第一章 三話 突然の来訪者
2016年6月20日。火大将の襲撃事件から約一週間が経過した月曜日。
ここは夜月第一中学校の二年二組の教室。現在の時間は8時10分。もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だ。
火大の襲撃は裏武術界に関わることであったため政府により事実が伏せられ、なかったことになった。
優矢が席に着くと友達の啓太が声をかけてくる。
「おはよう!優矢!」
「あぁ、おはよう」
いつものように挨拶をする啓太と優矢。そういつものように。あれからクラスメイト達はいつものように優矢と結衣に接してくれている。
あんなことがあったのに。
優矢がふと結衣を見ると結衣の方も友達と話をしていた。結衣と話しているのは友達の真由と夢と桜。
優矢の席からは結衣たちの会話は聞こえてこないが、楽しそうに話をしているのは分かる。
また、これからいつも通りの生活が始まる。そう思っていたのだが……
それは朝のホームルームの途中、先生が今日の日程を確認した直後だった。
「えぇ、今日は突然ではあるが、社会科見学生が来ているので紹介したいと思う……では、入ってきてください」
先生がそう言うと教室の前のドアが開いた。入ってきたのは女の子だ。年は優矢たちよりは少し上だと思われる。セーラー服を着ているため15か16歳くらいの高校生だろう。背は高く、体系はスラっとしていて、胸も年相応に膨らんでいる。髪は背中ほどまであるサラサラの黒髪で顔は整っておりかわいらしいと思わせる、正にモデルをしていそうな美少女だ。
その女の子が先生の横まで来て、自己紹介をする。
「夜月第一中学校二年二組の皆さん、初めまして。私は、深見彩芽といいます。今日だけではありますが、この学校で社会科見学をすることになったので、どうかよろしくお願いします!」
その少女、深見彩芽はそう言い、丁寧な仕草でお辞儀をする。
しばらくの間、彩芽のかわいらしさと仕草に固まっていたが徐々に生徒たちがざわつき始める。主に女子生徒たちが。
「え?今、深見彩芽って言った?」
「うん、確かにそう言った」
「深見彩芽ってあのモデルの?」
そう、彩芽は女の子が読む有名なファッション雑誌のモデルをしている。中学生になり、そういった雑誌を読んでいる女子たちから「まさか」といった声が上がる。その声を聴き、男子生徒たちが、
「え!?モデル!?マジで!!」
「マジか!!」
と言う興奮した声を出した。そういう雑誌を読んでいなくても「モデル」ということだけで興味を示したのだ。さすがは男子中学生。
そんな中、一人の女子生徒が彩芽に対し、質問を投げかける。
「あの、深見さんって、もしかして、モデルの深見彩芽さんですか?」
その質問に彩芽は、
「あ!雑誌読んでくれてるんだ。ありがと~!」
そう言った。
その瞬間、クラスが爆発した。
「きゃあああぁぁ―――うそ―――」という女子生徒の嬉しそうな悲鳴。
「マジで!!!」という男子生徒たちの興奮したような声。
しかしクラス中が騒いでいる中、一部の者がクラスの生徒たちとは違う反応をしていた。
「まじか~」
「え、えぇぇ~」
優矢と結衣は困惑したような表情をしていた。
「では、これで授業を終了する」
突然現れた彩芽に興奮しつつも、普段通りに授業が進んでいった。そして、一時間目の授業が終了した。これから、休み時間に入る。
休み時間に入ると、クラスのほとんどの生徒が後ろにいる彩芽に目を向ける。女子生徒たちは有名なモデルである彩芽と話をしたいと、男子生徒たちはモデルとお近づきになりたいという目で。だが、声をかける生徒はいなかった。皆緊張しているのだろう。
そんな中、彩芽は注目されているにも関わらずにとある男子生徒に近づいて行った。
そして、優矢の席の近くまで来ると、
「久しぶりだね!優矢!」
と笑顔で言い放った。
次の瞬間、また、クラスが爆発した。
『ええええぇぇぇぇぇ―――!?』
そうこの美少女、深見彩芽は優矢が空手を習っていたころに仲良くなった同じ道場の友達だ。年は二つ離れているが、優矢が空手をやめるまではよく話をしていた仲なのだ。
しかし、クラスメイト達はそんなことは知らない。
その声に優矢は内心、めんどくさいことになりそうと思いつつ彩芽に質問をぶつける。
「なんで彩芽がここにいるんだ?」
「え?聞いてなかった?社会科見学だよ~」
「いや、そういうことじゃなくて。なんでこの学校に来たのかって聞いてるんだけど」
「それはもちろん、優矢に会うためだよ!」
と、笑顔でそう言った。
―――わざとだ
と優矢は思った。わざとそんな意味深なことを言って楽しんでいるなと思ったが、他の生徒たちはそう思わなかった。当然だろう。
そしてそんなことを言ったら、当然こうなる。
「おい!!優矢!!どういうことだよ!!」
