潰れた鉄工所 1 霊能力を持った僕
小学校三年生の頃の話しだ。
僕はその当時、学校に馴染めずにいた。
特にいじめられていたとか、無視されていたとか
そんな事は一切ない。
むしろクラスメート達は僕の事を好きでいてくれたと思う。
先生もよく僕の心配をしてくれた。
でも僕はクラスメートや先生と距離を置いていた。
小学校に入学して間もなく父が死に、
一年後には母が別の男と結婚した。
僕は納得ができなかった。
日々悶々とした気持ちを抱えていた。
僕はいつしか、人が嫌いになっていた。
家庭環境に対しての反抗の一つの現れ方だったのだろう。
だから僕はクラスメートや先生と仲良くしなかった。
ある秋の午後、冷たい風が強く吹く日だった。
僕は独り、寒さに耐えながら学校から家に向かってじっと歩いていた。
その日、僕はなるべく周囲を見ないようにする為、下を向き足元に眼を遣っていた。
何かが見えるのが分かっていたからだ。
空気が張り詰め、神経が過敏になっているような時は、
必ず「イやなもの」が見えてしまうような体質になっていた。
前方から誰かが歩いて来る。
見ようとしていないので、はっきりとした姿は分からないが、
おそらくスーツ姿の若いOLだ。
OLは急いでいるのか、革靴をコツコツとせわしなく鳴らしながら近づいて来る。
風で煽られるのか、片手は長い髪の毛を抑えているように見える。
「・・・おそらく、この人はアレに違いない」
僕は、このOLは「アレ」だと断定した。
僕はその頃になると、そう、「アレ」=「霊」が目に見えるようになっていたのだ。
でも、何かがオカシイ。
普段感じるような「あの肌触り」がしない。
いや、するのだけれどオブラートに包まれているような不思議な感覚。
僕は、自分の勘違いかもしれないと思い直した。
いつもの「肌ざわり」と違う。
いや、でも「生きている人間」では絶対にない。
そんな事を思い巡らしていると、突然誰かに肩を叩かれた。
僕は小さく悲鳴を上げながら顔を上げた。
「すいません! バス停はどこですか?」
肩を叩いたのは前方から歩いて来たOLだった。
「君、この辺にバス停はないかな?」
OLは片手で長い髪の毛を押さえ、少し慌てたような口調で僕に尋ねてきた。
霊じゃなかった…
僕は安心し、バス停の場所を説明しようとした。
しかし、あるものを見た僕は悲鳴を上げそうになった。
女性の向こう側から、髪の毛がぐしょりと濡れた白髪頭の
老婆の顔が、にゅっと現れたからだ。
老婆は僕の顔を見ながらニタニタと気味の悪い笑みを
浮かべている。
「バス停、分かる?」
OLが少しイラついた様子で僕に再度尋ねる。
僕はバス停の方角を指さした。
「あの角を曲がったところ…」
僕は、叫び出しそうになるのを必死で抑え、何とかOLに説明した。
「ありがと!」
OLは僕に背を向け走り出した。
そのOLの背中を見た僕は、思わず悲鳴を上げてしまった。
OLの背中には、あの老婆がOLの背中を抱え込むような
恰好でしがみついていたからだ。
ずるずると落ちそうになる身体を、何度も両腕で上に持っていこうともがきながら。
恐怖で目が離せなくなった僕に気付いていたのか、
老婆はくるりと振り返ると、
「恐ろしいのか!」
と濁った気味の悪い声で小馬鹿にするように、からかうように僕に言った。
そしてケタケタと大きな声で笑い始めた。
老婆は気味の悪い声で笑いながら、OLと共に角を曲がって行ってしまった。
OLが走って行った路面には、老婆のものであろう、薄汚い水のようなものが
点々と残されていた・・・。
・・・あぁ、今思えばこれは序章に過ぎなかったのだと思う。
この後、母親と喧嘩をしてしまった事も、すべてあの潰れた鉄工所に行くよう
「向こう側の住人達」に仕組まれていた事なのかもしれない。