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レクイエム ~「僕」の青春は霊能力がつきまとう~  作者: 天乃川シン
小学生編 3
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幻の友人 1 眠った霊能力 神社の若武者

小学校6年生になった僕の身には、何とも不思議な変化が起こっていた。あれだけイヤでたまらなかった僕の霊能力が、きれいさっぱり消えてしまっていたのだ。そう、僕には霊が見えなくなっていたのだ。霊の雰囲気や空気を感じる事すらなく、ごく普通の小学6年生に僕はなっていたのだ。


それには多分、原因があるのだ。霊能力のなくなった原因が……。


僕は5年生に上がると同時に、義理の父の仕事の都合でとある街に引っ越しをした。学校の友達や先生と別れるのは多少寂しかったが、特にこれといった感慨はなかった。学校においては、あのお姉さんとの出会い以外に、そう特筆すべき思い出も持ち合わせていなかったからだ。


僕が新しい生活を送る事になった街には、あまり有名ではないがとある由緒正しい神社が建立されていた。この神社は僕の住む家のすぐ近所だった為、僕はよくこの神社に散歩に出かけるようになった。赤い大きな鳥居をくぐるとけやきの巨木が立ち並ぶ参道があり、そこからもうしばらく行ったところに厳かな拝殿が鎮座している。僕はその神社に行くと、何となく心が浄化されるような気がしてとても気に入っていた。また、ここにいれば、恐ろしい霊に遭わなくても済むのではないかという思いもあった。


ある日、学校から帰った僕は、いつものように神社を訪ねようと家を後にした。この街に引っ越してきてから僕の霊能力は落ち着いていたが、その日は妙に神経が過敏になり軽い頭痛もしていた。これは霊が現れるサインなので、僕は踵を返して家に帰らなければならない筈だったが、度重なる神社通いで「げん」と言うのだろうか、自分は何か神様に守られているのだと勝手に思っていた為、多少の不安はあったが、僕はそのまま神社に向かった。


しばらく歩くと神社の赤い大きな鳥居が見えてきた。ここまで来る間、僕は霊に遭わずに済んだ。僕の頭痛もいつの間にか治まっていた。僕はもしかしたら霊が現れるのではないかと不安になっていたが、やっぱり自分の思い過ごしだったと胸を撫で下ろした。


「ん?」


僕は足を止めた。


鳥居の前をウロウロと歩く男性の姿が眼に入ったのだ。……何だか様子がおかしい。30代くらいの男性だろうか? 同じ場所を何度も行ったり来たりとしている。何かを探しているのか、あちらこちちらキョロキョロとしている。……妙に気になる。しかし、その時の僕は張り詰めた空気も頭痛も感じていない。それまでの経験では、あの男性は確実に霊だ。僕は安全を考えて家に向かって引き返す事も考えたが、妙に大胆な気持ちでそのまま鳥居に向かっていった。だって、そこは神社のすぐ前なのだ。神様の家の前なのだ。


もう少しで男性と擦れ違おうとした時、僕はびくりとして足を止めた。その男性には両腕がなかったのだ。上着の肩の辺りが左右ともにビリビリに破れ、そこには血がにじんでいた。両腕のない男性は「オカシイ、オカシイ……」とブツブツ呟きながら、何かを探すように、地面のあちらこちらに忙しなく眼を遣っている。


「……オカシイ!」


突然、男性が僕の顔をキッと睨んで叫んだ。僕の身体に震えが走った。すると、空気が張り詰め頭痛が襲ってきた。……やっぱり、この男性は霊だったのだ! 僕は心底、しまった! と後悔した。


そう言えば、男性の服装も変だった。カーキ色のシャツにカーキ色のズボン、そして脛の辺りに包帯のようにグルグルと巻いた白い布……。この人は、まるで日本が戦争をしていた頃のような服装じゃないか? 遠くから見たって異常だと考えられた筈じゃないか。


「オカシイ……オカシイんだよ。君、オカシイと思わないか?」


両腕のない男性が僕に近づいてきた。男性は青ざめた表情をして自身の身体に何度も眼を遣っている。……この距離だと下手に動く事はできない。そもそも恐怖で身体が動かない。


「上手く避けたんだよ俺は。それなのに……気づいたら俺の腕が、俺の腕が……」


腕のない男性は怯えた様子で僕の顔を見た。僕は返事はせず、じっと男性から眼を離さなかった。

……どうする? 神社はすぐそこだ。思い切ってこの腕のない男性から逃げるか? でも、もし捕まったら僕はどうなるんだ? 僕はそんな考えを思い巡らせた。すると、男性が僕の顔ではなく、僕の首の下辺り、いや僕の腕の辺りを凝視している事に気付いた。僕は嫌な予感がし、一歩後ずさった。


「……どうしてだい?」


男性がまた一歩近づいた。僕はまた一歩後ずさった。


「どうしてお前にはあるんだ? どうして、お前には腕があるんだ? 許せない、許せない!」


そう叫ぶと男性は僕に向かって突進してきた。僕は咄嗟に身を翻し男性の攻撃を避けた。


「ちきしょう!」


男性は悔しそうに吐き捨てると、よろよろとしながらも態勢を立て直した。僕も男性に正対し、次の攻撃に備えて構えた。


「お前の腕をよこすんだぁああああ!」


男性は僕を睨みつけ絶叫した。……殺される! そう思った僕は男性に背を向けると、すぐそこにある鳥居に向かって一目散に走り出した。あの神社の境内に逃げこむしかない!