啓太が優矢に近づいてきて叫んだ。予想通りの反応に優矢はめんどくさそうに、
「なんだよ、どういうことって」
「どういうことはどういうことだよ!!おまえ、葵さんだけでは物足りないってか!!!」
「おまえな~」
啓太のその叫びに優矢は呆れたように返す。そして、この状況を作り出した犯人である彩芽といえば、
「あ、結衣ちゃんも久しぶり~」
「う、うん、久しぶり」
結衣に声をかけ、話をしている。
最初に結衣に声をかければこんなことにはならなかったのに、と思いながら優矢は啓太や他の友達からの追及に答えていった。
一方女子たちは彩芽と楽しく話をしている、というわけではなく、
「お~い、ゆめ~」
先ほどの優矢と彩芽のやり取りから完全に思考停止している夢に向かって真由が声をかけた。
「ま、真由ちゃん。ねぇ、どういうことなの!?」
「さ、さぁ」
「すごく仲良さそうに話してたよね!?しかもお互いに名前で呼んでたよね!?」
「ちょっと、落ち着いて。結衣ちゃんも知り合いそうだし、それに空野君は結衣ちゃんのことも名前で呼んでるでしょう」
夢の暴走に真由が困惑気味に答える。無理もない、なにしろ夢は優矢に好意を抱いているのだから。そんな優矢にモデルの知り合いがいたと分かればこうなるだろう。
真由がチラッと他の女子生徒の方を見ると皆も優矢と彩芽のことで話をしている。
具体的には「え?そういう関係なの?」とか「結衣ちゃんがいるのに」とか主に恋愛的な話だ。さすがは女子中学生。
その中、彩芽は結衣と話をしていた。
「彩芽ちゃん、どうしてこの学校に?」
「うん?さっき言った通り会いに来たんだよ!正確には優矢と結衣ちゃんに」
「私たちに?」
「そう!」
彩芽は笑顔でそう言った。
昼休みになっても優矢は彩芽との関係について追及を受けていた。
「ほんとに彼女とかじゃないんだろうな!!」
「あぁ、ほんとだって」
「じゃぁ、どういう関係なんだよ!」
「だからさっきから言ってるだろ、ただの友達だよ」
「どうやってモデルの子と友達になったんだよ!!」
さっきからこんな話ばっかりで正直うんざりしていた優矢。彩芽とどうやって知り合ったのか、それは皆が気になっていることだが優矢はそのことを言うのは嫌だったので適当にごまかそうとするが、
「ねぇ、空野君、ちょっといい?」
そこに女子生徒たちがやってきた。優矢たちの会話を聞き混ざりにきたのだ。そしてその中の一人が優矢に質問を投げかける。
「ねぇ、空野君と深見さんってどうやって知り合ったの?」
またこの質問か~、と思ったが、もう話したほうが早いと思った優矢は彩芽とのことについて話すことにした。
「彩芽とは空手をしてた頃に友達になったんだよ。同じ道場の友達だ」
「あぁ、そうなんだ」
「ってことは深見さんも空手をするの?」
「あぁ、そうだよ」
「へ~、意外だね~」
優矢が話すと途端に会話が減った。そのことについて話したくないという雰囲気で優矢が言ったからだ。だからこれ以上、この場にいた者で聞く者はいなかった。
そんなこんなで時間が進み、現在は放課後。
優矢は家への帰り道を一人で歩いている、というわけではなくその横には結衣と彩芽がいる。
なぜこうなったかというと、放課後になり優矢が帰ろうかとしたとき、彩芽に呼び止められたからだ。そして、3人で帰ろうと言われたのだ。
そういうわけでこうなっている。
学校を出てしばらくした頃、優矢は彩芽に今まで気になっていたことを口にする。
「で、なんの用なんだよ彩芽」
「え?」
「俺たちに用があるんだろ」
優矢は彩芽が面白半分でもほんとに社会科見学をしに来たのでもないと思っている。自分たちに用がある。そして学校では用を言わなかったことから、皆がいる前だと言えないことだと予測した。
「さすが、優矢だね」
「いいから、早く言えよ」
優矢からせかされた彩芽は笑みを浮かべて、
「私と組手しようよ」
そう言った。
余談ではあるが空手には形と組手という二つの競技がある。
形(型とも表す)競技は様々な技を決まった順序で行っていき、その形の完成度や美しさを競う競技である。
代表的な形として平安形、バッサイ大、観空大などがある。
組手競技は一対一で相手と戦い、突き、蹴りを相手に決めることにより勝敗を決定する競技である。
彩芽は組手、つまり優矢に戦おうと言っているのだ。
「なんで彩芽と組手をしないといけないんだ?」
「やっぱり空手家同士が会うと組手でしょ?」
「ふざけるな、そんな理由で学校に来るわけないだろ」
「う~ん、そうだな~」
そう言いつつ彩芽は不敵な笑みを浮かべ、
「優矢たちが空手をやめた事件の真相、かな?」
「っ!!」
その言葉に優矢と結衣が驚愕する。そのことは彩芽は知らないはずだ。
「彩芽ちゃん!?」
「どういうことだ!なんで彩芽が知ってるんだ!真相ってなんだよ!!」
「まぁ、落ち着いてって……私と組手をして勝ったら、そのことを教えてあげるよ」
