悪夢の城の狂気
「お前たち、この前閉園した『裏野ドリームランド』は知っているか?そこにはたくさんの噂がある。その中の一つ、ドリームキャッスルの拷問部屋について調べてきてほしいんだ」
僕の所属するリポート部の顧問、八代烈はいつも唐突に噂を持ってきては僕と幼馴染で同じ部の佐藤彩に話して調べに行かせる。まぁいつも確かな筋からの噂のおかげでこのリポート部は大御所部として活動しているのだが。
「拷問部屋?別に調べに行くのはいいですけど寄りにもよってなんでそんな危険そうな噂なんですか」
「何?隼人怖いの?」
隣にいた彩が彼女のチャームポイントと言えるポニーテールを揺らしながら子を覗き込みながら聞いてくる。その瞳は好奇心にあふれていて夕日を浴びていてまるで宝石のようだ。
「まさか九条、もう怖がっているのか?」
八代先生が笑いながら僕の肩をたたく。
「先生までやめてください。それに怖いわけじゃなくて危険っていうだけですよ。拷問室ってどう考えても行くべき場所ではないですよね」
拷問室があるとするならそこにいるのは霊とかではなくてモンスターや殺人鬼というのがセオリーだ。そんなやつのところに行くなんて自殺と同等だ。
「そういうと思って助人を呼んでおいた・・・入っていいぞ」
先生の合図とともに職員室のドアを開け彩の兄、佐藤一樹が入ってくる。
佐藤一樹はいつも冷静だ。身長も高くそれでいてイケメン、それに加えて成績も優秀。まさに完璧人間と呼ぶのにふさわしい。
「なんですか八代先生。先生からの連絡なんてろくなものがありませんでしたけどさすがに今回は危険すぎます」
一樹さんの言う通りだ。今回に限っては危険度がいつもと一桁違う。さすがの一樹さんがいても心もとない。
「安心してくれ、今回は私もあとから合流する予定だ」
一応、八代先生は大学時代に合気道で全国大会に出場したらしいがその力は殺人鬼が相手では役に立つのかがとても不安なのですけど・・・
「それにこれはあくまでもうわさに過ぎない。殺人鬼がいるとも限らない。それに学校としてもこの噂は早期解決しておきたい」
でも殺人鬼がいない保証はないんですよね・・・とは思ったが八代先生の真剣な眼差しを見た後に深々と頭を提げられてはそんな言葉も口にはできなかった。
「わかりました八代先生。僕と彩と一樹さんと先生でこの噂、解決しましょう」
「やっとやる気になってくれたか九条。それでこそ男だ。」
「俺と彩の意見は通りそうにないな」
「そうだね、お兄ちゃん」
佐藤兄弟はやる気がなく、それでもいてもいやではなさそうな顔をして顔を見合わせて笑うのだった。
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「おい、隼人。ドリームランドってこんなにもボロボロだったか?」
「こんなではなかったはずですが・・・」
僕と一樹さんは目の前にある看板、それにその奥に広がる『元』裏野ドリームパークに唖然とする。というか唖然とするしかない惨状だった。
「お兄ちゃん、隼人―はやくいこうよー」
彩は僕たちを置いて一人でドリームキャッスルの方へと走っていく。
「おい、止まれ彩」
一樹さんが彩についていき、僕はその後ろをついていく。
「そういえば隼人、このテーマパークってなんで閉園したんだ?」
一樹さんは先日までアメリカに留学していたのでここが閉まったことを知らなかったらしい。
「なんでも今回みたいな噂が立ったからとか、ただ単に赤字が続いたからとかいろいろな説があるんですけど正直言ってどれも信憑性が薄いというか・・・」
「結局は誰も知らないということだな」
「はい」
多くのアトラクションがあったはずの空き地と閉園前の三分の一程しかないアトラクションの間を抜けてテーマパークの中心部分にそびえたつ城、『ドリームキャッスル』。そこは閉園前と変わらない偉大さがあった。なんせ外国から一流建築者たちを呼び寄せ長持ちするように作っただけはり、手入れも入っていないはずなのに外壁は不気味なまでにきれいなままだ。
