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星の聖杯  作者: ゆかた
第一章・始まりの章
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第一章 一話 始まりを告げる戦い

 2016年6月14日、梅雨に入り、雨が降ったり止んだりしているこの季節。前日は一日中雨が降り、その名残でまだ路面が濡れている。この日は朝から曇りだが今にも雨が降りそうな雲行きだった。外の空気は湿っていて、少し肌寒く感じる。

 そんな中、中学校に行くための道を女の子のようなかわいらしい顔立ちの少年、空野優矢は歩いていた。



 ここは私立の中学、夜月第一中学校。通称夜月中。生徒の人数は全校生徒合わせて約540人。一学年4クラスで1クラスあたり約45人だ。校舎は四階建てで一階は理科室や家庭科室などの特別教室がある階。二階が一年生の教室で、三階が二年生の教室、そして四階に三年生の教室がある。


 そしてここは三階、二年二組の教室。空野優矢は教室の一番奥の窓側の席にいた。時間は現在、10時25分。二時間目の授業が終了するまで残り5分だ。優矢は黒板を見るのではなく、窓の外を眺めていた。特に何かあるわけではない。ただ、今にも雨が降り出しそうな雲を見ていた。




 二時間目の授業が終了し、生徒たちは次の授業の準備に取り掛かる。二組の次の授業は、三時間と四時間目の2時間を使っての体育の授業。体操服に着替えるため生徒たちが更衣室に移動している中、優矢はまだ外を眺めていた。そんな優矢に一人の女子生徒が声をかける。


「どうしたの?そんなに外を眺めて」


 優矢がその声のする方向に顔を向ける。


「なんだ、結衣か…」


「授業中もずっと外を見ていたよね、何か気になるの?」


「いや、別に気になることはないけど……ただ、なんとなく」


 優矢と親しく話す少女の名は葵結衣(あおいゆい)。腰近くまである長い黒髪と前髪をかわいらしいヘアピンで止めているのが特徴で、優矢とは家が近く、両親が知り合い同士ということで小さい頃から一緒に遊んでいた、いわゆる幼馴染だ。

 二人が会話をしているとまた別の女子生徒が近づいてくる。だが、今度は優矢にではなく結衣に声をかけた。


「結衣ちゃん、そろそろ更衣室に移動して着替えないと、遅れちゃうよ」


 若干眠そうな声でそう発言した女子生徒の名は夕崎桜(ゆうざきさくら)。ピンク色の髪を左右で束ねた髪形でおっとりとした顔立ちをしている。結衣にとって小学校時代からのクラスメイトで親友である。


「うん、わかった。優矢も早くしないと遅れるよ」


「あぁ…」


 軽く返事をし、優矢は更衣室へと向かった。



 ―男子更衣室―


「なぁ、優矢、お前さっき葵さんと何話してたんだよ」


「いや、別に」


「別に、じゃねーよ!……いいな~あんなかわいい子が幼馴染なんて」


 更衣室で着替えている最中に声をかけてきたのは優矢のクラスメイトで名前は平井啓太(ひらいけいた)

 現在、体操服に着替えるため更衣室を使用しているのは一組と二組。その中でも啓太は親しくしている友人だ。


「いいな~って、お前な~」


「いいもんはいいだろ!あんなかわいい幼馴染がいるとか勝ち組だろ」


「勝ち組って、結衣とはそんなんじゃねーよ」


 そんな会話をしているともう一人、その会話に入ってきた。


「ほんとだよなー、このリア充!」


 会話に入ってきたのは西川智(にしかわさとし)。智も優矢のクラスメイトだ。


 そんな日常の何気ない会話。どこにでもあるような光景。だが、


(ほんとにそんなんじゃないんだよ……)


 優矢の表情は暗く沈んでいた。






 優矢たちが体育の授業をしている頃、夜月第一中学校の近くに一人の男が姿を現した。年齢は16か17歳といったところか。その男が夜月中を鋭い目つきで見ていた。


「ここか、あいつがいるところは」


 その声は殺気で満ちていた。






 夜月中の体育館にて二年一組と二組で体育の授業をしていた。内容はバスケットボール。体育館のコートを半分に分けて男女で別れてバスケをしていた。体育館の入り口近くのコートが女子で、奥側が男子だ。

