第一章 四話 武術の三大奥義
とある公園にて優矢と彩芽の戦いが繰り広げられていた。
「くっっ!」
吹っ飛んだ衝撃でダメージを受けた優矢だったがなんとか立ちあがる。
(今の、まさか!?)
さっきの彩芽の攻撃は今までの攻撃では一番速く、重い攻撃だった。その攻撃を受けた優矢は彩芽が使った技の正体を知っていた。
「今の、龍彗湖底か……おそらく第二段階……」
「さすが、優矢。一撃食らっただけで分かるんだ」
「彩芽ちゃん、龍彗湖底を使えたの!?」
――武術の三大奥義。それは空手や柔道、剣道など武術の種類や流派などには関係なく、全ての武術界に伝わる三つの奥義のこと。
その奥義の一つが【龍彗湖底】
龍彗湖底は全四段階からなる技で、段階を上げていくごとに強くなっていく技。彩芽はその龍彗湖底の第二段階を発動している。
「うん、師匠に教えてもらったの。まぁ、私は第二段階までしか発動できないけどね…だから優矢、本気出さないとやばいよ」
そう言い彩芽が優矢に迫る。鋭い突き技。その後、足の長さを利用した蹴り。優矢は自分の間合い外からの攻撃なためカウンターを入れれず防ぐしかない。
(くっ、このままじゃやばいな)
優矢は彩芽の攻撃を最小限の動きで防ぎ中段突きを繰り出す。
だが、決まったのは左足による中段蹴り。その後、右手による上段突きを繰り出すが、決まったのは右足による中段蹴り。
相手に間違った攻撃の流れを見せる技。
―【変幻自在の形】
「変幻自在の形か~、やっぱりすごいな……でも、私も負けないよ」
優矢が変幻自在の形で攻撃を繰り出そうとするが、彩芽がそれより先に龍彗湖底により技を繰り出す。
「くっ!」
優矢と彩芽の戦いは互角。優矢が変幻自在の形で攻撃を繰り出す前に、彩芽が龍彗湖底による圧倒的な速さで先に攻撃を繰り出し優矢に攻撃をさせなくしている。
「す、すごい」
その戦いを見ていた結衣がそう呟く。戦いもそうだが彩芽の強さに結衣は驚きを隠しきれない。結衣の知る彩芽はそこまで強くはなく、ここまで優矢と互角の勝負をするとは思わなかったのだ。
その時、
「結衣ちゃんも、見てるだけじゃつまんないでしょう。一緒に戦おうよ!」
「え!?」
そう笑顔でいい、見ていた結衣に向かって攻撃を仕掛けてきた。
「ちょっとまって!?」
結衣が声を上げるが彩芽は聞かず、攻撃を続ける。中段回し蹴り、上段突き、裏回し蹴り。それを結衣はギリギリで躱す。
「さすが、結衣ちゃん。姫君は伊達じゃないね」
「彩芽どういうことだよ!俺と勝負してたんじゃないのかよ」
優矢が結衣と合流し、彩芽に向かってそう叫ぶ。先ほどまでは優矢と一対一の戦いをしていたのに、急に結衣に攻撃を仕掛けた。その意味不明な行動にさすがに優矢も混乱してきた。
「うん、優矢と勝負してたけど結衣ちゃんとも勝負したいからね。二対一で勝負しようよ」
「……本気で言ってるのか」
「うん、本気」
「ちょっと彩芽ちゃん!?いくら龍彗湖底を使ってるからって私たち二人を同時に相手って」
彩芽が突如提案した二対一。それは優矢と結衣、二人に対する侮辱だ。だが、彩芽がそんな性格ではないと知っている結衣は彩芽の意図が理解できなかった。
「いくよ!!」
二人が混乱しているのにかかわらず、彩芽が攻撃を仕掛ける。優矢と結衣はそれに応戦する。優矢は彩芽の突き技を予測しギリギリで躱し、変幻自在の形によるカウンターを入れようとする。結衣は優矢への突きの後に繰り出した蹴り技を躱し、優矢の攻撃に合わせて蹴り技を彩芽へと繰り出す。
「くっ!」
結衣の攻撃は対処できたが優矢の攻撃には対処しきれず、カウンターの突き技を食らう。だが、突きを放った優矢の腕をつかみ少し手前に引く。そして、優矢の膝裏に蹴りを入れ、優矢をこかす。「関節蹴り」と呼ばれる技。
