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レクイエム ~「僕」の青春は霊能力がつきまとう~  作者: 天乃川シン
小学生編 1
9/60

潰れた鉄工所 3 たどり着いた鉄工所

強く冷たい風が色々な方向から吹き付ける。

僕はそのなかを走り続けた。

母に対しての罪悪感や憤り。

父に対しての悲しみや恨み。

自分の運命に対してのやるせなさ、諦め。

そんなものが頭の中でグルグル渦巻いていた。


僕は川に架かる橋を渡り、隣の学区の住宅街にやって来た。

あの潰れた鉄工所は、この住宅街の片隅にある。

この先の住宅地が尽きた辺り、荒れた空き地の向こうに

あの誰もいない大きな建物が、きっと見えてくる筈だ。

あの潰れた鉄工所は、獲物がやって来るのをじっと待ち構えているのだ。


神経は相変わらず張り詰めていた。

霊を感知する「感度」みたいなものは、最高潮に研ぎ澄まされていた。

こういう時は家でじっとしているか、

外にいる場合は周囲をなるべく見ないように下を向いているか、

いずれにしても活動的になっていてはいけないと分かっていた。

しかし、僕はそんな事を気にしなかった。

むしろ好都合だった。

だって僕は自分を終わらせようとしていたのだから。

己で自分を終わらせなくても、霊が僕を殺してくれるだろうから。


陽が傾いてきた。

周囲が薄暗くなってきた。

しかし風は治まってきた。

僕は走るのを止め歩き出した。

潰れた鉄工所はもうすぐだ。

自分の乱れた呼吸に、「ヤツ」の荒い鼻息も混じっているような気がした。


住宅街の外れまでやって来た僕はとうとう足を止めた。

雑草が生い茂り、鉄屑や壊れた自動車が点在する空き地の向こうに、

黒く薄汚れた、見上げるように巨大な四角い建物が見える。

僕はとうとう潰れた鉄工所にやって来たのだ。

あの中に、恐ろしい何かが潜んでいるのだ。

以前、父が僕を連れて来てくれたのは、この空き地の手前までだ。

この場で父は、「独りでここに来てはいけない」と僕に忠告した。

でも、僕は父との約束を破った。

僕は道路と空き地との間を仕切る黄色と黒の古びたロープをくぐると、

雑草を掻き分け建物に向かった。


建物の外壁に直接書かれた「有限会社 〇〇鉄工所」という

巨大な黒い文字が、何か不吉な感じがして僕の恐怖を刺激する。

また、建物の中央には巨大な四角い空間があり、少し奥まった所に

オレンジ色の巨大な鉄の扉がはめ込まれている。

それは地獄に住む獰猛な獣が、大きな口を開いて僕を飲み込もうと

待ち構えているようにも見え、なおさら恐怖を助長させる。

しかし、そんな建物の外観に圧倒されながらも、

僕は雑草の生い茂る空き地を進み、鉄工所の巨大な鉄の扉の前にたどり着いた。


僕はしばらくその場に立ち尽くした。

この巨大な鉄の扉は「この世」と「あの世」を繋ぐ「門」みたいなものだ。

この門をくぐってしまうと、僕はもう二度とこの世には戻って来れない。

母にも弟にも会えない。

そして多分、死んだ父にも会えない。

僕の行こうとしている世界と、父の行った世界は、

同じ世界でも全く違う世界のような気がした。

父の行った世界は普通の世界。

僕の行こうとしている世界は…。


クスクスクスクス


何かが聞こえた。

人の笑い声のようだ。


クスクスクスクス


後ろを振り返っても誰もいない。

空き地にも誰もいない。

僕は再度、鉄の扉に眼を遣った。

すると、鉄の扉の右端に何かを認めた。


「あ!」


僕の全身から血の気が引いた。

鉄の扉は、おそらく右端から左に向かってスライドさせて開閉する

作りになっているようだが、その右端のほんの少しの隙間から、

無理矢理通り抜けてきたような

人間の左半身らしきものが見えたからだ。

その人間の左半身らしきものは、

粘土を無茶苦茶に叩いたように醜く歪み、

およそ人間の原型を留めていなかった。

性別すら判然としなかったが、

何やら作業着のようなものを着ている事は分かった。

そんな人間の醜く歪んだ顔が、クスクスクスクスと笑っていたのだ。


僕はたまらず失禁してしまった。

生温かいものが太ももを伝い流れていくのが感じられる。

しかし、僕はその歪んだ人間から目を離さなかった。

歪んだ人間は笑うのをやめた。

僕は一歩、歪んだ人間に近づいた。

歪んだ人間の歪んだ眼らしき物が僕の眼を見据える。


「入り口は?」


僕は絞り出すような声で歪んだ人間に尋ねた。

この鉄の扉からは建物内に侵入できないと思ったからだ。

歪んだ人間は何も答えない。

もしかして歪んだ人間は、僕に「帰れ」と言いたいのかと思った。

「お前みたいな子供が来るのは百年早い」と。


「入り口は?」


しかし、それでも僕はもう一度、お腹に力を入れて尋ねた。

歪んだ人間は無言のまま、曲がりくねった左手を上げた。

歪んだ人間の歪んだ人差し指らしきものが、建物の右側のほうを指した。

そこで歪んだ人間は消えてしまった。

歪んだ人間が指した先には、この空間よりはこじんまりとした

四角い空間があった。

おそらく、あの四角い空間の奥に通用口か何かが存在するのだ。


「独りで行ったらダメだ!」


突然、死んだ父の声が聞こえたような気がした。

父は僕に、「生きなさい」と言っているのだと思った。

しかし、僕はもう全てを終わりにしたいと思っていた。


周囲はさらに暗くなった。

気温は下がり、しとしとと小雨も降ってきた。

帰りの遅い僕の事を母は心配しているだろうなと思った。

一瞬、僕の気持ちが鈍った。


その時だ、空き地の雑草がガサガサと揺れた。

何かがこっちに向かってくる。

何かが身を低くして、這うようにしてこっちに向かってくる。

何かが雑草の中から現れた。

…それは、あぁ…それは、白髪頭をぐしょりと濡らしたあの老婆だった。

老婆は僕の家から僕を追いかけて来ていたのだ。

しつこくしつこく、僕の後を追いかけて来ていたのだ!

老婆は僕の顔を見上げると、ゲラゲラとそれは面白いものでも

見るように笑った。

僕は慄然とし立ち尽くした。


「僕はこんなヤツにずっと追い回されるんだ。だったら…」


僕は老婆を一瞥すると背中を向け、その醜い笑い声を聞きながら、

鉄工所の内部に侵入できる入り口を探し歩き始めた。






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