5話
「よし、格子の作りは大体分かった!! 少し離れていてね?」
ヴェンにそう言われ、エレナは牢屋の奥へと移動する。それを確認したヴェンは、格子をガシッと掴み、小枝を折るかのようにバキボキと折り始めた。
「ッ!? ヴェンって凄いのね……格子をいとも簡単に折ってしまうなんて、本当に凄いわ!!」
エレナはヴェンを褒めちぎった。すると、ヴェンの頬が段々と赤く染まり始める。
「エレナは大袈裟だよ。竜族の僕からしたら、こんなの当たり前。それにね、普通、人間は僕ら竜族に畏怖を抱くんだ。エレナは僕のこと、怖くないの?」
真剣そうに尋ねてくるヴェンに笑いがこみ上げてきた。
ヴェンは愛以外の全てを持っていた公爵令嬢のときのエレナではなく、何も持っていない奴隷のエレナに優しく接してくれた。そんなヴェンに畏怖を抱くなどできるはずがない。
「ふふ、ヴェンは可笑しなことを言うのね、うふふ」
少女のようにクスクスと笑うエレナにつられて、ヴェンも笑い出す。
「ハハ、やっぱりエレナは面白いよ」
ヴェンは困り顔をしながらそう言う。
「え? 急にどうしたの?」
「ううん、なんでもない。エレナみたいな人が竜王様のお嫁さんになってくれればいいのになって」
「ッ!? な、何を言っているのよ!」
ヴェンが変なことを言うものだから、エレナの顔が真っ赤になった。
「アハハ、エレナの顔が真っ赤だ!」
「わ、分かっているわよ!」
ヴェンに指摘され、さらに身体まで火照っていく。恥ずかしくて、涙まで出てくる始末だ。
「今のエレナなら竜王様もイチコロだよ。その顔で『悪い男に捨てられたの、私のこと、拾ってください』って言えば、あの堅物竜王様でも確実に堕ちるね!!」
「し、死んでも言わないわよ!」
「えー、つまんなッ!?」
何かに気づいたヴェンが後方に飛び跳ねた。何事かと視線を向けると、先ほどヴェンがいた場所にナイフを持った男がいた。
「チッ、外したか。おい! 奴隷が脱走を試みているぞ!!」
ナイフを持った男が声をあげると、奥の方からゾロゾロと人がやってきた。
「んー、ちょっとやばいかも。エレナ、僕が合図したらあの裏口から逃げて」
ヴェンはそう言って裏口を指差した。
「え……で、でもヴェンを置いて逃げられないわ!」
「僕は竜族だよ? あんな奴らに負けるわけないじゃん。だから僕のことは気にせず、逃げてくれないかな? 流石の僕もエレナがいると少し戦い辛いんだ」
ヴェンは遠回しにエレナを邪魔だと言っているのだ。長い奴隷生活で身も心もボロボロになったエレナは、ヴェンにとってどうしても足手まといとなる。
「ッ……分かったわ」
エレナは渋々頷いた。ヴェンの足手まといになるぐらいなら、死んだほうがマシだ。
「うん、いい子。もうすぐで竜王様もくると思うから、とにかく外に向かって走るんだ」
そう言ったヴェンの背中に新緑色の竜の翼が生えた。あまりにも綺麗な翼に一瞬見惚れしまう。
「今だよ! エレナ!」
ヴェンの声にハッとし、エレナは慌てて裏口に向かって走り出す。それを何人かの男が追うとするが、ヴェンが立ちはだかった。
「可愛い女の子が相手じゃなくて、ごめんね」
そう言うヴェンの口角が上がる。
「残念だけど、ここは通してあげないから」
ヴェンの身体が人の形から竜の形へと変化していき、それを目の当たりにした男達の顔が真っ青になっていた……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
裏口から外に飛び出たエレナを日の光が照らす。
(日の光って……こんなにも気持ちよかったんだ)
久しぶりの日の光に戯れていたエレナの耳に、女性の悲鳴が届いた。慌てて目を向けると、そこには身ぐるみを剥がされた裸の女が男に襲われそうになっていた。
「嫌ッ! 離して!!」
女は必死に抵抗するが、男の力に敵うはずもない。床に抑え付けられ、身体を弄られている。
「チッ、暴れやがって……俺がお前のご主人様だってことを分からせてやる!」
男は女の顔や身体を殴り始めた。エレナの存在に気がついた女が助けを乞うような目を向けてくる。
「た、助けて……お願い……」
その瞬間エレナの頭の中が真っ白になる。
それから数分、自分が何をしていたのか分からない。ただふと我にかえったとき、自分の手には男の頭だけが握られていた。
「あ……ぅ……私は、何を……」
男の返り血でエレナの全身が真っ赤に染まった。周囲に鉄臭いニオイが充満する。
「ば、化け物ッ!! こっちに来ないで!」
女がエレナを化け物呼ばわりする。
「ッ……」
女の言葉がエレナの心に深く突き刺さる。
そんなの分かっていたことだ。ただそれを言葉にして言われるのが、こんなにも辛いなんて思いにもよらなかった。
「……ごめんなさいッ!!」
果たしてこれは誰に対しての謝罪なのだろう。殺してしまった男に対してなのか、恐ろしい光景を見せてしまった女に対してなのか、それとも一人にしてしまったヴェンに対してなのか……エレナ自身もよく分からなかった。
それからエレナは、街を駆け抜け、近くの森の奥へ奥へとただ走り続けた。なんでもいいから、一人になりたかった。
チャリン。
エレナの胸元で初恋の相手から貰ったネックレスが鳴る。それを強く握りしめ、エレナは無意識に彼の名を呼んだ。
「……ハルト、助けてよ……」
体力の限界がきたのか、エレナの視界が次第に霞み、とうとう地面に倒れ込んでしまった。