「八代先生は管理者の許可は得ているって言ってたけど・・・」
扉の横のスイッチを押すと安易に扉は開いていく。
「なんか・・・不気味なんだけど」
「だな」
いつもはテンションの高い彩が珍しく冷静に声を発する。その声にはどこにも感情がこもっていないような冷たい声だった。
「なんかここ寒すぎないか?」
たしかに昼間とは思えないほどの寒気を感じる。それに肝試しにでも使われているのか壁のところどころにペンキか何かで赤く「デッド・オア・アライブ」、「チョイス・トゥ・ダイ」などという言葉が書かれている。
「じゃあ地下室へ続く道を探すか」
客室、トイレ、食堂それにスタッフルームまで念入りに探したのだが一向に地下へと続く通路は見当たらない。しかしその代わりに、どこに行っても赤い文字が書いてあった。
「もう日が暮れ始めてるしさすがに帰らないとまずいだろ。この噂は嘘だって八代に伝えるしかないな・・・」
仕方なく俺たちは来た通路を引き返して入口へと戻ってくる。そして扉の横にあるボタンを押す・・・しかし扉は一向に開かない。
「ちょっと変わってみろ・・・だめだ、開かない」
「じゃあコントロールルームに行って開けるしかないですね。・・・それと彩、遅いですね」
扉は何か不調で開かないのだろう。それより心配なのは彩の方だ。彩はさっきトイレに行くといってスタッフルームの方に行ったのだがまだ帰ってこない。
「彩―まだかー」
一樹さんの声がスタッフルームにこだまする。しかし彩からの返事はなく帰ってきたの不気味なまでの静寂だった。
「返事、ないですね」
「ちょっと探してくる。隼人は彩が返ってきたときのためにここにいてくれ」
そういって一樹さんは暗闇に消えていった。
「さすがに少し怖いな・・・」
一人になると静寂がこれまで以上に不気味に感じる。今まで感じたことのないような静寂。それは自分の心音さえも反響させてしまいそうだ。
「これってどこにでもあるよな」
僕は壁に描かれたもじに視線をやる。その文字は赤・・・というより深紅のペンキのようなもので書かれている。それもところどころかすれながら。
「一応写真撮っとくか」
カメラのシャッターを切るとまぶしいほどのフラッシュがたかれる。その光が日の落ちた今では唯一安心感を与えてくれえる。
「おい、隼人!」
「どうしたんですか一樹さん」
一樹さんが息を切らせながら走ってくる。その顔はいつにもまして真剣でそれでいてその中に少しの不安と恐怖をはらんでいるようだった。
「彩が・・・いない」
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彩を探し始めて二時間くらいが過ぎた。いまだに彩は見つからない。
「あ!」
「どうしたんだ隼人」
一通りの場所を見て回り、再び僕らはスタッフルームの前へと戻ってきた。そこで僕は気づいたのだ。こ
こから奥のトイレに行くにはこの通路を通る以外の道はないということに
「だからどうした?トイレは探してもいなかったぞ。まさか幽霊とかの仕業とか言わないよな?」
一樹さんは彩がいなくなって冷静さを失っている。別に僕も冷静ではないのがここは冷静になろうと努力
するしかない。
「幽霊なんて言いません。ここから先のどこかに地下への入り口があるんじゃないかと思っただけです」
僕たちはスタッフルームの床から天井までのいたるところを調べた。
「おい、隼人。見つけたぞ。扉。」
一樹さんの方に行ってみると本棚の裏に人ひとりがやっと入るくらいの扉があった。しかも扉を開けると
地下につながる階段がある。
「覚悟は出来てるな?」
僕は一樹さんに向かって無言で首を縦に振る。ここに来る前から腹はくくっているつもりだったが、それ
でも足が震える。そんな膝をたたき力を入れる。
何段降りたのかわからなくなるくらいの階段を下りた。そして一つ気づいたことがある。階段を下りてい