しかし、優矢に追撃を入れる前に結衣の突き技が繰り出される。それをギリギリで受け、後ろに下がる。
―互角。優矢と結衣を相手に互角の戦いを繰り広げている。さすが武術の三大奥義の一つである龍彗湖底の第二段階を使っているだけはある。
「優矢……」
「ああ、分かってる。このままだと負ける。だから……本気でいこう!」
「うん!」
互角という事実に優矢と結衣の目つきが変わる。もう、優矢と結衣には困惑した様子はうかがえない。その目は強者を相手に、本気で戦う武術家の目。
そして……
『龍彗湖底…発動!!』
二人で同時に叫ぶ。別に発動は声に出す必要はないが、気合を入れるためにあえて声を出したのだ。
――第一段階・力の解放
――第二段階・速さの解放
そして、
――第三段階・集中力の解放
優矢と結衣は彩芽が発動できない第三段階まで発動できる。そのため、二人の力は彩芽を上回ったはずだ。
そこから始まったのは奥義を発動した者同士のとてつもない攻防。
優矢が変幻自在の形で攻撃。龍彗湖底も合わさり、とんでもないスピードと威力になっている。彩芽はそれを防ぐことが出来ず攻撃を食らってしまう。
攻撃を食らった直後、彩芽はすぐに体勢を立て直すが結衣の攻撃が迫ってくる。結衣の攻撃を右側に躱し、自身の左足を結衣の足にかけ左手で後頭部に手刀を入れる。
結衣は手刀を左手で防ぐが体勢を崩してしまう。だが、そこから結衣は後ろ回し蹴りを繰り出し、彩芽に直撃させた。
結衣はバランス感覚に長けており、普通ならば無理な体勢でも攻撃を繰り出すことが出来る。その驚異的なバランスで彩芽に蹴りを入れたのだ。
(くっ、やっぱり優矢と結衣ちゃんを同時に相手するのはきつすぎる……でも)
優矢と結衣が本気を出したことにより形勢逆転させらた彩芽だが、その顔は笑っていた。
戦いが開始されて10分後、決着がついた。勝ったのは優矢と結衣。彩芽は疲れて地面に寝転んでいる。
「はぁ、はぁ、はぁ……やっぱり、優矢と、結衣ちゃんは、すごいね」
「はぁ、はぁ……彩芽こそ」
「うん、彩芽ちゃん、すごく、強かった……」
彩芽が息を切らしながら言う。対する優矢と結衣も息を切らし、手を膝の上に置いている。
「で、彩芽。約束通り、勝ったんだから教えろよ」
「うん?」
「最初に約束したろ、勝ったら教えるって」
「ああ、そうだったね……その前に、ごめんね」
彩芽が立ち上がり優矢たちに向かって頭を下げた。それに結衣が困惑気味に答える。
「え?なにが?」
「二対一で勝負しようって言ったこと。どうしても二人と戦いたかったから」
「それも踏まえて説明しろよな」
「うん、分かった……まず、優矢と結衣ちゃんが空手をやめた原因、というか理由は知ってるよ。裏武術界に入ったとき師匠から聞いた。そして師匠が言ってた、あれには裏があるって」
「裏だって、どういうことだよ!」
「えぇ!裏って何!」
優矢と結衣が同時に叫ぶ。それだけ衝撃的なことだったからだ。
「うん、師匠はあの時のあの場の雰囲気は明らかにおかしかったって言ってた。そして、いろいろ調べていくうちに分かったことがあるの。それは、あの新人戦自体が仕組まれたことだったって」
彩芽の言葉に優矢も結衣も言葉が出てこない。ただ混乱している。
「優矢の戦いも仕組まれたことだって言ってた。不自然な点が多すぎる」
「仕組まれた……不自然……いったい何が仕組まれたんだよ!何が不自然なんだよ!」
「それはまだ分かってないの。今分かってるのはあの新人戦は明らかにおかしいということ……そして裏武術界で異変が起きているということ……ここ最近、裏武術界の武術家がいなくなっているらしいの」
「武術家がいなくなってる?」
