9話
「ィギャアア~~!!」
エレナは目を覚ますや否や飛び起きた。
自分の横で気持ち良さそうに眠っている黒髪の美少年が原因である。
蛇に絞め殺されるという最悪な夢をみていたが、どうやら眠っている間、エレナはこの美少年にガッチリとホールドされていたようだ。どうりで苦しいわけである。
「んぅ……もう少し寝ていろ」
黒髪の少年が腕を伸ばし、ベットの側に立つエレナの手首をガシッと掴んだ。そして再びベットの中に引きずり込む。一瞬の出来事に対応できず、エレナは黒髪の少年の上に覆い被さるような形で倒れ込んでしまった。
「……ふっ、まるでエレナに襲われているようだ」
嬉しそうに笑みを浮かべる少年に顔から火が出そうなほど熱くなる。なんとか少年の上から退こうとするが、背中に手を回されてしまい、深く抱きしめられてしまった。そしてあろうことか、少年はエレナの首筋に鼻を押し当てスンスンと鼻を動かし始める。
「……久しぶりのエレナの匂いだ……」
「ッ!?」
少年が喋るたびに甘い吐息が自分の首筋を通り過ぎていく。
「……狼の姿も好きだけど……俺はこっちの方が好みだな……」
突然エレナの身体が淡く光り始める。なんと少年がエレナの変身魔法に介入してきたのだ。おかげでエレナの身体は白狼から白銀の少女へと変わる。
もちろん人化したときのエレナの身体は素っ裸のわけで……。
「い、嫌ァァァアアアッ!? この痴漢!!」
「ッ!?」
エレナは思いっきり目の前の少年の頬を殴りつけた。そして、身体にしっかりとシーツを巻きつけ、ベットから飛び出す。
「……はあ、エレナは残酷だ。俺のことを覚えていないのか?」
どうやって逃げようかと考えていたとき、後方のベットから悲しそうな声で呼びかけられ、そっと少年を盗み見た。
黒髪に、闇に溶け込むような漆黒の瞳、そしてこの世のものとは思えないほどの美貌。どことなくハルトの面影を感じる顔付きだ。
「……え? ハルト、なの?」
エレナがそう問いかけると、黒髪の少年は嬉しそうに微笑んだ。どうやら当たりらしい。
「やっと思い出してくれた……それにしても、グーで殴らなくてもよくないか?」
エレナに殴られた頬を痛そうに撫でるハルト。
「ッ!? あ、あれはハルトが私の変身魔法に干渉してくるからでしょう! わ、私、裸だったのよ!」
「……裸?」
エレナがそう言うと、ハルトはエレナの身体に穴が空きそうなぐらいじっと見つめてくる。
シーツで隠しているものの、現在のエレナの格好はかなり際どく、ひとたびシーツを剥がしてしまえば、エレナは生まれたときの姿になる。
ハルトの喉がゴクリと鳴った。もしかすると自分は試されているのかもしれない。
「ハ、ハルトのエッチ! そんなに見ないでよ!」
ハルトの視線に気がついたエレナの顔がさらに赤く染まる。
一瞬ハルトの脳内に天使と悪魔の自分が出現する。
悪魔『ほらほら、可愛い子羊ちゃんが目の前にいるじゃねえか。襲っちまえよ。十年間も我慢してきたんだぜ』
天使『ダメです! 今ここで彼女を襲ったら嫌われますよ!』
悪魔『ガタガタうるせぇな。てめぇのケツの穴に指突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか!?』
天使『げ、下品な!! そんなんだから、女の子にモテないんですよ!』
天使と悪魔が俺の脳内で言い争う。
(うるせぇ! 俺は竜族だぞ! 番は死ぬまで大事にするって決めているんだ!!)
悪魔『ちっ、つまんねぇの。ただのヘタレなだけだろう』
天使『よく言いました! それこそハルトです!』
取りあえず脳内の会議を終えたハルトはそっとベットから下り、エレナの前で跪く。
「迎えにいけなくてすまない。触っていいか?」
ハルトがそう尋ねると、エレナの頬を涙が伝っていく。
「ご、ごめんなさい、ハルト……私ね、汚いの。汚い手で身体中を撫で回されたの。だから……ハルト」
肩を震わせるエレナを見て、ハルトの内心からドス黒い感情が湧いてくる。
「エレナは……汚くない。汚い奴らはエレナをこんな目にさせた奴らだ」
「で、でもッ!?」
さらに自分を卑下しようとするエレナをハルトは深く抱きしめた。突然抱きしめられたエレナは、ハルトの腕の中から抜け出そうとハルトの胸を必死に押し返す。
「や、やめて! ハルトが汚れちゃう!」
「いいよ、エレナが汚してくれるなら……。それに、俺は竜王としてこの手で数えきれないほどの命を奪ってきた。だから、俺の手も血で汚れてるんだ」
自嘲するハルトをエレナは全力で否定する。
「違う! ハルトは汚れてない!」
「俺はエレナをこんな目に遭わせた奴らが今でものうのうと生きていること自体が気に入らない。だから、奴らを徹底的に潰す。手始めに……シュルバート王国の王族を全て皆殺しにしよう。もちろん殺す前に屈辱的な思いをしてもらってからな……こんな俺でも汚れていないと言いきるのか?」
「ッ……でも……」
「エレナはただ黙って俺のものになればいい。簡単だろう?」
「……簡単じゃないわ、よ」
「そうか……でも、俺は一生エレナを手放すつもりなんてない」
ハルトはそう言い、エレナを深く抱きしめなおした。