くにつれて冷気と何かの腐ったような異臭が漂ってくるのだ。こんな時のために持ってきたが手が震えて使
えそうにないナイフを握りしめた。
階段を降り切り最後の一歩を踏み出すとそこはまるで別の世界だった。多くの麻袋が天井からぶら下がり
まるでホラーゲームの世界だ。しかしゲームでは味わえない嗅覚と触覚。鼻が曲がりそうな異臭、それに加
えて肌に感じる不快な空気。気を緩めると嘔吐してしまいそうだ。それは一樹さんも例外ではないようだ。
「・・・っう」
僕は何かにつまずき下を向くとそこには人が倒れていた・・・。正確にはこの前まで生きていたであろう
人が。
倒れていた人は二十歳くらいの女性だ。しかしその眼には昨日の彩のような輝きはなく、どこか遠くを見
据えているようでしかしその目は生気がない。
「隼人、これを見ろ」
一樹さんの声で僕は女性から目を離す。
一樹さんはどこから紙を持っており、そしてそこには赤い字で・・・
『道は君たちのそばにある』と書かれていた。
「この紙が置いてあった横にはかぎの掛かった扉があった。たぶんこの分を読む限りではそのかぎが近く
にあるだろうな・・・」
しかしこの部屋にはたくさんの麻袋以外には何もない・・・。
僕はあることに気づき先ほどの女性の元に進む。女性のおなかには何かで切られた後に再び閉じられたで
あろうあとが残っていた。もし紙に書いてあったことが本当ならたぶんこの傷口の中にはかぎが埋め込まれ
ている可能性が高い。
意を決してナイフを女性の傷口に当てる。女性の肌にナイフを当てると肌はあっさりと切り裂かれ
る・・・まるで食肉を切り裂くかのようにナイフは肌を切っていく。腐敗を遅らせるためかは知らないが女
性には内臓がなかった。
「ありました、一樹さん」
僕は女性の体の中の空洞に入っていたかぎを取り出し一樹さんに見せる。そのかぎは赤くなっているが赤
くなった理由は言うまでもなかった・・・
鍵を渡すと一樹さんはそのかぎを鍵穴にさす。
「開けるぞ・・・」
僕は短くうなずくと一樹さんはかぎを回す。
カチ・・・と音を立ててかぎが開き一樹さんはその扉のドアノブを回し扉を押し開ける。
扉の先はこの部屋とは違い暗いといえども照明がついておりライトを使う必要がなさそうだ。しかしこの
部屋はさっきの部屋の異臭とは違う異臭、化学薬品か何かのにおいが漂っている。それもそのはずだ。この
部屋の棚にはたくさんのガラス瓶が置かれている。
僕たちは物音を立てないようにそっとすり足で進んでいく。
「なんだあれ・・」
一樹さんが指をさした方を見るとそこには椅子があった。その椅子の背もたれからは何かの装置から出て
いる何かが伸びており、その先には料理に使うボウルのようなものが取り付けられている。さらに手足を固
定するためか椅子の肘置きと足にはベルトのようなものがついている・・・これは明らかに電気椅子だ。
「ここが、拷問室・・・」
この部屋にはかすかな焦げ臭さと血の匂いと薬品のにおいが漂っている。それは明らかにこの部屋は使用
されていた。それはこのにおいからわかる。
「・・・彩はどこだ」
部屋を見回すが彩はどこにもいない。それどころかここには棚と電気椅子らしきもの以外の何もな
い・・・
「・・・・・うぅ」
静寂に包まれた中でかすかに彩の声が聞こえた気がした。
「彩!どこだ!」
一樹さんは声がした方向に走り壁を思い切りたたいた。するとベニヤ板で作られていた壁は簡単に壊れ
た。
「彩!」
「ホニイヒャン!」
破った壁の向こうには麻縄で縛られている彩がいた。幸い拷問を受けた傷跡は見当たらなかった。一樹さ
んが麻縄をほどき猿ぐつわを外す。
「お兄ちゃん・・・怖かったよぅ」
彩は泣きながら一樹さんに抱きつき一樹さんもまたそれを受け付ける。
「本当に良かった・・・彩が見つかってくれて」
感動の再開で僕も涙ぐみ、手で目元をぬぐう。
コツン・・・背後で足音がした。
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「なんで!なんでお兄ちゃんを置いてきたの!」
