『恥ずかしい人』
ふと空を見上げると、今日はやけに満月が丸い気がした。
普段からあまりしっかりと見ていない、ということもあるだろうが、何故かいつもよりも丸い、という思いが頭から離れてくれない。
「…ちゃんと下見ないと転ぶよ?」
隣にいる彼女が、呆れたように忠告をとばす。
案の定、鈍臭い僕は道端の小石に軽く足をとられ転びかける。
「…だから言ったのに」
「ごめんて」
溜め息をつきつつ、軽く睨みながら彼女はそう言い、僕はいつものように心配してくれる彼女に口だけの謝罪をする。
彼女もそれ以上は言わず、僕から目を離して前を向いて僕の少し前を歩いていた。
僕と彼女はいわゆる幼馴染みだ。
生まれた時からなんの偶然かいつも隣にいる。
病室も家も学校の教室の席だって。
腐れ縁というか、運命的な何かみたいな。
そう、今日も塾の席まで隣同士で、そして帰り道もこうして隣同士だ。
…まぁ、今は正確にいうと隣というか、彼女は少し前にいるけれども。
ずっと、何故かずっと隣にいる。
不思議と隣にいても、不快な感情は全然感じたことはなかった。
そう、今の今まで彼女は隣にいる存在としか意識したことなかった。
…なんだろ、今日はなんか変な感じがする。
頭の中にそんな疑問が浮かんだ時、ちょうど彼女がこちらに振り向いた。
「…ほら、早く帰らないとお母さんとか心配するじゃん」
考え事をしながら歩いていたため、少し歩くスピードが遅くなっていたようだ。
彼女の指摘により、さっきより彼女との距離が開いていた事に今更気付く。
そして、彼女にいつも通り謝罪しようと視線を合わせようとすると、ふと彼女から違和感を感じた。
「…なんかあった?」
何が違和感なのかわからないが、僕はそう質問した。
僕達は双子じゃないから共感覚みたいなものはない。
だけども、生まれてから今の今まで、ほとんど隣で過ごしている。
だから、なんでか彼女が悲しかったり楽しかったりすることがわかる、気がする。
…僕だけかもしれないけれど。
そんな曖昧なものを信じ、僕はもう一度彼女に質問した。
「…えっと、僕、何かした?」
彼女もなんとなく僕が言いたいことがわかるらしく、微妙な顔をしてる。
泣きそうな、笑いそうな、色々な感情が入り混じった顔。
見慣れている顔の、見慣れていない表情。
─…あぁ、これは。
感じた違和感の正体に、僕は気付いた。
彼女が目を泳がせ、言い淀んでる隙に僕は意を決してこう言う。
「月が、綺麗ですね」
驚いた顔をした彼女が僕を見る。
そして、見慣れた顔で、何度も見た、僕が好きな顔でこう言った。
「…恥ずかしい人」