 前半は軽いキャッチボールやシュート練習、後半はチームを作って試合をする。


 現在は男女ともに試合を行っている。



「優矢!パス!」


 その声で優矢は自分の持っているボールを前線にいる啓太に向かって投げる。


「よし!」


 優矢からボールを受け取った啓太は勢いよくゴールに向かっていく。啓太はバスケットボール部に所属しているため気合が入っているようだ。

 優矢は啓太にボールを渡した後は前線に行く、ことはなくそのままじっとしていた。


「うりゃあぁぁ!」


 元気のいい声と共に啓太がシュートを決める。周りから「ナイシュー」という声援が啓太に送られる。


「優矢ナイスパス!」


 啓太が優矢に駆け寄って声をかける。


「あぁ、啓太もナイスシュート」


「優矢も前線に行けばいいのに。気持ちいぜ!シュート決めるの!」


「いや、俺はいいよ」


 優矢が啓太の提案を断る。


「ふーん、そうか」


 そう言って啓太は優矢から離れていく。啓太は優矢がこういう性格だということを知っているため特に気にしていないようだ。


 その後も試合は続いていった。






 一方そのころ女子コートのほうでは…



「やっぱり空野君かっこいいな~」


 試合を観戦していた女子の中の一人で優矢と同じ二組の生徒の鮎森夢(あゆもりゆめ)がボソッと呟いた。


「ゆめ~、心の声がでてるよ~」


「はうぅっ//」


 思わず心の声が出ていた夢にツッコミを入れたのが同じクラスの橋本真由(はしもとまゆ)。夢の小学校時代からの親友だ。


「まったく、ゆめったら~。その癖、直したほうがいいよ」


「う、うん、そうだね//まゆちゃん//」


 自分の気持ちを親友に聞かれてしまった恥ずかしさからか下を向いて夢が答える。


「それにしても、ほんとにゆめって空野君のことが好きよね~。ねえ、空野君のどこがいいの」


「えぇ///それは……ちょっとクールなところとか///」


 恥ずかし気に夢が答える。


「クールか…あたしはちょっと地味だな~って思うけど、顔は可愛んだけどね」


 真由がコートの奥で試合をしている優矢を見てそう答える。


「そ、そうかな~私はいいと思うけど///」


 夢がいかにも恋する乙女という感じでそう言う。

 そんな夢を見て、


「あー、もう!ゆめ可愛すぎ!もう、空野君にコクったら」


「えぇぇ///む、むりだよ~///それに空野君には結衣ちゃんがいるし」


「別に空野君と結衣ちゃんは付き合ってないでしょ!」


「で、でも~///あの二人幼馴染だし、お似合いだし」


「幼馴染でもお似合いでも関係ないでしょう!そんなんだといつまでたってもゆめの想い届かないよ!」


「だって~~///」


 そんな親友同士の女子トークが繰り広げられている中、男子コートではもうすぐ決着がつく頃だった。授業の時間も残りわずか。この試合で授業も終わるだろう。そのあとは制服に着替え直して、給食を食べる。いつも通りの日常が続くと誰もが思った。



