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レクイエム ~「僕」の青春は霊能力がつきまとう~  作者: 天乃川シン
小学生編 1
8/60

潰れた鉄工所 2 亡くなった父 追いかけて来る老婆の霊

僕はたまらず走り出した。

もはや下を向いてゆっくり歩いている場合ではない。

あの老婆が再び僕の前に現れるかもしれないし、

老婆とはまた別の霊に遭遇してしまうかもしれない。

神経が張り詰めたような感覚は依然として続いている。

僕は身体にまとわりついた禍々しいものを振り切るかのように、

吹きすさぶ風の中を、脇目も振らずに駆けて行った。


玄関の鍵を開け家の中に飛び込んだ僕は、

乱れた呼吸のまま靴も脱がずにその場に倒れこんだ。


「助かった…」


僕は肩で息をしながら思わず呟いた。

とりあえずは安全だと思われる場所に逃げ込む事ができた。

僕はランドセルをその場に放り、玄関の式台に腰をかけた。

徐々に呼吸は落ち着き、気持ちも少し落ち着いてきた。


「…何でオバケが見えるようになっちゃったんだ」


僕は自分の運命だか能力だか分からないものに対して恨めしく思った。

こんな事が大人になっても、一生続くのだろうか?

そう思った僕は暗澹たる気持ちになった。


玄関脇の小窓からボンヤリとした陽の光が差し込んでいた。

僕はその淡い光の中に浮かび上がるようにして見える、

傘立てに無造作に押し込められていた

木製の野球バットを何となく眺めていた。


「お父さん」


僕はポツリとつぶやいた。

その野球バットは父が——義理の父ではない、

死んだ父が僕に買ってくれたものだった。

休みの日になると僕と父は、その野球バットと

それぞれのグローブ、それと軟式のボールを

一つ持って近所の公園に行ったものだ。


「どうしてお父さんは死んじゃったんだ」


僕は心の中で父に向って訴えかけた。


「どうして何も言わずに勝手に死んじゃったんだ?」

「話したい事がまだまだたくさんあったのに」

「たくさんの時間を一緒に過ごしたかったのに」


僕は悲しい気持ちになり、膝の間に顔を埋めた。

涙が一粒こぼれた。


その時、僕の髪の毛に誰かが触れたような感じがした。

座り込んでいた僕は思わず立ち上がった。


「お父さん!」


父だと思った。

僕の髪の毛に触れたのは死んだ父だと思った。

父がいつものように微笑んでそこにいると思った。

しかし薄暗い玄関には誰もいなかった。

まだ神経が張り詰めた状態は続いている。

それもあって父の霊が現れたのだとも思ったが、僕の勘違いだった。


僕は傘立てから野球バットを引き抜くと、たまらない気持ちでそれを抱きしめた。


その時、玄関の扉が開いた。


「あれ、こんなところで何しているの?」


母の姿がそこにあった。

パートから帰ったのであろう母が不思議そうに僕の顔を眺めている。


「別に」


何事もなかったかのように返事をした僕は、その場に放ってあったランドセルを

再び背負うと、バットを手に持ったまま足で靴を脱ぎ捨てた。


「そうだ、今日はお父さんと三人でご飯を食べに行くからね」


自分の部屋がある二階へ行こうとしていた僕に母が言った。

僕はその場に立ち止まった。


「誰と?」


僕は母に背中を向けたまま尋ねた。


「誰って、だからお父さんと…」


「お父さんて…誰?」


僕は振り返って母に尋ねた。

僕は母の眼をじっと見つめた。

じわじわと、僕の中に強い反発心が湧き上がってきていた。

僕のお父さんて…一体誰なんだ!