彩が僕を叩く。しかしそのこぶしにはほとんど力が込められていない。
「しかたないだろ、君を助けるには一樹さんを置いて逃げるしかなかったんだよ!あのまま三人死んでも
よかったのか!」
僕は血の流れる左肩を直接圧迫止血しながらコントロールルームのメインゲートと書かれたレバーを下げ
ながら叫ぶ。
「でも・・・」
一樹さんはたぶんもうこの世にはいない・・・あいつのせいで。
僕は背後で足音がした瞬間二人の方へ走っていた。
「一樹さん!彩!逃げましょう」
まずい、このままではみんなが殺されてしまう。このタイミングで足音がしたということは背後にいるの
は殺人鬼に違いない。しかし、逃げるにも問題があった。それは殺人鬼であろう足音が近づいてきた方向に
しかこの部屋の、地下室からの脱出口である階段が存在しないということだ。
「どうした、隼人・・・ってなんだあいつは」
気づいたときはもう遅かったのだ。僕が振り返るころには殺人犯が麻袋のある部屋からこちらの部屋に
入ってきたところだった。
殺人犯は思いのほか小柄だったが、肉付きがよくがっちりした体系だった。
「くそサイコキラーが彩をよくもこんな目に!」
一樹さんがいつもは絶対に言わないようなセリフを叫びながら僕の手にあったポケットナイフを奪い取り
殺人鬼に切りかかる・・・しかし殺人犯はまるで子供たちの遊びのように軽い身のこなしでで、切りかかっ
た一樹さんのナイフを流す。
思い通りに足が動かない、なんでこんな時に僕はビビってんだよ。
僕が葛藤している間に態勢を立て直した一樹さんが再び殺人鬼に攻撃を仕掛ける。しかし、先ほどみたく
完璧な態勢でない一樹さんのナイフでの攻撃はまたもあっけなく防がれた。しかし一樹さんも負けてはいな
い。つかまれた手首をそのままに殺人鬼に向かって蹴りを入れ、ひるんだ隙に手を払いのけ回し蹴りをす
る。
「隼人!彩と逃げろ!」
一樹さんがそう叫んだ時に僕はもう走り出していた。チャンスは今しかなき今を逃せばここは地獄絵図に
なってしまうだろう。
彩の手を取り僕は一樹さんの横をすり抜ける・・・
「・・・っ」
左肩に痛みを感じる。たぶん一樹さんの落としたポケットナイフを殺人鬼が投げてきて僕の肩にあったの
だろう。しかしその傷を見れば失神してしまう気がした。
「あの時隼人がお兄ちゃんと一緒にあいつと戦っていればあいつを何とかできたかもしれないんだよ?な
のに隼人は逃げた。この臆病者!」
彩は明らかに錯乱していた。それはわかっていても自分を助けてもらったのにそんな程度をとる彩に俺は
いらだっていた。
「そんな言い方はないだろ、僕だって一生懸命彩を探した。ほんとに殺されたんじゃないかって泣きそう
にもなったんだよ!幼馴染が、いいや大好きな人が死んじゃったんじゃないかってホントに心配した!それ
でもさっき生きて帰ってきてくれた彩を見てほんとに・・・ほんとに安心したんだよ!」
僕は僕自身の言葉を止めることができない。錯乱してるからだろうか、考えていることが無意識のうちに
出てきてしまう。
「ずっと彩のことが好きだったんだ。笑顔の時も泣いてる時も、怒ってる時だって彩のことが好きだっ
た。そばにいて守ってやりたいと思ってた。でも彩が捕まった時僕は何もしてあげれなかった、守ってあげ
られなかった・・・」
そこまで言って自分が泣いていることに気付いた。
「・・・ううん。違うの・・・」
彩は落ち着いた声で僕の言葉を遮った。何か暖かいものに包まれる。それは彩の体だった。彩が僕を抱き
しめていたのだ。
「隼人は私を見つけてくれた。さっきだって私のことを助けてくれた・・・でも隼人は臆病者、だれかと
一緒じゃなければすぐ泣いちゃう臆病者。それでも隼人は何かをするときは最後までやり遂げる人だって私
は知ってる。私はそんな隼人が好きなの」
彩の抱きしめる力が強くなる。それにつられて俺も彩を抱きしめる。
「だからね、隼人。私と一緒にお兄ちゃんを助けよう」
