誤らなくていいよ!結衣ちゃん!」


 莉奈が元気いっぱいに笑顔でそう言った。その笑顔に自然と自分も笑顔になってくる。


「みんなありがとう!」


 そんな光景を見て優矢が感謝の言葉を口にした。


 そして、優矢と結衣は道場の奥に入っていく。






「やっほ~、来たね!二人とも」


「彩芽…」


 奥から出てきたのは彩芽だ。いつものように可愛らしい笑顔で近付いてきた。


「え!?彩芽ちゃん、結衣ちゃんたちが来ること知ってたの?」


「うん!知ってたよ!」


「ええ!?」


「彩芽、言ってなかったのかよ……」


「うん、みんなびっくりするかなって」


 彩芽がかなりいい笑顔でそう言った。彩芽がこういう性格だとみんな知っているから怒る者はいなかったが莉奈は「知らせてくれてもよかったのに…」という顔をしていた。


 彩芽のすぐ近くには穂未もいた。相変わらず無言でこちらをにらみつけている。


 少し居心地の悪さを感じたとき男性と女性が奥から出てきて優矢と結衣に声をかけた。


「おう!来たな、優矢!結衣!」


「師匠!」


 現れたのは吉川直承(よしかわなおつぐ)。この道場の責任者であり優矢たちに空手を教えている師匠である。


 年齢は28歳。短髪の髪にたくましい体つきをしていて、その実力は武術の世界でもトップクラスだろう。優矢が心から尊敬する武術家でもある。


「優矢、結衣ちゃん久しぶりだね!」


 直承の隣にいたのは上原愛里(うえはらあいり)。前髪を左側に流して整えた髪に女性らしい体つきの女性。年齢は今年で21歳で、優矢たちよりもずっと前から直承に空手を教えられている。いわば直承の一番弟子だ。


「愛里ちゃん、久しぶり」


「師匠……その、勝手にやめて……」


 優矢が珍しく口ごもる。それだけ直承のことを尊敬していて勝手にやめたことを気にしているということだ。その様子を見て直承は優矢の気持ちを理解した。


「なぁに、気にするな。それにお前たちはここに戻ってきた。それでいいだろ」


「はい!」


 直承の言葉に優矢と結衣は笑顔で頷いた。その時、道場の扉が開いた。


「こんばんわ~」


 入ってきたのは女の子。肩ぐらいまでかかる髪と少し長めの前髪、童顔の可愛らしい顔が特徴の少女だ。その少女は道場に入って奥にいる人物を見て固まった。少女の目は優矢を映していた。優矢だけを見ていた。


「え?……せ、せんぱい?」


 先輩というと少女にとっては優矢だけではなく結衣や穂未、彩芽、愛里なども先輩だがこの少女が単に「先輩」と呼ぶのは優矢に限ってのことだ。


「あぁ、久しぶり……輝」






 吉野輝は最初、信じられなかった。いつものように道場に入ったらずっと会いたいと思っていた、ずっと話したいと思っていた先輩がいたから。



 ――え?うそ?



 最初、素直にそう思ったのだ。だが、優矢の言葉を聞き、その声を聴き輝は心が躍るような感覚にみまわれた。


「先輩が、ここにいるってことは……その……」


「ああ、また、空手をすることになったんだ……その、よろしくな」


 輝は泣きそうになった。憧れで、大好きな人とまた一緒に練習ができる。そう考えただけで嬉しくなる。


「……はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」


 輝は目に少しの涙を浮かべ頬を赤くし、幸せそうに頷いた。



 そんな輝を見て優矢は安心した。輝には嫌な顔をされると思っていたからだ。輝が自分のことを尊敬してくれているということは気付いていたから、勝手にやめたことを怒っていると思っていたのだ。


 だが、嬉しそうにする輝を見てそれが杞憂であると分かった。この少女は、いまだ自分のことを慕ってくれていると感じた。


 学校だけじゃない。ここにも自分たちの居場所があったんだと、優矢は感じた。ここに居ていいんだと。ここにいる仲間たちは自分たちを受け入れてくれているんだと。


「よし!練習を始めるぞ!!」


 直承の声で練習が開始された。







 この吉川道場での練習時間は三時間。午後五時から八時までの時間だ。そして、その三時間を一時間ごとに分けて三種類の練習をする。


 最初の一時間は基礎練習。


 次の一時間を形練習。


 最後の一時間を組手の練習。


 という具合だ。


 基礎練習は三十分程度で終わらすところも多いが、直承は基礎を重要視しているため最初に基礎を徹底的に練習する。



「正拳突き」「回し蹴り」などから基礎の受け技である「横打ち」「横受け」「はらい受け」「上げ受け」や立ち方など基礎を一時間、徹底的に練習する。


 その後、少し休憩し形練習。


 形はいわば空手の技の集合体。形をしっかりやることで様々な技の精度が磨かれる。さらに基礎の動きも入っているため基礎を出来ていないと形は上達しない。


 だからこそ直承は基礎練習を重視している。「基礎を怠るべからず」ということだ。


 形練習の後は、組手の練習。二人一組でくみ、練習していく。一分半の模擬戦を行い、お互いにいい点、悪い点を言い合う。欠点などは戦った相手でないとなかなか分からないものだ。