「だから、夕飯は…」


母は気まずそうな、困ったような表情で僕を見つめている。


「お父さんはもう死んだんだ! あいつはただのオジサンだろ!」


僕は叫ぶように母に言った。


「どうしてお父さんは死んだんだ! どうしてお母さんはアイツと結婚したんだ!」


母は驚いたような表情をした。


「アイツなんて言わないの! あなたのお父さんでしょ!」


「ただのオッサンだ! ただの他人だ! 何も面白くない、つまんないヤツだ!」


「やめなさい!」


母の顔色が変わった。

母は僕の目の前にやって来ると、僕の頬を強い力で平手打ちした。

僕はその場に倒れこんだ。

頬がヒリヒリと痺れ痛かった。

でも、僕はすぐに顔を上げ母の顔を睨みつけた。


母は我に返ったような表情で、僕の顔を心配そうに見つめた。


「何て事を…ごめんね」


母はオロオロとした様子で僕を抱き起こそうとした。

その時だ…くっそぅ、その時だ。

母の背後から、母の肩越しにニュッと何かが現れた。

それはさっき遭遇した老婆の霊だった。

白髪頭をぐっしょりと濡らした、気味の悪い笑みを浮かべた、あの老婆だった。

老婆の霊はOLから離れ、僕の事を追いかけてきたのだ。


僕は叫びながら母を突き飛ばした。

母は仰向けに倒れた。

老婆も一緒になって仰向けに倒れたが、

すぐに身を起こすとゲラゲラと笑い始めた。

老婆は僕の顔を指さすと、さらに大きな声を上げて笑った。


「やめろ!」


僕は持っていたバットを振り上げた。


「やめて!」


母が両腕で身を守るようにして叫んだ。

母は僕にバットで殴られると思ったのだ。


「違う、違うよ!」


僕はバットを下げた。


「そうじゃない、違うよ!」


僕がオロオロとしていると、老婆が僕に向かって這ってきた。


「来るな! 来たら殴るぞ!」


僕は老婆に向かって再びバットを振り上げた。

すると、母が悲鳴を上げた。


全身をぐしょりと濡らした老婆が、母の方を指さした。


「殺しちまいなよ! お母さんなんて殺しちまいなよ!」


「黙れ!」


頭に血がのぼった僕は、老婆の頭部めがけてバットを振り下ろそうとした。


「やめなさい!」


突然、父の声が聞こえた気がした。

僕はびくりとして振り下ろそうとするバットを止めた。


「お父さん!」


僕はバットを下げると周囲を見回した。

しかし父の姿はどこにもなかった。


「チッ」


老婆の舌打ちが聞こえた。

僕は足元の老婆に目を遣った。

しかし、そこにうずくまっていたのは老婆ではなく、僕の母だった。

母は両手で顔を押さえ泣いていた。

老婆の姿はどこにもなかった。

僕は怒りに我を忘れ、自分の母親の頭を叩き割るとこだったのだ。


僕は叫びながら、バットで周囲のものを殴りつけた。

僕の頭はおかしいんじゃないのか!

霊が見えたり母を殺してしまいそうになったり、

これは全て自分の頭がオカシイからじゃないのか!

父が死んだのも、自分がオカシイからじゃないのか!

僕の人生はこんな事ばかり起きるんじゃないのか!

僕は完全に頭が混乱していた。


しばらく周囲に当たり散らした僕は、

バットを放り捨て玄関のたたきに飛び降りると、

乱暴に両足を靴に押し込んで玄関の扉を開け、表に飛び出した。

僕は相変わらず強い風が吹き荒れるなかを走り出した。


「僕は死んだほうが良いんだ! 僕は死ぬんだ!」


そう叫びながら僕はある場所に向かっていた。

そこは以前、一度父に連れて行かれた場所だ。

父はそこで僕にこんな事を言っていた。


「いいね、ここには独りで来てはいけない」


最初にその言葉を聞いた僕は、父の言わんとしている事が分からなった。

しかし、その時の僕には父の言葉の意味が分かっていた。

そこには恐ろしい「何か」がいるからだ。

その「何か」とは、言うまでもない。

「霊」の事だ。


僕は自分の始末をする為に、あの場所を目指して走って行った。

あの潰れた鉄工所に向かって…。










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