「…後悔するぞ」
「大丈夫、後悔はしないから」
組手をするため近くの公園に移動する。公園といっても小規模な公園で、この辺りでは人気がないため優矢たち以外に人はいない。
「さて、さっそく始めようか」
「彩芽に勝ったら、さっき言ってたことを教えてくれるんだろうな」
「うん、勝てたらね」
その言葉に優矢が顔をしかめる。彩芽のことを舐めているわけではないが過去、優矢は彩芽と組手をし、その全てに勝っている。つまり、彩芽は今まで一度も優矢に勝てたことがない。だが、この余裕は何なのか。
二人が一定の距離をとり、お互いに構える。
そして、
「始め!」
結衣の合図で優矢と彩芽の組手が始まった。
優矢の構えは左手が顔の前の位置に、右手がお腹の位置にきて左足が前の構え。空手の構えである「左構え」
対する彩芽も左構え。
ステップを踏み、攻撃の隙をうかがう。
先に、攻撃を仕掛けたのは彩芽。鋭く速い左手による上段突き。それを優矢は左手で受け流し、左側に回避。回避した直後、優矢は右足での回し蹴りを繰り出そうとする。が、それはフェイント。そのまま踏み込んで左手による上段突き。だが、彩芽はそれを右手で受け流し、優矢と距離をとる。そして、また構えてステップを踏み、様子をうかがう。
空手の組手というのは、こういう戦いなのだ。
お互いが構えた状態から技を繰り出し、相手に当てる。各技ごとにポイントが振り分けられてて、有効(1ポイント)、技あり(2ポイント)、一本(3ポイント)となっており、先に指定ポイントを先取、またはポイント差により勝敗が決定する。危険な技を使用禁止としており、基本的には突きか蹴り技で戦う。それが、空手の組手である。
今度は優矢から攻撃を繰り出す。右手による中段突き。だが、彩芽はそれを躱す。
(くっ、やっぱりやりずらいな)
優矢と彩芽では得意としている間合いが違う。間合いとは自身が攻撃、防御が出来る相手との距離のことで身長や手足の長さが影響してくる。
優矢と彩芽とでは身長の差があるため、彩芽の方が間合いが広い。しかも、彩芽が適切な距離をとっている。自身がギリギリ攻撃でき、優矢が攻撃しにくい距離をとっている。そのため、優矢は攻めあぐねているのだ。
だが、決して勝てないわけではない。そう思ったとき彩芽が攻撃を仕掛けてきた。
「はあぁぁ!」
彩芽が足のリーチを利用し、蹴りを繰り出す。彩芽は手足の長さを利用した蹴り技や突き技を得意としている。優矢はそれを防ぐが、彩芽がすぐに踏み込んできて突き技を出す。
「なっ!?速い!」
「え?速い!」
彩芽の素早い攻撃に優矢と結衣が同時に驚愕する。二人の記憶ではここまで速い攻撃は彩芽は出来なかったはずだ。
「そろそろ本気出さないと、やばいよ」
彩芽はその言葉と共にさらに速さを上げる。優矢は攻撃できず、防御に集中しなければ防げないほどに。
(彩芽のやつ、ここまで強く……)
この強さはもはや普通の武術家ではない。裏武術界にいる武術家並みの強さ。
すでにこの戦いは、普通の空手の組手ではなくなってきている。先週の火大将との戦いのように、普通とはかけ離れた戦い。
「彩芽、お前まさか」
「そう、優矢の想像通り。裏武術界に入ったんだよ……まだ星4、だけどね」
――【星の称号】それは武術界に存在する強さを表す称号である。星0から星6まで存在し、星4からが裏武術界の称号。
――星0(星なし)
新人。実力が星1に満たない者たち。
――星1(星1保持者)
各地の大会で優勝した者に与えられる。多くの武術家は星0か星1に該当する。
――星2(星2保持者)
各地の大会で複数回優勝し、実力を認められた者に与えられる称号。
――星3(星3保持者)
全国大会を優勝し日本一になり、各連盟からその実力を認められた者に与えられる称号。
表武術界での最高星で、表武術界では星3までしか公表されていない。
――星4(星4保持者)
星3保持者の中から裏武術界に入るための実力が認められた者に与えられる称号。裏武術界にいる武術家のほとんどがこれに該当する。
この称号を持っている者は裏武術界のトーナメントに出場できる。
――星5(星5保持者)
裏武術界のトーナメントに優勝した者に与えられる称号。
(その年に裏武術界に入ってきた新人の星4保持者だけで戦う「新人戦」に優勝した者にも星5の称号が与えられる)
――星6(星6保持者)
世界でも与えられている者は数え切れるくらいしかいない裏武術界の最高星。
このように各称号はその者の実力が認められなければもらえない。彩芽は星4。つまり、裏武術界に入るだけの実力があると認められたのだ。
「やっぱり…」
「そして、これも…」
そう彩芽が発した途端、優矢が彩芽の攻撃を食らい吹っ飛んだ。
「え!?うそ!?いまのって!?」
彩芽の攻撃を見ていた結衣は驚愕の声を上げた。
なんたって彩芽が使用したのは奥義と呼ばれる技だからだ。