 もちろんずっと同じ相手、というわけではなく相手を変えて練習していく。輝は優矢と一緒になったとき、とても嬉しそうに、時に顔を赤らめながらアドバイスを求めていた。余程、優矢と練習できたのが嬉しかったようだ。


 そんな感じで優矢と結衣が戻ってきた日の練習は楽しく終了した。






 八時で練習が終わり、輝や莉奈らが帰っていく中、優矢と結衣は道場に残っていた。


 いや、優矢と結衣だけではない。愛里や彩芽も残っていた。これらのメンバーに共通することは、全員が裏武術界の武術家であるということ。


 この道場の練習時間は午後五時から八時までの三時間。だが、八時から九時までの一時間にも練習がある。それは裏武術界の武術家同士による練習。


 しかし、その場には優矢と結衣、愛里、彩芽だけではなく……


「よっしゃー!練習するか!」


 なんとそこには秋弘や春弘、穂未も残っていた。そのことに優矢は驚愕した。優矢の記憶では彼らは星2か星3で裏武術界には入っていなかったからだ。つまり、優矢と結衣がやめていた間に裏武術界に入ったということだ。


「え?みんな、裏武術界に?」


「あぁ、二人がやめた後にな」


「優矢と結衣ちゃんが帰ってきたときに驚かしてやろうと思って、みんな頑張ったんだぜ!」


「そうなんだ…」


「私たちだけじゃないよ。輝ちゃんは星3だし、莉奈ちゃんも星2になったしね」


 穂未の言葉にさらに驚愕する。前まで輝も莉奈も星1だったはずなのに。


 それだけ頑張ったということだ。


 そのことに胸が熱くなる。みんな強くなった。だから、自分たちも負けてられないと。


「なぁ、優矢!戦おうぜ!強くなった俺を魅せてやるよ!」


「…よし!やろうぜ!」


 この練習は基本的にやることは自由だ。自分に必要だと思う練習をする。


 裏武術界の試合はルールがほぼナシの実践だ。だから、練習は必然的に組手となる。そのため優矢は秋弘の挑戦を受けた。




 道場の真ん中で互いに向き合う優矢と秋弘。


 そして、戦いが始まった。


 まずは秋弘の攻撃。左手による上段突き。その後、右手による上段突き。二連続の突き技だ。だが、優矢はその攻撃を正確に読み、手で受け流し回避。


 今度は優矢の攻撃。右手による鋭い上段突き。秋弘はその攻撃を横に飛ぶことによりギリギリ回避。次は、秋弘による左足の中段回し蹴り。それを優矢は左手で受け流す。このときの受け流した力を利用し、右方向へ回転し右手によるひじ打ちを食らわす。秋弘はそのひじ打ちを食らってしまうが、その直後、右足による裏回し蹴りを繰り出す。優矢から見れば完全に死角からの攻撃。


 だがその時、優矢の目は秋秀の攻撃を見ていたのではなく、腰回りや足を見ていた。


 秋弘の蹴りが入ったと思ったが、そうならなかった。


 パンッ!という乾いた音が鳴り響いて、優矢が左手で秋弘の裏回し蹴りを防いだのだ。


(なっ!!うそだろ!いまの攻撃を見ずに防ぐのかよ!!)


 秋弘が驚愕するが無理もない。なんたってさっきの攻撃は完全に優矢の死角からの攻撃。つまり、優矢からは秋弘の蹴りは見えていなかった。秋弘の蹴りを予測して防いだのだ。


 だが、そんなことは優矢にとっては簡単なことだった。優矢は自身の重心を操作する重心移動を得意としている。そのため、相手の重心や動きを見て相手の攻撃を予測することも得意としている。


 だから先ほどの攻撃時、秋弘の足の重心の掛け方や腰の動きを見て「蹴りがくる」と予測できたのだ。


 その後も、二人の戦いは続いた。






 直承と愛里は少し離れた位置で優矢と秋弘の戦いを見ていた。


「やっぱり凄いですね、優矢は」


「あぁ、さすが、12歳で裏武術界の新人戦を優勝した天才、といったところか……」


 愛里の呟きに直承が苦笑いを浮かべ答える。


 空手などの武術は一日練習を休むと動きの感覚がおかしくなり、本来の動きが出来なくなってしまうものだ。


 いつもやっている動き、動作。これは何百、何千とやってきたから身に付いたものであり、練習はそれを持続させる。練習を怠ればその者の実力は急激に落ちていく。これは武術に限ったことではないだろう。