「待つんだ、よこすんだぁ!」


男性は腕のない身体で僕の後を追いかけてくる。腕がないとは言え、大人の男性だ。男性はすぐに僕の背後に迫ってくる。僕は叫びながら走り続けると間一髪、男性に捕まることなく鳥居をくぐり抜けた。僕は勢いあまって倒れこんだ。僕は振り返って男が追ってきていないか確認した。……しかし、腕のない男性も鳥居をくぐり抜け突進してきた。……神社だろうが関係がない、腕のない男性の霊は神の領域に入り込んできてしまったのだ。


「あはははは、食いちぎってやる!」


腕のない男性は笑いがながら僕の腹に馬乗りになると、大きく口を開け僕の右腕に噛みつこうとした。


「やめて、やめてくれ!」


僕は首を左右に振って叫んだ。すると、


「やめなさい」


誰か男の人の声が聞こえた。腕のない男性も動きを止め、顔を上げた。すると欅に囲まれた参道に、一人の男性が仁王立ちしていた。僕は思わず声を失った。それは、平安時代とか鎌倉時代辺りだろうか、そんな時代の兜と甲冑に身を固めた武者姿の若い男性だった。それは誰かが仮装しているのではないと瞬時に分かるほど、本物の武人の雰囲気をまとった若武者そのものだった。


「ここはお前の来るところではない。去れ」


若武者は腰に差した刀のつかに手を添えると、腕のない男性を睨んだ。


「どうして、俺は腕がほしいんだ。俺は……腕がほしいんだよ」


腕のない男性は立ち上がると、若武者の雰囲気に気圧されたのか、その場から後ずさった。


僕は身を起こすと、腕のない男性から飛び退くようにして距離を取った。……助かった、とりあえずは死なずに済んだ。突然現れたあの若武者が助けてくれた!


「腕がなくなってしまったんだよ。俺の、俺の腕が……」


腕のない男性はそう呟くと、下を向き涙を流した。


「案ずるな。腕などなくても、心清らかであれば他には何も必要はない」


若武者は腕のない男性に歩み寄ると、その肩に自分の手を置いた。


「さぁ、己の世界に帰るのだ」


若武者は腕のない男性に優しく囁いた。


腕のない男性は若武者の顔を見て小さく頷くと、その場からスッと消えてしまった。僕はボンヤリとその場に立ち尽くした。……助かった。でも一体、この若武者は何者なのだろうか?


若武者は僕の方へ向き直ると、僕の顔をじっと見つめた。


「あ、ありがとう」


僕は若武者に一礼した。


「礼はいらぬ」


若武者は自分の眼を僕の眼から離さなかった。


「お主」


「はい」


僕もじっと若武者の眼を見つめた。


「つかぬことを尋ねるが、あのような物の怪に襲われるのは、今が初めてではないな?」


若武者は、何か僕の心の奥や過去を見通しているようだった。僕は素直に「うん」と頷いた。


「……頻繁に起こるのか?」


僕は再び頷いた。……その通りだ、僕は幼い頃から何度も何度も霊に遭遇しているのだ!


「そうなのか」


そう言うと若武者は俯き、黙って何かを考え始めた。しばらくすると若武者は、僕の顔を見て一度頷いた。


「……よかろう。この先恐れることはない。清らかに歩んでいくが良い。「げん」は永遠ではないが、それまでは安かれ」


若武者はそう言うと、全身から眩いばかりの白い光を発した。僕の眼がくらんだ。しばらく何も見えない状態だったが、段々と眼の状態はもとに戻った。気付くと若武者の姿はどこにもなかった。


助かった……。僕は大きく息を吐いた。僕はよろよろと入り口の鳥居に向かって歩き始めた。その時、鳥居の陰から誰かが僕の様子を見ているような気配を感じた。僕はびくりとすると足を止め、じっと鳥居を見つめた。しかし、そこには誰もいなかった。でも僕は、見知らぬ誰かが、僕や腕のない男性、若武者との間に起こった顛末を、じっと覗き見ていたような気がした。


とにもかくにも、この若武者との出会いがあった後、僕は霊を見なくなったのだ。若武者の言葉は5年生の僕には難しくてよく分からなかったので、本当に僕が聞いたと記憶している通りの内容だったかは正直怪しい。しかし、大体において今言ったような内容だったと思う。おそらく若武者は、僕みたいな小さな子供が、頻繁に霊に襲われている事に心を痛め、僕に霊が近づかないようにしてくれたのだと思う。ただ、「げんは永遠ではない」という言葉の意味は、当時の僕にはよく分からなかった。


後で分かった事だが、その神社に祀られているのは何某という偉いお侍なのだという。そのお侍は、その付近に現れる数多の恐ろしい霊達を、たったひとりで退治した英雄なのだという。そのお侍は霊達と戦った時に負った傷が原因で、その後病に倒れ亡くなってしまったそうだ。僕の前に現れたあの若武者は、あの神社に祀られているお侍だったに違いない。そして、あの腕のない男性は、戦争の時に空襲か何かで両腕を失った男性の霊なのだろう。あの男性にしても、お侍に出会えた事でちゃんと成仏できたのだと思う。あのお侍——若武者は、二人の人間を助けたのだ。


それからの僕は霊から解放された反動からか、今までとは違って活発な男の子になった。多くの友達もでき、僕は楽しく学校生活を送るようになった。それからしばらく月日が経った小学校6年生のある夏の日、僕はある友達と出会う事になる。


あの、今でも忘れる事のできない「アイツ」と。あの、束の間の平穏な時間に現れた「アイツ」と。いや、束の間の平穏な時間を破った「アイツ」と……。













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