 しかし、そうはならなかった。



 一人の乱入者によって。



「おい!!王がそんな程度かよ!!本気出せよ!!」


 体育館の入り口からそんな叫びが聞こえてきた。その声にその場にいた全員が動きを止める。


 その声の人物は全員の視線を気にも留めず体育館に入ってくる。女子コートの半分くらい来たところでようやく状況を呑み込んだのか先生が止めに入る。


「おい!なんだ君は。悪いが授業中だから出て行ってもらおうか!」


 体育の先生が少し強めの口調でそう言うが、


「黙れよ、ザコが!」


 殺気に満ちた声でそう発すると同時に先生の顔面に向かって掌底を食らわす。


「ぐはぁぁ!」


 その声と共に先生が数メートル吹っ飛ぶ。


「きゃあぁぁぁぁー」


 女子生徒から発せられた悲鳴。


 普通の掌底ではありえない威力。素人でもただものではないと感じるだろう。普通の日常は一瞬にして崩壊した。


「さあ、邪魔者はいなくなったぜ!勝負といこうや!新人王、空野優矢!」


 その乱入者は優矢に向かってそう発言した。その発言に混乱していた生徒は一斉に優矢に視線を送る。


「……お前、裏の武術家か」


「あぁ、そうだ!俺の名前は火大将(ひだいしょう)!去年の裏武術界新人戦のベスト4に残った武術家だ!」


 乱入者はそう名乗った。右側の髪を赤色に染めた不良っぽい青年だ。しかし、優矢は彼のことよりも、現在起こっていることに疑問を抱いていた。



(どういうことだ。裏武術界のことは日本の政府により秘匿されている。武術家でも一部の者しか知らない。そんな裏武術界のことを暴露すれば、政府から重い罰が課せられる。そのことはあいつも知っているはずだ。それなのになぜ?)



 そう、裏武術界のことは日本の政府により厳重に秘匿されている。政府関係者でも内閣総理大臣を含む、一部の上層部しか知らない。裏武術界のことを公に公表すればその者には罰が下る。そのことは裏武術界に入った時に警告されている。この、火大将は裏武術界新人戦のベスト4に残った武術家だ。そんな武術家がなぜ、学校に乗り込むなどの行為におよんだのか。優矢には分からなかった。



「さぁ、勝負だ!裏武術界星5保持者、新人王、空野優矢!!」


 火大将が殺気を出し優矢に向かって発言する。だが、


「断る」


 優矢は火大将との勝負を断った。


「はぁ!ふざけるな!武術家が勝負を断るのかよ!」


「なんでお前と勝負をする必要があるんだ?それに俺はお前と勝負する理由がないし、もう武術家でもないしな」


「な、なんだと」


 優矢が火大将と勝負する理由がないのは事実だ。だが、その言葉は火大を怒らせるには十分だった。


「てめぇ!ふざけんじゃねーぞ!!…そうかよてめぇにその気がないんならその気にさせてやるよ!!」


 火大はそう言うと近くにいた女子生徒を捕まえた。


「きゃあぁぁー!」


「ゆめ!!」


 真由から悲鳴にも似た叫びが発せられる。夢が火大に囚われたのだ。


「さぁ、どうする新人王!てめぇが勝負しないんならこいつを殺すぞ!」


「ひぃ」


 殺気に満ちた言葉に夢が悲鳴にならない声を上げる。


「ちっ」


 優矢が顔をしかめる。火大の「殺す」という言葉は決して嘘でもハッタリでもない。裏武術界の武術家は人を殺せるのだ。


 そう、人を、この手で。


 そのことを優矢はよく知っている。だからこそここは勝負に応じるしかない。


「分かったよ。勝負してやる。だから、鮎森を放せ」


 その言葉に火大が嬉しそうに答える。


「やっとその気になったな!新人王!」


「空野君…きゃぁっ」


 火大は優矢の言葉を聞き夢を自身の後ろ側に放した。ドスッという音と共に夢が倒れる。そして、倒れた夢に向かって火大は殺気を出しながら脅す。


「いいか!ちっとでも動いてみろ!その瞬間殺してやるからな!」


 その言葉は女子中学生を怯えさせるには十分だった。


(こ、こわいよ~。空野君、たすけて)


 夢は怖すぎて声には出せず心でそう呟いた。


「さぁ、勝負だ!」


 そう発言した瞬間火大が動いた。右手を軽く握って胸への突き技を優矢に浴びせる。だが、優矢はぎりぎりで右方向へ回避。だが次の瞬間、すぐに右足の蹴り技が優矢を襲う。ドスッという鈍い音と共に優矢が少し後方へ下がる。

 そして、火大は優矢の手を掴もうとする。が、優矢が大きく後ろに下がったことでそれは空振りに終わる。


 そして対峙する二人。


「今の攻撃…日本拳法だな」


「ほう、さすが新人王だな。その通り、俺の武術は日本拳法だ」


 ―日本拳法

 突く、蹴る、打つなどの当て身技を使用する武術で、柔道や空手などを参考に戦後に確立された武術。空手よりも関節技や投げ技が多いのが特徴的。


「さぁ、いくぜ!!」


 そういうとまたしても火大は優矢に迫る。右手による中段(お腹)への攻撃、左足による上段(頭)への攻撃、体を利用した当て身技など多様な攻撃を仕掛けるが優矢はそれを全て躱す。