ふいに彩が僕を離したかと思うと、僕たちの唇は触れ合っていた。
「・・・とは言ったもののどうやって助けるんだよ」
メインゲートの前、スタッフルームの入り口に立って僕と彩は考える。
「やっぱり武器で戦うしかないんじゃないかな」
しかし一樹さんがかなわない相手だ、はっきり言って二人がかりで攻撃しても勝ち目はゼロだ。かといっ
てこのまま逃げるわけにもいかない。
「彩、僕がやつを引き付ける。そのうちに一樹さんを助けて車まで逃げれるか?」
正直この方法しか思い浮かばない。あの戦闘能力の怪物には肩を負傷していなくてもかなう気がしなかっ
た。
彩は僕の意見に少し眉を細めたが大きく縦に首を振った。その顔はいつもとは違い真剣そのものだ。
地下に降りるとそこにやつは待っていた。椅子に座り、倒れている一樹さんを眺めながら。
「おい!くそ野郎!こっちにこいよ!」
すると案外簡単にやつは僕に向かって走ってきた。
僕は階段を駆け上がり二階へと続く階段も駆け上る。後ろを振り返るとやつは思ったより疲れているよう
に感じた。一樹さんのおかげだろうか・・・しかし二階は彩を捜索するときには上がっていない。過去に訪れた記憶だけを頼りに走る。
確か二階は大小合わせて四十の寝室、そして図書館並みの広さの書斎があったはずだ。隠れることは許さ
れない。僕の使命はこいつを一秒でも長く引き付けることだ。
僕は迷わず書斎へと走った。
書斎はこのアトラクションの中でもホールの次の広さを誇る場所でそこには本当の多くの本が持ち込まれ
いるので書斎には本のにおいが充満している。過去にここにきて本を手に取ってみたのだが、個々の本は西
洋風の城なので英語の本が数多く読める本などほとんどなかった。
書斎の扉を勢いよく開けると長い間換気していなかったからか書斎からは以前きた頃の何倍もの濃度のにおいが漂ってくる。その匂いはもはや異臭の領域だった。
書斎に踏み込むとにおいとは裏腹にそこは以前のにはまだ殺人犯がおってきている。狙い通りだが少しで
も何かに躓いてこけてしまったら死亡は確実だ。
「早く来いよ、こののろまが!」
足元にあった本をやつの顔にめがけて投げる。それを見た奴はなぜか一瞬足を止めたような気がした。
「ぜぇ・・・ぜぇ」
明らかにおかしい。
「距離を詰めて・・・こない?」
体力では圧倒的に僕が不利なのになぜかやつは僕に追い付いていない。
なぜだ、なんで追いついてこない?もしかして生かされてるのか?なんで?死なれると困るから?そんな
はずはない。やつは俺らをここで・・・。
考えるだけ無駄か。
「はーやーとー」
彩の声だ。彩には一樹さんを車まで運んだ後、合図を送るようになっている。
ここまでは作戦通り、このまま入り口まで逃げ切れば・・・。
「あ・・・れ?」
階段の前で足をもつれさせて転んだ俺は階段から転げ落ちる。
「隼人!」
彩の声が聞こえる・・・誰かが俺を持ち上げる・・・。
俺の意識は水の中に沈んでいった。
「今回の一件は俺が悪かった」
「ほんとですよ・・・先生。私たち死ぬかと思ったんですよ?」
深々と頭を下げる先生の表情は見えない。
「先生来てくれるって言ってたのに~。先生がいたら簡単に捕まえられてたのに~」
あの事件以来、あそこの一帯は完全封鎖され、立ち入りができなくなった。犯人は無確保のままだ。
彩いわく倒れた僕は殺人鬼には追われていなかったらしい。そして彩が車まで運んだという。
先生は責任を負って職場を移動になるらしい。
一樹さんは全治6か月の入院だそうだ。
「・・・」
「それじゃ、僕らは失礼させてもらいます」
彩の手を引いて職員室を出る。
誰かが僕たちを見て笑っている気がした・・・
狂気は意外に近くにあるのかもしれない。
どうも黒猫/冒険者です。
初めて公式の企画に参加します・・・てか、ホラーをかくのも初めてです。
この小説で少しでも楽しんでもらえたならうれしい限りです。
そして私のほかの小説も読んでいただければ嬉しいです。