7話(ヴェン視点)
僕の名前は、ヴェン。
竜王様の第一諜報員である。
竜王様の直々の部下になれるということは、竜族の男達にとって大変名誉なことだ。だから、僕も精一杯竜王様に仕えている。
自慢ではないが、一度も任務で失敗したことはない。ほぼ完璧に遂行していると言ってもいいだろう。
一般の竜族の男性に比べて、身体の線が細い僕はよく見下される。だが、僕と対戦して奴らは気付くんだ。僕の恐ろしさを。その少年のような顔からは予想できないような力を思い知るんだ。その身でね。
そんな僕に竜王様が新たな任務を下した。
『最近奴隷の売買が活発化している。都市近くで開かれている奴隷市場の最深部に潜り込み、そこで異質な魔力を放つ存在を突きとめろ。その存在を保護し、俺が突入するまで守れ』とのことだ。
最近竜国で奴隷の売買が行われているようで、僕も諜報員としてかなり駆り出されている。
竜国は、人身売買を固く禁じている。それなのに湧いてくるウジ虫ども……頼むから僕の仕事を増やさないで欲しい。
といっても仕事なので、仕方ない。
最深部に行くためには先ず奴隷市場に深く潜り込む必要がある。
だから、僕自らが奴隷になって最深部に侵入するという作戦を立てた。
竜族の奴隷は、他の種族の奴隷よりも遥かに強く、貴重で珍しい。だから竜族の力を恐れている奴隷商人達は、警備の堅い所に僕を連れていくはずだ。
奴隷市場で働く下っ端を金で買収し、捕まったフリをする。
その際に竜族である僕にとって屈辱的な従属の首輪をつける羽目になった。
陸上最強の種族である竜族の力を従属の首輪で抑え込むことは不可能。だから、いつでも壊すことができる。
そうと分かっていても、嫌なものは嫌だ。
だが、これも仕事なので、少しの時間我慢することにした。早く外したくて堪らないが……。
従属の首輪をつけているからなのか、いとも簡単に最深部に侵入することに成功する。
そこで僕が見つけたのは一人の少女。
銀色というかなり珍しい髪色をしている。俯いているので、顔がどうなっているかは分からない。しかし、ボロボロの麻服から覗く肌は病的なまでに白く、擦り傷が目立つ。
少女と同じ牢屋にぶち込まれ、意を決して話しかける。
最初は黙っていた少女であったが、段々と喋り始めた。
僕が竜族だと分かっても怖がる様子を見せない少女に興味が湧く。
少女の首には、魔封じの首輪とネックレスが嵌められていた。
少女に首につけられたネックレスを見たとき、僕は一瞬ドキリとした。銀のチェーンに通されている黒い石がまるで竜王様の鱗のようだったからだ。
基本、一夫一妻である竜族は、長い歳月を共に過ごす番を見つける。そして、その伴侶に自分の頸にある特別な鱗を装飾品にして渡す風習がある。
僕は一度だけ竜王様の頸を見たことがある。が、まだ伴侶を見つけていないはずの竜王様の頸にあるべき鱗を見つけることができなかった。あまりの衝撃に僕は頭を鈍器で殴られたような気がしたのを今でも鮮明に覚えている。
この少女は僕の命にかけても守らなければならない存在なのかもしれない。
だから看守に気付かれたとき、僕は真っ先に彼女を逃がそうと思った。
竜王様特有の気がどんどんと近付いてくる気配が感じ取っていたので、多分大丈夫だろう、とたかをくくっていた。
そして、二十人近くの男達を無事に倒し、裏口を通って外に出た。
そんな僕を向かえたのは、竜王様の大事な人かもしれない少女ではなく、首と胴体が離れた男と真っ裸の女である。
僕は仕方なく女に事情を聞くことにした。
柔らかい笑みを浮かべて尋ねると、女は震えながらも話してくれた。
男に襲われそうになったこと、そんな自分を少女が助けてくれたこと、男の命をいとも簡単に奪った少女に恐怖心を抱いたこと、そして極めつけは、自分を救ってくれた少女を化け物呼ばわりしたことである。
溜め息しか出てこなかった。
ふと、風圧を感じ、空を見上げる。
漆黒の竜を始めとする竜達が僕の方へと舞い降りてきている最中だった。
『ヴェン、異質な魔力を放つ存在の正体は分かったか?』
漆黒の竜が僕に尋ねてくる。
「銀色の髪を持った少女です。名前はエレナと名乗っていました」
僕がそう報告すると、漆黒の竜はかすかに狼狽えた。
『……正体は今どこにいる?』
いつもよりも低い竜王様の声。かなり不機嫌になっているようだ。
「すみません。見失ってしまいました。ただ話を聞く限り、ユイリスの森に向かったようです」
『ユイリスの森か……分かった。取り敢えず、この奴隷市場を解体しよう』
竜王様の合図と共に、次々と捕まっていく奴隷商人。エレナが無事がどうか、かなり気になるが、先ず自分の仕事を片付けなければならない。
ふと僕は竜王様に目を向ける。
『……エレナ……お前なのか?』
竜王様が愛しそうにポツリと呟くのを、僕は不覚にも耳にしてしまったのであった。