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レクイエム ~「僕」の青春は霊能力がつきまとう~  作者: 天乃川シン
小学生編 1
10/60

潰れた鉄工所 4 歪んだ霊達

歪んだ人間が指した先の四角い空間の奥には、

やはり通用口らしき灰色のドアがあった。

僕は生唾を飲み込んだ。


「このドアが『向こう側』への入り口なんだ」


そう思った僕の気持ちは大いに鈍った。

このまま進むと、僕は本当にこの世のものではなくなるだろう。

このドアの向こう側は、「死」そのものが覆う世界なのだ。

しかし、僕はもう霊にまみれた人生を送りたくない。

僕は自分で自分のことを終わらせるのだ!

僕は強く自分に言い聞かせた。


僕はその安っぽいドアの、

所々錆ついた銀色の丸いノブを握った。

僕はドアノブに力を込めた。


…回った。回ってしまった。

通用口のドアは施錠されていないようだった。

ドアノブは何の抵抗も受けることなく、ぐるりと半分回転した。

僕は一瞬躊躇したが、腕に力を込めドアを向こうに押し込んだ。


ドアは抵抗することなく向こう側へ開いていく。

それに連れ、内部から生暖かい空気が流れてくる。

鉄工所内の空気は長い時間滞留していたのだろう、

カビ臭いような、生臭いような気分の悪くなる臭いが、

絡みつくように僕の鼻を刺激する。

それでも、僕はドアを押し続けた。

ドアはある程度開くと、

「ギギ…」と擦れたような音を立てそれっきり

動かなくなってしまった。


黒い空間が眼の前に広がる。

ほとんど何も見えない。

黒い空間が無限に広がっているようにも感じられる。

この黒い空間の中に、

僕の命を狙った霊達がどれほど潜んでいるのだろうか?

僕からは霊達の姿が見えないが、

霊達には僕の姿がはっきりと見えているのだろう。


張り詰めた空気が充満している。

無数のピアノ線が張り巡らされているようだ。

下手に動いてしまうと、途端にピアノ線に

全身を切り刻まれてしまうような感じがした。


突然、何者かに背中を押された。

僕は暗い鉄工所の内部に倒れこんだ。

僕はドアの方を振り返った。

するとドアが凄い勢いでバタン! と閉まってしまった。

ドアが閉まる間際、白髪頭をぐしょりと濡らした

老婆の醜い笑顔が見えた気がした。


僕は立ち上がりドアを開けようとしたが、

ドアは全く動かなかった。

僕は鉄工所の内部に閉じ込められてしまった。

きっとあの老婆の仕業だ。

どこまでも僕を苦しめようとする。

まぁ良い、覚悟は決めている。


「さぁ、行こう」


僕は周囲の様子をうかがった。

初めは何も見えなかったが、徐々に眼が慣れてくる。

建物の左右、低い位置と高い位置には

横一列に窓が並び、かろうじて光が入り込む。

その光によって何とか内部の様子が認識できた。

僕は足下に落ちていた

細いプラスチック製のパイプを拾うと、

両手で握りしめ、奥に向かって歩き始めた。


鉄工所の内部はガランとしていて、

鉄工所を連想させるようなものは何も存在していない。

大きな機械や工具など、そういった類のものは何もない。

鉄屑や物を載せて運ぶ際に使うプラスチック製の大きなパネル、

畳ほどもある木製の薄い板、雑巾、軍手や空き缶、雑誌といったゴミ。

そんなものがあちらこちらに転がっているだけだ。


霊達の視線を感じる。

しかし、どの霊も僕に攻撃を仕掛けてこない。

何かがオカシイと僕は思った。

…そういえば、父はなぜ僕に、この鉄工所は危険だと知らせたのだろう。

この鉄工所は、一体どのような場所なんだろう?

僕は歩みを進めながら訝しく(いぶかしく)思った。

確かに、この鉄工所には無数の霊が存在するのは確かだ。

でも…父は一体、何を考えていたのだろう?


そんな事を考えていると、

眩い光と共に耳をつんざくような大きな音が鼓膜を震わせた。

近くに雷が落ちたようだ。

天気が急変したのか?

そういえば鉄工所をザーッと叩きつけるような音が耳に入る。

表は土砂降りなのかもしれない。

そろそろ陽も落ちるのか、周囲も暗さを増している。


クスクスクスクス


どこからか、小さな笑い声が聞こえる。


クスクスクスクス


笑い声が少し大きくなる。

僕はまた、あの歪んだ人間が現れたのかと思い

周囲を見回したが、どこにも見当たらない。


クスクスクスクス

クスクスクスクス


笑い声は大きくなる。

しかも声の主は一人ではないようだ。


クスクスクスクス!

クスクスクスクス!

クスクスクスクス!

アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!

アーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!


笑い声はどんどん大きくなり、人数も増えていく。

気づけば鉄工所内を埋め尽くすような笑い声に変わる。

どこだ! どこに霊達はいるんだ!

周囲を見回してもどこにもいない!


「殺せ! 僕を殺せ!」


僕は大きな声を上げたが誰の姿も見えない。

僕はふと天井を見上げた。

途端に僕は、全ての笑い声を掻き消すかのような大きな悲鳴を上げた。

身体の歪んだ無数の霊達が、天井に背中を張り付けるようにして

僕の事を見下ろし、指を指して大笑いしていたからだ。


僕は腰を抜かし、滅茶苦茶に持っていたパイプを振り回した。

さらに霊達の笑い声が大きくなった。

僕はパイプを天井に向かって投げつけ霊達に訴えた。


「何をしているんだ! 早く殺せ!」


僕が叫ぶとピタリと笑い声が止んだ。

すると無数の霊達は黙って僕の顔をじっとみつめた。


「殺すのはお前じゃない」


あの白髪をぐしょりと濡らした老婆の声が聞こえたような気がした。


「お前ではない、お前の大切な存在だ!」


「ぎゃー!!!」


老婆の気味の悪い声に被さるように、

女性の声と思われる悲鳴が鉄工所内に響いた。


僕はよろよろと立ち上がった。


「何だ、一体何が起きているんだ!」


再び、鉄工所内が轟音と共に眩い光に照らされる。

その光に、鉄工所の奥から誰かが誰かをひきずって来るような姿が

一瞬照らされる。


暗くなった鉄工所内の奥から、何かが近づいてくる。

僕は霊の親玉が近づいてきたと感じた。

霊の親玉が、女性の霊をひきずって僕に近づいてくる。

あの霊が、この鉄工所内で一番恐ろしいヤツなのだ!


女性の叫び声がすぐに目の前で聞こえる。

一番恐ろしい霊も、僕のすぐ目の前だ。


またも轟音と共に鉄工所内が眩い光に照らされる。

その光によって、霊の姿がはっきりと照らし出される。

その霊の姿を見た僕は、再び腰を抜かしてしまった。

その一番恐ろしいと感じた霊は…


死んだ父だった。


そして死んだ父が引きずってきたのは…


僕の母だった。
















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