 突き技は右手を右側の耳のあたりから左方向に移動させることで突き技を回避する技「横打ち」で。蹴りは左手を右側の胸の位置から下方向にはらうことで回避する技「はらい受け」で、という具合に空手の技で躱していく。


「どうした!新人王!逃げるので精一杯か!!」


 火大が叫ぶ。だが、優矢はそんな言葉には乗らず冷静に攻撃を対処する。そして激しい攻撃の合間、優矢は結衣を見た。


 結衣の顔はいつもの優しさで満ちた、かわいらしい顔ではなく真剣な表情だった。そして、結衣は優矢に向かって頷く。


 それを見て優矢は後ろ側に火大の攻撃を回避していく。


「おらおら!どうした!!」


 その言葉と同時に火大の攻撃が激しくなる。そして、


「おらぁぁ!」


 火大の投げ技が優矢を襲う。体を入れ、顎に右手で掌底を入れる。左手は優矢の腰部分に回し、斜め手前に攻撃を加える。そうすることにより優矢の上半身の重心は後ろに、下半身の重心は前へとなる。それにより優矢はバランスを崩し倒れる。日本拳法の技だ。

 だが、火大はそれだけにとどまらず、さらに顎に加えた掌底で押し込むことで優矢を激しく床に叩きつけた。


「がはっ」


「どうだ!新人王!!これが俺の実力だ!!」


 床に叩きつけられダメージを負った優矢だったがその顔はニヤリと笑っていた。


「!?」


 その刹那、優矢と火大の戦いを傍観していたものの中から動きがあった。その者は火大の後ろ側にいる女の子に向かっていった。


「大丈夫?夢ちゃん」


「結衣ちゃん?」


 結衣が火大に囚われていた夢を助けに行ったのだ。


「くそっ!させるか!」


 火大がそのことに気付き結衣に襲い掛かる。火大の右手の突き技。


「きゃあぁぁー」


 夢が悲鳴を上げる。だが、


 ――パンッ


 その音と共に結衣が優矢と同じ技「横打ち」で火大の突き技を回避する。そして、


「はあぁ!」


 その気合と共に結衣の後ろ回し蹴り(回転しながらの蹴り)が火大に炸裂する。


「くっっ」


 結衣からの蹴りを浴び火大が後ろに下がる。


「夢ちゃん、大丈夫だよ」


 そう言って夢を安全な場所まで移動させる。


「どうした、お前の相手は俺だろ」


 そう言って優矢が火大に向かって突き技を放つ。右手を回転させながら突き、そして左手は腰の位置に持ってくる。突き手と引き手がある空手独特の突きであり、空手の基本の突き。一般的にも良く知られている技「正拳突き」


「ぐはっ」


 優矢の鋭い正拳突きが炸裂する。


「くそが!」


 火大は毒づいた。今のは完全にはめられたと理解したからだ。


(くそ!あいつがわざと攻撃を受け、後ろに下がったのはあの女から俺を引き離すためか。そして、投げ技を食らったのは俺の注意をひくため)


「ナイスだ、結衣」


 優矢は見事作戦を成功させた幼馴染に感謝を伝えた。

 だが、火大は優矢のその言葉に驚愕する。そして、結衣を見て、


「ゆい、だと。まさかお前、葵結衣か!裏武術界星4保持者、表空手界では敵なしの実力から〈空手の姫君〉の異名を持つ」


 その言葉を聞き結衣が顔をしかめる。


「ふははははぁぁぁ!人質は取られたがまぁいい。お前もこれで全力の勝負ができるだろ、新人王!!!」


「あぁ、そうだな、俺もお前にムカついているからな」


 優矢は火大が人質を取り、殺すと宣言したことについて怒っていた。それは優矢に過去の出来事を思い出させてしまったからだ。


「いいね~、さぁ、全力の勝負と行こうぜ!!!」


 火大が叫ぶ。


「いいぜ!新人王の力を魅せてやる!」


 優矢も力強く言う。

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