 だが、武術は他のものよりも明確に表れる。例えば一か月練習を休むと、その三倍以上もの練習をしないと取り返せない。


 優矢は実に一年半もの間、空手から離れていた。なのにこれだけの戦いが出来る。愛里もその事実に呆れるしかない。


 才能で言うなら愛里も武術に対しての才能はある。だが、優矢と比べてしまえばその才能は霞んでしまう。さらに、結衣も優矢と同等の才能を持っている。


 過去、愛里はそのことで自信を喪失させられたが今はもう諦めている。


「師匠、飲み物いります?」


「あぁ、もらう」


 話題を変えるため直承に飲み物を渡す。ペットボトルを直承が受け取り、愛里の手から離れた直後、


 ゴトンッ


 と直承の手から落ちて床に転がった。


「もう、何やってるんですか?」


「すまん、すまん。ちょっと手が滑った」


 愛里が笑いながら直承の落としたペットボトルを拾う。この時、愛里は幸せだった。こんな毎日がずっと続けばいいのに、そう思った。






 時間は午後九時。練習の終わりの時間だった。穂未や秋弘らが帰る中、優矢と結衣は直承に話があると言い、道場に残っていた。


「で?話ってなんだ?」


「あの事ですよ。新人戦のこと」


 彩芽から知らされた過去の出来事のこと。それを直承の口から直接聞きたかったのだ。


「あぁ、それか…」


 直承はそのことについて包み隠さず話した。


 あの時の新人戦は明らかにおかしかったこと。そのことに違和感を感じ調べたこと。そして、調べていくうちにあの新人戦は仕組まれた可能性があるということ。裏武術界に異変が起きているということ。それ以外、具体的なことは分かっていないということ。


「あの、師匠。そこまで調べてくれてありがとうございます!」


 自分たちのためにそこまで調べてくれた師に感謝の言葉を結衣は口にする。


「いいってことだ!お前たちは俺の弟子なんだからな…それよりさっきも言ったが裏武術界は今、かなり不安定だ。どんなことが起こるか分からない。十分注意しろよ」


「はい!!」


 優矢と結衣は真剣な顔で返事した。










 とある建物の内部にて、その会話は行われていた。会話しているのは五十を過ぎた男性と髪が女性のように長い二十代前半と思われる男性。


「そうか、ついに本格的に動いたか」


「はい…情報によると」


「われらの周りを少し嗅ぎまわるだけならまだしも…そうなれば…」


「早急に対応が必要かと…」


「あぁ、奴は、吉川直承は危険だ。その弟子たちも。世代の者があれほど集まると危険すぎる…お前に命じる。吉川直承の弟子を抹殺しろ」


「はい…」


「それはそうとして奴とは別に、嗅ぎまわっている者がいるようだが…」


「その者もすぐに対処します…そのことは私たちに任せて、計画の準備を」


「あぁ」


 会話はそこで終了した。










 優矢と結衣が道場に戻り、練習を始めてから数日が経過した。



 2016年6月24日。優矢は学校に行くための道を歩いていた。その日は、朝から何か変な感じがする。違和感があった。


 そのことを考えながら歩いていると途中で結衣と会い、一緒に登校することになった。その道中、


「ねぇ、優矢。何か変な感じがしない?」


「結衣もか?」


「やっぱり。なんか、こう、いつもと違う感じ」


 結衣も感じている違和感。具体的に何か、とは言えないが。確かな違和感があった。


「師匠も言ってたけど、裏武術界に異変が起きているから注意しとかないとな」


「うん」


 優矢と結衣は登下校時、十分以上に注意しようと思うのだった。









 時刻は現在、十一時三十分。夜月中の周りに四人の人影があった。全員がフードを被っているため顔は分からない。かろうじて分かるのは、体つきで四人のうち男が二人、女が二人ということだけだ。


 そのうちの一人、一番背の高い男が言葉を発する。


「作戦は分かったな、お前たち」


「なぁ、そんなことしなくても全員ぶっ殺せばいいだろ!」


「そうだよ!殺しちゃえばいいじゃん」


「……」


 男一人と女一人が背の高い男に意見する。もう一人の女は一切言葉を発しない。


「さっきも言ったが騒ぎにするわけにはいかない。それにあの〈王〉と〈姫〉が相手だ。念には念を入れておいた方がいい」


「だけどね。いくら人質を取ったって……」


「大丈夫だ。あいつらは仲間を大切にする。だからこそ人質は有効だ……まず、我々が狙うのは、吉野輝……」







 四時間目の授業が終了し、次は給食だ。輝は廊下を急いで歩いていた。


(いけない。片付けをしていて遅れちゃった)


 その時、ふと外を見た。玄関があったからなのか違和感があったのか、とにかく何となくだった。


 そこには一人の人物が立っていた。



 ――だれ?



 輝はその人物に気をとられ、近づいてくる人物に気がつけなかった。


(っ!!だれかいる!)


 そう感じ振り返るが対処するには遅く、


(え?)


 ドスッ


 という鈍い音と共に輝のお腹に突き技が炸裂し、輝が気絶する。



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