裏武術界に異変が起きているということは火大将の襲撃で優矢も結衣も気が付いていたが、まさか武術家がいなくなっているなんて思いもしなかった。
「そう。そして武術家がいなくなっている原因も分かってない。多分だけど、これから大変なことが起こると思うの……」
彩芽は深刻な顔でそう言った。だが、
「優矢たちが武術をやめた理由。その真相を知るためにも、そして武術界の異変を知るためにも武術の世界に戻ってこない?」
今度は真剣な顔で、その表情に冗談はなくそう言った。
武術の世界に戻る。それは優矢と結衣には辛いことだった。なにせ過去、武術で大切なものを失ったのだ。だが、彩芽はそれには裏があると言った。
そう、自分たちが絶望の淵に落とされた出来事に裏があると。
「……まだ、話してないことがあるだろ。なんで組手をしたんだ?」
「だって楽しいから」
「え?どういうこと?」
「組手をしてる時、優矢と結衣ちゃん、楽しそうにしてたでしょう」
「っ!!」
それは優矢と結衣は意識していないことだった。だが、確かに組手をしているときは楽しかった。火大将と戦っている時も、彩芽と戦っている時も。そう優矢と結衣は思ったのだ。
「二人にどんなことがあったのかは知ってる。でも、私たちはどんなことがあっても武術家なんだよ。だから……」
彩芽は覚悟を決めた顔で、
「私も戦うから……一緒に戦おうよ!」
(私たちにとってはもう思い出したくない出来事。でも、それには裏がある。あんなことになってしまった原因がある。私たちの絆をズタズタにしたあの出来事に)
結衣は大切な、一番の親友だった少女の顔を浮かべ、その少女の隣に立つ少年の顔を浮かべ、
(私を助けてくれた、支えてくれた優矢のために、そして……)
結衣は優矢のために、親友のために、あの出来事の真相を知ると。知らなきゃいけないと。
「私は武術の世界に戻る。あの出来事の真相を知りたいから」
覚悟を決め、結衣はそう言った。
「うん、一緒に戦っていこう!……優矢は?」
「……俺は……」
優矢にとってもあの出来事に裏があるというならばその真相を知りたい。知らなきゃいけない。それが自分の責任だと思うから。
それに、彩芽はそのことを伝えるためにわざわざ学校に来たのだ。モデルということを強引に使ってまで。でなければ、優矢たちのいるクラスに社会科見学生として来ることなど出来ない。偶然でそんなことはあり得ない。
それに、師匠はずっと知らべてくれていたのだ。あの出来事に裏があるということを。
そんな、仲間の想いに、師の想いに応えるために。そして、結衣と一番の親友のために。
「俺も武術の世界に戻る。そして真相を突き止めてやる!」
気合を込めて優矢はそう言った。
「決定だね!いつから道場にくる?」
「明日からにするよ。結衣もそれでいいだろ。いろいろ準備もあるし」
「うん、そうだね。師匠に明日から道場に行くって彩芽ちゃんから伝えておいて」
「りょうかい!…じゃあ、明日楽しみにしてるよ~」
そう言って彩芽は自分の家の方に歩いて行った。明日が待ち遠しい。そんな顔で。
優矢と結衣も覚悟を決めた顔で彩芽を見送った。
公園の入り口に一人の人物が身を潜めてその光景を見ていた。その者は恰好からして女の子だろうか。
だが、二人のことを見ていたその人物に優矢も結衣も気がつけなかった。
もし、気が付いていれば。いや、もっと早くに気付いていればもしかしたら、何か変わっていたのかもしれない……
――ある建物の内部にて
「そうか、世代の者が……」
その声は低く、ゾッとするような声だった。いい声、という意味ではない。殺気のこもった声だからだ。
「吉川直承……奴は危険だ。そして、その弟子たちもな……」
その人物はそう言い、奥に消えていった。




